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冒険者、出立する!


 明けて翌日。時刻は早朝。

 まだ日が昇り切らず薄暗いなか、シャル、アルル、ニーナの三人は候都郊外の丘から、壮大なファナールの全景を眺めていた。


 三人とも何やら神妙な表情である。

 シャルとアルルは数ヶ月、ニーナはおよそ一年近く滞在していた街だ。

 それぞれに色々な思い出がある。おそらくはそれを思い返しているのだろう。


 だが、いつまでもそうしてはいられない。これから三人はシャルたちの故郷であるウィーティス目指して、数日間に渡って歩き続けなければならないのだから。


「ん、別に二度と来れない訳でもないし、ここは気持ちを切り替えて出発しよ?」

「うんっ! また来ればいいんだもんね!」

「ええ、そうね」


 仕事の都合上、なにかと切り替えが早くなったシャルの言葉で、アルルとニーナは思考から復帰すると、元気よく頷いた。

 若干シャルがローテーションなのは、感慨に耽って感傷的になっているからなのか、はたまた、昨日からの寝不足&朝が弱くてまだ頭が回っていないのか。おそらく後者であるが、シャルの名誉のため伏せておこう。

 なにせ、他の二人だって寝不足のはずなのに、元気なのだから。



「はいじゃあしゅっぱーつ」

「おぉぉ〜〜!!」

「お、おぉ〜?」


 そんなシャルたちは、ちぐはぐなテンションでもって出発した。


 愉快奇天烈なイベント目白押しだった候都ファナールから、故郷ウィーティスへ。





 ◾︎◾︎◾︎



 

 候都から故郷ウィーティスまでは、徒歩で七日〜十日程の旅路となる。


 一般的に馬車でも五日前後かかるのだし、徒歩で俺たちの歩幅の事も考えると、これくらいはかかってしまうのだ。

 走ればそのぶん短縮はできるだろうけど、特に急いでる訳でもないし、おしゃべりしながら歩いて行くってのも案外悪くないだろう。三人並んでハイキングだ。



 ウィーティスに向かうまでの一日の流れは、朝早くに動き出して日が暮れるまでひたすらに歩く。途中、魔物とかが出たら戦うけど大体ずっと歩いている。

 この世界は魔法技術がかなり進歩していると言っても、道中に街灯がつけられている程ではない。夜は当然真っ暗になってしまうので、それまでに宿場町や一泊出来そうな村を探さないといけない。

 失敗するとその晩は秋風吹き荒ぶなかで、しぶしぶ野営する事になる。


 まぁ、大体は絶妙な位置に宿場町が設けられていたりするから、そうそう野宿なんてないんだけどね。その辺りは国も考えてくれてるみたい。助かるね。






 さて、候都を出発してから四日目。

 遂にというか、やっとというか野営をする必要が出てきてしまった。原因なんてない、ただの運がなかっただけである。


 これでも頻度で言えば少ないと言えるから、テンションが下がるほどでもないけどね。


 アルルやニーナの表情も別段変わりなく、いつも通りだ。


 というかこの二人の場合は、冒険者活動が討伐系ばかりだったこともあって、この程度でへこたれたりはしない。

 普通に俺より冒険者らしい振る舞いをしているし、しっかりしてるもん。

 それにいまの俺って、冒険者より魔術師って呼ばれる可能性が高いんだよねぇ……。


 冒険者は資格持ってるだけで活動少なめだから、もはや冒険者っていえないかもだし。




 ……あれ? 俺って何しに候都に行ったんだっけ?



 

 いやいや。冒険者資格持ってることに変わりはないから大丈夫だよね、うんうん。



 それより野営についてだ。

 そもそもの話、俺が上位魔法というイカサマちっくなものを使えるので、野営でもちょちょいっと安全な寝床を確保できる。

 火や水だって軽く用意できる。

 見張りの類もニーナの精霊さんに任せておけば、睡眠の必要ない彼らがしっかり務めてくれるし、お気楽でも何ら問題ない。


 それがわかっている俺たちなので、今は寝床にふさわしい場所を探しつつも、愉快なおしゃべりに興じられるという訳だ。




「コレットちゃん今頃どうしてるかなぁ。もしかしてまた落ち込んでたりするかも〜?」

「そうねぇ。結局あの日の朝は酔い潰れて見送れなかったものね、あの子」

「うーうーって頭抑えてダウンしてたよね。起こしてあげたけど動けそうになかったし? まぁ自業自得ともいうんだけど」



 コレットちゃんには出発前にちゃんと声かけた。でも動けなさそうだったから、その場でサラッと挨拶済ませて出発ちゃったんだよね。

 これはアルルの言う通り今頃は後悔してそう。

 お酒の量はアルルとコレットちゃんって同じくらいだと思ったんだけどな。

 アルルは普通にピンピンしてるんだし。

 うーん、なんでだろ。……年?

