候都での日々⑦
「ぬっふっふっふっ! やぁ〜っと帰ってきたのね、お三人っ! 待ちくたびれたわ?」
蓮華亭の前で、腕を組んで仁王立ちをしていたのはコレットその人だった。
「ん、コレットさん戻ってる?」
「ううん、シャルくん。あれは戻ってるとは言えないかも〜」
「ええ、あれは行っちゃいけない場所に、片足を突っ込んでる人の目よ。危険だわ」
「そうなの? 普段のコレットさんて大体こんな感じだった気がするけど」
「シャルくんの前だとそうかも。暴走してるとき多いもんね!」
「はぁ、まったく。あの子、変な事を考えてなければ良いのだけど……」
いきなり復活したコレットに対して、幼女三人衆は揃いも揃って、好き放題に言いたい放題を言っている。
「いやいやぁ、お三人には心配おかけしたね! 明日出発なのに私がしけた顔してちゃあ迷惑だわよねぇ!! でーも大っ丈夫、ほら私ってば復活したのよ!! ささ、お三人。お店に入って頂戴! びっくりさせてあげるから!! ぬっふっふっふっ」
「……ん、拒否していい?」
「でもでも、入らないとどうにもならないよ〜? あの目は狩人の目だよシャルくん!」
「ま、まぁあの子を信じましょ? 多少おかしくなってても常識は残ってる筈よ、多分……」
三人は肩を寄せ合って密かに相談していたのだが。
ガシィっ!!
「にゃ!?」
「へ、ちょっ!?」
「さぁさぁ中に行きましょうねー?」
「シャルくん! ニーナちゃん!」
シャルとニーナの肩を、後ろからガシィっとコレットが鷲掴みにして、店内へと引き摺っていく。
さり気なく魔手から逃れていたアルルだったが、二人が囚われたので恐る恐るコレットの後ろに追従して蓮華亭に踏み入った。
すると。
「なにこれ」
「ほえぇ、すごいの〜〜!」
「……ふ〜ん。これは確かに貴女らしいけど、でもちょっとやりすぎじゃない?」
それぞれ感想は違うが、一様に驚きと嬉しさが言葉に混じっていた。先とは打って変わった変化である。
三人が見たもの、それは蓮華亭一階にある食事用スペースの机上に、溢れんばかりの料理が載せられ、部屋全体に余すとこなく豪華な装飾を施してある──そんな光景だった。
普段の宿屋から一転、パーティ会場になっている蓮華亭。
三人が観光に出た時には、特に何もされていなかったので、外出後に飾り付けたのだろう。なんともすごい行動力である。
それだけでなく、一階スペースにはコレット以外に人が大勢いる。
『お、帰ってきたね。どうだい驚いたか?』
『お料理が冷めてしまう前に戻ってくれて良かったですわ。これなら自信作を美味しく食べていただけそうですわね』
『ふふ、驚いてる驚いてる。これが観れただけでも私は満足だなー』
『ささ、三人ともこっちにいらっしゃいな。お姉さんが飲み物注いであげるわ』
蓮華亭を利用している冒険者のお姉さんたちであった。
どうやらこの席のセッティングにも参加していたらしく、シャルたちの顔を見てはご満悦の微笑みを浮かべている。
そうして、困惑状態のまま場の中央に招き入れられた三人は、あれよあれよと飲み物を注いだ杯を渡され、お姉さん達も次いで全員が飲み物を持っていった。
「ではでは! 不肖この蓮華亭の主人であるコレットさんが代表で、祝辞を述べさせて頂きーます! ……ええ、ええ、思えばまだ数ヶ月前の出来事でしたねぇ、あれはニーナっちがいつもの人助けで二人を……」
『おーいコレット、長い演説はいいからサクッとやっちまえよー。料理が冷めちまうだろー?』
『そんなのは後で聞いてあげますわよ』
『貴女ってまだ懐古に浸るほどの歳じゃないでしょう?』
「……む。そうでしたね、では! お姉さん方は待ちきれないみたいなので、ご要望通りにサクッと行きましょう。こほん!
