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候都での日々④

朝、昼、夕の三本立てでお送りします。


「……あの、ニーナさん」

「なにかしら」

「えっと……退屈じゃない?」

「いえ別に? むしろ楽しいわよ」

「ん、そう。ならいいんだけど」


 場所は珍しくも懐かしいニーナのお部屋。

 小机を挟んで向こう側には、重ねた手の上に顎を乗せてこちらを伺うニーナがいる。

 表情が読めない澄まし顔なのが気になる。


 でも俺はニーナのジィ〜〜っとした熱い視線を、グッと耐えながら作業を再開する。


 机に広がるのは、幾何学的な文字がビッシリと書き連ねらえた、約六〇センチ四方の黒いスクロールと、小石サイズの魔石が一つ。


 スクロールの上には、ニーナの宝物であるキャスケット風の帽子が置いてある。


 先ほどから小一時間に渡って俺がおこなっているのは、魔術の一つである付与術だ。

 対象はご覧の通りニーナの帽子。


 この付与術は、武具や衣服、小物など色んな物体に魔法効果を施す技術。

 魔法文字を使って組み上げた魔術式や、魔石や魔水晶に保存してある『癒し』や『解毒』の魔力などを組み合わせたりして、対象物に効果を付け与えることを総じてそう呼ぶんだけど……。

 これは掘り下げていけばいくほど、ドンドンややこしくなるから今は省略省略。


 で、さっきから俺は、この帽子の魔術式を直そうと頑張っているのだ。


 ニーナの帽子は元々が魔法具である。

 付与されてた魔法効果は、師匠の髪飾りと同じで『偽装』だ。

 帽子を被っていたニーナの髪と目が、亜麻色と深緑色に見えたり、耳が人族の様に見えていたのも、この偽装効果の一つだったという訳だ。


 でもこの帽子、魔物騒動の時に術式が壊れちゃったみたいで、機能しなくなってたんだよね。

 だからこの天才魔術師の弟子である俺が、いっちょサクッと直しちゃいますよ〜〜♪ 


 ──って気軽に請け負ったんだけど……


 うん。


「ごめんね、ニーナ。熱心に見守ってくれてたのに申し訳ないけど、これは無理かも」


 付与を何度か試して実感した。

 これ帽子自体が、術式に耐えられないほど損傷を受けている。

 魔工術の素材修復も施してみたけど、それでも付与に耐えられないみたいだから、もうお手上げだった。


 俺はおでこを机に引っ付けるように謝る。自信満々に提案したのに、結局達成できなかったとか申し訳ないですし。



「大丈夫よ。別に気にしていないから。ほら顔を上げて?」

「必要なんじゃないの?」

「ううん、大切なのは帽子そのものだから。確かにこの帽子の効果には助けられたわ。でも今はそこまで必要とは思ってないから。ね、だからシャルは気にしないで?」

「……うん」


 ふっと優しい微笑を浮かべるニーナ。

 その表情に顔が熱くなった。


 普段のクールな表情とこの微笑のギャップは卑怯すぎます。不意打ちはいけないと思うの。

 アルルもそうだけど、なんでうちの身内方は、こんなにも笑顔が素敵な人が多いのでしょう?


 こんなの見惚れちゃうに決まってるじゃない。

 それに偽装を外してる今のニーナは破壊力が違うから余計にだよ。

 ファンタジー要素ましましのニーナは反則級だ。


 怜悧な印象の尖った長耳や、緑がかった綺麗な金髪とかもそう。


 ニーナの髪は前世でいう塩素で変色したプールブロンドの彩色じゃなくて、大自然の神秘的な美しさを内包しているかのような、ナチュラルで美しいエメラルドブロンドをしている。地球じゃどこを探してもいないファンタジーチックな色彩である。

 それに、翠と蒼が混在する奇跡の美眼もそう。

 ただ混ざり合ってるんじゃなくて、光の加減や表情の変化に合わせてキラキラと色調が変わるの。

 まさに人間国宝級の美しさ。


 擬装を解いたありのままのニーナは、我が妹であり、超絶美幼女天使なあのアルルにも勝るとも劣らない美貌をもってると思うな。

 普段隠しているのが勿体ないよね。


 そんな綺麗なエルフの女の子が、普段の澄まし顔から不意打ちでの微笑ですよ?

