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終息!平穏と回帰


 パニシュ森林の戦いから一週間が経った。


 ファナールは未だに慌ただしさを残している。特に『魔物襲来だ!』と急いで駆けつけてきた兵士と、冒険者たちが受けた衝撃は相当だったらしく、その騒がしさはしばらく抜けきることはなさそうだ。

 噂話も正否問わず大量に飛び交っている。



 ただこうなるのも無理からぬことである。

 夜中に突然緊急の大規模討伐依頼が貼り出され、多くの冒険者たちが召集され、皆さん揃って死地に赴く覚悟で来てみると。

 そこには数え切れない魔物の骸が積み上がっており、いざ森林に足を踏み入れてみれば、魔物は見当たらず、どころかポッカリと謎の更地が広がっている始末。


 そして別の場所では、今回の事件の原因となっているであろう双頭の魔物が全身を切り刻まれて既に果てていたのだから。


 この現状を見て兵士と冒険者たちは口を揃えて、



「「「「なんじゃこりゃあぁ!!?」」」」



 と、溢したそうだ。


 結局、その後は大規模依頼も取り下げられ。その内容を大きく修正、今や森林の生態調査と哨戒という依頼へと様変わりしている。


 そうして事件は『未開地域にてCランク級魔物が出現。それに伴った魔物の異常行動と暴走』──という内容を討伐完了の報告と共にギルドが発表し、事態は終息を迎えた。


 ギルド役員はおろか、当事者のシャルたちでさえ、この事件に黒幕という存在がいたことを知らぬまま、ファナールの街はそれでもいつも通りの賑わいをみせている。



 ◾︎◾︎◾︎



 麗らかな陽射しが木々を照らし木漏れ日を落とす。

 ファナール近郊に位置する小さな森。

 薬草を幾度も取りに行って慣れ親しんだ森を、シャルはのんびりと歩く。


 魔物が現れる心配のない森とは何とも素晴らしく、木の隙間から優しく差し込む陽光が気持ちいい。


 そんな感想を抱きながらも、シャルは森に視線を巡らせていく。


 そうすること、暫く。

 一人の少女を木立の合間に見つけた。

 群生する薬草を腰を屈めて摘んでいる。

 少女は深緑のケープに付属するフードを深く被っていて、その容貌は伺えないが、シャルは確信を持ってその少女を呼びかけた。


「おーい、ニーナ〜」


 突然の呼び声に、ビクッに反応すると少女──ニーナは恐る恐るといった体で振り向いた。

 シャルは木立をスルスルと通り抜けて、ニーナの下まで近づいていく。


「貴方、出歩いたりして大丈夫なの?」

「ん、まぁね。いつまでも寝てると気が滅入っちゃうからね。それにコレットさんからも頑張って外出許可をもらったし」

「……ふぅん。それで? こんな場所にわざわざ何の用かしら。今はアルルも連れていないみたいだし」

「あ〜、アルルはギルドからお呼び出しだよ。本人は全然乗り気じゃないみたいだけど」



 ニーナが言う通り、この場にはアルルの姿がない。

 アルルは例の事件に際して、オルトラを単身討伐したという事になっている。

 事実アルルは単身で討伐を成し遂げているので間違いではないのだが、その辺り少しだけアルルには苦労が掛かる展開となったのだ。


 というのも、今回出現したオルトラは二匹(実際には三匹だが)の筈が、シャルが多数の魔物とオルトラの屍体を跡形もなく消し飛ばしてしまった為、オルトラはアルルが倒した個体のみと認識された。

