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決着!死線を超えし勇者の劔


 一体何が起きているのだろう……。

 ニーナにはそれが理解できなかった。

 夢だと言われた方がまだ納得できる。


 精霊を通して得た状況はそれほど予想の斜め上だった。

 あのシャルが何故かこの場に現れ、自分を助けると言って戦っている。それも、一緒に依頼を受けていたあの時とは別人のような動きで……。

 彼自身も酷すぎる怪我を負っているのに……。


 ……でも。

 これは確かに現実なのだろう。


 シャルが触れた頰の暖かさは本物。

 今もなお下がっていく体温の中、その部分だけは熱を持ったように暖かい。

 聞こえないと思っていた耳も、シャルの言葉は不思議と届いた。

 覚悟の滲んだとても優しい声音だった。


 ニーナの瞳から涙が溢れる。

 理由はわからない。胸中はぐちゃぐちゃで複雑に絡まり合っている。

 シャルをこの死地に巻き込んでしまった事への不甲斐なさと哀しみ。シャルが死んでしまうかもという恐れ。手助けすら出来ない自分自身への憤り。アルルへの心配、不安、申し訳なさ。

 その他、例えようのない膨大な感情の全てが一緒くたになって勝手に涙が溢れてくる。


(──お願い。お願いだから、逃げて……っ。私は、いいから逃げて……っ。シャルが死んじゃうよ……ッ!!)


 いくらシャルが別人の様な動きになったとしても、相手はあのオルトラだ。

 大怪我を負った状態で倒せるはずがない。

 このままでは、自分の所為でシャルまでも死なせてしまう。

 そう思い至るとニーナは更に涙を溢れさせた。




 ◾︎◾︎◾︎




 攻勢。攻勢。絶え間ない連撃。


 シャルは蹴撃を巧みに用いて魔物に攻撃を打ち込み続ける。

 噛み殺そうと牙を剥けば頭上から踵落としを、引き裂こうとその爪を振るえば、巨躯の下に滑り込み腹部に蹴り上げを、火炎を吐き出す素振りを見せれば、顎に回し蹴りを叩き込んで阻害する。

 怪我のハンデを感じさせない修羅の如き猛攻。被弾を受けることは(いと)わずに、距離を取ることを放棄した超至近距離のインファイト。


 対して、魔物は自分の周りをしつこく動き回るシャルに、どんどん怒りを募らせる。

 一撃一撃にとんでもない破壊力を込めていく。なのに捉えられず血眼になって暴れる。攻撃が単調になりシャルの攻勢が強まっていく。シャルの思惑通りに。


 ただ、魔物がシャルに致命傷を与えられていないのと同じく。シャルもまた有効打となるような攻撃を一つとして与えられていなかった。



(──全く、埒があかないよ……これっ)


 シャルとて無作為に攻撃し続けているわけではない。相手を怒らせる他にも、突破口を開くためにずっと思考を働かせ続けている。

 その甲斐あって、シャルは魔物がもつ異様な防御力の正体は既に掴んだ。


 あの魔物は身体に闘力をまとっている。

 いや、それどころか体毛の一本一本までもを丁寧にコーティングしているほど。

 それにこの闘力特性は防御特化だ。

 物理的攻撃力をあげても、魔物の防御力を上回らなければいくら打ち込んでも無意味となる。

 加えて、元来の肉体強度も魔物と呼ばれるだけあって桁外れている。

 まさに鉄壁の移動要塞ともいえる化物。

 魔法に加えて闘力まで使う比類なき強者だ。


 そんな相手を前に取れる選択はあまりに少ない。

 だから──次で決める。

 この乾坤一擲の大勝負となる危険な策に。





「──ハッ!」


 蹴り上げで魔物の顎をかち上げると跳び退く。

 ここにきてシャルは大きく距離を置いた。火炎魔法から退避した時に次いでこれで二度目。


 シャルは魔物から目を離さず尻尾を服の中から伸ばしていく。伸ばすは腰に装着されているアラギ剣の魔石部分。そこに触れて力を流す。



(イメージ。イメージ)


