幕間-Smile of Liebe
マールス侯爵領・首都ファナール。
街の中層に高く聳え建つは大きな時計塔。
その天辺の縁には、一人の少女が街を見下ろすように腰掛け、足をパタパタとばたつかせていた。
少しでもバランスを崩せば高高度から真っ逆さまに落下してしまうというのに、少女が浮かべるは緊張感とは無縁の恍惚な笑顔。
「むふふ、むふふふー! シャルラスのあの反応すっごく可愛かったー♡ もう少しだけからかっておけば良かったよー。でもあれ以上は我慢できずに攫っちゃいたくなるから我慢我慢だよ〜〜。うー。可愛い可愛いすぎるよ〜〜シャルラスぅぅーーっ♪」
少女は風に靡く黒紅色の長髪は気にも留めず、視界のある一点……。
冒険者ギルドの方向に歩いている、若干挙動不審な一人の子供に向けて、ムフフ〜と絶えず奇妙な笑みを溢して呟く。
「うーん。それにしてもー。元々があんなに可愛いなら、わざわざ偽装なんてかけなくてもいいのにねー。ホーント心配性だよプリムラちゃんもー」
彼女の名前はリーベシェーン。
以前。視線先にいる少年“シャルラハート”へ一方的に語りかけた声の主であり。
先程、彼に自ら体当たりをして転び、隙をついてその額に口付けをした存在でもある。シャル曰く、変態さんだ。
『それでリーベ様、目的は如何でしたか?』
突如彼女の間近の空間が歪み、虚空から光体が現れ、リーベシェーンに問う声が響く。
『わざわざ無理をしてまで、其方へ行ったのですから、当然問題ないですよね?』
突然の声と、光体が現れた事にはさして反応をせず、飄々とした態度のリーベシェーン。
「あーそれねぇー。なーんか心配は無用だったみたいなー? うん、そんな感じさー」
掴み所のない返答に、光体が若干の戸惑いを浮かべる。
光体は今や形を変えて、人の形状を取っているが、表情は存在しないので伺えるハズもない。
しかし、光体の考えは全て理解しているとでも言いたげに、リーベシェーンはシニカルに笑う。
『それは一体どういう事で──?』
問いかけに対し、少しタメを作ってから口を開く。
「んー? だってさー、ボクがわざわざルンルン気分で来てみればー、ビックリなことに御使いが既に侍ってたんだよ? 一応万が一に備えての保険はかけておいたけど、たぶん意味ないんじゃないかなー。あの御使いちゃんとっくにシャルラスにベタ惚れだったし〜〜?」
徹底して態度を変えないリーベシェーンに、光体の声が嘆息を洩らす。
『またそんな適当な……。だから私が其方に行こうとしていましたのに』
「むふふ。そんなこと言ってるけどさ〜〜。プーちゃんもシャルラスに会いたいんでしょー? わかるよ〜〜プーちゃんにとってもシャルラスは特別だもんねーー?」
流し目を送ったリーベシェーンは口を不敵につり上げる。
『……プーちゃん言うなですクソ幼女』
「ぐふっ、プ、プーちゃん言葉乱れてる、乱れてるよ〜〜」
『………………』
プーちゃんと呼ばれた光体は、先の言葉で図星を突かれたのか、一言毒を吐くと口を閉ざしてしまった。
逆にリーベシェーンは若干引き攣りながらも、ニコニコと笑み浮かべた。
「……まったくー。偶然にしては出来過ぎだよねー。でも護衛としても適役だしーー。ここは本能に従ってもらおうかな御使いちゃん♪」
何事もなかったように振る舞うリーベシェーン。彼女の視線はシャルラハートの左横。
綺麗な白銀の髪をもつ少女を捉えていた。
「むふふふ。今回は初対面にしてはインパクトを与えられたと思うしー。ウムッ余はまんぞくじゃ〜〜♪」
『……ふん何様ですか、リーベさま』
「むふふ、俺様だー!!」
『全然似合いません』
「じゃあ王様だー!」
『冗談もほどほどにして下さい』
「それじゃ神様だー?」
『貴女みたいな神がいたら世界が滅びます』
「もぅ、じゃあお母様でいいよ〜だ。プーちゃんのイジワルめ〜〜」
光体とのくだらない掛け合いを堪能しつつリーベシェーンは、不安定な足場を気にせず仰向けになる。
「シャルラス。次に会うのはいつか分からないけど、楽しみにしとくねー。それと御使いの彼女もねー。お母様としては一言言ってやらねばだからね〜〜♪」
両の手を広げて、愉しそうに笑う。
そんな彼女の声は、冒険者ギルドに入って行った少年と少女に届くことなく天穹へと消えていき。
時計塔の天辺にいたリーベシェーンは、幻であったかの様にいなくなっていた。




