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進撃!捨身の一手と幽かな予見


 向かい合うは大きな狼ルプスパーダ。

 ランクは紛いなりにも『D』の強大と呼べる魔物だ。その身体の大きさに見合うだけの力を持ち、嗅覚や聴覚も鋭敏、加えて風魔法も使える。特徴を並べていけば、以外にも厄介な魔物である。


 一般的に、新人冒険者が手を出していいような存在ではなく、もし出くわせばそれだけで死を覚悟しなければいけない。

 それが目の前に迫る魔物なのだ。


 となれば現状、焔魔纏(えんまてん)が消えて、なおかつ虚弱が極まっているシャルでは、まずその懐まで辿り着くことすら難しい。


 だが、シャルの瞳に迷いは欠片も見受けられない。一切揺らぐことのない眼差しで、餌にありつこうと近づくルプスパーダを睨み据えると、やると決めた覚悟のもと己の内側に意識を向けていった。


それは魔力を引き出すときと似たような感覚。しかし、シャルがいま向けているのは魔力を司る心臓部ではなく、自身を構築する『筋肉』と『骨』だった。




 一拍。


 ルプスパーダの視界からシャルという餌が消失した。その速度は以前の万全だった時と遜色(そんしょく)がないほどで。ルプスパーダはシャルを完全に見失い、(ふところ)への侵入をアッサリ許してしまった。



「──っア"ァァア"ッ!!」



 小さな影は絶叫ともとれる壮絶な叫びを上げると、力強く跳躍。ギュッと右手を握りしめて全力で振り抜いた。


 聞こえてきたのはルプスパーダを形作る肉や骨が、砕かれて潰れる破砕音。瞬く間にそれは原型を失い、ミキサーにでもかけられたかのような物凄い回転でもって、進路上の樹木を根刮(ねこそ)ぎ薙ぎ倒しながら吹き飛んでいった。


 無念なるはルプスパーダ。

 目の前の食らおうとした餌は、兎の皮を被った獅子だった。


 鮮血が一筋の道標のごとく舞い散る。

 森林にズゥゥンと鈍音が(とどろ)いた。それは百メートルほど離れた地点で、つい今際まで『魔物だったモノ』が動きを停止させた音。


 既に、命は摘み取られたあとだった。




 まさに、一瞬。束の間の出来事。

 息もつかせぬ瞬殺劇にして、弱者が強者を一撃のもと屠った逆転劇。ジャイアントキリングと言ってもいい最上の結果だ。


 もしこの場に見物人でも居ようものなら、その全員が全員、口をあんぐりと開けて唖然とし、マヌケ面を晒していた事だろう。


 しかし、忘れてはいけない。

 これはシャルが自棄気味に覚悟を決めて、実行した選択肢だという事を。



『捨身』


 自らを捨てて他者救済をする意のこの言葉。

 それなら当然、代償がつきまとうのだ。



「…………ァ」



 ルプスパーダの絶命を確認したシャルは、極限まで張り詰めさせた集中をすぐには解かなかった。

 そのまま落ち着いて深呼吸。

 ゆっくり、ゆっくりと自分の右腕を覆うその『黄色いオーラ(・・・・・・)』を収めてから、ガクリと膝をついた。


 そして……。



「あ"ぁああああぁぁああーーッ!! ……ぅぐっ、ッはぁ、っふぅ……ッ!」



 大声で吼えたかと思えば、一転。

 歯を食いしばって無理矢理に口を閉ざし、尋常ではない激痛に耐える。反射で目尻から涙が零れ、全身から大粒の脂汗が流れる。だが、シャルにそれを気にする余裕はまったくなかった。



「ッはは、ハハハハハっ……すっごぉい、やっばいなぁ……、冗談じゃ、ないくらいやっばい。んぅぅぅ……一瞬意識とんだぁ……、ッはは」



 途切れ途切れで息荒く壊れたように笑うと、ルプスパーダに打ち込んだ右腕へとその目を向けた。


 右肩から先はすべてズタズタだった。

 指先一つすらピクリとも動かせない状態。

 皮膚や筋肉が裂け、血が滴り、靭帯は断裂し、骨に至っては粉々に砕けているだろう。

 目も当てられないほどの大怪我だ。

 しかも怪我はそれだけでは済んでいない。

 肩は外れているし全身が軋んで重たかった。


 これがシャルによる『捨身』の一手。

 自らを顧みない渾身の一撃による打開案。

 見事この局面を乗り越えたシャルであるが、相手を討ち取った際の反動にして支払わされた代償は、とてつもなく大きなものだった。


(……ん、これが母様の言ってた本当の意味だったのかぁ……納得……ってて)



 シャルに消えることのない鋭い痛みが襲うなか、頭の中で一つの言葉を思い返していた。


 そう、あれはまだシャルがアルルと本格的な冒険者修行に入る前のこと。

アルルが闘力制御を学んでいる側には、常に彼の母親プリムがいた。そして、プリムはアルルの放つ神々しい闘力に釘付けだったシャルに、こう言ったのだ。


『適応期がきていない成人前に、闘力を使うことは、とっても、と~っても危ないことなのよ? だからもしシャルちゃんが出来そうって思っても、アルルちゃんの真似をして使ったりしたら駄目よ? しっかり覚えててね〜』


 わずかに真剣さを宿した柔和な笑顔で、そう言い聞かせ、シャルに注意事項として釘を刺したのだ。

 そしてプリムはこうも言った。


『アルルちゃんが、この年で闘力を使えるのが特殊なのであって、普通では信じられない事なんだからね~』と。


 ただ、あの時のシャルは魔法の勉強で一杯一杯であり、闘力を使う必要もないだろうと、あまり深くは考えてはいなかった。それでも、あの時の注意はきちんと頭の中に残っていた訳なのだが。