 思い浮かべるは前世で見た三角穂先で幅広の長槍。刺突と斬撃に高い性能をもつ武器。

 名を『パルチザン』。


 その長槍をアレンジ、変形させて自身の尻尾先に装着する。これで手が使えずとも得物の使用が可能となる。



「──よしっ」


 改めて尻尾の先を見て武器の装着を確認。

 次いでシャルは小声で呪文を唱えながら魔物に向かって一発の弾丸の如く直進する。

 魔物も気炎を吐いて飛びかかる。前脚を大きく振り上げてシャルに向かって打ち下ろす。

 自身に迫ってくる凶爪に対し、だがシャルは回避行動を取ろうとしない。


 むしろ挑みかかるように構えると、この戦闘を開始して初めての『超化』を発動させる。制御された常緑色の力を集めるは右脚。

 その超化した状態での蹴りを気合一声で振り上げ、巨大な爪に真っ向から迎え打つ。


 力の拮抗は起こらない。

 この力比べ──軍配は、シャル。


 自身の数倍では効かない程の体躯を、右脚一本で弾き魔物がたたらを踏む。シャルの右脚に嫌な音が響くが、歯を食いしばって耐える。

 魔物が怯んだその隙を見逃さず、シャルはすかさず片脚で飛び上がると待機状態の魔法を発動。



「【砂傷(アースラーナ)】ッ!!」



 土系統の初級魔法。

 殺傷性を持たせた土の粒子に、血走った眼でシャルを睨んでいる片首。先程火炎を吐いてきた方にピンポイントで炸裂させ、一時的に視覚を無力化。


 転じて、シャルは身体を捻り、脇から噛み付こうと迫る片割れの頭部を宙空にて長槍と体捌きで去なし、大きな頭部の鼻先から眉間にかけてを転がるようにして移動──その勢いを殺さず。



 死闘に幕を下ろす突きを放った。



 これを届かせることが出来れば勝利を掴める。

 すでに天秤はシャルに傾いている。相手の攻撃を掻い潜る一番の危険はギリギリだが超えられた。

 もう、峠は超えている。



(あと一手で(つい)だっ!!)



「いっっっけぇええええええええぇッ!!」



 シャルは尻尾に付けた槍を、魔物の大きな眼に向けて一直線に伸ばしていく。

 残りの距離は、あと僅か。












 だが、その瞬間──








 魔物の目が昏い青色に光る。






「──なっ!?」

 

 シャルは魔法を使っていない。

 即ちこの魔力は魔物によるもの。

 その事に気付いた時には既に手遅れ。

 魔法は発動し、死を含んだ熱線が一条、魔眼から放たれた。

 全力を賭すため、捨て身の体勢に入っているシャルに、これを躱す術はなかった。


 相手の身体で脆い箇所でもある『目』。

 ならば魔物にも対抗策はもっているのが普通。

 もっと頭を回せば行き着くハズの予想でもある。

 それを魔物の予想外な硬さに勝負を焦ったのが運の尽き。慎重さというものが抜け落ちた結果だった。



(……ここにきてこんなヘマをするなんてっ!)


 今から手を打とうにも全てが後手。

 残される道は『死』へと繋がる道ただ一つ。

 それもあと一瞬後には強制的に訪れる。







 ♡♡♡






 ──このまま、死ぬしかないの?



 ──アルルとニーナを助けられないまま?



 ポツリポツリと思い浮かぶ言葉。

 それらに謎の既視感が襲う。

 身体の奥底が叫び声をあげる。



 ──冒険者としてアルルとの約束も守れずに?


 ──母様と父様を、家族を残して先に?


 ──結局、夢も見つけられないまま?




 今際。鈍い頭痛がシャルを襲う。

 一転。時間という概念が失われたかのように全ての感覚が引き延ばされる。


 心が記憶の海に沈んでいく。

 そこでは身体は存在せず意識だけが深海へ深海へと引っ張られていくだけ。

 抵抗もなにもない、ただただ自分という存在そのものと向き合う。記憶、それに伴う感情と思考、他にも様々な奔流にさらされる。

 シャルはこれが走馬灯なのかと纏まりの付かないボゥっとした頭で思った。


 ……ふと。


 霞みがかった不明瞭な声音が頭に反響した。

 それは曖昧で幻聴染みた可笑しな響き。

 ただいつか何処かで聞いたことがあるような、どこか懐かしい響き。



 幻聴に、好き勝手自由に話され。


 幻聴に、謂れない言葉を笑われ。


 幻聴に、悲観的な言葉を窘められた。


 幻聴に、面白おかしく生きるための助言をされた。


 そうして、幻聴が──意気揚々と名乗りを上げた。




 徐々に鮮明になってきた声音は、幼くとも大人びていて、なにより慈愛に溢れていた。

 知らない記憶に、知らない名前。

 会ったこともないだろう母親を自称したモノとの記憶。


 やはりシャルには覚えのないものだ。

 だが、そんな記憶を追っているうちに、不思議と怖いものがなくなっていく。包み込まれて守られているかのような安心感が湧き上がってくる。

 

 普通ならそんな感情は信じられない。

 見も知らぬ他人から、そんな感情が湧くはずがないのだから。それでも……



  『大丈夫』



 そう無条件で信じられた。






 ♡♡♡




 ゆっくり、ゆっくりと流れる時間。

 色が褪せて色彩をなくした世界でシャルは思う──。


(この状況から勝ちを拾うなんて不可能? もはや生き残ることすらも無理? 馬鹿ッ。そんなの認められる訳がないでしょ。奇跡でも起きなきゃ不可能っていうのなら奇跡を起こす。希望は捨てない。死は受け入れない。最後の最後まで諦めない。これを乗り越えてみんなで面白おかしく過ごすんだからっ!)



