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魔術師、鎮圧する!


 この世界のテントは大掛かりで荷物になる。

 だから俺たちは所持していない。

 では寝床はどうするのか?


 それは──魔法で作るのだ。寝床を!


 今こそ魔法士にして魔術師の本領を発揮するとき。

 魔法使ったら力仕事関係ないじゃんとかそんなの知りません。気持ちの上では力仕事なのです。

 さぁ、もう日の入りまで時間がないし、ちゃっちゃと済ませてしまいましょう。



「よしっ。やるぞー!」


 俺は一度浮かせていた水の魔法をキャンセルしてから、余力を持って魔法建築もとい魔法で積み木……積み壁を始めた。


 ルールは簡単です。

 土の防壁魔法を次々と発動します。

 指定箇所を変えつつ積んでいきます。

 簡易的なお家を作ります。


 以上。……ん、とっても簡単だね。



「そーれ、それそれ、そぉれー」


 遊び感覚でポイポイ魔法を使っていき、体感で三十分くらいかけて完成させたのは……日本の大工さんが見れば腹を抱えながら絶賛するだろう物件。


 見た目はただの立方体。

 側面には犬小屋の出入り口のような大穴が空いてる。大穴の反面には六つの小さな丸い虫食い。

 各側面にも小さな穴が数個づつ空いている。


 ふっふっふっ。我ながら凄いものを生み出してしまった。素晴らしい。

 これが簡易ながら全力でツミツミした結果です。


 いやぁ、これでも頑張ったんですがねぇ……。

 詠唱魔法でこんな風にお家作れる人はいないと思いますし。詠唱魔法って座標と規模と威力(強度)は決められても、形状とかは個々のイメージで少しは変わるけど大体同じになっちゃうの。


 つまり融通が効かなくて難しい。これで屋根とかこだわったら絶対に倒壊させる自信がある。


 だから見た目を捨てて、安全面と実用面を追求したこのサイコロハウスなのだ。

 些細なデザインとして、サイコロの各側面に覗き穴を開けたにくい工夫も評価してもらいたいものですよ。



「あら、もう作り終わってたのねって、あー、えぇと、どう言ったら良いのかしら……すごく奇抜ね?」



 ぅくっ。



「……こ、これはねニーナ、安全性と実用性を追求し」

「わぁっ! シャルくんシャルくん、これなに? 魔物用の罠? 狩りするの?」



 はぅッ。



「……………………寝床、お家、拠点」

「え、寝床? ほぇ……ぁ! シャ、シャルくん!? ぇぇと凄いね! 硬そうで強そうなお家だよっ! あたしは全然変なんて思ってないよ! だ、大丈夫だよ、元気出して!!」



