意識と解放
俺は読んでいた魔法書を脇に寄せると、早速魔力の生成に挑戦してみる。
魔力は心臓の辺りで生成されるという解釈から、目を瞑り手を胸に当てて己の内側、心臓へと意識を向けていく。
──トクン。トクン。
命の脈動を感じ取る。
更にそこで生まれるという『魔力』というものに意識を集中させていく。
「……ん」
手を当てている胸の奥に、集中しなければ気が付かないレベルで違和感がある。
前世で感じなかった不思議な感覚。
その違和感を頼りに試行錯誤を繰り返していくと、瞑った目の奥に青いとろ火のような揺らめく光を幻視した。
完全に感覚頼りで確信が持てないけど、これが魔力?
普通に考えるなら、心臓に魔力を作り出す機能はない……はず。
でも魔力って質量とかなさそうなイメージだし、霊的なものだと考えれば理解できる。
心臓を媒介に何処からか魔力を引っ張り出して、仮想上の魔力通路として血管を用いて循環させてる、とか?
……ふむ。ならイメージも具体的にした方が上手くいきそうかも。
心臓、これを湯が湧き出る源泉地として。
溢れ出す源泉という名の魔力。
それを血管という水路で引っ張っていき、身体の各所を巡らせて器を満たしていく。
こんなイメージはどうかな?
魔力の循環なんて感覚の世界だ。
初めてやるとなると実感しにくいし、取り敢えずイマジネーション優先だ。
「むぅぅ〜〜…………──んぅ?」
違和感とイメージを元に集中して、しばらく。
身体の表面から徐々に全身を覆うように青いオーラのようなものが漂い始めた。
「わぁ、できたぁー♪」
この青いのは知ってるっ。
転生して直ぐの頃、母様の手に同じのが光ってたから。
でも母様のに比べると、俺のは色も濁っていて全然綺麗じゃないし、輝きも控えめで暗いけど。
始めての挑戦なんだから母様みたいにいかなくて当然。生成出来ただけでも僥倖だ。
いつか母様くらい綺麗な魔力を生成できるようになれば問題ないもんねっ。
じゃあ、次のステップ。
次は、魔法の発動だ。
本によると、魔法の発動には決められた文言を詠みあげる『詠唱』と、想像の力を使う『詠想』の2種類があるらしい。
で、ポピュラーなのは詠唱みたい。
一般的に親しまれているって事は、詠唱は初心者向きとも言えるだろうし、今回はそっちを使おうと思う。
俺は例の使用感たっぷりの魔法書を改めて手に取り、一番先頭に書かれている詠唱文を確認する。
「……ぅぅ」
詠唱文、かなり長かった。
初級でこんな長かったら中級とか上級とかの詠唱はどうなるんだろう。
これは詠想イメージの方を早く覚えた方が良さそうな気が……。
いやダメダメっ。
逃げの思考に走るのはダメです。
今生では、その辺を適当に済ませるのは止めたんだから。
大丈夫大丈夫。覚えるのは得意でしょ?
いけるいける。魔法のためなら苦じゃない苦じゃない。
魔法少女……じゃなかった、魔法少年のシャルラハートがカッコよく詠唱して魔法を使うところを想像してみて?
──ねっ、すごい素敵っ。
うん、やる気出てきたかも。
「ん、いける……かな?」
やる気十分に悪戦苦闘しながらも、黙読では詠唱文をつっかえずに言えるくらいにはなった。
俺は詠唱を一言一言、噛みしめるように発していく。
「……ありぇー?」
詠唱をキチンと噛まずに唱え終えたのだが、何も起きなかった。
身体を覆う青いオーラも変わらずだ。
なんでだろう?
魔力も生成出来ている訳だし、後考えられるのは。
……魔力の純度、とか?
