ヤクシ+ボッチ+
──あれから三週間ほどが経ち。
季節は移り変わって7月──秋。
最近は冒険者としてのお仕事にも慣れてきて、俺たちは順調にギルドの信頼も得てきている。
これなら母様の元へ帰るのもそう遠くないかもしれない。冒険者になれたいま、男爵領に戻っても仕事は出来るのだし。
そうそう、仕事といえば依頼を受ける時の行動パターンがこの三週間で随分と変わった。
初任務から数日は──俺、アルル、ニーナの三人で依頼を受けていたものだが。
最近はアルルとニーナがツーペア。
俺がソロで活動する事が多くなった。
別にハブられた訳ではないよ?
ただ、アルルとニーナは『討伐系』の依頼を受けることが多いから、俺が自ら身を引いたってだけ。
俺は未だに戦闘問題に、具体的な対策の目処が立ってないから、足手まといになるだけだろうし……というのが理由ね。
そんな俺が目をつけたのは『採取系』と呼ばれる、いわゆる指定されたモノを取ってくるお仕事。その中の《薬草調達》という依頼を最近はずっと受けてきた。
内容は文字通りで、薬の材料となる薬草を取ってくるだけ。とっても簡単。
しかし、たかが薬草の採取と見くびらないでもらいたいところ。
この薬草採取、意外と奥が深い。
薬草は種類が豊富で見分けがつきにくく、群生している場所も様々。それに加えて薬草には状態の良し悪しなるものもある。
だが、この三週間のソロ活動で、ほぼ毎日薬草採取に勤しんだ薬草マスターの俺にかかれば容易きこと。
各種薬草の群生箇所を的確に見つけだし。
一目で細やかな種類を見分けると同時に状態の良いモノだけを取捨選択し採取。
なーんて芸当もできる様になった。
確かに始めた当初は、勝手が分からず右往左往していたものだけど、ギルドには冒険者が閲覧可能な資料が沢山あったし、ギルド職員にも色々な話を聞くことができたので、意外と問題なかった。
そして、その結果。
この《薬草調達》依頼では常に追加報酬が貰えるようにまでなったのだ。
これは俺の納品する高品質の薬草を見て、依頼主が好意で出してくれているものなんだけど。
おかげで高めの報酬が貰える討伐依頼を受けなくても、アルルたちと同等かそれ以上の収入を現在は得られているので、かなり助かっている。別にアルルと競争してるわけではないんだけどね。
そしてそして、昨日。
その依頼主が直々に俺を指名し、特別依頼というものを申し込んでくれた。
そんな話をギルドのお姉さんから聞かされ──。
──翌日。つまり現在。
「んと。候都上層の端にある見るからに怪しい屋敷──って凄い曖昧? 大丈夫これ?」
俺は朝の清涼な空気のなか、ギルドから渡された地図を片手に依頼主の自宅に向かって歩んでいる。
当然、依頼を受けた為である。
別に受けない理由もないし、わざわざ名指しされての依頼だ。普段より俄然やる気が出るよね。
アルルとニーナは、俺よりも早くに蓮華亭を出て今日も今日とて討伐依頼。
だから依頼主と会うのは俺だけ。
このところ、魔物の異常発生がますます加速していて、二人とも大忙しなのだから仕方ない。最近では駄ウサギだけじゃなくて、シカやサルみたいな魔物の目撃情報も増えて、被害の方も大きくなってるみたいだからね。
三週間の実績で将来有望な超新星と目されているアルルと、幼くして『Dランク』のニーナ。そんな二人だから様々な依頼人から引く手数多で、あっちへこっちへの東奔西走となっている。これって嬉しい悲鳴といえるのかな?
ニーナのランクが『Dランク』と分かったのは随分前、コレットちゃん暴走事件の翌日に質問したらサラッと答えてくれた。
予想通りに結構な高ランクで驚いたけど、ニーナの実力は知ってたからすんなり納得できた。
『Dランク』となると候都でも少なくないランクだ。でも特別多いって訳でもないらしいんだけど。ニーナはどっちかといえば見た目からの注目を集めている一人みたい。変態若女将のコレットちゃんからそう聞いた。
これは言わずもがなだけど、ここ最近で最も注目を集めているのはアルルさんね。
まぁ、あのデタラメ加減を目にしちゃえば、ランクどうこうは無視で注目されるだろうから、分からなくもないけど。
そんな事を考えてたら視界の先に、見るからに怪しい雰囲気を放つ一軒のお屋敷が見えてきた。お屋敷を一目見て、ここが依頼主さんの自宅だと普通に理解できた。
だって『見るからに怪しいお屋敷』だもん。お姉さんごめんね、情報通りでした。
「ん、僕もアルルたちに置いていかれないように頑張らないと」
そう奮起して、踏み入れるのを躊躇わすような造形をした門扉をくぐった。
ドアまで辿り着いた俺は、奇抜なデザインをしたノッカーを使って依頼人を呼ぶと、待ち構えていたのか? と思いたくなるほど早くドアが開けられ、その向こうから……。
「くっくっ。よく来た。待っていたぞ」
金色の半眼を爛々とさせて邪悪に笑い、ボサボサの長髪を不思議な髪留めで無造作にまとめた女性が現れた。
全身を真っ赤な返り血に染めた姿で。
「きゃぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!?」
◾︎◾︎◾︎
ユミルネ・ヘーゲルフォイア。
今回の依頼主であり、候都どころか大陸でも知らない人がいない程には有名な魔術師。
ありとあらゆる学問に通じている鬼才で、変わり者の変態さんでもある。
このような情報を昨日お姉さんに説明してもらった。その時は『なんじゃそりゃ』という反応をしたものだけど、いまは後ろ部分(変人)はスゴく納得している。
今まで依頼人の事なんて気にせず、黙々と薬草採取に取りくんでたから、依頼人がこんな人だとは思いもしなかったよ。
ユミルネさんに案内されて、リビングと思われる広いけど狭い……本や紙の束が積み上がって、とっ散らかった部屋に通された。
これ人を呼べる部屋じゃないよね?
