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外伝-ElfinGarden

 少女は自分に問う。


 ──ここは、どこ?

 ──わたしは、だれ?

 ──なぜ、ここにいる?


 ……分からない。思い出せない。


 周りを見渡す。

 深緑色が視界目一杯に映し出される。

 木漏れ日が優しく降り注ぎ、自分を照らす。


 ここは、何処かの森の中。


 頭より先に身体が理解した。

 自分が今いるのは森の奥。

 深い深い森林の最奥だとそう感覚が告げる。


 しかし、この場所は何処か不思議だった。

 自分を中心に樹々や草花、蔓が複雑に絡み合い半球状の小さな空間を作り出している。

 

 少女は横たえていた身体を起こし、空間の端まで足を進めた。十数歩で端につく。


 絡み合った蔓に触れる。

 ビクともしない。

 どうやら出る事は叶わないらしい。


 ここはまるで自然が織りなす鳥籠だ。


 何処か抜けられそうな所が無いか調べたが、籠は生きているかの様に脈動し蠢き、その行く手を塞ぐ。


 少女はあきらめて元の位置へ戻る。

 ──少女の心は揺らがない。


 ふと、少女は自身の耳に触れる。

 スッと鋭く長い。

 なるほど、自分は森賢種エルフであるらしい。


 種族を認識出来ると自覚し、ある程度の知識を持ち合わせているのだと理解した。


 それから幾日。

 少女は何をするでもなく、何を待つでもなく。

 ただ鳥籠の中心で根を張る様に座り込み、この空間に身を委ねていた。

 不思議な事に、飢えや渇きは一切ない。

 どころか草土の上に直で寝転がろうと汚れ一つ付きはしなかった。


 そして、思い出せたことも。

 一つとしてなかった。


 自分はどこの誰で、何のためにこの鳥籠に閉じ込められているのかさえ思い出せない。

 ──それでも少女の心は揺らがない。

 無表情を顔面に張り付け、黙々と答えの出ない思考を続ける。





 ある日。

 鳥籠の隙間から光の塊が飛び込んできた。

 それを少女は知っていた。


 ──精霊。

 エルフとは切っても切り離せない存在。


 それが何故こんな所に?

 少女は不思議に思い精霊に手を伸ばす。

 精霊は蝶のように揺ら揺らと近づくと、そのまま少女の指に止まった。

 精霊は光の明滅を繰り返す。

 それは見様によっては嬉しそうであり、また悲しそうでもあった。


 暫く精霊を眺めていた少女だったが。

 やがて何の感慨もなく手を下ろすと、そのまま普段の日常に埋没する。

 ──そんな少女の心は揺らがない。

 精霊が少女を心配するように身体の周りを回るが、少女は既に思考の海に沈み込んでいた。




 そして、幾日。

 いや、幾月もしくは幾年が経った。


 鳥籠には時間という概念がない。

 そう思うほど変化がない。

 少女も最初の一回以来、鳥籠から出る行動は取らず、ただ鳥籠の中心で座り込み精霊に囲まれながら思考する日々。

 少女の周りに揺蕩う精霊は七つになっていた。


 少女は生きながらにして死んでいる。

 だが、それでも少女は構わないと思う。

 何も感じず、何も欲せず。

 ただこの停滞した鳥籠の中で意味もなく微睡み続けるのだと。

 それこそが自分なのだと。


 確かにそう思っていた。

 だが──日常だと思っていた日々は脆くも崩れ去り、非日常へと転換される。




 運命の日。

 少女は鳥籠の中心で膝を抱えて顔を埋め、いつも通り答えの出ない自問自答を繰り返していた。


 そんな時──。

 突然、鳥籠の外側から耳を劈く爆音が響き渡った。

 少女は特徴的な長い耳をピクピクと動かしながら、ゆっくりと埋めていた顔を持ち上げる。


 少女の視界には見たことのない光景が広がっていた。

 とりわけ目を引いているのは鳥籠の惨状。

 半球状に絡まり合っていた草木は散り散りに爆散し地面に散乱していた。


 鳥籠が無くなり少女は初めて外の世界を知った。

 少女がのんびりと周りを見回す。

 辺り一面を清涼な聖水に満たされた湖に囲まれていた。

 上空からは果てしない高さの大樹の隙間から、木漏れ日が幾筋も差し込んでいる。

 それが水面に反射してキラキラと輝いている。多くの精霊が湖の上で舞踏を行っている。


 ──少女の心に小さな漣が立つ。

 綺麗。素直に少女はそう思った。


 やがて、少女の視線はある一点に向けられた。

 鳥籠が建てられていた湖の離島。

 その端に一人の女性がいた。


 全身に上質な長衣を纏った色素の薄い金髪を持つ女性。瞳は神々しい金眼。

 肩程までの短髪を髪留めで後ろに纏めており、その頭部には双角が覗いていた。



 蒼翠の瞳と金の瞳とが交わる。



 女性が一歩、また一歩と近づいてくる。

 少女は慌てず動かず女性が近づくのを変わらずの体勢で待った。

 そうして手が届くかという場所まで女性が来た時、少女は永らく……いや、今まで一度も発していなかった声を発した。


「……ぁ」

 上手く発声出来ず掠れた声が溢れた。

 それでも少女は気にせず再度口を開く。


「……、……だ、れ?」


 耳を澄ませていても聞き逃してしまいそうな声量。

 しかし女性はしっかりと聞き取った。


「私はプルトーネです。貴女は?」

「……?」

 質問の意味が分からず首を傾げる少女。


「失礼。貴女の名前を私に教えてくれませんか?」

「な、まえ」


 プルトーネと名乗った女性の問いに少女はどう答えるべきか迷う。


 自分には名前がない。

 違う、思い出せていない。

 悠久の時間で思い出せたのは、僅かばかりの残滓だけ。


 ──わたしのなまえ?

 ──わたしは、だれ?

 ──わたしは ニ、……、ナ。


 思い出せない。


 ──ニ……ィナ

 ──ニ、ーナ


 駄目。分からない。


 思考を続けるが如何しても答えは出ない。

 少女の内に初めて焦燥と呼ばれる感情(・・)が芽生えた。

 どうしてかは分からない。

 ただ目の前の女性に自分の存在を認めてもらいたかったのかも知れない。

 認めてもらって自分は生きているのだと理解したかったのかも知れない。

 ……そんな、欲求(・・)


 ──少女の心に大きく波紋が広がる。


 少女は目を覚ましてから毎日飽きることなく続けていた答えの出ない思考を──ついには放棄した。

 そして、残滓をかき集めて自分の名前を女性──プルトーネに名乗った。


「ニーナ」


 かなり長く黙り込み思考をしていた少女に対し、急かさずジッと待ち続けていたプルトーネは口元をほんの小さく緩ませる。

 そして、膝を落とし目線を合わせて『いい名前です』と言うと──、




 少女の頭を優しく撫でた。




「……!」


 ──少女の心に更に波紋が広がる。

 少女、ニーナはゆっくりと立ち上がる。

 対してプルトーネは無表情ながら穏やかな雰囲気を醸し出し、撫でていた手をニーナへと差し出した。


「……ほら、来るかい? それを貴女が望むなら私は貴女を誘拐してあげます」


 ニーナの心にまた新しい感情が生まれた。

 それは、そう──喜びと呼ばれる感情だ。


「……うん」


 ニーナは迷うことなく惹かれるようにプルトーネの手を取った。

 その人形の様に動きのなかった顔をはにかませながら。



 これが──。

 ニーナ・ヘーゲルフォイアの始まり。



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