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覚醒!即撃のシリアスキラー

「はぁっ、はぁっ。っ……はぁはぁ」


 荒い息を整える間もなく膝を付くシャル。

 死闘によりその身は満身創痍で、怪我をしていない所がないほどズタズタになっている。そんな中、シャルの思考は今さっき刹那で起こった奇跡といえる現象に向いていた。


(いまのって……。それに、あの人……)


 オルトラの閃熱が間近に迫り、死と間近で相対したあの瞬間。

 額に熱を持つと同時に、シャルの視界には一人の少女の姿が映し出されていた。

 極夜を彷彿とする黒髪を(なび)かせて、荘厳な純白のオーラに覆われた不思議な少女。

 その表情は感情が読めない意味深な笑み。



 シャルはその子を知っていた。

 いや、正確には一度だけ顔を合わせたことがあるだけなのだが……。



(……あれはキス魔の変態さん?)


 そう。シャルの見た少女というのは、冒険者ギルドに登録する前、候都の時計塔近くで遭遇し、出会い頭のキスという痴漢行為をおこなってきた『変態さん』の少女だった。

 

 そんな彼女が何故? と多大な疑問を浮かべて、放っておけば思考の海に潜りそうな性格のシャルだったが……



 ──思考をさっくりと放棄した。


 変態さんについて凄く気になる所であったが、まだ自分にはやるべき事が残っている。

 いま考えるべきことはそれではない。

 考えるなら全部片付けてからゆっくりすればいい。

 そう結論付けると、シャルはなけなしの気力を振り絞って立ち上がった。


 既に常緑の加護は失われている。

 身体は鉛を流し込まれたように重い。

 戦いの衝撃で傷が開いてしまったのか、両腕からは真っ赤な血液が流れ落ち、軽減していたとはいえ闘力の超化を行った右足は思うように動かない。


 それでもシャルは足を引き摺りながらも真っ直ぐに歩く。

 ニーナの目前まで戻る、なにやら心配でもしているかのように、一体の精霊がフラフラと近づいて来た。


「ごめんねニーナ、少し遅くなっちゃった。待ってて、すぐに手当てするから」


 精霊を一瞥してからニーナに向き直ったシャルは、自分の怪我など眼中になく言う。

 尻尾を器用に動かして鞄から、淡い緑色の液体の入った小瓶、回復薬をあるだけ取り出していく。

 一本あたりの容量が僅かな回復薬でも、これだけあれば大丈夫だろう。


 それからシャルは、ニーナの身体に走る痛々しい傷の数々に薬を振りかけていき、深手の傷には薬を含ませた布を、口と尻尾を器用に使って巻いていった。

 片腕でも使える状態ならばもっと丁寧に処置を施していただろうが、それは無い物ねだり。仕方なく大雑把な処置を済ましていく。


 シャルが回復薬で処置を始めて数本目。

 ユミルネに渡された回復薬が残りを一本となった時には、ニーナの外傷の殆どは癒えていた。

 深めの傷も多く血もかなり失っていたが、手に負えないほどの致命傷はなかったのが幸いした。

 しかし外傷が癒えた今をもってして、ニーナの容体は回復の兆しを見せなかった。

 むしろ、ますます悪い方へと傾いてる。体温も下がったままで生気も希薄。顔には薄っすらと死相が見て取れる。


「傷は癒えたけど、やっぱり応急処置だけじゃ……ッ」


 魔法の薬である回復薬には、薬草が元来もつ癒しの力を宿している。

 一回の調合で生成される量は僅かだが、それだけに効力は強い。