ユミルネさんは案内をした後、一旦席を外し身体の血を洗い流しに行ったので、いま俺はリビングに一人取り残された状況。
なんというか。
この極短時間で、ユミルネさんのフリーダム加減というか、マイペースさを存分に見せつけられたよ。
この依頼受けたのってもしかして失敗?
なんか先行き不安になってきた……。
「むぅ、それにさっきのは流石に卑怯。驚かないわけないじゃん……」
独り愚痴るが、あれを見ては愚痴りたくもなるってものだ。
お姉さんから『変態』だと前情報を聞いていたから、多少驚かされることになっても平静は保てるようにしておこうって構えてたのに。
箱を開ければこれだよっ!
恥ずかしげもなくキャーって言っちゃったからね。まるで襲われた乙女みたいにさぁ……。
でも、あんな人でも高名な人なんだよね。
うぅん。やっぱり天才と変態さんって紙一重なんだろうか。
それに何より魔術師さまだし。
魔術師といえば、前世のイメージで魔法使いだと思っちゃうけど、この世界に限っては違う。
たしか──魔核を重要視して戦闘に魔法を用いる『魔法士』と。
魔力量を重要視して魔法具や魔法薬の製作・研究に魔の技能を用いる『魔術師』がいるって母様が言ってたっけ。
この街を照らす街灯や風呂場にあったシャワー、それにあのギルドカードやアラギ剣だって魔術師が開発した魔法具だし。
母様が作ったバトルドレスシリーズも、大きな枠組みで見れば魔法具だ。
魔法士と魔術師の違いに関しては。
先入観からイマイチ理解しにくかったけど、運動部の『魔法士』と文化部の『魔術師』みたいに考えれば案外しっくりくるのかな? いや、それはちょっと違うか。
普通に武人と職人でいっか。
──そんな事を考えていると。
「くくくっ、先は驚かせてしまったようだ。なにせお前が来るまで少々遊んでいたものでな。うっかりしていたよ」
ガチャっと扉が開き、半乾きの髪を揺らしながらユミルネさんが戻ってきた。
遊び云々は突っ込まない方向で。なんか聞いたら後悔しそうだし。
戻ってきたユミルネさん、さっきは髪まで真っ赤で判別がつかなかったが、色素の薄い綺麗な金色に何房か桜色のメッシュが混じった髪をしているのだと分かっ……
えっ?! あれっ?
「ふむ、どうした吾を凝視などして? あぁ、もしかしてこれが気になるのか?」
そう言って指差すは自身の頭部……いや側頭部。そこにはご立派な角が二本ついていた。
さっきまではなかったから自作のアクセサリーかとも思ったけど、なんか直に付いてるみたいなんだけど……どゆこと?
