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候都での日々⑥


 候都出立をシャルたちが決めて早数日。

 食料などの入り用な物の準備も、滞りなく済ませ、あとは明日の出発を待つのみとなっていた。

 挨拶回りなども早々に終わらせているので、特にやるべき諸用もなくなった三人は、ここに来て暇を持て余す。


 探そうと思えば、シャルなら修行や研究、アルルとニーナなら依頼など幾らでもあるのだが、流石に出発前日にまでやろうとは思わなかったみたいである。

 しかし、暇とはいえそこでダラダラ無為に過ごそうと考える者は、この三人の中にはいなかったようで……。



 シャルたちは現在、露店が立ち並んだ活気溢れる候都の大通りに出向いていた。

 キッカケは今朝にアルルがいった言葉。



「うぅ、シャルくん分が足りない!」

「アルル? どうしたの急に」

「急じゃないよ〜! あたしもっとシャルくんとギュッとしてたい。最近は別行動ばっかりだったの。あたしの中のシャルくん分が足りないの〜〜」


 背中からガバッと抱きついて、アルルは甘えるようにシャルの耳元で言う。


「僕からすれば毎晩毎晩ギュ〜ってされてる気がするんだけど?」

「それはそれなんだよシャルくん! 夜は夜で別なの!」

「そっかぁ別なのかぁ」


 それはそれ、なんとも便利な言葉である。

 冒険者になってからというもの、妙にアルルの強かさが上がっている。

 これはそう遠くない内に、シャルを陥落させる事だって出来るかもしれない。



「んー、なら今日一日を使って観光でもしてみる? 考えてみれば色々あって観光なんてする暇なかったし、アルルの希望も叶えられると思うよ?」

「観光?」

「そう観光。手繋いで一緒に街を見て回って、例えば買い物したり、食事したり、演劇を観たりして一日を過ごすの」

「する!!」

「即答なのね。じゃあこれから支度して街にでようか」

「わかったのっ! それじゃあニーナちゃん呼んでくるね〜!」


 アルルは笑顔を弾けさせてトタタっと上の階へ走っていった。


「うん? なにかいま説明を大きく間違えた気がするけど……気のせいかな。家族で手を繋ぐのは普通だもんね」






 そんな経緯で、観光──もといデートに繰り出す事になった三人である。


 巻き込まれる形となったニーナも、意外なほど簡単に了承し、シャルの右側に無意識だろうが、ピッタリ寄り添うようにして歩いている。

 左側にはアルルが、要望通りにギュッと抱きついて満足そうに笑っている。左腕の都合でシャルの身体に腕を回すような形になっているが、そこは互いに問題ではないようだ。



 三人はシャルを中心に横一列で歩く。

 普通であれば男女の関係を見せつけるこんな行動でも、この一行がすると、ただの仲の良い姉妹にしか見えないから不思議である。


『お。おい見ろよあそこ! あれって噂の激かわチミっ子冒険者だよな!』

『うっわホントだ。てか噂以上じゃねーかよ、くっそ可愛いなオイっ!』

『スゲぇ食いつきだな……お、お前まさか』

『な、なに言ってやがる! 可愛いに年齢なんて関係ねぇだろ?!』

『そ、そーだよな!』

『おう!!』


 耳をつくのはそんな会話と視線。


「……恥ずかしい」

「気にしない気にしな〜い♪」

「ええ、気にするだけ無駄よ」

「二人が逞しすぎる……」


 子供なのもあって嫉妬の目には無縁のシャルだが、それでも目立たないわけではない。

 逆に面白いくらいに目立つ。


 片や、珍しい輝きをする銀髪の美幼女。

 まだ大人の女性としての美しさは見られないが、逆に年齢特有の万人受けする愛らしさと、おそろしく整った顔立ち。闘力の影響からくる存在感で人目を惹く。

 ついでに幼き英雄の噂が広がっているのもあって、そちらからの注目も多い。