 外傷に塗れば小さな傷程度なら瞬く間に治せるし、そのまま飲めば回復を促進させる効能を得られる。


 ニーナに使った回復薬はユミルネ謹製の特別性。そんじょそこらの魔術師が作ったものとは比べ物にならない出来だ。

 純度も効力も十分すぎるものである。しかし、ニーナは変わらず苦しそうに浅く荒い呼吸を繰り返している。



 それは何故なのか。

 今のシャルでは与り知らないところだが。

 現状ニーナを衰弱させている最たる要因は、外傷よりもニーナが取った行動と、契約している精霊によるものだ。


 精霊使いという存在は、自らが契約した精霊を顕在化させるにあたり、常に微量の生命力を譲渡している。

 顕在化している精霊が多ければ、当然それだけ多くの力を分け与えなければならない。


 生命力。それは体力であり生気、気力。

 譲渡する際の変換効率が悪すぎるものの、魔力や闘力なども当てはまる。


 普段ならば気にも留めない量ではあるが、いまのニーナは生命力のほぼ全てを、一日の戦いで使い倒しており枯渇している状態。


 加えて、ニーナは今も精霊を顕在化させたままの上、シャルが助けに来たときに枯渇した身体を押して知覚の再接続をするという、無意識ながら致命的な行動をとった。


 これはもう表面上の傷を癒した所でどうにもならない。既にニーナの器には、生きるために必要な生命の源が足りていないのだ。



 回復薬は優れた癒しの薬ではあるが、生命力を与えるような特異な効能はない。そんなものがあるとすれば、竜の血から作る秘薬やら、古の霊薬やらの希少な物ばかりだろう。


 つまりニーナは風前の灯火といってもいい。あとは遠からず訪れる死を待つばかりだ。




「……くっ、それならっ……」


 そんな事情を露知らずシャルは最後の頼みとばかりに、残り一本の回復薬を尻尾で取り上げる。

 あとこの場で出来る処置といえば経口摂取による自己回復の促進のみと考えたのだろう。

 そしてシャルが祈るように回復薬を使おうとして──


 ──更なる絶望を知る。



「……っ。これは流石に冗談きついよッ!」



 強張る顔を隠そうともせず、シャルは冷や汗を一筋流す。それほどまでに酷い現実。


 伝わってくるのは大地の振動。

 姿は見えないが確かに(せま)る気配。

 行軍により起こる不規則な足音たち。

 双頭の魔物の肉片から漂う血臭につられてきたのかは分からないが、大量の魔物がシャルたちを包囲するように近づいてきていた。


 一難去って、また一難。

 これなら倒した筈の魔物が生き返ってくるという展開の方が、まだマシだった。

 そうシャルはこの不運を嘆かずにはいられない。だがシャルは嘆いてる時間すら惜しいと、気持ちを奮い立たせる。


 そうこうしているうちに先頭の一団が姿を現した。それはシャルがユミルネと共に見た大軍勢と同じく、普通ならあり得ない光景。

 敵対し合うことはあっても共闘はしないといわれる多種類の魔物による混合軍だった。


 ラックラパンに始まり、ワイルドボア、カッパーディアにダーティモンキー。

 それにパンツァベアと、ルプスパーダまでもが混じっている。

 幸いと言えるかは甚だ疑問だが、双頭の魔物の姿は確認できなかった。


 とはいえこの展開は完全に予想外。

 シャルは現在の森には魔物が少ないと思っていたので、完全に不意をつかれた形だった。


(まずいまずいまずいっ、どうする、どうする! どうすればいい〜〜ッ)