 グハッ。



「…………」

「アルル。貴女トドメ刺してどうするのよ」

「……へ?」



 ふ、ふふ。気遣いが胸にしみる。

 ニーナの感想で大きなダメージを受けた所に、アルルの純粋な言葉が突き刺さったよ。


 これは傷が深い。ニーナのはまだ寝床だとわかってくれてたから良かったけど、アルルのは実に効いた。魔物用の罠……。


 ……大丈夫。俺の美的センスはおかしくない。自分でもこれは違うでしょって分かってるから……経験を積んで人は成長するのだ。

 いつか絶対リベンジしてやるんだからね。



「ん。それでアルルの方は大丈夫だった? 魔物とかはこの近くには見当たらないけど、何か危険はなかった?」

「うん大丈夫ぅ、少し離れた所に魔物がいたけど、追い払っといたから〜」

「そっか、なら良かった良かった」



 薪や巡回担当のアルルも問題なしと。

 戦闘にはなったみたいだけど大丈夫みたい。薪も集め終わってるし。


 ニーナの方も、木の実や食べられる植物のズッシリつまった布袋を下げてるし、森賢種(エルフ)の面目躍如といったところ。

 これなら携行の食べ物は温存できそうだ。


「二人ともお疲れさま。じゃあ僕の方も終わらせるから少し待ってね」


 そういうと俺は最後の仕上げをした。

 サイコロハウスの外観にはもう手をつけず、その外、寝床を中心に半径五十メートルを風属性の、その少し内側に水属性の上級防壁魔法とを二重でそれぞれ覆った。

 これで感知魔法も合わせて警備も完璧だ。


「ねぇ、シャル。ここまでする必要ってあるかしら?」

「ん? 警戒しとくに越したことはないでしょ」

「だね〜、これで夜も安全だよっ!」


 過度な防備に疑問を呈したみたいだが、俺の言葉にも一理あると感じたのか、あっさり納得してくれた。

 そうして、着々と野営の準備は整い、食事や軽い沐浴など諸事を済ましていって、三人川の字で就寝。

 結局、寝る直前になっても警備網に何かが引っ掛けることもなく夜が更けていった。




 ◾︎◾︎◾︎





 男達の視線の先には竜巻のような暴風が圧倒的な存在感で立ち昇っている。

 夜も更けた時間になっても消える気配のない風の壁に、男達は焦燥していく。


「ちっ、一体どうなってる。あの子供はなんなんだ」

「このまま待っていては埒があかんぞ」

「昼なんてもっと隙がねぇ、もう行くしか」

「落ち着け、焦れば勘づかれる。下手に動くな」

「そうだ、彼奴らヤバすぎる。あの時の事を忘れたのか?」


 五人いる男達の三人がウズウズと焦りに迫られ動こうとするが、内の二人の諌めによりなんとか踏み止まる。


 彼らは思い出す。

 昼間に彼らの目的である子供達に接近し、内一人、黒髪の子供に殺意を持って睨まれ射竦められた事を。

 本能的な危険を感じ取った彼らはすぐさま反転して姿を隠したものの、未だにあの時の畏怖を忘れられずにいた。


「あれを普通の子供としてみるな、銀髪の方も全く普通じゃねぇ。確実に取れる瞬間を狙って動くぞ」

「そんな時がくると思うか?」

「それでも、だ。やるしか道がねぇ」

「あぁ、絶対取る」

「取るって何を?」

「ぁ、寝ぼけてんのか、そんなの彼奴らの首に……」





「「「「「 !? 」」」」」





「フフフ、動かないで下さいね?」


 会話に同調して混ざっていた異物に、今更ながら気づいた男達は、全員恐ろしい速さで顔を上げた。

 彼らの頭上には黒髪の幼子が、恐ろしく冷たい微笑みを浮かべて樹の幹から男達を見下ろしていた。




 ◾︎◾︎◾︎





 やっぱり、昼の怪しい人たちだった。

 昼間にもうろちょろと怪しい動きしてたから、一度魔力で威圧して追っ払ったハズなんけど、まさか俺たちをピンポイントで狙って追いかけて来るなんてね。

 てっきり山賊かなにかかと思ってた。

 というか、個人的に狙われる理由が全く思いつかないんですけど……。



「おお前一体いつから!? どうして……」


 目下にいる全身を外套で隠した五人組の一人、声的におじさんが上擦った声で問いを投げてくる。


 どうしてもなにも、自分の感知領域内で、複数の人間がコソコソ動き回ってたら誰でも跳び起きると思うけど。折角気持ちよく寝てたのに寝覚めは最悪だ。

 身体を虫に這われるくらい最悪だ。


「ん、そんなのどうでもいいです。おじさんこそどちら様ですか? ストーカーなら帰ってほしいのですけど」


 俺が冷ややかな態度で応対していると、なにやらオジサン達はコソコソとサインを出し合い、三人が走り出そうとしたので。


「僕は動かないでと言いました。そんなに殺されたいのですか? あまり舐めていると僕も怒りますよ? それにこの隙に二人を襲おうと考えてるのなら無駄です。魔法の制御は手放していませんから」


 全く油断も隙もない。相手の方から舌打ちが聞こえてくるが、こっちの方がよっぽど舌打ちしたい。

 おじさんも結局殺意を収めるつもりはないようだし、もう早く終わらせよう。


「最後通告です。今すぐ消え去るのなら今回に限り見逃します。ただし、二度とちょっかいをかけないで下さい。次は問答無用で首を撥ねます。どうします? もし逃げずに戦うというのなら、容赦なく叩き潰しますからそのつもりでお答え下さい」


 俺が同時に維持できる魔法数は、安全マージンをとって、上級魔法が基本三つほど。

 かなり調子が良くて四つくらい。

 現状は風と水の上級防壁魔法と感知魔法で、三つとも使い潰してるから魔法戦闘は多分出来ない。下手して制御を乱して魔力暴走とかシャレにもならないし。


 けど、魔法がなくても普通に鎮圧できる。この人達の動きだと多く見積もってもDランクにさえ届かないだろうし。魔力の威圧が効いたのがいい証拠だ。



「俺、たちは戦わない訳にはいかない……」

「そうですか」


 どうやら戦うらしい。

 覚悟を決めた様に各々が武器を構えだしたので、俺も樹からスッと飛び降りた。


 そうして乱戦が始まったのだが。

 予想通りというかなんというか、あっという間に捕縛することが出来た。


 以前の虚弱なお子ちゃま状態だったら、普通にやられてただろうけど、魔人族としての身体能力も取り戻している今、徒手空拳でも圧倒できてしまった。

 剣を振る早さも悪くはないし、身の振り方も練度は中々のもの。

 でもアルルと組手をやって育ってきた俺には、どの行動も遅すぎです。



 さて、手間ではあるがさっさと口を割らせてしまいましょう。


 拘束された状態で地面に這い蹲るオジサンたちに近づくと、怪しいボロボロの外套を剥いで顔を確認する。

 予想通り三十から四十ほどのオジサン達だった。顔や身体には多数の傷跡があり、纏う軽装にも数え切れない傷がある。実力はともかく歴戦と言ってもいい風貌だ。そして、共通点として五人ともに嫌ぁな感じのする首輪が付けられている。


