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決戦!森林深部の大死闘


 ──走る、走る、ただ走る。



 それは全力疾走と呼ぶにふさわしい。

 負傷など気にせず闘力をまとっての高速移動。


 シャルは懐の小さな鞄にしまい込んだ帽子を思い出して、右腕の激痛を無理やり押さえ込むと、意地で力の行使をし続ける。


 身体が壊れるギリギリ手前。

 強化が起こった瞬間の出力を維持。

 こうして工夫すれば、ある程度の肉体強化を得たまま走り続けることができる。


 そうした一度でも誤ればおしまいの精密制御でもって、とにかく彼は走った。





 シャルの顔には焦りが張り付く。

 全身には嫌な汗が流れる。さっきからずっとシャルの内側では警笛が鳴らされている。


 あの場所でニーナの帽子を発見してから時間にして数分、シャルが暗い森林の中を駆けていくと、木々がおかしいレベルで減っていった。

 樹木は太さや大きさなど関係なくへし折れており、草花は踏み潰され、大地は焼き討ちでもされたかのように荒れ広がっている。


 この光景だけでも異常は察せられる。

 問題はこの森林破壊が、誰かと誰かが争ったことによってつけられているという点だ。

 シャルの頭では大切な二人の存在が浮かんでは消え、浮かんでは消えていた。

 外れていてと願いつつ、それは叶わない願いだということも薄々分かっていた。


 拾った血だらけの帽子と、あの場所からこの場所まで、一本道のごとく続いている破壊を見れば、嫌でも思い知らされる。


 焦りが止まることを知らずに溢れてくる。木々が少ないのはこれ幸いと、シャルはますます駆けるスピードを上げていく。


 目の前を塞いでいた木々の上を、一足で飛び越える。

 そうして跳び出した先は、一際大きく森が開けている場所。広場に樹の影はなく、一帯には月光が煌々と降り注がれ、幻想的な光に満ちていた。


 とはいえ、時間が深夜なだけに全てを見渡せるほどは明るくはない。

 広場に飛び出したシャルは、まず周囲に一瞥を投げていき、強制されるようにある一点へと視線が吸い寄せられた。


 薄暗闇に浮かぶのは、弱々しく光る無数の光体──精霊が揺蕩う場所だ。



 シャルの表情が凍りついた。




「────ッ! くそッ!」



 シャルが一目散に目指すのは、折れた樹木に背を預けて動きを見せないニーナ……ではなく。

 その手前に立ちはだかる、ルプスパーダが可愛く見えるほどの巨影だ。


 巨影は今まさにニーナへと食らいつくために大口を開けた──が、それよりも疾く、シャルが巨影の顔面を打ち抜いた。




 ◾︎◾︎◾︎




「──ニーナ!」


 シャルは自分でもわかるほどの心配を声に滲ませて、ニーナへと詰め寄る。

 すると、閉じていた瞼を開けたニーナが、注視してもまだ見逃してしまいそうなほど小さな反応を返した。


 綺麗な瞳は焦点を結べていない。

 それどころか、顔色が悪くて呼吸も浅く、身体の至る所から血を流し、生命力というものが希薄だ。瀕死なのが一目で見て取れた。


 シャルは今にも儚く散ってしまいそうな表情を浮かべるニーナの、冷えた頬にそっと自身の頬をあてがう。


「ニーナ。遅くなってごめんね……」


 一言。そう呟く。


(マズイ、これはかなり危険な状態だよ。早く治療をしないとっ)


 シャルの心はいま、ニーナを見つけられた『安堵』と、治療を急がなければという『焦り』、この場にアルルが見当たらない『不安』と、ニーナをこんな目に遭わせたであろう巨影への『怒り』とで荒れに荒れていた。