 闘力は使い果たし覚融合は解けている。

 魔力はまだあるとはいえ大した戦力にはならない。

 両腕と右足は機能不全で、負傷から血を流し過ぎている。下手をすれば出血性のショック症状が起きてもおかしくないほど。

 そして、ニーナの容体はかなり深刻。

 早くなんとかしなければいけない。


 絶望的とは正にこの事か。

 シャルに焦燥が侵食していく。




 ──どうする、どうする、どうする。

 こうして待ちぼうけていても蹂躙(じゅうりん)されるだけ。

 シャルはニーナを背負って退避する事も考えたが、すぐに追いつかれると思い直す。

 状況は最悪。これでは命がけで奇跡を掴みとり魔物を(ほふ)ったのが無駄になってしまう。



 ジリジリと距離を詰めてくる魔物。

 対してシャルはニーナの前に一歩踏み出して庇い、虚勢ながらに対抗の構えを取った──そんな時。



「やぁぁっ!」



 シャルの視界に、一筋の流星が煌めいた。

 常闇から迫る魔物たちの間を、その金色の流れ星は縦横無尽に駆け巡ると、魔物たちは糸が切れた人形のように崩れていく。



「──ぁ」


 シャルは目を大きく見開き、近づいてくる美しい流れ星に注視した。

 見間違うはずがなかった。黄金に輝くその流星は……



「アルルっ!」

「……シャルくんっ!」


 シャルが声を張るとアルルは遠目でも分かるほど顔を綻ばせて瞬時に転身、一直線にシャルへと駆けていき飛びついた。


 シャルは片足だけで意地でもアルルを受け止める。その際身体には鋭い痛みが走ったが、そんな些事よりアルルの無事な姿を確認する方が大事だった。


 ゆっくりと確認し、心からの安堵。

 アルルの発する体温が伝わり、シャルの強張っていた表情が解けていく。



「……ぇ? しゃ、シャルくん? け、怪我ッ! 大怪我して……っ!?」


 感極まっていたアルルは、この時になってようやくシャルの大怪我に気付いたらしく、すぐさまバッと離れて驚きを浮かべる。そして傷の深刻さを理解するや否や、血の気がサッと引いていき狼狽し取り乱した。


 薄暗闇で分かりずらいが、シャルは全身真っ赤に染まっているのだ。特に左手は無くなっているし、右腕と脚は青紫に内出血していたり、皮膚が裂けて血が流れ出ていたり、白い骨らしきものがのぞいていたり、目を覆いたくなるレベルで傷付いている。

 こんなの誰が見ても驚く。


 だがシャルはそんな状態であっても、アルルに優しい笑顔を浮かべていた。


「ん、大丈夫だから。落ち着いて。それよりアルルが無事で良かったよ」

「でもシャルくん!! 血が、手がッ!!」

「大丈夫。大丈夫だから。落ち着いて。落ち着いて、ね?」


 静かな声音で繰り返し大丈夫と言い聞かせ、取り乱し気味のアルルを安心させるようにとりなす。


「それより僕はアルルが心配だよ」

「……あ、たし?」

「うん」


 シャルの怪我も酷いが、近くで見てみればアルルも大概であった。

 服はボロボロで破れ裂けていて、アラギ剣は半ばほどで折れている。いつも綺麗な長髪も、ほつれて血と土埃で汚れているし、身体の至るところに切り傷や擦り傷があり、軽傷とは言えないレベルで流血していた。


 アルルもシャルを心配させないように余裕をもって接してきているが、その実、無理しているのがシャルには分かった。

 考えが似た者同士の二人である。



「はぁ、アルルもだいぶ無理したみたいだね。もう……本当に無事で良かった」


 シャルはアルルに近づき、先程ニーナにしたように頬に触れて優しく言葉をかけた。


「……──ぅ、うん。あたしもシャルくんが来てくれて嬉しい。無事でよかった……」


 なんとか落ち着きを取り戻したアルル。

 頬を擦り合わせる彼女の瞳からは一筋の雫が流れ、それが伝って二人の頬を濡らす。



 