確かにさっきのイメージだと純度を上げるには不足してた。
なら、今度は純度を上げるためのイメージをしていく必要がある。
「まわる、くるくる……ぐるぐる?」
魔力、高速循環のイメージ。
イメージ案・その一。
身体に張り巡らされている血管を、長大な流れるプールと考えて。そこに流れる水という名の魔力を、プールサイドの監督者が仰天するくらいの超スピードで巡らせて……
んん、これは違う。
首をブンブンと振ってもう一度。
イメージ案・その二。
耐久のカーレースを想定し、レースサーキットを血管、超速で走り続けるモンスターマシンを魔力と…………
いやいや、ないです。
絶対これは違う。
自分の脳内イメージ映像に猛烈なツッコミを入れてもう一度。
イメージ案・その三。
複雑に繋ぎ合わせたエアダクトを想定して、その中を揺蕩う煙を爆風によって一気に循環させてぇぇぇ……
って、アホ〜〜〜〜っ。
これじゃあ余計分かりづらくなってるよっ。
あれ? 俺ってば意外に想像力ない?
そんなぁ……どうしよぅ……。
俺はそれから次々と想像してみたのだが、なかなかコレとくるものは出てこなかった。
完全に迷走しだした我が脳内。
俺は頭を抱えて部屋で蹲る。
「……んんんぅ〜〜」
もっと感性を豊かに。
頭を柔らかく考えよう。
現代科学に染められた地球思考の脳内を、もっとファンタジックに染め尽くさないと。
心臓と血管を、地球にはなかった魔力という素敵ぱわーが流れるんだから。
アプローチを変えてみるのはどうだろ?
素敵ぱわーの知覚はもう出来てるんだから、もっと深く向き合ってみるとか。
自己探求というのも案外大事だ。
あの胸の内に見えた青い火の玉を、正しく理解すれば、少しは先に進めるかもしれないし。
んー、何事も試してみないとだよね?
「すぅぅ……はぁぁ……。よしっ」
意識して思考を切り替える。
俺は自然体をとって目を閉じ、暗闇に身を投じた。
そして、自分の内側に感覚を向けていった……。
♀♀♀
………………
暗闇の中に、自分が一人。
何もない。
一面すべてが真っ暗。
俺は導かれるように沈んでいく。
…………
まだ、まだ、浅い。
もっと──深く。深く。
魔力の近くに。魔力の元へ。
瞑想し、意識を闇の中へと沈めていく。
…………
……
揺らめく灯火の光を幻視する。
静かにゆっくりと近づく。
己の魔と向き合う為に。
少しでもその本質を知れるように。
少しでもそれを理解できるように。
もっと、もっと、と感覚を研ぎ澄ます。
揺ら揺らと闇中に浮かぶ幻想的な青の火へ近づいていく。
……………………
遠い……もっと近くへ──。
………………
まだ、まだ遠い──っ。
…………
もうちょっと、近く、近くへ……。
すぐ近くのようで遠い。焦れったい。
まるで距離の感覚が、狂ってしまったように感じる。
でも、俺は無心で光を追い続ける。
時間も、距離も、感覚も、何もかもを、すべて置き去りにして…………
──ッ!?
音が、消える。
揺らめく灯火も、消え失せ。
世界そのものが、遠ざかっていく。
でも──
この意識だけは、加速して。
自分の魂の奥底へと、沈み込んで……
落下していく。
……
……
……
暗闇の深淵へ。
延々、落ち続け。
意識は朧げに。思考は混濁してまとまらず。
気づけば、面前に観音開きの巨大な扉があった。
コレが魔の理?
──いや、違う。
コレに魔法は関係していない。
──そう、魔法の理とは異なる。
コレはもっと別のモノ。
──あぁ、もっと別の大きな理。
コレを俺は知っている。
──うん。誰よりも明確に知っている。
……
……
巨大扉から感じる妙な懐かしさに苛まれながら、
何故か生まれてくる、昏い感情をも飲み込んで、
幻のように浮かぶ神秘的な巨大扉に、
意識の手を、伸ばして……
……
……
そっ、と触れる。
扉は、僅かに開く。
そして……
♀♀♀
「……──ッッッ!?」
身体に走るとんでもない激痛。
曖昧だった意識が戻ったかと思えば。
頭から首筋、背筋、手首、足首へと引き裂かれるような七転八倒の痛みが走り──
俺は叫び声を上げる間もなく、意識が落ちた。