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専断!魔術師見習いのやるべき事


「……それにしても、お姉さんは落ち着いてますね。他の人達はかなり慌てているのに……結構大物です?」

「ふふっ、これはあれですよ! 慌てるほどの気力がもうないだけですッ。ええ、私すでに二徹確定なので。そりゃあ、こうなりますよねッ!」


 表情に陰を落としながらも、瞳だけはギラつかせて空元気な様子の受付嬢。

 そんな彼女の雰囲気からシャルも察した。


「ん、そういえばお姉さん。昨日も夜勤で、今日も夕方まで入ってたんですよね。お疲れ様です」

「うぅぅ、そうなんですよぅ。緊急事態とはいえ叩き起こされるのは勘弁して欲しかったです。このお仕事嫌いじゃないですけど、流石に丸二日働きづめは、愚痴りたくもなります。叩き起こされた時なんて、本気でムカーってなりましたから!」



 この世界における冒険者ギルド。珍しいことに一昼夜問わずフル稼働をしている。

 コンビニもかくやな営業スタンスなのだ。

 ただそれも仕方のないこと。

 ギルドは今回のような事態のために、常に備えておかなければならないのだから。


 そして、この受付嬢は運悪く昨日夜勤だったのに、この事態で叩き起こされて、今日も徹夜コースが確定したというだけの話だ。

 ちなみに、シャルがなぜ一受付嬢の予定を知っているのかといえば、受付嬢自身がギルドにいるシャルに執拗に絡み、聞いてもいないプライベートを話してくるからに他ならない。


 この街にきてからシャルの籠絡術は、更なる高みへと到達したようである。



「同情します。睡眠の妨害は大いなる罪ですから、怒っても仕方ないですね。うんうん、でもお姉さん? ここで怠けてると怒られちゃいますよ?」

「いえいえ、そこは心配ご無用ですよ。私の仕事はすでに万事片付けてありますっ。他の仕事を回される余地もなくっ! つまり、私がいま何をしていようと、自由です! 無理やり別の人の仕事を回されるくらいなら、シャルちゃんの応対をしたいです!」


 この受付嬢。有能なのは相変わらずのようだ。勤勉なのか面倒くさがりなのか、それとも不真面目なのかは曖昧ではあるが。


 そんな受付嬢のぶっちゃけトークに苦笑いのシャルだったが、すぐに自分がギルドにきた理由を思い出して、逸れた話を戻すことにした。


「じゃあお言葉に甘えさせてもらいますね。お仕事を片付けたばかりのところ申し訳ないんですけど。僕からも一つお仕事……いいえ、お願いがあるんです。お姉さん──聞いてくれませんか?」


 上目遣いで首を一〇度ほど傾げて、ニコっと笑ってお願いをしてみるシャル。

 両手を胸の前に持ってくるのが実にあざとかった。だが、バカらしいことに受付嬢への効果は劇的だ。


「──ッ!!!! ぅぅはいはいはーいっ! そんなの気にしないで全然大丈夫ですよぉ〜〜! ふっふ〜っ♡ お姉さんができる範囲で、な〜んでもしてあげますからねっ! さぁさぁー、なんですかー! シャルちゃん!!」


 仕事の疲れはどこへやら、受付嬢は異様なテンションのもと了承を返した。

 こんなお願いの仕方をしなくても、この受付嬢ならシャルの話を笑顔で聞いてくれただろうに。



 食い気味な受付嬢に引きつつも、シャルは驚きの心情をキレイな笑顔で隠して、淡々と要件を話した。



「──え? アルルちゃんとニーナさんが今日受けた依頼内容ですか? うーん、ちょっとだけ待ってて下さい。急いで確認してきますので!」


 そう言って人混みを掻き分けつつ、受付カウンターまで走っていき、少ししてから『量が量なんでそのまま持って来ました〜』と大勢の視線を集めながら、大量の紙を手に受付嬢が戻ってきた。