 いや、体質ということにしておいてあげよう。何かコレットちゃんが哀れすぎるし。



「まぁ大丈夫だと思うわ。あの店には頼りになる方達が大勢いるみたいだし?」

「確かに」

「うん、お姉さん達ならバシッと言ってくれるよね〜」


 そうそう、あの腑抜けてたコレットちゃんに喝を入れたのって、お姉さん達なんだってね。なら、大丈夫なのかな……?

 うーん。どうだろう。


「あの時の宴会みたいに酔っ払って羽目を外していなければ、って付くのかな?」

「……ぇ、ええ、そうね」

「宴会? ……きゃあん♡」

「むぅ、アルル。もしかしてさ、いや確信込めて聞くけどさ。あの時の記憶、絶対持ってるよね? ねぇ? 記憶がない訳がないよねぇ?」

「う〜ん? うぅん……ふふ、ヒミツ〜♡」


 両手で頬を挟んでえへへ〜っと大層可愛らしく笑うアルル。うん、可愛い可愛い。


 けどさー、それ誤魔化してるよね?


 まったく……アルルのお茶目さんめっ。

 あ、でも小悪魔なアルルも案外可愛いかも?

 いや、とりあえず後で『めっ!』ってしておかないとだよね。

 アルルがキス魔になったら大変だもん。


 あの時みたいな行動はやっぱりいけません。キスは好きな人と、結婚式の時に初めてするくらいでちょうどいいのです。

 もう初めてを失くしてる俺が言っても説得力がないけどさ。そんな頻繁にするなんてやっぱり恥ずかしいじゃない?


 それに許嫁云々は置いておいて。


 もしかしたらの話。この先アルルに好きな人が出来るかもしれないじゃない?

 その時を思うと申し訳ないものね。

 アルルに責任を取れなんて言われてもどうにもできないし、もうお兄ちゃんどうしたらいいのか……はぁ。

 シャルお兄ちゃんは愛妹の将来が少しだけ心配です。

 とりあえず、キス魔化は阻止しましょう。





「見送りといえば、シャルってユミルネさんから何か貰ってたわよね? 少し意外だったわ、あの人の性格的に」


 はたと思い出したようにニーナが言う。

 俺もニーナの言葉で、お兄ちゃんモードだった思考を戻す。


「んーまぁねぇ。確かに師匠って見た目でいえば美人さんだけど、目付き悪いし口調尊大だし? 僕を抱きかかえて抱き枕替わりにしてくるし? なにか、おっそろしい実験とかしてたりするんだけどね?

 でも、話してみると案外面白くて楽しいし、良い人だよ。あの日も不器用な師匠らしい態度だったもん」


「言いたい放題ね……」



 そう。ニーナの言う通り。

 あの日、出発日の早朝にはなんと師匠が見送りに顔を見せてくれた。

 あの夜型人間で朝が苦手な師匠が、だ。


 城門の前で、壁に寄りかかって腕を組みながら待っていた姿が印象深い。

 非常に絵になっていてカッコよかったぁ。

 シャンとしていれば師匠は貫禄があって格好良いのだ。


 ただ見送りと言いつつ、師匠には一方的に言葉をかけられただけなんだけどね。

 近づいてきたかと思えば『餞別にくれてやる』と、少し大きめの布袋を投げ渡され、頭を乱暴に撫でられ、そのまま颯爽と帰って行ったのだ。うーん、師匠カッコいい。


 そんな師匠に投げ渡された布袋の中には、贈り物以外にも、二つ折りにされた紙切れ──手紙があったんだけど。

 その内容が『それは空間系の魔法具だ、この先の旅に役立てると良い。お前の成長を吾は楽しみに待っておく。また会おう』

 と、なんとも迂遠で師匠らしい激励の言葉が書かれていた。これには思わず笑みをこぼしたものだ。


 そして師匠からの贈り物は、腰付けのベルトポーチみたいな魔法具だった。

 サイズは少し大きめで、収納箇所が幾つかに区分けされていて、各収納口の空間が僅かながらに揺らめいている。

 このポーチは、領域空間に大量の道具を収納できる魔法具として知られている物で、領域の限界を超えない限り、いくらでも収納が出来ちゃう、ぶっ壊れ系魔法具である。

 ただ、保存出来るとはいえポーチ内の時間が止まっている訳ではないので、普通に劣化はする。食べ物とかの扱いは注意が必要だ。


 あと空間系の魔法具なだけあって、かなりの希少品。普通なら簡単には手に入らない代物でもある。こんな物凄い高価で珍しい魔法具をポンと餞別で渡すなんて、やっぱり師匠のやる事は予想ができない。