 タイミングを見計らってシャルは簡潔にアルルと情報の共有をおこなった。


 これまでの経緯と二人の行動を端的かつ的確にまとめて話すアルル。

 逆にシャルは現在の危機的状況を伝えた。

 その話の最中、シャルの背後で倒れ伏すニーナをアルルが知り、再度驚きを露わにしたが、今度はシャルが先立って対処したおかげで取り乱すことはなかった。


 ちなみにシャルに与えられた情報の中には、アルル側にも双頭の魔物が現れたという話があったのだが、流石はアルルといった所。

 なんと、正攻法で真っ向から討ち取ったらしい。

 その討伐方法も驚くような大胆さで、二首それぞれの目を潰して視界を封じ、それからは速さを武器に立ち回り、ヒットアンドアウェイで動かなくなるまで斬り続けたという。

 そんな話を聞きアルルの勇ましさに、ただただ感嘆するシャルだった。




「……っ」


 僅かな時間で情報共有を済ませると同じくして、第二波ともいえる魔物達が闇の中に眼を光らせて接近してきているのを確認した。

 数は先の倍ほどで、全方位からだ。

 状況は刻々と悪化していく。



「ねぇアルル。駄目元で聞くんだけど、僕たち全員を運んで森の外まで逃げられる?」


「…………」


 ニーナが寄りかかる折れた大樹に、皆で寄り添いながらもシャルが聞く。

 アルルは申し訳なさを滲ませて首を横に振った。

 いくら超人的な身体機能を持つアルルであっても、実際は小柄な幼女である。

 運ぶ相手が意識不明な子供一人に、まともに歩く事すら困難な子供一人だ。怪我を負った状態で守りきれるはずがなかった。


 これが片方だけを担いで二人で逃げるとなれば、ギリギリ可能といったところ。

 ただ三人でとなると話が変わる。

 万全のアルルなら迫り来る敵を蹴散らして脱出するという荒技も出来ただろうが、それは無い物ねだりである。

 ただ、シャルがニーナとアルルの二人で先に逃げてもらおうにも、確実にアルルが拒否して納得しない。

 アルルはそういった行動をひどく嫌う。

 逆に、殿をアルルに任せた所でシャルとニーナでは魔物たちの包囲を抜けられないので意味がない。


 つまるところ、アルルは究極の選択を突きつけられているに等しい。

 シャルを救うか。ニーナを救うか。

 それが分かっているからこそ、アルルは何も言わない。言えない。



 もう猶予は少ない。

 このままズルズルいけば全滅は必至。

 シャルはひたすらに思考を回し続けた。


(……やっぱり、ここはアルルとニーナに逃げてもらおう。俺一人なら生き残れる可能性もゼロじゃない。最悪は怒鳴りつけてでも二人で行かせるべき……でも、アルルはすでに疲労困憊だし、精神が不安定な中で包囲を抜けられるとは言い難い。……ッ、もうっ、こんな時にこそ焔魔纏が必要なのにッ。なんでいつも……)



