始まりと誓い
のどかな昼下がり、静かな部屋のなか。
窓から入りこむそよ風は髪を優しく撫で、暖かな日差しが寝そべる身体を包みこむ。
窓の外を見ると、青空を遮るように顔をのぞかせる草木たち。みんな仲良く右に左に踊っていた。
そんな光景を眺めながら深呼吸をひとつ。
俺は綺麗な白いシーツの上を本能の赴くままにゴロゴロ。小さな御手を、閉じたり開いたりしつつ物思いに耽る。
「……んんぅ」
はぁ、今日も空気がおいしい。
自然も生き生きとしていて、生命の息吹も強く感じられますね。
さて、息抜きもほどほどにして現実に立ち返りましょう。
世の中、生きていれば不思議なできごとに遭遇することは間々あるらしい。それを、この半年のあいだ生活してきて真に理解した。
常日頃から妄想に耽って過ごすのが生きがい、みたいな所があった自分でも……流石にコレには驚いたもの。
なにせいまの俺は──
『生後半年ほどの赤ちゃん』なのですから。
これは別に、俺が生まれながらに高度な思考を有する、すごい赤ん坊という訳ではない。
よく分からないけれど、どうやら俺は前世の自我を保ったまま、赤ん坊として生まれ変わっているようでして……。
俺は元々、地球という星の日本という国に住んでいました。住居もあったし税金類もしっかり払っていたので、いちおう国民の一人として認められてはいた筈である。それが今では立派な赤ん坊。
やっぱり、意味がわかりません。
ただ、こうして生まれ変わっているということは、当然ながら元の生活とも切り離されている訳で。
状況から考えて元の生活へ戻ることも絶望的。身体からして別物なのだから……。
まぁ、前世に愛着はないし、共に暮らしていた同居人は心配するだけ無駄な方なので、特に問題もないんだけれど。
と、そんなことより。
いま一番大事なことは別にあるのでした。
──それは『この世界』について。
なんとこの世界、驚くべきことに俺が今まで『夢』と『妄想』の中でしか見ることが許されなかった、『ファンタジー』が存在する世界なのです!
この事実に比べれば、前世のあれこれや不可思議な転生現象も霞むというもの。
天秤にかけるまでもない。
なによりも最優先に置くべきものでしょう。
それほどまでに、
『俺はファンタジーが大好きなのだ』
◼︎◼︎◼︎
生まれ変わってから今に至るまでの約半年。
考える時間だけはあったので、俺は情報収集に重きを置いて、いろいろな確認をしてきた。
最初、途切れた意識を取り戻した時には『夢』だと思った。
目を覚ませば知らない場所。
身体は不自由でまったく動かない。
周りには霞んだ巨影が立ち並び。
くぐもって聞こえるのは謎言語。
熱い視線と共に丁寧に抱きあげられる。
まったく意味がわからなかった。
意味が分からないからこそ夢だと思った。
内容もまるで出来の悪い転生物語のようで、夢を見るならもっと素敵なファンタジー要素を追加して欲しかった……そう思いながら冷めた目で夢が覚めるのを待っていたのだが。
数分も経たずして違和感に気づいた。
なにせ夢にしては感覚がリアルすぎた。
霞がかった夢独特の感覚とも違う。VR空間のように擬似感覚の気持ち悪さとも違う。ただただ現実的。五感全てがリアルだと告げていた。
そうして違和感を頼りに探ってみた結果。
俺が不思議現象に巻き込まれてしまい、生まれ変わったのだと理解した。
俺は焦るより呆然とするしかなかった。
とうに焦る段階は通り過ぎていて、納得する以外に道がなかったのだから。
ただ、転生とはいってもどこに転生したのかまでは把握できなかったから、転生当初はすこし落ち着かなかった気もする。
ここはそもそも『地球』なのか。
はたまた『平行世界』であるのか。
いやいや、もしくはー、と。
普通に考えて、地球のどこかしらが有力だと思っていた。前世の記憶を持つ人には地球でも会ったことがあるし、言葉が分からないのは外国に生まれたとすれば筋が通るからね。
だから『そうなんだろうな〜』と、ある程度の予想と諦めをもっていたんだけど。
その予想は良い意味で裏切られた。
目がハッキリ見えるようになったその日に、母親らしき人物を見てすぐ解決したのだ。
俺のお母様とおぼしき女性には、普通の人間にはない器官が、当たり前の様についていた。
これだけでも『異世界』と確定させるに足る情報だったが、他にも、変な水晶に触れさせられて、謎の青い光を浴びせられたり。
どこから現れたか、ローブで顔を隠した変人さんが、呪文みたいなものを唱えてきたり。
