魔力と闘力
なんとも嬉しい事実に、この世界にはファンタジーの王道ともいえるあの『魔力』が存在する。
なぜ知っているかといえば、母様が読んでくれた本に魔力を生み出した神様のお話があったから。
絵本なので小難しいというより、おとぎ話みたくライトに描かれていたんだけど、書いてある内容は一応史実とされている内容にも沿っているようなので、真剣に耳を傾けたものです。
世界創造が成された際、そこには七柱の神が居たという。詳しい神名は伝えられておらず──
『創造神』『魔神』『闘神』
『妖神』『竜神』『邪神』『聖神』
と、シンプルに呼ばれている最古の神々。
この神々のうちの二柱、『魔神』と『闘神』にスポットを当てたおとぎ話。
魔神と闘神は、日夜腕試しをしている喧嘩友達のような関係で、戦い合いながら互いの『力』を高めていたとされるほどストイックな神さま。
そんな二柱の神さまは、ある日、世界に生まれ出でた生命たちにも『力』を与え、自らを鍛えさせようと、自分たちを象徴する加護を創りました。
それが魔神が生み出した『魔力』と、闘神が生み出した『闘力』である。
この創り出された加護は、神々の広い心のもと分け隔てなく与えられて、いまに至るまでの戦闘技術の礎となりましたとさ……
──というのが大まかな内容。
実際は、魔神さまと闘神さまの腕試しとかを、脚色マシマシで格好良くまとめてある面白い物語なんだけど、今は割愛するとして。
話を聞き終えて、母様に質問をしてみたら、お話にある通りこの二つの戦闘方法はしっかり存在するとのこと。それが例の加護である『魔力』を使ったものと、『闘力』を使ったものだった。
そんな歴史的な背景もあり、この世界には魔神さまと闘神さまを讃える『魔神教』や『闘神教』、二柱を合わせた『魔闘教』なる宗教が存在し、様々な国の国教にも定められていたりする。
魔神を主神にするなんてと思わなくもなかったけど、どうもこの世界の魔神様(闘神様もだが)というのは、俺が考えているような悪い存在とは違うようで、大衆から感謝と共に信仰されているみたい。
創造神さまを差し置いて、崇拝される魔神さまと闘神さまってば恐るべしだよねー。
◾︎◾︎◾︎
『自衛技術の習得』をしよう。
何故に身体が全然できてない幼女、もとい幼児なのにも関わらず、こんな考えに至ったのか。
幼き時分から技術修練に努めることで将来の可能性を広められそうかも、という理由もあるが。
実はちゃんと訳があったりする。
それはおよそ一年半ほど前。
家の近辺の林道を、母様と一緒に散歩をしていた時のこと。
ふと母様が目を離している間に、俺は好奇心からフラフラ〜と、ひとり母様から離れてしまった。
そして、その一瞬の隙を突くように、イノシシに似てるけどちょっと違う、よくわからない巨大生物に襲われたのだ。
イノシシとの対格差も然る事ながら、歩けるようになってまだそれほど経っていなかった事もあり、素早く走って逃げる事も難しく、面前には熱り立つイノシシの化け物が向かってきているという状況。
その時は、事態に気づいた母様がすぐに駆けつけてきて事なきを得たのだが、あれは前世を含めても五指にはいる命の危機と言っても過言ではなかった。
生まれ変わってから初めて自分の命が脅かされ、改めてこの世界は妄想などではなく、現実なのだと理解させられた。
異世界とは斯くも恐ろしき環境であるのだな、と。
……決して、イノシシ観察に夢中で逃げ忘れてたわけではないですとも。
そして、襲撃後の母様はくり返し怪我がないか聞いてきて、顔を悲痛に歪めながら痛いくらいに抱きしめて謝ってきた。
その時の母様は、普段の余裕が嘘のように微塵も感じられず、とても弱々しく見えた。
そんな体験をしたからこそ、なるべく早く身を守る力をつける必要があると思い至ったのです。
子供だからと足踏みしている理由はない。力なきものが淘汰されるのはどの世界でも同じなのだから。
それになにより!
