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候都での日々⑤



 ニーナに耳飾りを強制贈与したあとの事。

 お互い夕方まで特にやるべき仕事もなかったから、思い思いに時間を過ごす事になった。


 俺は一度、新薬作りか問題児の調教でもしてこようかと考えたが、即時却下。

 連日の調教でクタクタだし、たまにはこうしてニーナとのんびりするのも悪くない。


 それにこれは丁度いい。

 この際、あの子とゆっくり遊んでみたい。

 ファンタジー探求をしましょ?


「あのあのニーナさん。精霊と遊びたいので、もし宜しければ出してもらえませんか?」

「え? あぁうん。構わないわ。というより、ふふ、その口調はなによ。……はい」


 そうして、ニーナにおねだりをして木杖に宿る精霊たちを全て顕在化させてもらった。



 いやぁ。あの騒乱以来、久しぶりにこの子たちをみたけど……うん、やっぱりかなりやらかしちゃったよね、俺。



 実はあの事件がキッカケでニーナの精霊にとんでも変化が起きていた。


 ニーナの精霊は全部で七体。

 その精霊全てがもれなく、以前とは別の姿形を取っている。

 身体の作りが半透明なのは変わってないけど、いま部屋には赤い炎のような燐光を散らす火鳥やら、水も無いのに部屋を優雅に泳ぐ水蛇のようなもの、可愛らしい栗鼠とかの精霊が居る。

 これ全部が、人魂みたいだったあの精霊さんたちです。


 もうなんか動物園ってな有様。

 この精霊たちを見る度にいつも思うよ。

 ──どうしてこうなった? と。


 そして、最たる興味対象はニーナの近くに浮いている一体、いや一人の精霊さんだ。

 この子だけは、見た目が動物型ではなく人型だ。

 まるで御伽噺に出てくる妖精さんみたいで、俺の心はピョンピョンしていたりもする。

 まぁ今はその感情は置いておくとして。


「ニーナ、あれからこの子たちについて何か分かった?」

「いえ、もう正直何が何やらって感じよ。私も最近になってようやく慣れ始めたのよ? こんなの簡単には許容できないもの……」

「ふふ、そうだよねぇ」


 ニーナがこの精霊を初めて見たときなんて、らしくないほどポカーンとしてたもんなぁ。

 俺もある意味で人のことは言えないけど。



 調べによると精霊は上位種になればなるほど、ドンドン人の姿に近づくみたいでね。

 人型に近づくと、感情の起伏にはあまり変わりがないみたいだけど、自我や思考能力は明確に形成されていくらしい。


 それに、ニーナ曰く。


『精霊の上位昇化なんて、何百年に一度起こるか起こらないかっていう、一種の神秘なのよ? こんな風に纏めて一斉に起こるなんてどんな異常事態よ』


 ──と、困惑した表情で精霊について語っていた。


 まぁ? この子たちがこうなった原因については? うん。ちょ〜っとだけ思い当たる節がない訳ではないんだけどぉ。薮蛇とか勘弁だし? まだ確定してない仮説段階だから今は心の奥底にしまっておこうかな?

 ただ、新薬と問題児の取り扱いには厳重注意が必要だよね〜って事よ。


 この件も、純粋にニーナの戦力が上がったと考えておくのが精神衛生上よろしい。

 問題が起きたら起きた時に考えれば良いや。俺の優秀な直感くんによると大丈夫ぽいし。


 そんな問題の先送りをしていたら、愛らしいお姿のファンタジーの権化さんが近づいてきた。



『挨拶。オ久シブリデス、主ノ恩人サマ』

「はい、ご丁寧にどうも」


 無機質ながら知性の滲んだ声音である。


 ん、この精霊って能動的にも話せるんだったっけね。うん、忘れてたから少しビクっとしてしまったよ。そういえばあの時も普通に話してたもんね……。


 思い出すのは、騒動の最中。

 冒険者ギルドの前で遭遇したのが、この精霊さんなのである。


 そして『助ケテ』という言葉だけを連呼し、くり返し伝えてきたのだ。


 あれで嫌な予感に拍車がかかって、戦場に向かう決心が完全に固まったとも言えるから、ニーナにとって真の恩人はこの精霊だったとも言える。


 それに、戦闘終了後、俺が意識朦朧としてた時にも、この精霊は何故か流暢になった言葉で『提案。後ハ任セテ下サイ。私ガ、オ守リシマス』なんて提案をしてきたりもしたのだ。

