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不穏?騒乱の始まり


 広大な土地を有するマールス侯爵領。

 その首都にして巨大な城壁と十万を軽く超える程の人口を有する城塞都市ファナール。


 歴史は古く、長きに渡って侯爵家一族はこの領地を治めてきた。領内は肥沃な大地や、森林河川といった自然にも恵まれ、大規模な隊商も頻繁(ひんぱん)に訪れるため物資も豊富。


 そんな王国でも有数の大都市ファナールから少し離れた郊外。

 ファナールから続く街道沿いにひっそりと建っている寂れた休息所に、幼き新鋭冒険者チーム、ニーナとアルルの二人が一時の休みを取っていた。


「まったく、この依頼量。どれだけ片付けてもキリがないわ……」

「うんうん、さいきんこの辺の魔物がどんどん増えてるもんね〜」


 店の奥に位置する席で対面となって話す二人。

 古くも丈夫そうな木製机に両肘をついて溜息を溢しているニーナとは対称的に、向かいのアルルは余裕のある微笑みだ。

 そんな自分とは真逆の様子で寛ぐアルルを、上目で眺めつつニーナがつぶやく。


「……貴女ってば相変わらず底なしの体力よね。午前中あれだけの依頼をこなしたっていうのに」

「えへへ、それほどでもないよ〜」

「はぁ、一体どんな身体してるんだか。さっきの依頼でも魔物を蹴り倒しながら大暴れしていたし。同じ人種族としてご教授賜りたいくらいよ……」

「え〜? あれなら、こうズバぁ〜とやって、ほわぁ〜ってやったあとに、ピューんってやればニーナちゃんでも簡単に出来るよ!」

「……あぁ、ごめんなさい。全然まったく、わからなかったわ」


 アルルの抽象的かつ独想的な説明を聞くも、なに一つ理解できず、お手上げ状態で顔を引き攣らせるニーナ。


 しかしニーナとて『D』ランクの冒険者である。それも候都で最年少という称号が付く程の。

 だがそれでも目の前に座って笑みを弾けさせている少女には全く及ばない。

 ニーナはこの三週間、アルルと共にパーティを組んでそれを痛いほど自覚していた。


 認識を越える攻撃速度や、素手で魔物と渡り合えるバカみたいな肉体強度。

 縦横無尽に動き通しても、疲れ一つ見せない無尽蔵なスタミナ。


 どれをとってもニーナには到底真似できないものだった。今は新米ということもあって最下級の『Fランク』となっているアルルだが、それが跳ね上がるのも時間の問題だろうとニーナは考える。


(まぁ、世界は広いって事かしらね。それに師匠だって大概にデタラメだったし……)


 と、勝ち負けや優劣にあまり頓着しないニーナは結論付けた。

 そして、ふとニーナは話題を変える。


「……そういえば、今日もアイツは薬草摘みに励んでいるのかしら?」


 思い浮かべるのは黒髪の少女……のような少年。シャルラハートだ。

 普段、宿──蓮華亭にいる時、彼はアルルと常に一緒にいるので、大体の事は知っているだろうと踏んでの質問だったのだが、その予想通りアルルはサラリと答えた。


「ううん、今日は違う依頼を受けてるよ〜。なんかすごく有名な人が直々に指名してくれたんだって。シャルくんが言ってたの〜」

「へぇ、そう。指名依頼なんか貰っちゃってるのね。アイツもアイツで随分と年不相応よね。世渡りが上手いというかなんというか……一人(ソロ)での活動は危険なことが多いっていうのに」


 ニーナが自分の体験談を多分に含んだ言葉をこぼしながら、頬杖をつくと同時。


「──そうっ! そうだよねっ!」


 ガタッと、アルルはテーブルから身を乗り出してニーナに詰め寄った。


「だからね、シャルくんにも一緒にお仕事しようよ〜って言ってるんだけど、足を引っ張るからっていつも断っちゃうんだよ」


 アルルの急な接近に驚き、若干身体を仰け反らせながらも、しかしニーナは──


「……で、でもそれ、アイツの言うことも一理あるんじゃないかしら?」


 クールを装い、指先で(わざ)とらしく(ふく)れているアルルを、そっと押し戻して続ける。


「──確かにあの年齢にしてはかなりの実力だと思うけど、アイツは貴女ほど強くはない訳だし、むしろ私達に混ざる方が危険と考えてもおかしくないもの」

「う〜ん、シャルくんならそう思うかもしれないけど……。あ、じゃあ〜! あたしがシャルくんを背負いながら戦えば大丈夫じゃないかなっ! すぐ近くで命令もらえて私も戦いやすいよ!」