「──驚くのも無理はないが、まずは自己紹介だ。吾はユミルネ・ヘーゲルフォイア。お前を呼びつけた依頼主だ」
突然のファンタジー要素にさらされて、呆然としていたらユミルネさんが挨拶を済ませてしまった。
一旦思考を断って俺も自己紹介を返した。
「ふむ、ギルドの役員共に聞いていたとはいえ、実際目にしてみると驚くものだな。この様な子供があの薬草の数々を目利きをしていたとは、成る程、面白い」
ズイッと顔を近づけて一人ブツブツと呟くユミルネさん。普段なら気圧されてしまいそうなものだが、今はまったく気にならなかった。
「それより、その角はなんですか?」
だってですよ。
俺の脳内は降って湧いたファンタジー要素の探求でいっぱいだったから。
第一優先はそっち。
明らかに興奮した態度が現れてしまっているけど、ユミルネさんは気にしていないみたいだし別にいいだろう。
それに、興奮しない方がおかしいっ。
だって角だよ、角。それも捻れ角っ。
悪魔っぽくて凄くかっこいいっ♡
母様と俺以外では初めてのファンタジー要素をその身に持つ存在ですよっ。
ニーナの精霊を見たときも驚いたけど、あの時は路頭に迷い気味でそれどころじゃなかったし。やっぱりファンタジー探究はこうでなくては。
んー。触ってみたいなー。でも流石にそれは失礼だよね。いちおうこの距離で見られたんだし、我慢しよう。我慢。
「ほぉ、そこまで気になるか。熱心な探究心を持つものは好ましいな。益々気に入ったぞ」
「それは本物なんですか?」
答えが待ちきれんとばかりに失礼承知で詰め寄る。
「くっく、もちろん本物だ。吾は人族じゃなく魔人族だからな。まぁ外出する時はこの魔法具で姿を偽っているのだが」
「ん、その髪飾り」
ユミルネさんが取り出したのは、さっき髪をまとめていた不思議な形をした髪飾り。
あれって魔法具だったのか。
「うむ。この国は人族が統治しているからな、人族以外の人種は嫌でも注目されるのだ。場合によっては面倒ごとに巻き込まれる恐れもある故、普段はこれで隠しているのさ」
「そういえばそうですね。僕の故郷でもこの街でも普通の人しか見なかったです」
だから母様も普段は翼とか尻尾を隠していたって事だよね。今更ながらに納得。
俺も衆人監視下では下手に尻尾をさらさない方がいいな。まぁ、候都に入ってからはずっと仕舞ってるけど。
それに魔人族? というのは初耳の単語だったけど、つまりこの世界には母様やユミルネさん以外にも色んなファンタジー的な異種族がいるってことも理解した。
んふふ、やっぱり異種族いたんだね。
言質ももらったし絶対探してやります。
早くそんな人たちが大勢いる場所に行ってみたいなっ! 絶対楽しいに違いない。
「しかしお前はなかなか変わっているな。吾の角を見て驚くどころか逆に興味を抱くとは。大抵は奇異な目で見るか怯える奴が殆どだというのに。ホント変わった子供だ」
「そうなんですか? こんなに格好いいのにもったいないです」
「格好いい? これがか?」
「はい。すごく格好いいです」
絶妙に整った左右対称のフォルム。
それを引き立たせる軽い捻れ加減。
そして、豪奢であり荘厳さと威厳を兼ね揃えた黄金の色艶。
これぞまさしく完璧美角。
国宝といってもまだ足りない、世界の至宝といっても過言ではないモノですね!
もし、ユミルネさんみたいな素敵な角が生やせるなら、一も二もなく生やす自信がある。
……だって格好いいもの!」
「……くっ、くっははははっ! なるほど、認識不足であったぞ。まさか吾の角にそれ程の価値があったとはなぁ。しかもそれを会ったばかりの子供が評じたのだから益々面白いっ! くっふふ……っ」
「…………あ」
んー、もしかして口に出てた?
あらー。何てことでしょう。
地味に恥ずかしいかも。
でもこれは偽りなき本音ですし……。
もしやり直しが聞くとしても、おそらく同じことを言う自信があるから、どうしようもない。ここは開き直っていよう。
「くくっ。ちょっとした気まぐれと暇つぶしで呼んでみただけだったが、まさかこれほど面白い奴だったとはな。偶には気まぐれを起こしてみるものだ」
と。今日一番の邪悪な笑顔を浮かべていたユミルネさんが、そこで俺の方に力強い視線で見据え。
「なぁ、シャルラハート。お前、吾の弟子になれ」
そう、断じた。
「弟子? それって依頼は関係なくってことですか?」
「うむ、そうだ。吾はお前を気に入ったし。丁度この都市で弟子兼助手を取ってみようかと思っていたからな。お前と共に研究をするのは実に楽しそうだ」
んんー。そう言われても。
俺って弟子とか助手やれるほど頭良くないというか、常識知らずだよ?
それに、いつまでもこの候都に居続けるつもりもないし。期待に応えられそうもないよね?
「あぁ、心配せずとも勿論給料は払ってやるぞ? あと弟子と言っても毎日来る必要もない、今まで通り冒険者として活動してもいい。手が空いてる時、偶に顔を見せて手伝いをしてくれるだけで十分だ。それに我の家には冒険者ギルドなんぞとは比較にならんほどの資料もあるぞ、お前にとっても悪い話ではないと思うが?」
……むぅ、確かに。
確かにそれなら悪くはないかもしれない。
それ条件良すぎないかな。
疑り深い性分だから仕方ないとはいえ、なんか裏がありそうな気がしてならない。
現状それを見破れるほどの観察眼を持ってない。ただ、直感ではそれほど悪いことにはならないと思う。ユミルネさんも悪意はもってないみたいだし、うん。大丈夫かな。
「わかりました」
俺の答えはひとつだった。