 そんなの当然、キュンってきちゃいますって。思わず『僕の妹になってください』って言いかけたもん。ニーナさんおそろしい子っ。



 しっかし、僅かな微笑でこれという事は、満開の笑顔は更に凄まじいのかな。

 うぅ、見てみたい。いつか見せてくれるのかな。


 よし、取り敢えず今日はニーナのために頑張ろう。

 ……決してポイント稼ごうとは思っていないですから。



「……コホンっ。そう言ってくれると救われるけど、僕も師匠の弟子としての意地があるからね。出来る限りの事はさせてもらうね」

「…………ねぇ、シャル。貴方また何か変なこと、考えてるでしょう?」

「ふふ、なんのことでしょう? まぁ、だいじょーぶっ、今度こそ僕に任せてよ。じゃあちょ〜っとだけ待っててね、いま部屋から必要なものを取ってくるから!」

「──ぁ、ちょっと!?」


 言うが早いか部屋を飛び出す。

 階段を降りて、ちょうどニーナの部屋の真下が俺とアルルの部屋。そこから必要な道具を調達してくると、あっという間に帰還を果たす。


 さーて、やってやりますよ。


 おこなうのは先程の繰り返し。

 ただ、素材となる物品がやや変わる。

 素材は帽子の代わりに一対の耳飾り。

 魔石は机に置いてある幻覚系統の他に、新しく『幻想石』という師匠が昔に開発したらしい、真紅の石を加える。



 余談だが、この石を好んで頻繁に使ってたら、師匠に『お前は幻魔だろう、そんな石に頼らずとも己が魔力で術式なんか好きに書き換えられるだろうに』と何故か呆れられたですよ……。


 なんか幻魔はその辺りに裏技があるらしい。

 でも俺は、幻魔の力の使い方をまったく知らないのである。それに余裕もない。

 ただでさえ問題児を手懐けるので精一杯なのに、ここで幻魔の力にまで手を出したら収拾がつかなくなるのは自明の理。


 一度に二つも三つも何かを会得できるなどと自惚れてはいない。俺は世に言う天才くんではないからね──という感じで、幻魔については後回しにしている訳です。

 まぁ、便利そうだからいつかは会得したいけど。



 ん、思考が逸れた。


 それで、この石の凄いところなんだけど、なんと想像上の現象をそのまま魔術式に付け加えることができるのだ。

 今からこの石と幻術系統の魔石とを使って、魔術式を好きなように改造する。


 あまり荒唐無稽な現象は無理だし、元来の術式に矛盾を起こしたりすると、全てがパァになっちゃうが、この作業は繰り返しやって慣れてるから、少し手を加えるのは問題ない。

 まぁ、改造しまくると術式の規模が馬鹿デカくなって、魔術を付与する時の魔力量が脹れ上がったりしちゃうけど、それも俺にはあんまり関係ない。

 魔力量は師匠には一歩も二歩も譲るとはいえ、自信があるからね。


 そうして、自前の妄想力──もとい発想力をふんだんに使って、ガンガン魔術式を改造していく。











「んー、完成!」




 そうして出来上がったのは、幻術系偽装の効果を施したお遊び機能付き(・・・・・・・)の耳飾りである。


「はぁ、それで? 作ったからには説明をしてくれるのでしょう?」


 一部始終を何か言いたそうにしながらも、最後まで見守ってくれていたニーナが促す。


「ふっふっふっ、もちろん♪ この耳飾りにはね、ニーナの帽子と同じ効果がついてる事に加えて〜、ある機能を加えてみました!」

「機能?」

「ん、そう。その内容なんだけど……ニーナ、ちょっといいかな」

「……ぇ? っちょ! ひゃんっ!?」



 完成した耳飾りを片手ながら、危なげなくニーナの素敵な両のお耳につける。


 一般的に見ればセクハラになりそうだけど、あくまでこれは説明要求を果たすために取った合法的な行動だからね。


 決して好奇心から『ニーナの素敵なエルフ耳に触ってみたいな〜』とか『触った時の反応が見てみたいな〜』とか邪なる感情はなかったよ?