「……くぅッ」


 力が及ばない。歯がゆい。

 自分の無力さを呪わずにはいられなかった。


 ない物ねだりは百も承知の思考。だが、焔魔纏があったのなら、ここまで惨めに戦うこともなく、窮地を迎えることもなかったのだから。








「……ねぇ、シャルくん」



 ポツリ。染み入るように響く。


 静かに口を閉ざし続けていたアルルが、小さくもよく通る声でシャルの名を呼んだ。

 シャルが呼びかけに反応しアルルの方へ向く。


 すると、言うか言うまいか改めて逡巡をしたのち……ついに口を開いた。



「シャルくん。もしかしたらだけど、シャルくんの力、あたしなら戻せる……かも」

「……え、どういうこと? 戻せるって」 


 聞き捨てならない言葉にシャルは思わず聞き返す。


「わからない、けど……どうすればいいのか何となくわかる、の……」


 確信がなく言葉は尻すぼみで小さくなっていく。だがシャルは──



「アルルお願い、それ教えてくれる?」



 アルルの両目を真っ直ぐに見つめて、藁にもすがる思いで頼む。

 この場を三人とも無事で切り抜けられる可能性があるならば、どれだけ小さな可能性でも試したい。それがもし失敗だったとしても後悔はしない。

 その時は心を殺してでもアルルとニーナに逃げ延びてもらう。ただ、それだけ。


 そんなシャルの決意を感じ取ったのか、


「……ぅ、うん、わかった」


 アルルは大きな覚悟を決めたように表情を改める。一息二息、深呼吸をする。


 そして、失った力を取り戻すための行動を起こす。


 猛然と迫り来る魔物には目を向けず、アルルはシャルとの距離を更に一歩、二歩と詰めていく。

 これで完全なゼロ距離。



 そのままアルルは両手を優しくシャルの顔に添えて、そっと近づいていき……












 シャルに、唇を重ねた。









「──────!!?」






 予想外の行動にシャルの脳内が真っ白になる。だがそんな心境とは関係なしに事態はシフト。

 シャルの口内にアルルの暖かい舌が進入しお互いの(そんざい)を深く、強く、固く繋ぐようにキスをする。


 子供とは思えない、ませた行為。

 あの子煩悩である両親にもされなかった、唇への口付けに、茫然自失となるシャルだったが、突如、頭の中で欠けていたピースがカチリと噛み合うような感覚が走った。



「ぷはぁ……」



 永遠のような刹那のキスが終わる。

 アルルはゆっくりと顔を離していく。

 頬を朱に染めたアルルの左手甲には謎の紋が浮かび上がっており、しばらくすると溶け込むように消えた。




「多分これで、だいじょ、ぶ、だよ……」




 満足顔で言い終えるとアルルがぱたりと倒れ込み、ニーナと重なるようにして意識を手放した。



「アルルっ! ──ッ!!?」




 倒れ伏したアルルの心配をして、シャルが詰め寄ろうとしたとき、内側から力の奔流が湧き出して吹き荒れた。


 その勢いに思わず目を閉じる。



 轟ッ──と空間が震え悲鳴をあげた。

 シャルを中心にして黄金(・・)の光が躍り狂う。


 そうして光の嵐が吹き荒れること暫し、次第にその勢いは収まっていき、その中からシャルに似た何かが姿を見せた。

 そう言っても問題ないほどの変貌である。



 嵐から姿を見せたシャルは、神々しい金の灼眼と、朧火のような白光の装飾を二つ頭上に携え、何故か長くなった黒い髪を暴風が靡かせている。


 そして──その背中には、後光のように存在する極白の光環を背負い、身体には不動明王の迦楼羅炎の如き紅蓮が纏わりついていた。

 その威圧感が半端ない荒々しい姿は、周囲に圧倒的な力の波動を浴びせかけている。



 ふと違和感を感じ取り、シャルは身体を見下ろした。不思議と血は止まっている。

 耐えていた痛みすらも感じなくなっていた。

 流石に傷自体は治ってはいないようだったが、先よりは断然マシな状態であった。




「……これは」



 アルルの行動から立て続けに驚かされ、今をもって頭の中では疑問符が大量に浮かんでいるシャルであったが、ひとつ確かなことがあった。


 それは、アルルの行動で焔魔纏が戻ってきたという事実。見てくれはどうであれ焔魔纏であっている筈だ。少しばかり制御が効かず威圧的。纏う炎も荒々しいが、感覚的には焔魔纏と言えなくもなかった。


 そして、これをもたらしてくれた当のアルルはというと、意識は失ったが異常らしい異常は見当たらない。いまは安らかに寝息をたてていた。



(事実は小説よりも奇なり、とは言うけれど、限度があります。口づけで失った力を取り戻すなんて、一体どこの御伽噺なのか。それにお姫様の役どころですし)