二度と母様にあんな顔をさせたくない。早く安心させてあげられるくらいに強くなりたいです。
「──んっ」
技術習得がんばらないとっ。
その為にはやっぱり専門の知識がいる。
知識は『力』というのはどの世界も同じはず。知っていて損な事なんてそんなにないのだ。
まず、習得する自衛手段に関して。
この世には話にあるように『魔力』が元になるものと、『闘力』が元になるものがある。
その二つの内、俺は『魔力』を元にしたものを習得したいと思っている。
理由は、魔力を使ってみたいからー。
なんて理由ではなくて。
単純明快。
『闘力』がどんな力でどのように運用すればいいのかが、全くわからないからだね。
『魔力』はその点、大丈夫。魔力を元にした方法ならすでに理解できている。
『魔力』の使い道は『魔法』。
もしくは、それに類する事象改変術。
前世には、魔力やら魔法やらが出てくる創作物が腐るほどあったので、イメージもしやすいし馴染みやすい。母様情報も含めて扱い方は似たようなものであると、既に確認がとれてもいる。
あとは詳しい知識を手に入れるだけの段階だ。
と、いうことで。
早速今夜から魔法習得のため行動していきます。
「ふふ、名残惜しいけど寝室に戻りましょうか。それじゃあシャルちゃん、また明日会いましょうね〜」
「はぁあぁ。シャルの寝顔は何度見ても超絶かわいいなぁぁー……」
「エ〜ド〜?」
「お、おおぅ。……くうぅぅ、明日までお別れだなシャルよ。朝一で会いに来るからなっ」
深夜、俺が寝た(今日は寝たふりだが)のを確認すると、小声で一言かけて母様と父様が自身の寝室へと戻って行く。
この世界の人々は就寝が早い。
深夜まで起きているのは稀なのだが、この二人は俺が寝たあとも、しばらく近くに居続ける。というか、母様に関してはしばらく添い寝で抱き枕がデフォルトですし。父様とかは永遠と頭を撫でてくるですし。
うちの両親がダダ甘で、かなりの子煩悩だというのは既に理解しているのだが、イノシシ遭遇事件があった後からはもっと過剰になった。
当然ですけど。
故に俺が起きている間は、常に母様か父様が側に付いてる。一人で出来ることも手伝おうとしてきたり、スキンシップもかなり多い。
一度、少し抵抗してみた事があったのだが、その時にガーンッとこの世の終わりの様な顔をされた為、結局されるがままになった。
授乳を辞める時も、母様はものすっごく名残惜しそうにしていたが、流石に精神的にきていたので、そこはスルーしましたけどね。
俺は前世の記憶を継いでいるからマシだけど、これが普通の子供だったら確実にダメな子供になりそうな気がする。母様達がここまでダダ甘なのは、きっと何か理由があるんじゃないのかなぁ? とか思ってたりもするんだけどね。
まぁ、今はそれより自衛手段の習得が先です。
薄目で母様たちがいないのを再度確認すると、ベットから静かに降り立ち、部屋を見回す。
地球のように電気が普及しておらず、光源は月明かりのみなので当然薄暗い。
だが意外にも不自由はしないので、速やかに目的のブツを確保しにいく。
俺の部屋は本棚と衣装棚、姿鏡とベッドくらいしかない簡素な部屋だが、子供部屋と呼べないほどに本が多く、本棚に入りきらず床に積んである本が多々ある。もはや小さな書庫レベルだ。
玩具類がないのは、俺が玩具より本を好むと理解されてるからかな。
そんな部屋を一人すばやく蠢き、部屋の隅にある本の山に手を伸ばして、お目当ての本を掘り出していく。
ふふふっ。実はすでにアタリをつけて数冊の魔法書らしきものは確保してあるのです。
ここ一年ちょっとの成果であります。
ただ、下手に読もうとすれば取り上げられてしまう可能性が高かったので、来たる日まで本を山の奥底に封印しておいたという訳。
「……ん、ん〜、あ、あったーっ」
よかったー。回収されていなかった。
パラパラ捲って内容を見てみると、間違いなく確保していた本たちだと分かる。
さらっと目を通しただけでも、詠唱に見えなくもない文字列が書かれているし期待できそうだね!
「んふふ。しゃっしょくよんでいこーっ」
どれから読もうか一瞬迷ったが、数冊の中で一際目を惹いたのは表紙に何も描かれていない薄めの書物。大分使い込まれているのか、かなりボロボロで古本感が滲み出ている。まずはそれを手に取る。
この本の使用具合から、これが初心者用の魔法書だと俺は確信する!
ページを開くと扉絵らしきものもなく、いきなり本文が書かれていた。
内容は……どうやら魔力の生成方法と行使原理について使用者(母様か父様?)の独自解釈を交えつつ記されているようだ。
ふむふむ、なかなかに難解ですね……。
最初のページから五ページ程で、その解釈文は終わり、後は全て魔法の詠唱文らしきもので埋まっている。しかしこれだけでは、よく分からないので他の本にもとりあえず目を通していく。
そうして魔法書に目を通していき、魔法について噛み砕いて理解した結果──。
まず、魔力の生成について。
魔力が発生している場所は『心臓』。
そして『血管』を使って、その魔力を素早く循環させる事で『魔力純度』というものを上げるらしい。
実際には心臓や血管なんて記されてはいなかったけど、それらしい表現や単語、図形などから導き出すとこういう結論になった。
次に、魔法の発動について。
発動は魔力の純度を高めたあと、詠唱をとなえて距離や範囲などをしっかり固めて放つ、と。
簡単に要約するとこんな感じだけど、実際にはもっと複雑怪奇な原理や理論、専門用語の元、成り立っているんだと思う。
けど、そこまでは流石に分からない。
だってこの魔法書ってば、ページを捲るにつれて『感応波』やら『感応魔力』『魔素』『詠想と詠唱』『魔法式』などなど、難しそうな単語が山と出てきているのだから。
まぁ、そういった難しそうな知識も、おいおい勉強していきたい。魔法の勉強なら大歓迎だし、こういう事の知的探究心は止めどなく溢れてくるからねー。
ちなみに、詠唱文が載っていたのはあの古い一冊の本だけでした。
初めは、この世界の魔法はどんな風に使うのか不安だったが、案外予想の範囲内だったし、日本での作品にでてくる魔法とも相似点がありそうな感じでなにより。
もしかしたらこういう異世界の住人が、逆に日本に転生して、ああいったファンタジー作品の骨組みを作ったのかも?
なんて。ありそうでない話かなー。
……さて、最低限必要な知識は得たし、そろそろ実践に移っていきましょうか。
「まほー、まほー、がんばうぞぉー」
2017/09/12-誤字修正