「……すぅ〜〜……ふぅ〜〜っ」


 深呼吸をひとつ。


 気持ちの切り替えの早さと、冷静沈着さ、感情抑制が上手い事は良い魔術師の条件。

 シャルも意識的に感情を落ち着け、思考を切り替える。


「ん、大丈夫だよニーナ。僕が絶対に助けるから、ちょっとだけ待っててね」


 僅かな時間をも惜しむようにシャルが顔を離すと、ある一点に顔を向ける。


 森の闘技場に広がる暗闇の奥。

 シャルは確信を込めた眼差しでその闇を睨む。

 そこには四つの殺意が篭る怪しい光。

 二つ首の魔物の眼光があった。



「……っ」


 小さな舌打ちひとつ。

 シャルは気持ちを引き締める。


 ──やはり倒せていなかった。


 先ほどシャルは、無我夢中で奇襲を仕掛け、渾身の力でもって巨影を打ち抜いたのだが、その際にあまり手応えが得られなかった。

 全力も全力。先のルプスパーダならば十匹をまとめて木っ端微塵にしても、まだ余るほどの力を注ぎ込んだのに、だ。

 身体への配慮なんてせず本気で打ち込んだ。そこまでしたのに、未だ目の前の魔物は健在である。


 つまり、そこから導き出されるのは、これが『Cランク』以上の一線を超えた魔物であるという可能性。


 一般冒険者を百人集めた戦力でもまだ届きはしないとされる絶対的な『力』の化身。小さな町なら単体でも優に壊滅させられる『意思ある災害』。


 もし、一般の冒険者がそれに遭遇した場合、その生還が絶望視される恐怖の象徴。

 それこそが『Cランク』級の魔物。


 ギルドの情報だと、この辺りの地域でCランク級の魔物と遭遇する確率はゼロに等しいと教えられていたものだが。



「むぅ、帰ったらお姉さんに文句いってやる」



 スッと立ち上がったシャルはひとりごちる。

 この張り詰めた死地には不釣り合いな柔らかい声音だった。

 しかし表情に油断は一切見られない。

 あるのはただただ純粋な闘志のみ。

 静かで揺らぎなく、何者も触れることが叶わない、灼熱にして静謐なる闘志だ。


 いまシャルの意識はキレイに切り替えられ、荒れていた心は驚くほどの平静となっている。力みのない自然体だ。

 頭も澄んでいる。


 ここに来てやっと冷静になったのか。

 それは否だ。ここで失敗を犯せば自分もニーナも命を落とすのは確定的。

 冷静……いや、冷徹にならねば勝ちすら望めないだけ。ならば徹底して冷徹になるだけだ。

 冷徹に思考し、最善の行動を選び、最高の結末を掴み取るしかないのだ。


 シャルはジリジリと迫り来る巨影の方へと、一歩一歩自ら足を動かす。





「うん、僕ってやっぱり、こういう重くて暗くて辛い空気は嫌いだ。アルルたちと楽しくふざけあってる時が一番だよ。だから……」


 静かに独白し……




「僕がその元凶シリアスを絶つ」




 決意を言葉に乗せて宣言した。







 掴み取るのは絶対的な勝利でもなければ、鮮やかな勝利でもなく、完全で完璧な勝利でもない。醜くてもいい。泥臭くてもいい。


 ただ『電撃的な速度での勝利』のみ。


 シャルは勝利条件を自分に言い聞かせる。


 まず、始めにやること。

 その優先順位を瞬時に決め──実行する。


 第一として『闘力』を発現させる。

 全身の筋肉と骨が軋むが、それを無視。

 次いで『魔力』を同時展開。

 発現させた二つを強制的に組み合わせる。

 反発し合う『力』。それを絶妙な加減で制御下に置いて、一つの調和へと導いていく。


(──ん、大丈夫そう)


 焔魔纏を使った時に比べれば御し易い。

 そうシャルが思ったのと同時。

 青と黄が渦巻き混ざり合うと、力強い常緑色エバーグリーンの輝きに包み込まれた。




覚融合ウェイクバース


 それがこの現象に付けられている名称。

 端的にいえば『力』と『力』を、掛け合わせることで起こる現象のこと。

 これにより生まれた力は単一の力を凌駕する。

 普段なら使えない技術だって、これを用いれば扱えるようにだってなる。有用性はかなり高い。


 ……ただ、これはある種の奥義や、秘伝に類する特殊技能でもある。戦闘に身を投じる者であろうとも、そう易々とは扱えない。世に居る強者の中の強者だけが、纏うことを許されている力。

 そんな技能を、誰に教えられることもなく、その現象の名前さえ知らぬまま、シャルは独学自力で習得していたのだった。



(焔魔纏で使えたからいけると思ったけど。なるほど、こうやって使っていれば、闘力の負荷は僅かだけど軽減されたのか……)


 使い方次第である程度は中和可能。

 シャルは覚融合の成功になんの感慨も抱かず、内心で納得だけを浮かべると、次の行動へ移る。



「我、火の恩恵を得し者、魔の法を紐解き、今此処に力の一端を顕在化させよ、“火の弾丸”をもって生み出さん!」


 清涼なソプラノボイスが広がる。

 淀みなく、だが一瞬ともいえる速度の詠唱を一息で言い切り、魔法を綴った。

 