 片や、一般目線では亜麻色と緑の瞳を持つ聡明そうな美幼女。

 見た目通りの理知的な物腰や雰囲気と、擬装をかけても隠しきれないエルフ特有の整った容姿は当然ながら人目を惹く。

 シャルの耳飾りを身に付けるようになって、フードを被らなくなったのも大きい。


 そして、最後にして再要因。

 本人は認めたくないだろうが、シャルこそが一番目立ってしまっている。

 アルルよりも珍しい黒曜石のような黒い髪と、キラキラ輝く深緋の瞳は最高級の宝石の如く。年不相応な落ち着きある雰囲気には、妙な艶が含まれており見た者の心を乱す。

 人々を惹きつけ魅了する愛らしい仕草に、基本無表情ながら時折見せる自然な笑顔は、同性や異性問わずに猛威を振るっている。


 はて、彼は本当に男性なのか分からなくなる。もう男らしさが絶無である。

 どう見ても傾国級の美幼女でしかなかった。



 この様に個人でも耳目を集める存在の三人だ。そんな彼らがこうして人が多い場所に一同に集まればどうなるか……


『ほぉ、今日も皆んな一緒なのか。相変わらず仲がいいねぇ。まったく微笑ましい限りだよ。ほっほっほっ』

『なんでぃお前ぇら、この街を出るんだってな、道中には気ぃつけろよ? んじゃあほれ、これは儂から餞別だ持ってけ持ってけ』

『貴女達の姿が見られなくなるなんて寂しくなるわねぇ、またこの街に来たらウチの店に来て頂戴ね、その時は最高のもてなしをしてあげるわ』


 ソフトな所でもこんな感じになる。

 更に深く周囲を探るならば……


『はぁ、やはりアルルちゃんは可愛いなぁ、娘に欲しいぜ、まったく』

『そうね、でも隣にいるシャルちゃんこそ至高の愛らしさよね!!』

『いやいや、静かに佇むあの凛然としたニーナさんが一番でしょうに!』

『なにおぅ!? 俺らアルルちゃんのパパとして見守る会こそ正義だろうよ』

『馬鹿を言わないで! 確かにアルルちゃんも可愛いけど、私達シャルちゃんを愛でる会が上よ!』

『バカを言うんじゃない、僕らニーナさんに罵られ隊が一番でしょうに』

『『黙れ変態っ!』』


 と、本人たちのあずかり知らぬ所で自分の推しを賞賛し、醜く争い合う人達まで居たりもする。

 更に酷いところだと……


『うむ、やはり幼女は素晴らしいなっ!!』

『はぁはぁ。諦めないでふぅ。あの幼女全員を嫁にぃ〜。でゅふふふ❤︎』

『アルルたん、ぺろぺろ』

『ニーナきゅん、はすはす』


 明らかに危険な思想を滲ませる者までいる。ちなみに後ろの三人は、アルルやニーナにまで穢れた欲求を向けていた報いとして、シャルが密かに風魔法で制裁を加えていた。


 大衆の前で全裸を晒して捕まる男が出たようだが、シャルには関係のないことであった。

 そして、なんとも面白い事に、シャルを信奉している信者達は、この場にはいない。

 どこから仕入れたのか、シャルは注目されるのが嫌いとの情報を知っているようで、一瞬だけシャルを見て目に焼き付けると、恍惚な笑顔ですぐにその場を立ち去っていくのだ。

 無駄に訓練された信者どもだった。




 視線にさらされながらも、露店で目に付いた小物や食べ物を見たり買ったり、または贈られたりしながら三人は楽しそうに通りを抜けていく。

 服飾品が並ぶお店にも多く声をかけられていたが、目を輝かせていた店員を見ると多く買わされそうだったので、しぶしぶ荷物の都合上とお断りしていた。

 しかし、機会があれば今度アルルやニーナに、何か買ってあげたいと思った様子のシャルであった。


 しばらく観光を楽しんだ一行が次に向かったのは、候都中層にある人目が少ない隠れ家的な喫茶店だった。先導はニーナである。

 ニーナは足取り確かにアルルとシャルを案内していく。ずっと多くの視線を向けられ続けて、かなりお疲れ気味のシャルにはこの気遣いは嬉しかったみたいで、柔らかな笑顔が浮かんでいる。