 ……ばかりか、ユミルネによる魔物の大量虐殺の戦果までもが『目立つのは御免被る』という理由からアルルへと功績擬装され──



 アルルは一躍、候都を救った英雄に祭り上げられてしまったのである。



「なんだかアルルにはランクアップの話も来てるみたいでね? 今日はその辺りでの呼び出しなんじゃないかな?」

「……ふぅん、まぁ、彼女は実力があるものね。遅かれ早かれそうなっていたと思うわ」


 シャルが来てから、そわそわと落ち着きなく俯き気味のニーナが、冷静を装いつつそう言う。


「それで用なんだけど、これをニーナに渡そうと思ってね。まだ返せてなかったから」


 シャルは持ってきた物──ニーナの帽子を取り出して、そっと手渡した。



「……! 貴方が拾ってくれていたのね」

「うん、無いと不便だったでしょ?」

「…………ええ。そう、ね」


 問いに逡巡を滲ませ苦笑いで答える。

 そこにはニーナの心情がありありと伺えた。


「……ね、ねぇ。貴方は、なにも聞かないの? ……ぇっと、私のこと、とか」


 ニーナは渡した帽子を両手で握り締め、そして震えるような声で小さく呟いた。

 それを聞いたシャルは少し考えたそぶりを見せてから、柔らかな声音で返した。


「そうだね、まったく気にならないって言ったら嘘になるかなぁ。でも、聞かれたくない話をニーナから無理に聞き出そうとは思わないよ」


「…………そう」


 ニーナは一言溢すと口を閉ざして黙り込んだ。二人の間に沈黙が降りる。

 どれくらいそうしていたのか。

 シャルがこの空気をどう変えたものかと考え始めた時になり。


「……──っ」


 ニーナは覚悟を決めたように、深く被っていたフードを勢いに任せて外した。


 そこには。

 あの日、オルトラの前でシャルが見たのと同じ、ニーナの素顔があった。



 絶妙に混ざりあった綺麗な蒼翠の瞳は潤み、柔らかそうな緑がかったエメラルドブロンドの髪は風でサラリと靡いている。


 そして──


 側頭部からはツンと尖った長い耳が覘いていた。




「……ぁ、うぅ……」


 勢いのままにフードを外したものの、シャルのポカンとした視線に縮こまった様子のニーナ。

 実際シャルは彼女の姿に驚いているのではなく、その予想してなかった大胆な行動の方に対してなのだが、軽く動転しているニーナにそんな事が分かる筈もなかった。

 ニーナは訴えかける様なウルウルとした目つきで、シャルを見つめたまま口を開かない。

 それはまるで質問を待つかの様な態度。

 シャルの方もこうされては、見て見ぬ振りをする事が出来なかった。



「……えと、もしかしてニーナは、エルフとかそういう種族の子だったり、する?」



 直球で端的に聞く。

 質問を受けたニーナビクっと狼狽しかけるが、強く目を瞑るとコクリと頷いた。


「…………そ、そうよ」


 肯定の言葉にシャルの心の内では、夢にまで見たリアルエルフさんに、感激の核弾頭が弾けまくっていたのだが、それを表には出さず、極めて平静にいつも通り振舞う。



「そっかぁ、話では聞いてたけど全然見かけなかったからちょっと驚いたかも?」

「貴方は怒って……ないの?」

「おこる? なんで? 僕は感謝こそすれ怒る理由はないんだけど」

「……だって、私は貴方達にエルフだってずっと隠していたのよ?」

「ん〜、別に仲良くなったからといって、急いで秘密を打ち明ける必要はないと思うよ? 僕たちはまだ知り合って間もないんだからさ、隠し事の一つや二つあって当然だよ、それにね……」


 シャルは少し愉快気に笑みを浮かべると、


「僕だってニーナには話してなかったでしょ? これの話」


 シャルは優雅な仕草で髪を耳にかけ、その少し尖った耳と尻尾を露わにした。

 だが、当のニーナは驚いている様子がなかった。

 どころか幾分、普段の冷徹さを取り戻してすらいる。


「……ふふ、そういえば話してもらってなかったわね。でも知っているわ。あの時、助けに来てくれた時に見ていたもの」

「え、そうなの? ……ん、まって? あの時ってニーナ意識失ってなかったっけ?」


 今度はシャルが固まる番だった。

 愛らしい顔は小さく引きつっている。


「そうね、意識は半分落ちてたかしら。でも半分は精霊と同調してあの子達を通して見ていたわ」

「じゃ、じゃあ……もしかして」


 つぅと冷や汗が流れ落ちる。


「ええ、知ってるわ。一部始終余す所なく。貴方が命をかけて救ってくれた事も、私に、何をしたかもね」


 渾身の流し目でシャルが崩折れる。

 一部始終ということは、そう全部だ。

 自分が乱入してから自体を収拾させるまで、つまり治療も、アルルとの事も、それに最後の行為までも全部だ。


 ──だがしかし、あれは必要だからやったのだ! 治療行為だ! 後悔なんて1ミクロン、いや1ヨクトだってしちゃいない! だからニーナに後ろめたい事なんて何もない!! むしろ堂々とするべきだ!!


 そういった脳内決議を取ったシャルが顔をバぁっと持ち上げると。

 半眼になったニーナが、真白の肌をその長い耳の先まで真っ赤に染め、蕾のように愛らしい唇を閉ざして見下ろしていた。


 そして、シャルはそっと顔を下に戻した。




 ◾︎◾︎◾︎




 結局、変な空気のまま話が逸れていったので、あの時の話題は切り上げる事にした。

 一応の本来の用件は済ませたので良しとする。


 しかしシャルはこのまま帰るのも何だか勿体ないと、ニーナの薬草摘みを手伝うことにしたらしく、ただいまお手伝い中。

 お手伝い申請の際、ニーナは難色を示したのだがシャルが『これも良い気分転換だから〜』と言うと何も言い返さなくなった。



「ふん、ふん、ふ〜ん♪」

「…………」



 シャルは黙々と慣れた手つきで薬草を目利きしつつ摘んでいく。

 ニーナはそんなシャルの手際の良さに驚いている様だったが、心なしか表情は暗い。


 二人がお互い薬草を摘んでいると、時折。

 いや頻繁に視線がある一点へと流れている。


 視線とその理由にシャルは気づいているが敢えて自分からは何も言わない。

 自分が何か言っても納得してもらえないのはニーナの性格上よく知っているのだ。


 また視線が流れる。

 ニーナは膝丈まである大きな外套をスッポリと被ったシャルの、左腕に当たる場所を見つめている。

 シャルも視線を移す。


 結論をいえばシャルは左腕。

 正確には左腕の肘から先を失ったのだ。


 他の重傷となっていた部位はユミルネが、割とガチな面持ちで処置を施したことにより、大事にはならなかったのだが、無くなってしまったものをスグに戻すのは流石にユミルネでも難しかった。


