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テキセイ+ソウグウ=


 ──翌朝。

 幸せな微睡みを堪能できず覚醒した。


「……うぅ、あつ、い」


 眠気で重い瞼を無理やりに開けると眼前にはアルル。全身でのしかかりながら抱きつき、子供特有の高体温で俺を熱してきている。

 秋が近づいてるとはいえ季節は夏であります。

 残念ながら、というか普通に暑いです。


 普段なら朝が弱い俺の方が遅い目覚めなんだけど、今日はそうも言っていられなかったね。

 アルルの拘束を苦戦しながらも解いてベッドから降りる。すると抱きつく対象を見失ったアルルは、自らを抱くように身を丸めた。ちょっと可愛い。



「ニーナは、いないかぁ……」


 部屋を見ても彼女の姿は見受けられない。

 まぁ、アルルから抜け出す時に気付いてはいたんだけど。一応。


 どこに行ったのか検討もつかないけど、もしかしたら一階で食事でも取っているのかな。

 もしくは既に出かけたのか。

 昨日は俺たちと大して就寝時間が変わらなかったというのに、勤勉な子である。



「んぅ〜っ、良い天気ー」


 部屋の窓を開けて大きく深呼吸。霞みがかっていた頭が段々と透き通り冴えてくる。

 窓下を見てみると、街路には結構な人数が行き交っている。見慣れぬ景色だと候都に来たっていう感慨が湧いてくる。

 ウィーティスと同じく、どの街でも朝は早いんだなぁ、なんて思考しつつ顔を洗いに部屋を出る。


 アルルも寝ぼけてはいるが起きたみたいなので、ちゃんと身支度と準備を整えるように言っておいた。

 といっても、着替えはコレットちゃんが持って行ったので身支度なんて多くはないんだけど。




 ◾︎◾︎◾︎




「へい、少女たち! 起きてるかい? と、起きてるみたいだね」


 俺が部屋を出てからしばらく。


 アルルはしっかり覚醒。

 洗面所での準備も済まし、あちこちがピョンピョンと跳ねてた寝癖もキチンと直して、大概の準備は完了。

 あとは着替えを残すのみとなったそのタイミングで、コレットちゃんが豪快に扉を開けて訪ねてきた。なんとワイルドなっ。


「おはようございます、コレットさん」

「コレットちゃん、おはようなの〜!」


 アルルも元気いっぱい溌剌と挨拶。

 コレットちゃんも、いい笑顔でおはようと返してくれる。


「昨日預かってた二人の服が乾いたから持ってきたよ〜、ほい。シャルっち、アルっち」


 手に持っていた丁寧に畳まれている俺たちの服を手渡してくれる。すごい丁重に洗われていた。

 もうほんと感謝感激だね。


「ありがとうございます。でももう乾いたんですね」

「ふふん。うちの秘密兵器、魔力式乾燥器ちゃんを使えばあっという間だとも」


 昨夜洗った服がこんな早く乾くとは、魔法技術おそるべし。そんな感心も程々に、コレットちゃんが口を開く。


「着替えが済んだら下の食堂に来てね。私が腕によりをかけて朝食作ったから!」

「朝食? え、でも──」

「おっとー! 遠慮は無用だよシャルっち。君は少々謙虚すぎるきらいがあるようだからね。もっと我が儘言っていいのよん」


 右の手のひらを俺の方に突き出してニヤリと笑うコレットちゃん。


「そんなに、ですか?」


 自分では謙虚なつもりはないんだけど。むしろ色々やらかしてる気がするよ。

 それに厚かましいよりはマシでしょうし……。


「アルっちも、もちろん食べるでしょ?」

「朝ごはん! コレットちゃんが作ってくれたの?」

「私の特技は料理だからね〜、是非とも味わってほしいかな。んじゃあ、下で待ってるよぃ」

「わ〜い。ありがとコレットちゃん!」



 コレットちゃんは来た時と同じく颯爽と去っていった。二人してさっさと着替えて、言われた通り下の階の食堂に行ってみる。

 カウンターの内側でニコニコ笑って頬杖をついているコレットちゃんを発見。


「お! 降りてきたわね〜。ささっ席について頂戴。すぐ用意しちゃうから」


 そう言って、テキパキと用意をしていく。

 数分後には食欲をそそるいい香り漂う料理の数々が、カウンターの机に置かれていた。


「……美味しそう」

「わぁ〜、すごーい!」


 昨日の昼から全く食事を取っていなかったせいか、身体が栄養を求めてキュ〜と鳴る。


「どうぞ、召し上がれだよ! さぁ、シャルっちも!」

「じゃあお言葉に甘えてご馳走になります」

「えへへ、コレットちゃんありがとう〜♪」


 二人でコレットちゃんに感謝の言葉を告げると料理に手を伸ばして、パクっと頬張る。

 コレットちゃんはそんな姿を“うんうん”と満足そうに頷きながら笑っていた。




 ◾︎◾︎◾︎