 あの時は本当に限界を振り切っていたから、何も考えられなかったけど。

 あの変貌振りからすると、やっぱり原因は俺ですね。


 でも、結果的に言えば、この子は随分と俺好みの成長をしてくれたのだし万事オッケーでしょう。人の姿を模した精霊さんなんて、素敵な妄想が捗るね。

 既に俺の脳中ではこの精霊さんは少女化され、背には羽が生え、光の鱗粉をキラキラと振りまいている、ある種おとぎ話な妖精の姿を幻視してるよ。

 もはやこの子は妖精さんと言ってしまっても、問題ない!



「んふふ〜っ♪ まさか僕が妖精さんと戯れられる日が来るとは、感激ですっ」

『ム、訂正要求。私ハ妖精種デハナク精霊種デス。誤解ナキヨウ」

「まぁまぁ、妖精さんも精霊さんも同じ様な存在だし、いいでしょ?」

『否定。私ハ妖精種トハ完全別種ノ存在デス。似テモ似ツカナイデス。例エ恩人サマデアッテモ許容出来カネマス。怒リマスヨ』



 あっれ〜? そうなの?

 ていうか怒るって精霊は感情が殆どないんじゃなかったっけ? この子いま普通に怒ってるよねぇ? いやいや、まさかねぇ……。


 精霊さんと俺が愉快な戯れ合いをしていると、今までずっと静観していたニーナがポツリと呟いた。



「ほんと貴方って変な人よね……」

「うぐっ、いきなりの酷い言いように僕もビックリだよ」

「だって、精霊使いでもないのに、精霊は見えるし異常に好かれるし、ましてや他人の契約精霊とここまで打ち解けられる人なんて、どう見てもおかしいもの。普通じゃないわ」

『同調。恩人サマハ変ワッタ存在デス』

「ぅ、精霊にまで肯定されたっ」


 遂に俺は変人認定されてしまった。

 それも精霊のお墨付き。

 これでは師匠のことを変わった人とか言えない。弟子は師に似るとでもいうのか。


「ふ〜ん、そっか〜、わかったよ、わかりましたよ〜。じゃあ変人の僕は変人らしく、ニーナの契約精霊達に囲まれていっぱい、いっぱい癒されることにしますよ〜だ」


 うむ。こうなれば変人認定を利用してやる。俺はふてくされた演技で、近くにいる栗鼠の精霊に手を伸ばして抱え上げようと手を伸ばす。

 んふふふ。愛らしい栗鼠ちゃんよ、おとなしくモフられるがよい。







 スカッと透過した。


「……なんと」


 現実は無情だ。

 そこにあるのに触れないなんて酷い。


「ん、まだまだ」


 諦めるわけにはいかない。

 再度、今度は火の鳥タイプの精霊さんをターゲット! 飛びつく。


「いざーっ………………っんにゃ!?」


 スカっと透過した。

 おのれ、精霊のお触りは不可とでもいうのですか。幽霊じゃああるまいし。

 いや、霊体ということは精神体であるということかな?

 ……ふふふ、ならばこうするまで。


 俺は魔力で身体を覆い、三度目の正直と精霊さんに飛びつく。精神体であるというなら同じく霊的な魔力を使えばいける筈。

 これで勝てるっ。



「……ぁ、ぇ? んにぁぁぁぁ!?」


 なぜだぁ!? 触れないどころか、身体に侵入されて力抜かれてるんだけどっ……。

 ぁ、なんかフワフワしてきた、気持ちいいかも……──じゃなくって、なんで!?

 精霊って契約者以外から力のやり取りは出来ないって聞いてたんだけど?