──シャルっちとアルっちとニーナっちの旅の安全を願って、かんぱーいっ!!」
「「「「かんぱーいっ!!」」」」
皆が飲み物の杯を突き上げて合唱すると、すぐさま蓮華亭は騒がしくなった。この辺りの空気感はやはり冒険者である。
シャル達も既に困惑よりも嬉しさの方に比重が傾いているようで、冒険者のお姉さん方と談笑したりして、この宴会を楽しんでいる。
そんな中、賑やかな雰囲気に包まれつつ、ニーナとコレットは二人で密かに言葉を交わしていた。
「その様子なら心配いらないみたいね」
「あらあら、何を言うのさニーナっちってば、私は心配されずとも、この先も普通にやっていけるってね、私を誰だと思ってるのさ」
「あれだけ腑抜けてたのにどの口が言うんだか。でも、それくらい元気になってるなら、本当に問題なさそうね」
普段の態度に戻ったコレットの様子を見て、ニーナは僅かに安堵し微笑んだ。
「ふふん、心配かけたみたいだけど、もう大丈夫よー。昨日のうちにこってりお姉さま方にお説教されましたのでー。いやぁお客様は神様ですねぇ、おかげで私は元気です!」
コレットは陽気に胸を張って笑いかける。
「それはなにか違うと思うわ……。まぁ貴女が良いのなら別に構わないのだけど」
「まぁまぁ、私のことは良いからさ。そんな事よりニーナっちよニーナっち! 私はニーナっちのが心配だよー。ニーナっちってば、普段は冷静ぶってすましてるけどー、いざ何かあると、すぐアワアワするんだもの〜」
「な、何よそれ」
「ほらー」
「うっ、……だ、だって仕方ないでしょ。こればっかりは、すぐに治るようなものでもないのよ!」
視線をそらして飲み物をちびっと飲んで、誤魔化すニーナ。対してコレットは、そんな態度をニヤニヤと笑って見ている。
「いやいやぁ、別に悪いって言ってるんじゃないよー、それもニーナっちらしさだからね。でーも、いざという時にはハッキリ、シャッキリしないと、シャルっちに気持ち気づいてもらえなーいーよー?」
「……は? ぁああ貴女何を言ってるのっ!? というかそっちの話!? 脈絡なさすぎよッ!!? そ、そそれに意味がわからないわ、それじゃまるで私が…………」
「えー、違うの〜? あの一件以来、面白いくらいニーナっちの雰囲気が変わったから、私てっきりだったよー、違うんだー」
「ぇ、ええ違う……わよ? ……多分」
「ふーん。やけに曖昧だねー」
「それは……わ、私自身でもよく分からないんだから仕方ないでしょ!! もうっ……」
「そっかそっか。じゃあ一つお姉さんが助言をして上げよーう。もしそれがハッキリしたのなら素直になる事をお勧めするよー、下手にツンケンウジウジしてたら、シャルっちの事だから、怒ってると勘違いしちゃいそうだしぃ?」
「…………む、何よ、年上ぶって、私と同い年のくせに」
「ぉおぅっ」
ニーナはシャル達の前では見せた事のないふて腐れた表情で、コレットの額を軽く小突く。コレットもわかっているようでされるがまま。二人にとっては、これはお馴染みの光景だった。
「でもそうね、大切なお友達の言葉ですもの。一応覚えておくとするわ」
「うんうん、そうして頂戴っ……っとと」
「どうかしたの? 貴女なんかふらついてるわよ…………ってまさか」
ニーナは軽くふらついたコレットを支えながら、途端苦い表情になった。
「貴女、もしかしてお酒飲んじゃってる?」
「なははー、いやぁこういう席だし良いかなぁと」
「はぁ……でも貴女ってすっごいお酒弱かったわよね、明日後悔するわよ?」
「私はまだまだ若いから大丈夫よー! というか、ニーナっちは全然大丈夫なんだねー。私はてっきり弱いのかと思ってたよー」
「──え? もしかして私のも?」
「今日配った飲み物は全部だよぅっ!」
あっけらかんと満面の笑みでサムズアップしながら答えるコレット。
「──ぁ、貴女ねぇッ、私はともかくシャル達はまだ成人もしてないのよ!?」
「まぁまぁ〜、地域によっては成人してなくても普通にお酒とか飲んでるところもあるんだしぃ大丈夫でしょー? ほらぁ〜〜見てみなよー」
コレットが促した先は、シャルとアルルがいる辺り。ニーナはつられるように視線を移して──愕然とした。
「──って! あれはどう見てもマズイわよッ!?」
ニーナが赤面しながら見たものは。
「えへへ〜、しゃ〜るくん♡」
「ん、アルル? って、まさかこれお酒入ってる?」
「えへへへ〜、しゃるくんしゃるくーん♡」
「ちょっ! ま、まってアル──ひゃぁ!? んむぅ!? ん──んぅ!? ぁ、んッ、んぁ」
「んぅ……ちぅっ……はむぅ、んぅ♡」
恍惚の表情で仕草に艶が入ったアルルが、シャルを押し倒していた。
そして、しなだれかかる様に距離を詰めると、情熱的な大人のキスをする。
シャルは全く酔っていないみたいだが、それが災いしてお酒に任せて逃避することも出来ないでいた。いまや彼の顔は真っ赤に染まりきって、恥ずかしさから目を回している。
というかこれは、端から見るとなんとも百合百合しい。シャルの性別を知っていようがいまいが関係ないだろう。絶対アッチ系だと勘違いが起きる光景だ。
そんな情熱的で耽美な行為をする二人を見せ物に、程よく酔いが回ったお姉さん方も、やんややんやと囃し立てているのだから始末に負えない。
「な、なななな何が大丈夫なのよーっ!! 大変な事になってるじゃないの!!?」
「良いわよねー、なんか耽美的って言うの? 見ていてゾクゾクするわよねー!! 私も混ざりたいくらいよー、どう? ニーナっちも混ざっちゃう? いまなら勢いで行けそうだよ? ちゅ〜しちゃう? ちゅ〜」
「ば、馬鹿言わないでよぉ! そそそんな事より早く止めないとっ!?」
「んもう、相変わらずお堅いなぁ〜。じゃあニーナっち、そういうなら早く止めに入ってあげれば〜? ぬふふ♪」
「……くっ、他人事みたいに言ってぇ…………もうっ!」
ニーナは溜息ひとつ、後ろ髪引かれながらもアルルの暴走を止める為、小走りで輪に加わっていく。
こうして。そんな喧しくも楽しい宴会は夜遅くまで続けられた。
だが当然、シャルとアルルとニーナは早朝、寝不足気味で候都を出発することになったのだった……。