「それで。シャルっちとアルっちはこれからどうするんだい? ニーナっちの話を聞くに他所の街から来たみたいだけど」


 コレットちゃん特製の朝食を存分に堪能しブレイクタイム。コレットちゃんは今まで聞かれなかったのが不思議なくらい当たり前の疑問と質問をよこす。


「そういえば言ってませんでしたね」


 俺は掻い摘んでこれまでの事情を話す事にした。流石に魔物を迎撃して濁流に飲まれたエピソードなどは突拍子がなさ過ぎると思い、詳細を少しソフトに濁したが。

 冒険者登録の件や隊商の件、川に流されての遭難の件など話していった。


「へぇ〜。じゃあシャルっちとアルっちは、冒険者になりたくてこの街に来たんだ〜?」

「はい。でも、いま言った通りで色々ありまして。ジョルジさん、隊商の長を務めている人も見つけないとですし」


『なるほどねぇ』と唸りながら、一緒に考えてくれるコレットちゃん。

 そこで、意見を貰えたらと、俺とアルルが考えていた案を言ってみる。


「僕達としては冒険者ギルドに行けば、なんとかなるかなとは思ってるんですけど」


 あのジョルジさんだ。合流するのに一番可能性の高い場所へ情報を置いておくに違いない。俺たちが冒険者の登録をするって事はジョルジさんも知ってるのだから尚更。

 手探りでがむしゃらに探すよりは良いだろう。


「あー。確かに冒険者ギルドには捜索とかの依頼も多いからね〜。うん、それが良いかもしれないね」


  俺たちの提案(なんて大層なものじゃないけど)に賛同を示してくれた。




「でも二人が冒険者の登録を希望するって事なら、少し急いだ方が良いかもしれないよ?」

「急ぐ、ですか?」

「うん、冒険者の新規登録受け付け期間って、確か今日までだったから」


 あっけらかんと、コレットちゃんは重要そうな言葉を放った。


 ……んん?


「登録期間〜?」

「なんですかそれ?」


 アルル共々、頭に疑問符を浮かべる。


「ありゃりゃ。そこを知らないで冒険者登録しようと思ってたのか〜」


 苦笑いを浮かべるコレットちゃん。

 なんか常識知らずって思われた?

 といいますか、期間なんかあったのです?

 母様からは受付で『冒険者登録したい』って言えば万事問題なくなれるって聞いてたんですけど……。

 戦い方と冒険者としての実地訓練しか学んでこなかったのが、またしても仇となりました。



「よ〜し! じゃあここはひとつ、お姉さんが教えてあげようじゃないか!」


 胸をトンと叩いて、自信満々に宣言。

 こうして。コレットちゃんからの常識、冒険者ギルド登録講座を受けることに。






 ……そんなこんなで。

 身振り手振りに、スキンシップまで加えて懇切丁寧に教えてもらい、色々と理解しました。


 まず、冒険者ギルドは随時の募集はしてはおらず、新規登録志望者の募集は月に一度、数日の間だけしかおこなっていない。


 そして、登録といってもただ書類に記入をすれば冒険者になれる訳じゃなく、ギルドが設けている適正審査に通らないと駄目である。


「つまり試験みたいなものに受からないといけないって事ですよね」

「そうそう、その認識で大丈夫ー。まぁ、昔は書類に名前を書けばすぐ冒険者になれてたらしいんだけどね〜。なんだか変わったみたいだよ」

「ん、冒険者志望者が増えすぎたからとかですか?」

「それもあるけど。実際は実力不足の冒険者が、大勢亡くなってしまったから〜っていうのが主な理由だね。その当時は冒険者の英雄が多くいた時代だったらしくてさー。英雄を夢見て冒険者になる人が後を絶たなかったみたい」


 ほう、なるほど。

 いまの冒険者は、最低限の力もない者は登録以前に門前払いってことですね。


「そんな感じだから、シャルっちとアルっちが冒険者になる為には〜……わかるね?」


 意味深な視線を俺たちに送る。

 俺たちは、その視線に含まれる意味を正確に汲み取って、コクリと頷く。


「実力を証明しないとってことですね」

「えへへ、任せて〜! 大丈夫だよ〜」

「よーし、じゃあ急いだ方がいいよ。頑張ってね二人とも!」

「「 はい!! 」」


 蓮華亭の一階食堂に、俺たちの威勢の良いお返事が響いた。





 ◾︎◾︎◾︎





 お話も纏まり。俺とアルルはさっそく冒険者ギルドを訪ねることにした。


 ギルドの詳しい場所は事前にコレットちゃんから教えてもらった。迷子の心配はない。

 俺とアルルは、はぐれないよう手を繋いで石畳がのびる街路を歩く。


 この通りは街の中でも主要な大通りで、出店の種類も多種多様でかなり賑わっていた。客引きをしている店主達の活気ある声が、あちこちから聞こえてくるので、まるでお祭りの最中にいるような錯覚を覚える。