 意外かもしれないが、候都に限らず王国には水以外の非アルコール飲料を取り扱った喫茶店は数多ある。この店もその一つ。


「へぇ、こんなお店があったんだね。全然知らなかったよ」

「知らなくても無理ないわ。私も偶然見つけただけだもの。でも良いお店でしょ?」

「ほえ〜、あたしたちの他にもお客さんは結構いるんだねっ」

「そうね、分かりづらい場所に立ってはいるけれど、この雰囲気が好みの常連さんが結構いるみたいよ」


 常連の一人であろうニーナがそう言うと、お店に設えられたテラス席の一つに三人は腰を下ろした。


 お店は、青い屋根が特徴的な候都では少ない木造の建物だ。お店の備品であるお洒落な丸机や、椅子なども木製で統一されている。

 それだけでなく、その椅子一つとっても、うるさくならない程度に装飾や彫刻が施されていて、妙に品がある出来栄え。

 観葉植物や小物の配置もごちゃついてなくセンスが良い。

 全体的に雰囲気も静かで落ち着いていて、木の良い香りが仄かに揺蕩い、菓子類の甘い匂いも相まって、気分はさながら森の小さなお菓子屋さん。

 この喫茶店の全てにおいて、店主の拘りが余すことなく溢れている。


 シャルもこのお店が琴線に触れたのだろう。もっと早くに知れていればといった表情であった。


 そうしてダンディな店主に注文を済まし、しばらくしてから三人に運ばれてきたのは、色々な果物に彩られたフルーツタルトや丁寧に作り込まれたパイやクッキーなどの焼き菓子だった。

 どれも食べやすいサイズで仕上げられていて、お口の小さな三人にも食べやすように配慮されている。添えられたハーブティーからも爽やかな香りが漂ってきて、三人のテンションはますます高まる。


 普段から野菜や果物の果実類を好んで食するニーナであるのだが、このお店のデザートに関してはピンポイントなのだろう。

 心なしか表情が柔らかい。小食であまり間食をしないシャルとアルルでさえ、この菓子類には瞳を輝かしているのだから、仕方ないのかもしれない。


 加えて、味の方も絶品なようで、三人は笑顔を弾けさせながらお菓子を堪能する。

 そして、自分が食べたその美味しいお菓子をシャルとも分かち合いたいのか、アルルがとあるお馴染みの行動を起こした。


「シャルくんシャルくん。これ美味しいよ? はいあ〜んして♡」

「ちょっとま──んむッ。……あ、美味しい。じゃあお返しにアルルにも、はい」

「あーん……えへへぇ、おいしぃの〜♡」


 両頬を抑えていやんいやんと首を振るアルルは最上級の笑顔。そんな可愛らしい反応を見せるアルルにシャルも微笑みの表情。


 なんというか、この二人が甘々である。

 シャルたちのやりとりを見ていた常連客は、いつしか全員が微笑ましい表情を浮かべていた。

 シャルやアルルの身のこなしには、生来の品が備わっているようで、何故かいちいち映えてしまう。それは多少のマナー違反でも問題ないくらいに。

 同じく見ていたニーナも、心なしか羨ましそうな顔をしていたほどだ。


「ん、ニーナにも、はいあーん」

「……な、何のつもりよっ。わ、私は別に一人でも食べられるわよ」

「んふふ、知ってる。でも試しに、ね♪」


 ニーナの表情を仲間外れでショックを受けたのだと思って、一切れの菓子を匙に乗せてニーナの口元へ伸ばしたシャル。

 束の間の逡巡をしたニーナではあったが、結局断れずおそるおそるとそれを受け取ったのだった。


「……なんというか、普通に恥ずかしいわ。この歳で食べさせてもらうなんて」

「大丈夫大丈夫。ニーナも見た目では僕たちと同じくらいなんだし、とりわけ恥ずかしがる必要はないと思うよ」

「そ、うだけど……仕方ないじゃない。こういうのは慣れてないのよ……」


 もじもじと俯きながら、頬を朱に染めてそっぽを向くニーナ。



「ニーナちゃんてば、かわいいのっ♪」

「ん、可愛い可愛いっ」


「──なっ!? き、気軽にそういうこと言うんじゃないわよッ……特にシャルっ!」

「え、僕?」

「そうよ、貴方はアルルと許婚同士なんでしょう? だったらそういうのはアルルに言ってあげなさいよ!」


「……ぅ、飛び火したっ。許婚。んんぅ、確かにアルルからそう聞かされたよね……」



 シャルはこの話題に苦い顔をする。

 まだ許婚の詳しい話を聞いていないというのもあるが、特定の感情を持つのが難しい&刷り込みに近い形で好意を得たとも思っているシャルは、この話にまだ自分の答えを出せていない。