 うん、そんな下賎な理由は断じてしてないのです。俺は夢にまでみたエルフさんに嫌われたくありません。


 だから、今のは事故。不慮の事故で少し触れちゃっただけなのです。

 あー、事故って怖いなぁ。



「……っ、ぁぁあ、貴方ねぇ! 付けて欲しかったのならそう言いなさいよ! もうっ、ビックリして精霊をけしかける所だったわよっ!」

「んぇ!? そ、それは危なかったぁ……。ご、ごめんね、ニーナ?」


 顔を真っ赤に染めてニーナが親の仇を見るような目で睨んでくる。



 ……やっぱり出来心って怖い。怖いです。



 エルフさんって本によれば排他的だって書いてあったし、気に障っちゃったみたい。

 あんなに顔が赤くなってるし、スゴイ怒り具合だよ。


 うん、これは本気で反省だ。

 普通に後がコワイ。近頃のニーナは実力の方でも洒落にならないからね。

 俺はまだ死にたくないです。




「……はぁ。まぁいいわ。それで? わざわざこんな事をしたのだから当然説明してくれるのよねぇ?」

「も、もちろん! じゃあニーナ、耳飾りに付いてる宝石に触れながら、僕に対して座標指定をして、普段魔法具を使う時みたいに発動をしてもらえる?」


「ええ、わかったわ」



 ニーナは小さな溜息を一つ、言われた通りの操作をして、特殊機能は無事に発動した。



 耳飾りを付けてからは、例の亜麻色の髪と深緑の目をした人族の姿になっていたニーナだったが、特殊効果が発動すると、なんと、偽装が解除され、ありのままの姿が現れる。



「ねぇ、シャル。何も変わらないわよ? そもそもこれってどんなものなのよ?」

「ううん、完璧だよ。んふふっ、実はね? その耳飾りの機能は、限定的な効果解除にあるんだよ」

「…………はぁ? 限定的な効果、解除? つまり貴方にだけは、いま私の本来の姿が見えてるって事? でも一体なんのためにそんな無駄を?」

「むぅ、無駄とは失礼かも。それは当然僕がニーナの本来の姿を見たいからに決まってるじゃない。そんな綺麗なのに隠すなんて勿体無い!」

「……ふざけてる?」

「本音!!」

「──ッ、わ、私の本来の姿が見えるって、それの何が良いっていうのよ。こんな目立つだけで益の全くない姿のどこが……」



 再度赤面のニーナ。また怒っちゃった?

 普段の態度とは裏腹に、結構感情が表に出やすいタイプだからねニーナって。

 でも、初めてあった時から大分変わったよね。もしくはそれだけ心を開いてくれているのかな。

 後者だと嬉しい。



「んぅ、なんていうか。ニーナは自分の姿が好きじゃないみたいだけどさ、僕はそうは思わないんだよね……。まぁ偽装した姿のニーナも好きだけど、やっぱりありのままの方がもっともっと素敵だと思うから。あ、これにはアルルも同意見だからね!」

「──ぇ、は、も、もうっ! な、なんなのよ!! ぅぅうう、シャルもアルルもほんっと変わってるっ! 

 ……変わりすぎてて、慌ててる私の方がバカみたいじゃない」



 これ以上ないくらいに赤くなったニーナは隠れるように後ろを向いた。またお怒りモード?

 あ、いや、これは普通に照れてるのか。

 赤くなった長い耳は隠しきれてないので、なんか微笑ましい。和む。



 だがしかし! シャルラハートのプレゼンは、まだ終わらせる訳にはいかない。

 実はこの耳飾りにはお節介と真の遊び心から、他にもう一つ面白い機能を付けてたりする。

 ニーナが逃げ出してタイミングを逃す前に、俺はそのオマケを伝えなければ。



「ねぇニーナ♪ 実はね? その耳飾りにはもう一つだけオマケが付いててね? その名も──視覚的な『完全透明化』です! 

 これで嫌な視線は無効化できます! 暴漢に襲われても逃げきれます! 起動もごく少量の魔力で十分、むしろ起動を気づかれにくくした低コスト高パフォーマンスな術式になっております! んふふ〜、僕頑張りました」



 何故か盛大にずっこけるニーナ。

 さっきまで発露していた感情が丸ごと吹き飛んでいる。どうしたのかな?



「ついでが一番凄くてどうするのよッ!!」



 ──え? あ、確かに!



2015/10/14-セリフ言い回し改稿

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