 ……首輪、ねぇ。


 これによって俺の中で一つの予想が立てられたが、まだ全体的に情報不足。

 動くのは尚早だし、いまは頭の片隅に留めて置くだけにしておく。



「それで? 僕らオジサン達に襲われる理由なんてないんですけど。さっさと襲った理由を答えて下さい」

「…………」

「黙りですか?」


 冷ややかな声音で尋問を行うも無反応。

 捕らえてからというもの、一度も声を発しなくなったオジサン達。

 いや、多分だけど話せないっていうのが適切なのかな。まあ、このままやってても平行線で時間の無駄になるだけみたい……。


 はぁ、どうしようかな。

 このままオジサン達を始末するのが、後顧の憂いを断つ意味でも最善なんだろうけど、個人的にはこの場に捨て置いてもいいかなと感じている。

 別に救済とかの意味はない。


 実際、アルルとニーナに害意を向けたのは万死に値する。これがただの賊やら悪漢、暴漢だったら問答無用で首を撥ねるよ。

 でもこのオジサン達の目を見る限り、殺意はあっても悪意、邪心が感じられなかったんだよね。むしろ何かに迫られるように行動しているし。


 本意でないのなら一度は見逃そう。

 打算的に考えると、もしこれが俺の予想通りなら尻尾もつかめそうだからね。



 そう思考をまとめるが早いか、俺は踵を返して身体の向きを変えた。


 その時。


「ガァァァァアアアアアアアアアア!!?」

「ぅぅぁあぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!」

「くぁっぁああっああああああっ!!?」


 突然オジサン達が一斉に呻き声を上げ始めて、もがき始めた。その様相は筆舌と言っても過言でないほど痛々しい苦しみよう。


「……?」


 俺がその態度を訝しんでいると、あっという間に五人の動きが停まった。

 ピクリとも動かない。


 しばらく様子を見て安全確認を行う。

 次いで状態を確かめようとオジサンに近付いた。


「む」


 ──のだが、彼らに近づいた瞬間、首輪から青い魔法発動の兆光(ちょうこう)が迸った為、一瞬反転、飛び退って距離をとる。


 そして、かなりの距離を確保したのと同時、彼らからかなりの熱量が込められた爆発が起こり、周囲一面が跡形もなく消え去った。




「……自爆?」


 兆候に気がついたおかげで被害は受けなかったけど、なんて悪辣な……。


 近づくと発動。魔力を感知できなければ巻き込まれて爆死コース確定。

 爆発の威力は遺体まで消し飛ばすレベル。

 人によっては完全な初見殺し。

 流石にタチ悪すぎてドン引きですよ……。


 というか、これやっぱり自爆攻撃?

 んー、いや、違う気がする。

 でもあんなの術式に組み込まれてたかな。

 師匠の資料は読んだけど、記憶上にはないし。新しく組んだとか? あんなのを?

 それこそ正気を疑うんだけど──あ、でも消耗品としてならアリなのかな?

 それでも費用対効果が釣り合ってない気が……。


 んぅ、ダメ。思考がまとまらない。


 鼻を突く不快な臭いで気分がすこぶる悪いし、中途半端に寝たせいで頭の回転も鈍くなってる。

 イライラぷんぷん状態です。

 いま回答を導き出すのは難しいかな。


 まぁ、ただ一つ確かなのは、また何か厄介ごとが舞い込んできそうな気がするということです。


「はぁ、面倒すぎる……」


 呟きは闇夜に溶けて消えた。

 声には今後確実に起こるであろう出来事を嘆く響きが、多分に混じってしまった。







 翌朝。


 当然ながら爆音やら戦いやらの事情を、アルルとニーナにキツく問い詰め責められた。

 ただ、一通り話した辺りで二人とも口を噤んでしまった。分からなくもない。

 俺も不可思議に思うし、思惑を考えると不愉快に感じるもの。



 そうして、ごたごたはしたものの、再出発の準備は滞りなく済み、無事に出発できた。


 だが、皆んな総じて表情は曇っていたのだった。








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