 そんな背景があり、ニーナの言いに困惑して答えかねていると。



「ん〜? あたしは全然平気だよ? だってあたしシャルくん大好きだけど、ニーナちゃんも同じくらい大好きだもん!」


 とんでもない言葉の刃が振るわれた。

 シャルとニーナは絶句。

 しかし、アルルの無邪気な言葉は尚も続く。


「だから、ニーナちゃんがシャルくんを好きになってくれればあたしも嬉しいの! あたしとニーナちゃんで、シャルくんに二倍大好きな気持ちをあげられるんだもんっ! えへへ、これは素敵だよぉ〜♡」


「…………な、なんて暴論なのかしら」

「……同感。んぅ、でもある意味でアルルらしい……のかも?」

「シャルくんシャルくん。そーいう事だから、これからも気にせずニーナちゃんに優しくしてあげてねっ♪」

「あ、あはは……うん、任せてよ。それに、僕もニーナはアルルと同じで、かけがえのない大切な存在だって思ってるからね。優しくするのは当たり前かな」


「──えぇッ!? は、え……ぁ、ぅ」



 サラッとシャルが言った台詞に、許容限界を超えてしまったニーナは、ぼしゅーっと茹で上がった様に赤面して身動きを止めた。

 シャルとアルルには、エルフ耳が先まで染まりきっているのが見えるほどだ。


 本人を前に篭絡しちゃえ発言をしたアルルもそうだが、天然で恥ずかしくなるような台詞を言えるシャルも大概であった。



 そんなこんなで、甘っ甘な一時を過ごした後、一行はブレイクタイムに入ってハーブティーを片手に、当たり障りのない雑談に耽っていた。

 照れ照れで真っ赤だったニーナも、既に調子を取り戻している。




「……ん?」


 そんな折、ニーナが何かに気づいたように会話を切ると視線を外した。

 その視線の先はテラス席からほど近くに見える小さな広場だった。そして、広場に植えられた植栽、背の高い木の下には困り顔で佇む幼い子供がいた。

 ニーナにつられて視線を移していたシャルが子供の視線を辿る。

 木の高い位置に一つの鍔広の帽子が引っかかっているのが分かった。おそらく風にでも飛ばされて引っ掛かってしまったのだろう。


「ニーナ、よく気づいたね」

「ほらだってシャルくん、ニーナちゃんは無償の人助けをしてくれた人だよ〜?」

「なるほど、人助けが常の人なら困ってる人がいないか敏感なのか。ふふ、ほんとニーナってば優しいね」

「んね〜っ」

「あなた達は茶化さないで! まったくもぅ…………うん、あのくらいなら」


 二人の褒めそやし攻勢に丁寧に照れつつ、小さく呟いたニーナは手のひらを木に向けた。集中を高めるため目を瞑る。

 シャルたちは集中を始めたニーナの邪魔をしないよう、口を噤んで見守る態勢に入る。


 しばらくすると、シャルの視界には蛍のような小さな光が幾つも見え出した。

 そして次の瞬間には木がひとりでに大きく揺れて、引っかかっていた帽子が落ちていく。


「お〜! ニーナちゃんすごーい!」

「そんな事も出来るんだね」


 精霊が見えないアルルには、ニーナが木を直接揺らした風にも見えたようで、キラキラした目で褒め称えている。


「……あ、いや、それ程では。それにこれは最近扱えるようになった力というか」

「ふーん、そうなの? 今のって契約外の精霊に指示を出してた様に見えたけど」

「正確には精霊になる前の精霊? にお願いしてるって感じよ。精霊使役と違ってちょっとした事しか出来ないのだけど」

「へぇ、何かそっちの方がすごい気がするけど。でもそんな事できる様になったなんて、ニーナってば隠れて修行でもしてたの?」

「うんうん! 気になる気になる〜!」

「そ、それはないわよ。ホント突然だもの。理由は分からないけれど騒乱の後に目が覚めてから、なのかしら? いつの間にか出来るようになったのよね……」

「へー、ソウナノカー」

「なんで片言なのよ?」


 ニーナの発言から、突然ぎこちない片言で話しだしたシャル。その態度に疑問符が浮かぶニーナだったが、追求がシャルに向かう事はなかった。


 一つの幼い声が三人の耳に届く。


