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幕間-Thought of Ymirne

 助手のシャルが帰宅し静まり返った屋敷。

 ユミルネはシャルが作業していた一室にて、ひとり邪悪な笑みを零していた。


 それは心の底からの愉悦(ゆえつ)

 久しく感じていなかった『面白い』と思える存在に出会えた事への喜び。


(くくっ、予想以上であったな。まさかあんな面白い奴がこの大陸に埋もれていようとはな。あれほど笑わせられたのは久しぶりかもしれないぞ? これは遅まきながら吾が愚妹に感謝を言うべきか?)



「…………いや、絶対ないな」


 苦虫を噛み潰したような口調で呟くと、ユミルネは懐から一枚の手紙を取り出した。

 その手紙の差出人に記されているのは。


 ──プルトーネ・ヘーゲルフォイア。


 ユミルネのただ一人の家族にして実の妹の名前だ。そして、シャルラハートという最高の逸材と繋がりをもたらしてくれた人物でもあるのだが……。




 ……ユミルネは素直に喜べない。




 ユミルネの妹であるプルトーネは、昔からフラフラと放浪癖のひどい人物であった。

 久しぶりにユミルネに顔を見せたかと思えば、出処不明の娘を連れてきたり、かと思えば、その娘を置いていったり、友人の子供の面倒を見るように手紙を渡していったり、やる事なす事が無茶苦茶な存在なのだ。


 もはやユミルネはプルトーネに便利屋扱いされているのでは、と思えるほどの行動ばかりである。


 そんなプルトーネの行動を思い出すと、ユミルネは素直に喜べるはずもなく、楽しそうだった表情を徐々に顰めていった。


 そして手にしていた妹の手紙をクシャリと握りつぶした。


(ふんっ。いまはあの馬鹿のことはどうでもいい、むしろ邪魔だ。この街を去っても気分を害すとは本当に傍迷惑な愚妹だな。もし次に帰ってきたら、引っ捕えて泣くまで尻を叩き続けてやる。そもそも手紙がなくともシャルラは吾が呼びつけていた)


 物騒な表情と比べて、妙に可愛いお仕置きを考えつつ、ユミルネは頭を振って邪魔な感情切り捨てる。



 ユミルネは視線を、つい先程まで自分の助手が作業していた調合台に向けた。

 ユミルネの眼は愉悦に浸っていた時とは、打って変わって真剣みを帯びている。



 思い浮かべるのは少女にしか見えない黒髪に赤眼の少年のこと──。


 プルトーネの手紙で、その名前だけは知っていたものの、特に興味もなく初めは放置していた存在。

 しかし、薬草採集依頼の納品物が、日に日に高品質のみで占められていった出来事がキッカケで興味を持ち、気まぐれで呼びつけることにした存在。

 今朝初めて対面し、一目で気に入り、勢いとノリと直感だけで助手にした存在だ。



(魔人族の特徴を見せた吾に会っても一切怯えず動じず、むしろ好奇心を湧かせ瞳を輝かせ、年不相応な思考と言動をし、魔法薬の調合を初めて行ったのにも関わらず成功させる七歳児か)