 三週間前に見たシャルラハートの実力を的確に分析した上でニーナは答えたが、アルルは清々(すがすが)しくポジティブシンキング。

 ──ギュっと可愛らしい仕草で両の拳を握り締めて、とってもいい笑顔で無茶苦茶な提案をする。


 そんなアホの子気味ながら、一途で感受性豊かな少女の言葉にニーナは苦笑い。そして諭すような、自身こそ年不相応な(・・・・・)感が漂う声音でいった。


「うーん。どうかしら、それは流石にアイツが嫌がると思うわよ? 見た目はともかく一応アイツは『男』を自称しているみたいだし。女の子に守られてばっかりっていうのはね、それも許嫁に(・・・)。普段表情に乏しいアイツもその点に関しては盛大に反応してたでしょ?」

「んぅ、そっか〜……。でも、あたしシャルくんには、いーーっぱい守ってもらったからお返ししたいんだけどなぁ……一緒にいないと守れない」


 ショボーンという擬音がつきそうな勢いでアルルが肩を落とす。加えてポツリと……


「それに私のせいでシャルくんは力を失っちゃったから……」


 その表情に陰を落とした。

 そんな姿を見てニーナは『言いすぎた!?』と、若干焦りを感じ自分らしからぬ行動とは理解しつつも言った。


「あー。でもほら。あれよ! 『力を失う』なんてあまり聞いたことがないから確信はないけど。失ったのなら取り戻す事も出来るかもしれないし、そう悲観する必要はないんじゃないかし……ら? だ、だから元気だしなさいよ、ね?」


 これまでの人生で殆ど友達付き合いというものをしてこなかったのが災いし、とても辿々(たどたど)しくなってしまった励ましの言葉。

 ニーナも途中から自身が何を言っているのかあやふやになるが、多分、おそらく大丈夫だと──顔を上げる。


 と。


 アルルはポカンとあまり見せることのない表情を浮かべて、そろりと席から立ち上がった。そしてそのままテーブルを回り込む。


「えへへ」

「──ぇ?」

「えへへ♪」

「──な、なによ!?」


 ニーナはなにか凄く嫌な予感に駆られるが、時すでに遅し。


「やっぱりニーナちゃんは優しいの〜っ! ありがとね! あたし帰ったらシャルくんのために頑張るよっ!!」


 アルルは晴れやかな笑顔でヒシっとニーナに抱きつく。

 そして当のニーナは行動の意味が理解出来ず、僅かに思考を止めたのち──


「っは!? ちょ、あ、貴女はなにを言って……って離れなさいよっ! そういうのはアイツだけにやってなさいっ!」


 ニーナは自分の発言とアルルの行動の両方から来る羞恥でその真白(ましろ)の肌を赤く染める。

 そして片手で帽子を抑えながら、もう片手でアルルの抱擁(ほうよう)を解こうと暴れる。だが、当然ながらアルルに純粋な腕力で敵うハズもなく無駄に体力を消費するだけとなった。


「えへへ♪ ニーナちゃんお顔真っ赤だよ〜? 可愛いっ!」


 羞恥が臨界に達する。


「──ぅぅっ!、だぁあぁぁぁぁ〜〜っ!! もうっ! わかった、わかったわよっ! わかったから離してってばぁっ!! こ、これからまた移動するんだからいつまでも話してないでもう行くわよ! ほら早く!」


 これでもかと顔を赤らめて、(まく)し立てるように言葉を紡いでニーナは逃げるように飛び出していった。

 アルルもそんなニーナの後ろをいつも通りの笑顔を浮かべてついて行った。




 ◾︎◾︎◾︎




 ──パニシュ森林。


 侯爵領内に広がっている未開領域『密林』に隣接したこの森林地帯。最近の魔物増加が顕著(けんちょ)に表れている地域の一つである。


 しかし現在、そんな危険とされる森は神聖な雰囲気が漂う場となっている。

 その空気を作っている中心地とされる場所。

 そこには二つの人影。


 まず目を引くのは、白が基調(きちょう)の戦闘服に身を包んだ白銀の髪をもつ少女。

 銀の少女は優雅かつ軽やかな動きで、木が乱立している森内を揚々と踊る。手に持つのは、舞を一層引き立たせている祭具たる漆黒の剣。


 そして、その少女から少し離れた所には、別の少女が目を瞑り、装飾のついた木杖を掲げて立っている。

 その姿は祈りを奉納する巫女の如く。

 少女の周りには、神の祝福と見紛うような光体が漂っている。


 しかし、この二人の少女たち。

 当然、舞を踊っているのでもなければ、祈りを捧げているのでもない。何故ならば、現在は一応(・・)戦闘中なのだから。



 