「ご歓談中のところ失礼いたします。ひとつお伺いしたいのですが、もしかして先のは貴女方が手を貸して下さったのでしょうか?」


「…………っ、そうね。少しだけだけど手伝ったわ。でも気にしないで良いわよ、別に見返りを求めての行動ではないし」


 まさか帽子が落ちてきた理由に、どうやってか当たりをつけてお礼をしにくるとは。

 そんな考えに至ってなかったニーナは、内心で微妙に慌てながらも正直に答えた。

 ただ、流石は生粋のコミュ症。シャルたち以外の他人には相変わらずの冷徹な態度になってしまうようだ。



「そうで御座いましたか。ですが、お礼は言わせて下さい。この帽子は凄く大切なものでしたので助かりました。このご恩はいつか必ずお返し致しますわ」

「別に気にしなくていいわ」



 とても丁寧な言葉遣いで語る女の子に、ニーナは表情を変えず応対する。

 この女の子は、ブラウンの長髪をしたまだ年端もいかない幼女である。三人よりも年上ではあるが、それでも十歳ちょっとにしか見えない。

 そんな幼い彼女だけに、いまの近寄りがたい雰囲気のニーナには、気後れするのでは──と思いきや全くその気配はなく、むしろ礼儀正しく自己紹介を始めた。


「申し遅れました。私の名はフロルといいます。恐れ入りますが皆様のお名前を伺わせて頂いても宜しいでしょうか」


 そんな子供らしからぬ子に、丁寧な質問を受けて少し惚けたニーナだったが、すぐさま問いに答えた。ついでとばかりにシャルとアルルの二人も名乗る。


「……私は、ニーナよ」

「シャルラハートです。シャルでいいですよ」

「えへへ、アルリエルですっ! アルルでいいのっ♪」

「ニーナさんに、シャルさん、アルルさんですね。この度は私に御手を差し伸べて頂き、誠にありがとうございます」


 そう言うと、フロルと名乗った女の子は、長めなスカートの裾をちょんとつまみ、両手で軽く持ち上げ片足を引き、背筋を伸ばしながら頭を下げてお礼をする。

 なんとも流麗な立ち居振る舞いに、三人ともが目を奪われていた。


「それでは、今日はこれにて失礼させていただきますね。お楽しみのところお邪魔してしまい申し訳ございませんでした。またお会い出来る日を楽しみにしております」


 そう言うと早々にかつ優雅な足取りで女の子は立ち去っていった。

 その姿を横目にまずニーナが口を開いた。


「……私、なんか貴方に出会った時と全く同じ気持ちになったわ」

「僕ってそこまで見た目と性格に違いはないと思うけど? 今の子は確かに礼儀正しくて子供らしくはなかったけどね」

「どこかのお嬢様かな〜?」

「ん、おそらく。仕立ての良い服だったし、物腰も洗練されてたから、どこかの良家のご息女なのかもよ?」

「そう言われるとそう見えるわね……」



 各自が言いたい事を言い出す。

 普段、気荒な冒険者や豪胆な商人と話す事が多い三人は新鮮な気持ちを味わっていた。


 とはいえ。長いあいだ話し続けるのも良くない。店に来てから結構経っているので、そろそろお暇する事にしたシャルたち。

 陽もだいぶ傾いているので観光ついでに蓮華亭へ戻る事を考えれば、丁度いい時間帯。


「そろそろ帰ろうか」

「うん! 明日は早いもんっ」

「そうね、それにコレットも心配だし」

「「あ〜忘れてた」」

「……あ、あなた達ねぇ」



 蓮華亭の女主人を思い出してシンクロの回答をする二人と苦笑いを浮かべるニーナ。

 実際、候都を出ると伝えた日からコレットは魂が抜けたようにフラフラしている。

 なんとか業務は維持できているものの危なっかしくて見ていられないのだ。


「心配だし早めに戻った方が良い?」

「うんうん、賛成だよ〜」

「まったく、世話の焼ける子ね」


 そうして一行は腑抜けたコレットを心配して、足早で蓮華亭に戻っていった。




 ……のだったが。

 その心配とは裏腹に、蓮華亭の前には不敵な笑みを浮かべたコレットの姿があった。







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