 これ供給されちゃってるよね、ね?


「……はぁ。精霊に好かれるだけじゃなく、供給を求められる程だなんて。やっぱりシャルって変な人だわ。いえ、規格外?」

『肯定。恩人サマハ不思議デ特別ナ存在デス……アト、スゴク美味シイデス』



 くぅ、人を高級食品みたいに。

 ほぼ感情ないのに本能で美味しい力を求めるって、精霊さんグルメ疑惑浮上だよ。


 だがいいでしょう。そっちがそのつもりでくるのなら、こっちも試行錯誤してとっ捕まえて、撫で撫でしまくってやる。

 幸い時間はまだあるからね、やってやりますよ。





 そうして、俺は精霊たちと時間の許す限り遊び倒し、一応変則的だけどファンタジー交流を満喫する事が出来た。


 でも結局、何度挑戦しても精霊に触ることは出来なかった。


 こうなったら、精霊に触れられるようになる魔法具をいつか絶対に作ってやりますっ。


 首を洗って待っていなさい精霊さん。





 ◾︎◾︎◾︎





 時は過ぎ去り、夕刻。

 今日も終わりに近づいている頃。

 シャルとニーナは冒険者ギルドの地下にある武闘場に足を運んでいた。


 今日は冒険者ギルドにて月に一度、数日間に渡って催される大イベント。

 冒険者資格の取得試験が行われていた。

 そして試験官にはアルルが参加していたので、二人は終わる頃を見計らって迎えに来たという訳だ。


 冒険者試験の試験官は、志望者と立ち合うだけの簡単な仕事。試験官には役員の過半数に問題なしと判断されれば簡単になれる。


 実際に合否を下すのはギルド役員達なので、幼いアルルであっても試験官になれるのだ。

 ただ、冒険者歴二ヶ月で試験官になった人など、候都で一人もいなかったのをシャルたちは知らない。



 シャルは、朝から意気揚々と飛び出して行ったアルルを思い出し、今日はさぞ試験官の仕事を楽しめたんだろうな──とお気楽に武闘場に踏み入ったのだが。


 広がっていたのは屍の山だった。


 幾多の大人が地に這い蹲り、荒い息を立てている。しかし何故か皆が皆満足そうな表情だ。そんな場で唯一立っているのは、麗しき白銀の天使さまだけ。


 シャルとニーナはなんとも言えない表情で立ち尽くす。


 すると。


「きゃぁあぁぁぁっ♡ シャルちゃんが来てくれるなんて、待ってた甲斐があったわ!」

「ん、お姉さん、どうもです」


 入り口の前で惚けていた二人に、ギルド役員であるミゼリスが気づくと、すかさず近づいていた。足取りは恐ろしく早い。


「お姉さん。この惨状はどうしたんです?」

「──え? あ、そうですよね、驚きますよね! えとですねー、実は」


 ミゼリスはシャルの視線を辿って苦笑い。

 そして滔々と語り出した。

 まず、シャルたちの勘違いを解くように伝えられたのは、本日枠の冒険者試験は少し前に恙無く終了したというもの。


 ではこの屍の如く這いつくばっている男たちは何なのか?

 そう。信じられないが全員が全員、歴の長い短いはあるものの現行の冒険者たちである。


 経緯は単純だった。

 事の始まりは、試験官として参加していた一人の男性冒険者が、帰宅準備をしていたアルルへと模擬戦の申し出をした所からだ。


 数日前にミゼリスの失態からアルルが旅立つという話が広がっていたのだが、この男性冒険者はアルルが旅立ってしまう前に、一度手合わせを願いたいと純粋な気持ちで言ってきたのだ。


  戦闘きょ……真面目なアルルは、その真摯さに胸を打たれたのか願いを快く承諾した。


 しかし、模擬戦が始まってから間もなく。


 アルルが挑戦を受け付けている──と歪曲された話を耳聡く聞きつけた冒険者たちが上階から大勢詰め掛けてきた。


 その全員はアルルの力量を知りつつも、手合わせを望む血気盛んな豪傑や女傑たち。

 アルルも戦いの熱に浮かされた様で一人一人戦っていった。

 