 一喝、シャルは内心にあった残り僅かな弱音を、完全に打ち消した。

 残された刹那の中で、ただ前へと進むために魂を奮い立たせる。


 現実に、ご都合主義は存在しない。

 現実に、都合のいい奇跡は起きない。

 その常識の悉くを覆す。奇跡を引きづり込み勝利を掴むため。大切な者を残して死んでなるものかと。



 熱線は奇跡的な軌道を描いて逸れていく。


 熱線が直撃しても当たりどころが良くて死なない。


 熱線は見せかけだけのハリボテで無傷で凌げる。


 

 どれでもいい。そんなご都合主義全開の奇跡を、シャルはただただ信じて前へと進む。

 不屈の精神で迫りくる熱線は無視して、魔物を確実に仕留めることだけを考えて、前へ、前へと進んだ。




 死線が近づく。


 ゆっくりとした灰色の世界。

 全てが限界まで引き伸ばされる感覚。

 脳が焼き切れるような痛み。

 そのどれもを無視してシャルは勝利のみを想う。




 死線が近づく。


 数十センチ先に死の化身が近づく。

 シャルは目を見開き、死を睨み更に前進。

 もはや絶望的でしかない距離であっても、その心は折れない。考えるのは勝つことのみ。

 湧き上がる安心感に背を押されて、死線を越えんと自ら飛び込んでいく。




 死線が近づく。


 ……リィン、と清く澄んだ音色が魂に響く。

 身体の内側でナニカが熱を持つ。

 眼に映る全ての色が抜けていく。

 白い、白い、ただただ白い、純白の世界。


 だがシャルはその全てを無視して進んだ。

 







 そして、ついに死線へと至る。







 死線と生線が交わる境界。






 絶対的な死が、シャルの生を奪ろうと牙を剥き襲いかかった。








 その時。


 シャルの額に『紋様』が浮かぶ。

 それは、幾何学的な紋様。


 直視することすら叶わない、儚くも美しい、神秘的な紋様。

 紋様が淡く輝く。

 温かく、それでいて優しい純白の光。

 力強さに溢れる母性的な輝きだ。


 純白の光は……正にシャルを襲い、蹂躙し、奪い、貪り尽くそうと迫る死の概念に触れる。

 光が死に触れると、死は恐れをなしたかの如く、慌てて遠のいていく。






 死線が、遠のく。



 純白の世界から、灰色の世界へ。

 更に世界へ色が生じていく

 時間が戻る。感覚が戻る。


 世界が完全に彩られる。


 それでも、やはりシャルは気にしない。

 ただただ、勝利だけを求めて前に──進んだ。
















 ホワイトアウトしていた視界が晴れると、驚きを宿した魔物と間近で目が合う。


 シャルは、目を細めて嗤う。


「……ふふッ」



 このあり得えない展開に対して、しかしシャルは動じない。むしろ、初めから分かっていたと言わんばかりに笑みを更に深めた。



「はぁぁぁぁあああーーっ!!」



 今こそが好機。

 信じて願った奇跡を手に、シャルは表情を鬼気迫るものに変えて槍を魔物の眼球へと突き立てる。そして、足を使って更に深くねじ込んだ。



 オォォォオオォォオォォォ!?



 鼓膜に刺さるような悲鳴をあげる魔物。

 シャルは振り落とされないように全身を使って耐えながら、この戦いの幕を降ろすため無心で動く。


 失敗は許されない。


 尻尾を通して魔石にイメージと力を送り込む。

 思い描くは複雑怪奇。それは樹形図の如く。

 内部に突き刺さった槍先部分から、細く鋭いつるぎの枝を幾多と伸ばして伸ばして、伸ばして、伸ばして……──その枝葉を密度を、重さを急速に広げていく。今まで培ってきた想像力の全てをかけて、一本の巨大な武器を創りだす。


 シャルの耳には、魔物を穿ち貫き砕く異音が届いてくる。



 オォォオォォ……!?



 首、背部、対の頭部、胸部、腹部と浸透していくように、劔の枝が増長し内から魔物を壊していく。

 いまの魔物は、さながら割れない針風船を内の至る所から膨らませ続けられている状態。


 外が硬いならば内から攻めれば良い。

 単純にして明快。使い古された定石。


 自分にはアラギ剣がある。

 自分には多大な魔力がある。

 自分には前世で培った異様な想像力がある。


 なれば魔物の体内で、劔の大樹を芽吹かせることなんて造作もない。



「ッァァァアアアアアアアアッ!!」



 シャルが渾身の力を注ぎ込む。



 ォオォ、ォォォ!! ォォ……



 魔物が今際の際の絶叫をあげる。

 どうあがいたところでもう遅い。シャルが魔物にアラギ剣を差し込めた時点で勝敗は決した。


 ……ズゥゥン、と重々しい音で大地が揺れる。

 ついに魔物が崩折れた。あれだけ猛威を振るっていた双頭の魔物は、今や見る影もない。身体の至る所から劔が突き出し血色に染まっている。



 対峙してからの時間、わずか十数分。

 ニーナが戦っていた時間を鑑みれば、まさに電撃的な速度での勝利であった。




 そして、気づけばシャルの額に浮かび上がっていた紋様と純白の光も、すっかり消え失せていた。




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