「全く、儘ならないです」


 静謐な雰囲気を漂わせるシャル。

 人形のような無表情でぽつりと愚痴をこぼしながら、周りの気配を探った。

 視界内にいる全ての魔物は、金縛りに遭ったかのように動きを止めて、怯えるようにその場でガクガクと震えている。

 それどころか視界外にいる後続の魔物たちでさえ、全てが同じ様子なのを認識する。




「時間も余裕もないです。一撃で終わらせます」



 この荒々しい光の嵐は、以前に比べて遥かに扱いにくい。それどころか、今をもってしてほぼ扱えていない。完全なる制御不能である。

 このわずかに扱えている一部を手放してしまえば、その後どうなるのかシャル自身にもわからなかった。

 まさに荒れ狂う大嵐のような力だ。



 故に、一撃で決める。



 シャルは一度、背後に横たわる大切な存在──アルルとニーナにそれぞれ一瞥すると、最大限の感謝と敬愛を送る。

 その感情に呼応するように、纏う紅蓮が激しさを増す。灯火の装飾も一回り大きくなった。



 視線を戻したシャルは、感情が乖離した冷たい声音で一言……こう、発した。







【消えて】





 言葉を紡ぐと同時、瞬く間に事象の変化が始まった。シャルを中心に千を軽く超える(・・・・・・・)巨大な白く燃えあがる炎球(・・・・・・・・・)が浮かぶ。


 シャルは全てに座標指定を与える。

 指定するのは全方位。解放。

 炎球が超高速で一斉掃射される。

 放射状に広がった炎球が着弾・炎上。


 火山が大噴火したかの様な爆音が響き渡り、視界が一瞬にして白一色に染まっていく。

 そしてシャルはすかさず光の膜を張った。迫っていた熱風などが全てシャットアウトされる。

 転じて、豪風を生み出して煙を全て巻き上げていく。



 視界が開くとそこには、真っさらな更地が広がっていた。


 シャルを中心とした約半径三キロ圏内は文字通り『何もない』。

 魔物はおろか雑草の一本すら存在しない空白地帯。

 攻撃範囲内だった地面はマグマのように赤くグツグツと煮え滾っている。唯一の例外はシャルが張っていた光膜の中だけ。

 そこには、青々とした緑の大地と僅かばかりの林藪、一本の折れた大樹。

 その樹に寄りかかる二人の少女たち。

 そして幻想的な精霊がいる。


 森林深部。月明かりが照らし出したのは、そんな光景だった……




 ◾︎◾︎◾︎




 静けさを取り戻したパニシュ森林。

 嵐は止み。まとわりつく業炎も霧散した。

 光の装飾も白の光環も、そして髪の長さまでも幻のように消えていった。

 しかし、それを気にする前にシャルは身を翻すと、急いでニーナの元へ近づく。


 ニーナは更に衰弱している。

 生気は恐ろしいほど希薄で顔色が最悪だ。今から候都へと移動させて治療させても、絶対に間に合わないだろう。


 シャルは表情を崩さず、一切の動揺さえも浮かべずに行動する。

 先程から自身の尻尾で掴んだままにしていた回復薬の蓋を口で器用に開ける。

 その真紅(・・)に輝く液体を口に含むと、



(……ごめんね、ニーナっ)


 口移しでニーナに薬を流し込む。

 呼吸すら儘ならないニーナは、当然むせ返るような反射を起こすが、シャルはそれでも口を離さず無理やりに薬を全て飲み込ませる。


 効果は劇的だった。

 ニーナの身体が淡い光に包み込まれると、あれだけ苦しそうだったのが嘘のように穏やかな呼吸を取り戻していった。

 そんなニーナの回復を見届けると同時。


 遂にシャルが倒れた。

 両手を使う事が出来ないシャルは頭から落ちていく。しかし訪れた衝撃は余りに小さかった。

 ゆっくりと優しく何かに運ばれる感覚がシャルに伝わってくる。


 そして、一拍。シャルは虚空に向かって優しく微笑んだ……。


「そっ、かぁ……ん。じゃああと、はまかせ、るねぇ……んふ、ふ………」


 朧げな意識のなかシャルが言うと、ニーナとアルルの間に横たわって今度こそ意識を完全に手放した。






2017/12/16-誤字修正

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