 向けられる視線の多さにビクッとしつつも、その用紙を見せてもらうと、二桁にものぼる依頼が記されていた。


 今日はいつもよりちょっと少ないかな。

 シャルが思ったのはこれだけだった。

 受注数に関しては別段驚かない。これは既に日常の一部分。それは受付嬢も同じだったのか。


「そういえば、アルルちゃんとニーナさんの二人は、まだギルドに帰ってきてないですね。この数でしたら既に終えている筈なんですけど」


(確かに、その通りなんだよね。多いとはいえ、普段の二人からすれば、余裕をもって終わらせられる量だし。となると、なにか帰れない理由が出来たってことに……)


 緩んだ空気を切り替えて、少し真面目にシャルは用紙の一枚一枚を覗き込んでいく。

 受付嬢もシャルのためにと精査していく。



「「────あっ」」


 ペラペラと依頼書をめくっていると、お互いある依頼に注目し、同時に指をさした。


《パニシュ森林にて異常発生している魔物の駆除を求む》


 用紙にはそう書かれている。

 シャルは先ほど聞いた情報と、この情報とを組み合わせて一つの解を出す。

 

「ん、これ絶対アルルたち関わってますよね?」

「そうですねぇ。あのお二人のことですから、依頼の一環として全滅させて帰ってきてもおかしくないです。ただ、報告されている数が数ですから、かなり大変だとは思いますけど……」

「確かに」


 殲滅作業をしているなら、遠くないうちに二人は帰ってくるだろう。もしかしたら、今はもう帰ってきてる途中の可能性もある。

 まあ、不測の事態が起きていれば別だが。

 それもここで聞いておけば、ある程度の不安は解消される──シャルはそう思って、受付嬢に一つ質問をした。


「ん、お姉さん。参考までに聞かせてもらってもいいですか?」

「はい。なんでもどうぞ♪」


 受付嬢は間髪入れずに、ニコニコと嬉しそうに応じる。


「パニシュ森林の奥にある未開領域で、一番危険な魔物ってなんですか?」

「一番、ですか。うーん……全ての種類を確認していないので断言は出来ませんが、おそらく『ポノスツリー』かと思います」

「ぽのすつりー?」


 頭に多量のクエスチョンマークを、ポンポンと浮かべて表情を曇らせるシャル。


「──ですが、『ポノスツリー』は移動が出来ない植物型の魔物ですので、今回危険と思われるのは動物型の『ルプスパーダ』や『ダーティモンキー』『パンツァベア』でしょうね」

「なるほどっ。それなら安心できます」



 聞き及びのなかった魔物を言われて、若干不安にかられたシャルだったが、その後の補足を聞いて安堵する。挙げられた中には、シャルも戦ったことがある魔物が含まれていた。

 ルプスパーダといえばお馬鹿ワンコである。

 ダーティモンキーも不細工で汚いだけの大猿であるし、パンツァベアもウィーティスで討伐したことがあるので問題はない。


 ならば、アルルとニーナは大丈夫。

 ラックラパンよりは強いものの、あの程度が幾ら束になってかかっても、アルルは蹴散らせるし逃げられる。いまはニーナだっているのだ。


 そうして、有益な情報を得たシャルは、この情報をくれたメロメロ状態の受付嬢に感謝を伝えると、悠然と冒険者ギルドを後にした。




 ◾︎◾︎◾︎




 冒険者ギルドの扉を押し開けて、ピョンと外に跳び出るシャル。

 一息。後ろで重い音を鳴らしてドアが閉まる。

 聞こえていた人々の喧騒も遠退いた。



「アルルとニーナがこの件に巻き込まれている、か。ん〜、とりあえず、僕はやるべき事をやろうかな」


 シャルはギルドで話していた時とは一転。

 感情の読めない無表情を浮かべて、候都の下層に向けて足を踏み出した。




 ──その時。


 シャルの認識の外、頭上の遥か彼方から一体の精霊が彼に飛びかかり、その頭部にそのまま突っ込んできた。気づいた時には、精霊はシャルの内に進入を果たした後で……



「ッにゃ!?」


 突然、頭に違和感を感じてネコ科のような叫びをあげる。だが、次の瞬間には視界が白一色となり。



『こ、こんなの、どうす──『ウソっ!?──『ちょっと大丈──『えへへ。平気、平──『でも貴女、それ──『あたしだけはここに──『貴女なに言っ──『すっごく強『貴女は怪我だっ──『ここはあたしに任せ──『だから待ちなさ──『貴女に──『うんっ──『ニーナちゃ──『アルル──『止まって──『どうしてっ──『いまよっ! 行ってっ!』