「はぁ……母様が危険だって言ってたし、覚悟もしたんだけど……ッぅ、予想以上、だったなぁ……」


 反省を滲ませて小さく呟きながら、シャルはユミルネがくれた純度の高い回復薬を袋から取り出す。その半分は右手に振りかけ、残り半分を飲み干した。

 その際、患部である右腕に激痛が発生し、盛大にその顔をしかめることになったが、漢は我慢! と耐えきる。

 とはいえ、この程度では応急処置にすらならず、未だに右腕はピクリとも動いていなかった。やはり自爆というだけあって、簡単に治せるような怪我ではなかった。





 ──シャルが捨身として使ったのは、言わずもがな、アルルが普段から使っている『闘力』だ。


 闘力の活用は、これからの戦闘方法を模索した時に、一番初めに浮かんだものであり、一番当てにしていた戦闘方法だった。

 なので当然、シャルが闘力を発現させたのは、今日が初めてという訳ではない。


 ここ三週間の薬草採取依頼で、ひそかに闘力の発現を試してみたり、冒険者ギルドでは薬草知識と並列して、闘力の知識を集めてもいた。


 闘力とは魔力と同じく、この世界の人間に生まれつき備わっている不思議で便利な力。

 魔力が心臓と血液に伴う『精神の力』とすれば、闘力は筋肉と骨に伴う『肉体の力』というのが、この世界の賢い人たちの見解。そして、それの活用方法は魔法に比べて単純だった。


 源である『闘気』を感じとり、身体中に充満させる。あとは呼吸を意識しながら、魔力練度を上げる要領で循環させて『闘気練成』をする。

 練成した闘気──これが『闘力』となる。

 最後に指定部位へこの闘力を収束させる。


 前世で格闘術にも触れていたシャルからすると、概念自体も難しいとは感じず、あっさりと理解することができた。


 そうして闘術の基本を修めたシャル。

 すでに魔力をある程度扱える彼にとって、闘気練成と制御は簡単なことだった。じゃじゃ馬の焔魔纏を扱う方が、その何倍も難儀したと言えるほどに。


 しかし、母親の言いつけに反したこの企みも、闘力の黄色いオーラを発現させたと同時に頓挫(とんざ)した。


 当時、シャルが闘力を発現をさせた時のこと。

 やったーっと感慨にふける間もなく、全身に激しい痛みと倦怠(けんたい)感が襲いかかり、あっという間に意識を持っていかれたのだ。

 幸いなことに、目を覚ませば軽い筋肉痛ほどの痛みしか感じず、大事には至らなかったのだが。

 それでも発現させるだけで激痛が起こるこの力を、常用するのは勘弁したいと自らで封じ、最悪の場合に備えた奥の手としたのだった。




(……はぁ、まさか初手で奥の手を使うことになるなんてね。仕方がなかったとはいえ、早まった感はあるかな。それに考えも甘かったし)


 前に体験した痛みなら、気合い十分、気持ちをしっかり持てば意識を失うことはない。

 そうタカをくくって選択に身を投じたのだが、まさか闘力を『使用』すると、『発現』させた時よりも更に負荷がかかって、酷いことになるとは想定していなかった。


 まさにこれを浅慮という。

 おかげで右腕は使い物にならなくなり、予想をはるかに超える大怪我を負った。



「……闘力も闘力で不思議な力。なんでこの痛みが起こるのか、アルルがこれを使って平気なのかも分からない。誰かに教えてもらいたいね……あぁ、そうか」


 ──帰ったら師匠におねだりをして聞き出そう。魔術師が本業みたいだけど、賢いらしいから知っている筈だろう。


 そうシャルは師であるユミルネに似た、悪どさを感じる邪悪な微笑みを浮かべると。

 すぐさま意識を切り替えて、行動を始めた。



 ルプスパーダとの遭遇で、いきなり大きな負傷をしたシャルだったが、別段その目的に変更はない。

 たとえ、この先幾度となく道を塞がれることになろうとも、力尽くで蹴散らして捜し続けるだけ。

 身体の痛みなんてどうってことはない。

 一度体験したのなら覚悟も決めやすい、となんともおかしな感性に身を任せて歩みを進める。



(早く二人を、アルルとニーナを見つけないと……)


 強い意思の宿った眼差しで、シャルは更に森林深部へと踏み入った。






 ルプスパーダによる鮮血の絨毯を通り抜けてからほどなく。シャルは妙に荒れた場所を見つけていた。


「……ここはっ」


 そこには戦闘の跡と思われる傷が、多数大地に走っている。そう、ここはニーナがオルトラとの死合いの幕を落とした場所であった。



「──ん、あっ、ちょっと!」


 突然、今まで何の反応も示さなかった精霊がいきなり機敏な動きで飛んでいく。

 そんな精霊をすぐさまシャルも追いかける。

 精霊は程なく進んだところで、動きを止めた。

 すでに目的の場所に着いたと言わんばかりに。いや、その通りだ。

 何故なら、視界が悪くてもシャルには気づけたのだ、木枝に引っかかっていたモノに。



「これって!」


 シャルが手に持つのはひとつの帽子。

 キャスケット帽に似た形をした、大きめの帽子だ。埃や泥を被って所々が解れてしまっているが、見間違いようがない。


 ニーナの帽子であった。しかし……






 その帽子は赤い血で染めあげられていた。








2017/12/27-誤字修正

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