 魔法名は『火弾(ファイアボール)』。

 初級に位置する火系統の魔法が詠唱を終えると、シャルの面前に変化が起きた。

 サッカーボールほどの火の玉が、虚空から発生し浮かび上がる。


(成功率は上がった気もするけど、威力は魔核がないから変わらないか)


 そう冷静に検証をする。

 どっちにしろシャルにはどうでもよかった。

 火の玉が発動さえしてくれれば。



火弾(ファイアボール)


 発動座標を指定して魔法を行使。

 瞬時に火の玉は動き出し、その魔法は闘力超化の過負荷によ(・・・・・・・・・・)って肘から先が千切れ(・・・・・・・・・・)て血が溢れているシャ(・・・・・・・・・・)ルの左腕(・・・・)に衝突した。


「────ッ!!!!!!!」


 顔を壮絶に歪めるシャル。

 ギリリッと歯を強く噛み締めて、絶叫を上げたがる口を強制的に抑え込む。

 肉が焼けて不快な匂いが鼻腔を刺激する。

 反射で目尻に雫が溜まるが、隙を見せる訳にはいかない。瞬きはしない。


 そして永遠に感じた一瞬、火球がかき消えると、左腕の肘先は見るも無残な痛々しい火傷状態となっていた。


 シャルがまず取った行動は止血。

 奇襲時に弾け飛んだ左腕から溢れ出ていた血を、右手が使えず止血が出来ない今、焼灼でもって処置しただけ。


 おかげで血は止まった。

 ショック死しなければこれ幸い。

 それでいい。これで次の行動に移れる。



『ガァァァァアアアアアッ!』



 空気を読まない魔物は、シャルが手負いだとわかると様子見を止め、獰猛な唸り声をあげながら嬉々として襲いかかってきた。

 巨大な体躯も相まって、シャルには山が迫ってくるような感覚である。




「さぁ、始めるよ」



 行き過ぎた痛みは感じない。

 心身を熱く漲らせているシャルは、負傷しているのが嘘のように、軽快な動きだしを見せる。

 魔物が迫る前方へ自ら勇んで踏み込む。


 一拍、シャルの背後(・・)から轟音が響く。


 なんてことはない。

 シャルが魔物を踏み台として跳び越えただけ。

 ただ、その際に数発ほど蹴りを叩き込みはしたが。



 しかし。


「……なにこれ。ふわふわそうに見えてカチカチのツンツンとか」


 奇しくもシャルは、アルルが洩らした感想と同じものを発し、僅かに瞠目する。


 力を込めて蹴ったものの全然通らない。

 魔物を覆っている柔らかそうな体毛が、見た目とは裏腹に攻撃を届かせず、簡単に防ぎきってしまう。

 シャルは鉄壁でも蹴りつけているかの様な感触を受けていた。


 これならば奇襲の一撃が通らなかったのにも納得である。



(流石はCランク級。すごい厄介)


 シャルは猫のようにクルリと着地をすると、追撃に転じようと常緑の力を高める。

 だが、魔物の方も砂塵を掻き分けて既に攻撃動作に入っていた。

 恐ろしいほどの対応力。

 魔物は先と打って変わり、がむしゃらな突進をする素振りは見せず、二つある内の一つが首を擡げた。


 口元には仄暗い青の流体が集まっていく……



「────っ!」


 全身に寒気が走る。

 予兆を感じ取ったシャルは、両足に力を集めると瞬時に跳躍した。


 途端。魔物は火炎放射器も形無しと言える規模の、劫火を吐き出した。


 辺り一帯が昼間となる。

 そう見えるほどの光量と熱量。

 地獄の劫火を彷彿とさせる一撃が、森林を飲み込み範囲内の全てを溶かしつくしていく。




(──っ、やっぱり魔法は使う、よね)


 ここまでの道のりを思い納得する。


 服が僅かに焦げたがギリギリの所で避けきり、シャルは魔物と百メートル程離れた場所まで退避する。

 あと一秒でも遅れていれば灰塵と化していただろう事を思うと、もはやルプスパーダなんて足元にも及ばないレベルの魔法だった。

 暫定Cランク級。当然魔法のレベルも桁外れだ。



 それでも。


 シャルに守勢へと回る選択肢はなかった。

 遅れればそれだけニーナの容体に響く。


 それに広範囲攻撃を行う魔物を暴れさせ続けると、ニーナに被弾する可能性が高くなる。それだけは阻止しなければいけない。

 長引けば長引くほど不利になる。

 早くどうにかして対策を。



 シャルは現状打破の糸口を模索しながらも、攻勢に打って出た──。





2015/10/06-魔法名の表記変更

カタカタ表記→漢字+カタカタ表記

2017/12/27-誤字修正

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