 とはいえ、あの天才と世に名を轟かせている魔術師ユミルネである。

 不可能に対して喜々として身を投じ、笑いながら平然と乗り越えてみせる彼女は、今も自宅で黙々と愉しげに、シャルの左腕を治すお薬を製作中である。


 そういう背景を理解しているからか、ニーナの反応もこの程度で済んでいる。

 しかし、人に見つめられると落ち着かない性のシャルは咄嗟に話を振る。



「そういえば、ニーナは今後どうしていく予定なの? やっぱり冒険者としてこの街で活動していくのかな?」

「え? あ、そうね。特に決めてないけど、そうなるのかしら。貴方達はどうなの?」


 唐突な振りにニーナはワンテンポ遅れて返事を返した。


「ん、僕たちも暫くはこの都市に居る予定だよ。まあ一度、実家には戻ろうと思ってるんだけどね。その後は……そうだなぁ、大分冒険者にも慣れてきたし、そろそろ旅を初めるのもいいかも」

「──ぇ?」


 ニーナの手が止まる。


「ニーナには言ってなかったけど、僕たちは一都市を拠点に活動するんじゃなくて、旅をしていく目的で冒険者になったんだよ」

「旅を?」

「うんうん、アルルの目的はニーナから個人的に聞いてもらうとして、僕は世界を旅して色々と見て回りたいんだ」

「……そう」


 シャルはめぼしい薬草を摘み終えると立ち上がって、ゆっくりと歩き出す。


 ──時間的にはまだ余裕があるけど、あまり遅くなるとアルルが心配するかな。

 そう思い至り、シャルがニーナに帰宅の提案をしようと振り返る。

 ニーナとノータイムで目が合った。

 そしてシャルに一歩近づいて、


「ぁ、あのっ! ……えっと。その旅、私も付いて行っても良い、かしら」


 ニーナは控えめながら強い意志をのぞかせて懇願した。


「ん、ニーナが? でもなんで?」


 まさかの提案に疑問が溢れる。

 ニーナには特に世界を回る理由はないのである。わざわざ危険が付きまとう旅の同行を申し込むのがシャルには不思議なのだろう。

 逆にニーナは口火を切ったからには、と覚悟を決めた凛とした表情に変わっていた。


「それは、私がまだ何も返せていないからよ。私は今回の一件で貴方達に多大な恩義を感じているの。なのに旅立たれてはそれに報いる事も出来ないわ」

「報いるって、別に僕たちはやりたい様にやってただけなんだけど……」

「うん、貴方ならそう言うと思った。だから、これは私の我儘なのよ。それに、もう一つ最大の理由があるわ」


 一息。深呼吸をしたニーナが更なる決意を露わに(おもい)を届ける。



「私が貴方達ともっと一緒にいたいのよ!」



 普段のニーナらしくない、けれど偽りなき本心だと分かる思いの丈を、シャルは真摯に受け取った。


「ん、そっか。わかったよ。そういう事なら僕は歓迎するよ! アルルもニーナなら大賛成してくれるだろうからね」

「…………………そ、そう。良かったぁ」



 あからさまに安堵し、ニーナから身体の力みが抜けていく。

 それ程に緊張していたのだろう。


 と。同時。

 聞き馴染んだ声が二人の耳朶を打った。





「おぉ〜いっ! シャ〜ルくーん、ニーナちゃーん!! えへへへへ〜♪」





 林道の先からキラキラと銀髪を揺らして手を振るアルルの姿が見える。

 シャルとニーナの二人は、このタイミングの良さにどちらともなくクスリと笑うと、アルルの元へと近づいていった。


「アルル、用事は済んだの?」

「うん! バッチリなの!」

「そっか、こっちもいま区切りがついたから丁度良かったよ。じゃあこのまま三人で宿まで戻ろっか?」

「えへへ、わかったの〜!」

「そうね、わかっ……あ、ちょっと待って」


 シャルとアルルが歩き出そうとしているとニーナからストップ要求。

 なんだか今日はこういう事が多いなぁ……とか考えつつもニーナを伺う。


「今更なんだけど言わせて欲しいの。

 アルル。シャル(・・・)

 あの時は、本当にありがとう。私がこうして生きていられるのは貴方たちのおかげよ」


 折り目正しくお辞儀をして御礼を言うニーナに、アルルとシャルは顔を見合わせてニコリと笑った。


 ──そう、それはまるで三年前のあの孤児院の時と同じではないか。


 シャルたちは一も二もなく声を合わせると、満面の笑みを浮かべて、こう言った。


「「どういたしましてっ♪」」


 ──と。


 そして、アルルは左手を。

 シャルは右手を差し出す。

 ニーナは一瞬惚けるが、意味を理解すると恥ずかしながらもその二つの手を取った。


「よし、帰ろっか」

「え、ええ。そうねっ」

「えへへ〜♪」


 三つの影は横一列に仲良く並んで、森の出口へと遠ざかって行った。






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