 いや、嬉しいんだけどね。

 嬉しいんだけど、ほら、余りに高価な贈り物をされると、逆に申し訳なくなるというあれだよ。

 んー、これは師匠の期待に応えない訳にはいかなくなったなぁ。もとより応えるつもりだったけれどもさ。




「シャルくん、お家の鍵も貰ってたよね〜」

「うん、師匠のお屋敷の合鍵ね。師匠のお屋敷に置いてきたんだけど、なんか送り返されちゃったんだよ」


 言いながら首にかけられている一つの鍵を取り出す。これは、撫でられた時に師匠に渡された物。

 屋敷に最後行った時に調合室へ置いてきたんだけど、あっさり返されてしまった。


「師匠の手紙によると、この鍵も魔法具らしくてね、世界各地にある師匠の別宅にも使えるらしいよ?」

「別宅って。あの人、自宅すらも魔法具化してしまってるのね……。で、貴方その場所は聞いてるの?」

「ううん、知らない」

「それじゃ意味がないわね……」

「ん、だから今はお守り代わりに持ち歩くことにしてる。母様のお守りと合わせて効果が二倍になればいいんだけど」


 首から下げられているもう一つ、母様から貰ったペンデュラム型の首飾りとを見比べて答えた。ニーナもそれを聞いて苦笑いを返してくれるし、アルルもニコニコである。

 ああ、アルルはベーシックか。






「さて、今日はこの辺りで野営にしましょう。日が暮れれば行動しずらくなるし冷え込むわ、早めに準備しちゃいましょう?」


 話し込んでいると野営に向いた場所を選定し終えたニーナが足を止めた。

 こういう時、旅に慣れている人がいるとすごく頼もしい。


 現在地は密度の薄いちょっとした樹林帯の林道から少し外れた所にある、開いている場所。そこを今日の設営地に決めた。


 水場も近く、少し歩いた所に小川が流れている。まぁ水には困ってないし余り関係ないんだけどね。


 各人の担当振り分けは、

 アルルが薪や燃料になりそうなもの集めと周囲巡回、ニーナが食物集め、俺が寝床の設営という割り振りになった。


 俺的にはかなり満足な采配だ。

 寝床の設営とはつまり力仕事。まさに漢の本領を示す役所。俄然やる気出ますよ、気合い入れちゃうよ!


 と。気合いマックスになった俺の所に、小さな足音をさせてニーナが近づいてきた。



「何も言わないから大丈夫なんでしょうけど確認よ。この周辺に危険はあるかしら?」

「ちょっと待ってね……ん、大丈夫みたい。特に危険はなし。準備し始めて問題ないよ。でも、警戒だけはしておいた方がいいかな」

「……そう、わかったわ。ありがと」


 

 ノータイムに近い速さで返答すると、満足顔になったニーナは、食べ物を集めに行くと言って離れていった。


 ニーナの信頼を勝ち取れているようで何よりです。彼女が確認に来たように、いまの俺は魔法によって周囲の状況を、ちゃっかり把握出来てたりする。


 俺は候都での弱虫生活から、街の外に出る際、もしくは危険と思われる場所に行く際には、警戒心を常に一定以上持つことを学んだ。


 その為、出発してから常時二つから三つの魔法を発動・維持している。


 いま周囲には、水の玉をいくつか浮かせてある。

 普段この水はフヨフヨ身体の周りを飛んでるだけなんだけど、俺が任意でこれを発動させれば、すぐさま水弾攻撃や水壁防御として機能してくれる使い勝手のいい常駐魔法だ。

 それ以外に、俺が維持している魔法で際たるものは、風属性の上級感知魔法だ。


 操者の力量で規模は変わるんだけど、だいたい自分を中心に、半径百メートルの半球状の範囲を探知できる魔法。


 この探知領域に、人や動物が入れば空間の揺らぎとして間違いなく気づける。

 少し意識を研ぎ澄ませて感覚値を上げてやれば、リス程度の小動物だろうと探知できたりもするんだけど、絶っ対したくない。

 一度、感覚値を限界近くまで上げた時に、虫に全身を這われるような最悪の感覚に襲われてね……もうトラウマなの。

 まあ、普通に使う分にはありだから普通に使ってる。普通が一番だよ。


 それに実を言えば、俺自身が最も優秀な探知装置でもあるからね。虚弱体質が解消したおかげで五感フルに使えるから死角なし。

 もう百メートルなんていわずにガンガン知覚出来ちゃいますよ。



 道中も、この万全な警戒網を通り抜けて奇襲できたモノはいなかった。

 魔物による襲撃は何度かあったが、いずれも待ち構える余裕すらあって、一瞬で蹴散らせたし。

 今の俺に不覚はないのだ。

 まぁ、調子乗ってると痛い目をみるのは分かってるし自重するけど。



 さて、思考が逸れたが今は寝床の確保だ。

 ここが腕の見せ所だからね。頑張りますよ!




2018/01/17-脱字修正

2018/04/03-1話〜47話の『――』を『──』へ変更

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