 

「……で、戦った結果がこれ?」

「はい、その通りです」

「ふふ、何ともアルルらしいね」


 シャルはアルルの隠れ戦闘狂(バトルホリック)気質を思い出して納得したようで微笑をこぼす。隣のニーナもアルルならばと受け入れていた。


「でも、こんな派手な事を勝手にやってしまって、冒険者ギルドとして問題はなかったのかしら?」

「あー、確かに」


 ニーナはこの惨状に小さな疑問を溢し。

 対してミゼリスは適当に言った。


「うーん、大丈夫だと思いますよ? 武闘場の使用申請は冒険者試験の延長として目を瞑ったみたいですし、上もお腹抱えて『もっとやれー』て言ってたみたいですから」

「それでいいのか冒険者ギルド」

「ホントに適当ね。ちょっと心配だわ」

「ふふっ、お二人が思われているほどギルド役員はお固くないって事ですよ。なにせ役員の中には元冒険者も結構いますからね、その辺りは大らかなんです! まぁ治療室に運ばれた者からはきっちりと料金を頂きますけどね〜」


 胸をそらして大仰に言うミゼリスにシャルとニーナは曖昧な笑みを浮かべた。

 そんなぶっちゃけ話をしていた三人に、軽い足音が近づく。


「シャルくん! ニーナちゃん!」

「ん、アルル。お疲れさま」

「お疲れ様。話を聞いたわ。今日は大暴れしていたみたいね」

「えへへ〜楽しかったの! ってあれ? 

──ニーナちゃんのそれって!」


 アルルの視線はニーナの両耳に向けられていた。そこには今日シャルによって作られた耳飾りがある。


「ふふ、一目でこれを見抜くなんて流石だね。うん、実は前にアルルと話してた特殊機能を早速付けてみたんだ」

「おぉぉ〜! すごい、シャルくん仕事が早いよ〜、わかってるねっ♪」

「んふふふ、アルルこそ魔法具に一瞬で気づくなんて、すごいっ」

「えへへ〜」

「んふふっ」


「「いぇ〜〜ぃっ♪♪」」


「はいはい。二人とも馬鹿なやり取りは止めて頂戴」

「「は〜い」」

「……はぁ、本当にもう」

「皆さん本当に仲が良いですよね〜。どうです? もうコミュニティ組んじゃいません? 今なら私が付いてきますよ?」


 あっという間に同調して息ぴったりな掛け合いをしたシャルとアルルにニーナは微苦笑しながら肩を落とす。

 ついでとばかりに油断なくミゼリスがコミュニティ建ち上げの催促、当然軽く流されていたがこの役員、油断も隙もありゃしない。



「さて、じゃあ帰ろうか。どうせだから途中で夕飯も済ませる?」

「うんっあたしは賛成だよ〜。ニーナちゃんは?」

「私も問題ないわ。どうせ戻っても今のコレットじゃ、まともな物が出てこないだろうし」

「も、もし、お三人!! それなら是非とも私を連れて行っては下さいませんか!?」


 食い気味に受付嬢が申し出る。

 その目は雄弁に何目的なのか語っているのだが、当のご本人はほぼ無関心で無表情。

 これは少々憐れである。


「お姉さん、仕事は良いんですか?」

「そうよ。職務放棄はいけないわ」

「大丈夫です! 今日は非番ですから。でなければ、受付役の私がこんな場所にいる訳ないですよ!!」

「ん、なら大丈夫?」

「えへへ、じゃあ四人で行こ〜」

「ふふ、良かったわね?」

「うぅぅ、夢のようですぅぅ。シャルちゃんとお食事なんてっ!! お礼として今日は私が皆さんにご馳走しますよー!!」



 そうして愉快な三人の冒険者と、一人のギルド受付嬢は街の喧騒に消えていったのだった……。







 ──候都出発まで、あと三日。

 コレットはまだ幽鬼だった……。






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