あまりにステキ要素が盛り沢山だったのだから。
そういった経緯から、俺は確信と安心を込めて。
『ファンタジーは実在しました!!』
そんな言葉を自然と口にしていた。
実際は発声も身体も上手く動かなかったから、赤ん坊があぅあぅ喘いでただけなんだけど。
赤ちゃんって、こんなにも動けないものなんだってビックリしました。
◼︎◼︎◼︎
あれこれと思い返していると、改めて実感が湧いてくる。日頃から妄想し憧れていた『ファンタジー世界の生活』が叶ったのだと。
達成感なんてないほどアッサリだったが。
過程はどうあれ嬉しいものは嬉しい。
このままこの喜びに身を任せて踊り出したいほどである。
しかし、そうもいっていられない。
……ひとつ気がかりがある。
それがあやふやになる前に、きちんと整頓しておきたいのだ。
不思議な感覚なのだが、転生してからというもの、地球で感じていた謎の息苦しさを感じなくなった。
こっちで生活していたら、感情表現すらある程度はとれるようになったのだから、その効果の程が知れる。今ならもう人形みたいなんて言われないかもしれない。
そして、心にゆとりを持てて始めて気がつけたと言うべきか。過去の薄れていた記憶の多くを、鮮明に思い出したのだ。
人間なんて十年、二十年と生きていれば色々な経験をするものではあるが。
ここまで短いスパンで人生の舵が忙しなく切り替わっていたのか、と自分のことながら驚愕したりもした。
そんな中で、特に気がかりになっているのが生まれ変わる直前あたりの記憶──
その時期は精神的に極まっていたようで、一緒に住んでいた同居人のお世話以外はなにもせず、終日、狂ったように妄想する日々を送っていた。
そしてある日、突然思いついたように行動を起こすのだ。
それは学問であったり、芸術であったり、スポーツであったりとジャンルを問わない。
ただただ好奇心の塊のように、気になった物事に食らいつき、自分が満足するに足るとあっさり興味をなくす。
たくさんたくさん手をつけて。
それでも、最終的にはファンタジーを求めて妄想の世界に戻っていく。
そんな日々を淡々と繰り返していたのである。
「んぅぅ……」
そう。この生活、ひどいの一言につきるのです。
自暴自棄? 無気力状態? それにしたってもう少し何とかならなかったものか……。
そして、なにより恐ろしい。
自分がこんな体たらくを、なんの疑問も持たずに享受していた事実が。
人生二周目というこの奇跡。
浮かれたい気持ちもあるけれど、流石に昔の過ちを繰り返すわけにはいかない。今一度ここであらためる必要があると思う。
身体が生まれ変わったのなら、心も本当の意味で生まれ変わりたい。
記憶の整理もようやくついてきた今こそが好機。戒めを含めた誓いを立てる時だと判断します。
まず、肝心なところとして。
生まれついた好奇心に踊らされようとも、“一度手をつけた物事は、あっさりと放りださず出来うる限り継続して、やり遂げるように”気をつける。
そして、誤った方向に進んだ信念は、身を滅ぼすことになりかねない。
故に、“入り浸らず、妄想を想像に、想像を創造に”上手く活用していくのが吉。
最後に、一番大事なところ!
心が死すれば朽ちていくだけ、だったら“日々、人生を全力で楽しみ、何事にも努めていくべし”!
あんな死んだ顔して生きていたくないものね。
ここは妄想内でしか見られなかった理想郷。叶う事なら心の底から笑顔で生きていたい。
……うーん、他には、そうだね。
夢なんてものを探すのも良さそうかも。
達成のし甲斐があるのがいいな。
エルフさんとか獣人ちゃん、ドワーフくんはいたりするのかな? とりあえず、夢とは別に探してみるのも面白そうかも?
んふふ、ワクワクしてきた!
「うぅぅ〜っ、にゃあぁぁぁぁっ!」
半年かけてうだうだ悩んだ末にでた結論。
俺はそれらを声に乗せて宣誓する。
この場に誓いを示す他者は居なくとも、己は誓いを厳守する。
それがより良い未来に繋がることを信じて。
「──〜〜?」
声をあげたせいか、軽やかな足音が近づいてくる。
ん、たぶんお母様かな?
言葉はわからずとも、毎日こちらを慈しみ、慮ってくれているのは気配で分かる。
とっても優しいお母様。
とりあえず、早く言葉を覚えないとね。
お母様たちとはいっぱいおしゃべりしたいし、たくさん孝行したいもの。
ちょうどいい。
これから早速、お勉強をするとしよう!
《黒乃。やっと見つけたよ。だから楽しみに待っててね……》
2017/11/03-加筆改稿(情景描写の追加)