「──報告よ。北西から三、南東から四。あと更にその後ろから追加で三」

「りょーかい! ほぉ〜! やぁ〜っ!」


 精霊の感知能力を借りて戦場の把握をするニーナは、澄んだ声音で速やかかつ正確に情報を告げる。

 そうしてアルルは返事をするや否や、大地はもちろん木々なども足場に、見事な体捌きで駆けぬけ、次々と標的を蹴散らしていく。

 そしてアルルが討ちとりきれず残存した魔物が出たとしても、ニーナの使役する精霊により悉く殲滅される。


 これは最早『戦闘』ではなく。

 ただただ、一方的な『蹂躙』で『駆除』だった。

 弱肉強食を体現するかのように、襲いかかってくる魔物を討ちとり踏み越えていく。


 そこには反論のしようがない明確な力の差が見て取れた。いまの二人の姿からは、先まで楽しげにお喋りをしていた時の面影はない。

 魔物たちも無慈悲な蹂躙者たるふたりに涙目である。





 ──しばらくして。


 戦いは終結。残ったのはうずたかい屍山と二人の少女。そして、戦闘が終わって静けさを取り戻した森の中に、感慨のない事務的なニーナとアルルの幼い声が響く。


「さて、回収が済んだらそろそろ切り上げるわよ?」

「うん、そうだね〜。もうすぐ暗くなっちゃうもんね」

「ええ、帰りの道を含めると丁度いい時間帯。今日はもう十分過ぎるほど依頼を処理したわ…………ふぅ」

「ニーナちゃん大丈夫?」


 疲れを滲ませたニーナを心配し、屈んで覗き込みながらアルルが尋ねる。


「大丈夫よ。朝から二桁にも上る依頼をこなせば誰だってこうなるわ。……まぁ、今日は魔物の数が予想より多かったし、何時もより疲れはしたけれどね」


 ニーナはすまし気味に手をヒラヒラと振ってアルルを引き離し、ほんの僅かな微笑を浮かべた。


(うーん。流石に精霊を使いすぎたわね。でも、これくらいなら一晩休めば回復するかしら? 明日に支障はでない筈)


 豪奢な杖にその身を預けつつ、ニーナは杖の周りを漂う無数の浮遊体と、その周りに伏して動かなくなった大量の魔物とを一瞥した。


「それよりこうも魔物が多いと、あの噂にもかなり信憑性が出てくるわよね」

「うん? 噂っていうと〜『未開領域』の話、だよね?」

「えぇ、そうよ。ここの森だって本当ならワイルドボアとラックラパンくらいしかいない筈なのよ」


 でも、とニーナは再度視線を巡らせる。

 その視界には大きな双角を持った鹿型魔物『カッパーディア』や、他の魔物より位が一つ高い『E』ランクの大型猿魔物『ダーティモンキー』まで混じっているのが視認出来た。


「もし噂が本当なら、今ごろ候都では討伐隊が編成されはじめている頃かしら」

「じゃあ冒険者ギルドにもお仕事がくるかな〜?」

「そうね、規模が大きければあると思うわ。……まぁ、とりあえず今日は引き上げましょう。アイツもおそらく依頼を片付けていると思うし、早く帰ら……」

「──あ!」



 突然。


 アルルは大仰に身体を反応させる。

 そして、キョロキョロと辺りを見回すと、目をつぶり耳を澄まし始めた。

 そんな姿を見てニーナが胡乱気に小首を傾げる。


「……なに、どうかしたの?」

「声」

「……え、声?」

「うん、これ悲鳴かな……、あと魔物?」


 ポツリとつぶやくアルルは、現在進行形でその『声』とやらを聞いているらしく目は閉じたままだ。しかしニーナには、その声なんて全く聞こえていないので、半信半疑。ニーナは勘違いじゃないのかと言いかけたが……



「──ん、またっ! ニーナちゃん、あっちなの!」

「あっ、ちょっとッ!?」


 閉じていた目をパッと開いた途端、アルルはニーナの手を握って駆け出した。





2018/02/14-統合性調整


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