「──っぅ。……いまの、って」


 頭の中にアルルやニーナのブツ切り音声や、統合性のないバラバラな白黒映像が大量に流れ込み、その負荷に耐えきれずシャルはへたり込んだ。


 体勢はそのまま、シャルが何気なく顔をあげてみると、いつの間にやら一つの光体──淡い桃色に光る精霊が、シャルに縋るように浮かんでいた。


 精霊は意味ありげにグルグルと飛び回り、時折シャルの頭を一周するとまた同じ様な行動を繰り返していく。


 それはまるでシャルを急かすような行動。

 精霊が見せる意味ありげな動作を見て、シャルはすぅっと目を細め、ゆっくりと立ち上がった。



「んっ。詳しい状況はわかんないけど、急いだ方がいいのは確かみたい」


 視線の定まらない瞳に意思を込めると、ポツリと呟き──瞬間。

 弾けるように地を強く踏み込んで、候都の城門めがけて全力で走り始めた。


 時間も時間なだけに、人混みに邪魔されることはなく、城門までの石畳を一直線に下る。

 視界の端には、もっと急いでと言いたげに精霊が並走し、シャルを誘導するように少し前を飛んでいく。



 シャルは思う。


 これからするのは、いわゆる余計なお節介で、その殆どが無意味な行動になるのではないかと。


 あのアルルに、あのニーナだ。

 子供とは思えない力と知恵を秘める才媛。危機を笑って好機を掴む少女たち。

 そんな彼女たちならば、既に魔物を駆逐し尽くして、帰路についている可能性がやはり高い。

 自分が先ほどまで予想していた通りに。



 しかし、だ。


 自分の安易な予想が、これまで当たったことなんてあっただろうか?

 そんなもの否だ。馬鹿にしているのかと言いたいレベルでことごとく外れてきた。

 そして唯一当たる時といえば、一番起こってほしくないと思った時こそだ。


 それに、結局の所それだってどうでもよかった。

 無事にアルル達が帰路についていようとも、現在も戦っていようとも。

 初めから自分がやるべき事は一つなのだから。


 古今東西、夜遅くまで帰ってこない幼子に対して行う行動は、ただ一つだ。



 帰ってこない子を、探して、見つけて、連れ帰る。



 他人になんか任せていられない。

 自分自身で動かないといけない。

 だからこそ。


(俺が二人を向かえに行く)


 ただ、それだけ。

 それ以上でも、それ以下でもない。


 もし、何事もなく無駄足になったのなら、普通に二人と一緒に帰ってくればいい。

 もし、二人がいまも戦ってるのなら、微力ながらも手を貸して、さっさっと戦いを終わらせて連れ帰ればいい。

 もし、アルルとニーナが戦うどころか危機に陥っていたのなら──




 その時は力尽くで無理やりなんとかすればいい。




 シャルはギルドで二人の所在が分かった時から決めていた『やるべきこと(・・・・・・)』を再確認し、そのまま一気に城門までの道程を駆け抜けた。





 候都ファナールが誇る巨大城門。

 この城門は日が暮れると同時に閉ざされ、以降は城門の脇に待機している兵士の許可を得ることによってのみ通過させてもらえる。


 シャルは城門前まで到着すると、すぐさま城門横にある兵士駐屯所に向かい、門の通過許可を得るために近づいていく。


 すると。


「おう、やっときたかシャルラ嬢!」

「案外遅かったな。待ちくたびれたぞ?」


 暗がりの向こうからは、聞いたことのある声が二つ上がった。そして顔が判別できる距離までシャルが近づくと、その姿も露わになった。



「──ジョルジさん? ……と師匠?」


 そこには、両手を組んで凛とした表情で立つジョルジと、邪悪で不敵に笑うユミルネがいた。




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