「……くくっ……くくくっ!」



 冗談ではない。

 そんな七歳児が七歳児なものか──とユミルネは思った。

 しかし。そうでなくては……とも。


 ユミルネは作業台に近づき、シャルが作った魔法薬を手に取って見定める。



 ──なるほど完璧に調合されている。

 とても初めて魔法薬を調合したとは思えない結果だ。

 これは。ますますもって信じ難い。


 悠に百を超える年月を生きてきたユミルネならばこそ、目を閉じていても、それどころか眠っていても出来るであろう調合の作業だが。

 では七歳の頃ならば? ──と問われれば首を傾げる所だろう。


 おそらく調合は出来る、が。

 今日シャルが行った調合ならば話は別だ。

 何故ならシャルに調合させた魔法薬は、回復薬ではない(・・・・・・・)のだから。


 国に依頼されていた魔法薬は、ユミルネがシャルに語った様に、初めからユミルネ自身が作るつもりでいた。

 その為、ユミルネはシャルには回復薬とは別の魔法薬製作を申し付けていた。


 それは初心者が手を出すのが馬鹿けているほど高難度の調合。

 恐らく魔術の道を何年も歩んできた先達でさえ、おいそれと手を出せない、才能と繊細さが求められる魔法薬。

 材料は単純だが調合の際に必要とされる分量や魔力量、魔力制御の緻密性が群を抜いている類の薬だ。


 それをユミルネは回復薬と解毒薬、魔増薬に合わせて難易度別に偽って教えた。


 もちろん成功するとは思っていなかったし、そもそもユミルネの目的は調合の成功ではなく、シャルを試す事にあったのだ。

 自分で弟子に招き入れたのに試すとはなんたる鬼畜な所業。



 だが。これがユミルネのスタイル。


 特級魔術師であり、魔工技術、魔法調合術、付与術や刻印術、錬金術などなど、魔法技術に多くの革命をもたらし。

 他にも魔法生物学に魔法理学、戦闘魔法理論や闘術戦闘理論、迷宮考察などの魔術以外においても高い評価を得ていて。

 はてや心理学や物理学など、一般的学問の幅広い分野でも名を馳せている、正しく『鬼才』。


 そんなユミルネ・ヘーゲルフォイアには、毎年多くの弟子、助手希望者が遥々訪れる。


 基本的に、ユミルネは訪ねてくる希望者の大半は会う前から拒否をする。

 会う必要性がないからだ。


 ただ、稀にだがユミルネは弟子や助手を取ることもある。それは興が乗っていた時だったり、気分的に弟子を取るのも良いかもと思っていた時だったり、面倒な依頼を押し付ける人材確保のためだったりと様々だが。


 その際ユミルネは一つだけ必ず同じ行動をとる。


 それは『無理難題を出来て当然の課題として申し付ける』だ。


 ユミルネは嫌がらせでこんな課題を出している訳では勿論ない。

 いや、あったとしても半分くらいだろう。

 半分あったら嫌がらせをしているのが確定なのだが、それは置いておくとして。


 この課題が、一番手っ取り早く人間性を見定められるからやっているにすぎない。

 ……あとは、ユミルネの好みだ。



 して。

 その効果の程は分かりやすい形で現れる。


 最も数が多いのが……。

 挫折を知らない温室育ちの自称秀才、天才くん。彼ら彼女らは課題を達成できないと見るや翌日には消えている。


 他の者であっても。

 挫折せずに、根性で再挑戦を続ける多少骨のありそうな者達も結局は長く保たない。


 その保たない理由というのが、また何とも酷い理由。


 ユミルネの自由奔放な行動に振り回され、常人には理解不能の行動に振り回され、気まぐれな行動に振り回され、好奇心と探究心に満ちた行動に振り回され、快楽主義の心が疼くままメチャクチャな行動に振り回されて……と。身も心も草臥れていくのである。


 そもそもユミルネという存在に耐性のない者は弟子や助手にはなれないのだ。それに気づいた時には既に手遅れであるという事実。



 そうして、ユミルネの元に訪れる弟子、助手希望者たちの殆どは、プライドや肉体、精神をボロボロにされて去っていくのである。


 当然、中には優秀な者たちもいるのだが、そういった者たちは優秀故に、自分の目指すべき命題をすぐに見つける。

 そうなるとユミルネに付きっ切りでいる必要性が薄れ、半独立して離れていく。そして会うのは定例報告の時やアドバイスを求めての時だけという関係に落ち着く。



 ──ともあれ。

 そんなユミルネのスタイルのもと、今日シャルも意地悪な課題を出されたのだが。

 結果は先の完成させた魔法薬の通り。


 回復薬に割り当てられた魔法薬だけの成功とはいえ、ユミルネの予想はあっさり覆された。


 シャル自身は、まさか試されていたなんて気づきすらしていなかっただろう。


 無理難題を無理難題と気づかず、素知らぬ顔でこなしてしまったのだ。

 無知ゆえの行動ではあるが、才能で言えばそれだけで相当なものだと理解できる。


 この事実を他の熟練魔術師たちが知れば、ユミルネ以上に驚くことは明白だろう。






 シャルの資質を鑑みてユミルネは一息吐く。その表情は気づけば笑みを浮かべていた。



「……くくくっ。まぁなにはともあれ、だ。これでしばらくは退屈しなくて済みそうだ、シャルラよお前を決して逃しはしないぞ? 心ゆくまで、とことん実験に付き合ってもらおうではないか! くくくっ……──ん?」



 屋敷にノックする音が響く。



(ふむ、こんな時間に来訪者か。どうせクソ下らん話を持ちかけてくる阿呆だろうが……今日は気分が良い。ここはひとつ応対ぐらいはしてやろうか)


 普段のユミルネならば、どれほど位の高い者、たとえ王族が訪れようと居留守を決め込む所だが、今はシャルのおかげか気分がいい事もあって、応対をする姿勢を見せた。


 もしここに、ユミルネの弟子や助手の生き残りたちがいればこう言っただろう。



『師匠が穏やかな表情をっ。これは夢!?』

『あんな機嫌がいい先生は初めてなのよー』

『だ、だれだありゃあ!? 別人だろぅ!』

『天変地異の前触れなのにゃっ!!?』

『凄い。お師匠笑ってる。貴重。異常』



 ユミルネがユミルネなら弟子も弟子なのかもしれない。



 ユミルネは上機嫌で玄関口に向かっていった。

 

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