 アルルもその全てに興味を惹かれるのか、キョロキョロと頻りに見回して楽しそうにしている。

 かくいう俺だって、完全にお上りさん状態だから何も言えない。

 男爵領で一番大きい都市には母様に連れて行ってもらった事があったけど、やっぱり規模も人数も景観も何もかもが違うね。


 それに前世では都心部に住んでたから人の量には驚かない自信はあったけど、やっぱりこの独特な雰囲気と共に味わうと何年経っても驚くし感動する。


 そうして仲良く二人揃って歩いていくと、程なくして門が見えてきた。

 昨日見た街を取り囲む城門と比べると小さいが、それでもかなりの大きさだ。


 これは街の中層に行くための門である。

 ファナールの街は『上層』『中層』『下層』の三層構造で、俺たちが目指している冒険者ギルドは街の中層に位置している。

 街自体の構造も上層は標高がやや高く、下層は低くなっているので、ちょっとした山登り気分だ。傾斜はかなり緩いけどね。



 二人して門の隅に駐在している警備の兵士さんに、なんとなく会釈をしながら門を通過。

 兵士さんの方も笑顔で律儀に会釈を返してくれた。ホッと一息。


 まぁ、元々この先の区域は、門を通るのに手続きとかないんだけどね。止められる筈もなかった。


 これもコレットちゃん情報なんだけど、候都は三層構造の他にも多数の区域分けがなされている都市で、検問や身分証の提示なども区域毎にあったりなかったりで異なっているらしい。

 上層区域とかは厳重で今みたいにはいかないんだろうね。ん、ちゃんと覚えておきましょう。




「おぉ〜シャルくん凄いよ! この時計大きいっ!」

「本当だねー。こんなものがあるなんて知らなかったよ。観光にも良さそうだね」


 門を通り抜けて順調に歩き続けると、視界に石造りの時計塔が入った。イギリスのビックベンを彷彿とさせる立派な時計塔だ。

 高さだけならこっちの方が高いかも。百メートルはありそうだし。時計塔の天辺に登れば、さぞ素晴らしい景色を拝めそうです。

 いつか時間があれば登ってみたいかも。


 それに、これってどうやって建築したんだろ。

 やっぱり魔法も使ってるよね? 気になります。

 


 ──と、その時。

 


 上を向いて時計塔を眺めていたら、ドンと軽い衝撃。人とぶつかってしまった。


「っごめんなさい。よそ見してて。怪我はないですか?」


 すぐさま、ぶつかってしまったであろう尻餅をついている女の子に駆け寄り、手を差し伸べる。


「…………」


 倒れていた少女は、何も言わずに手を取り立ち上がる。ジィ〜〜〜〜と俺の事を凝視して。


 そして、ニヤリと笑みを浮かべた。


 常闇を仕立てたようなゴシック調のドレスを纏う少女。佇まいや雰囲気から浮世離れしたものが感じられ、それに加え、長い煌煌とした黒曜石の如き黒髪からは高貴な印象を受ける。

 ただ、その大きな深緋色の瞳は宝石のごとく澄んではいるが、現在進行形で俺をただジーーっと見つめてきていた。



「ん、怪我はないみたいです、ね。良かったです。……あはは」


 目の前にいる不思議な少女にかなり気圧されながらも、なんとか言葉を紡ぐ。

 おそらく顔は引き攣ってる。

 だって、この目の前にいる少女から物凄い圧迫感を感じるんだもの。それが原因だよ。

 黒髪とか俺も自分以外で初めて見たから、あっちも興味もって見てきてるのかな?

 にしては視線の力が強すぎる気がするけど。


 と。


 やっと少女は凝視を止めてくれた。

 そうして、少女は一歩。

 また一歩と近づいてくる。



 そして……








 ────チュッ。



 キス(・・)された。

 おでこに。そう、いきなり。



「へ、ぇ、なんで〜〜〜〜ッ!?」


 事態を改めて整理するが、混乱が増すばかりで、完全に頭の中はパニック。

 全く見ず知らずの女性がいきなり近づいてきたかと思えば、直後おでこにキスだ。



 なんなの。なんなのこれ〜。

 え、なに? 通り魔? キス魔?

 それとも痴女ですか!?

 変態さんですか〜〜〜〜ッ!?



「…………むふふ(・・・)


 当事者である少女は、只今絶賛パニック中の俺を見て会心の笑みをこぼしたあと。

 そっと離れて、踵を返した。


 一拍遅れて、俺が我に返ったときには。

 その少女の姿は忽然と消えていた。


「…………は、え、あれ?」

「どうしたのシャルくん? ぼぉーとして」


 すると背後から聞き慣れた声。

 アルルの声が届いてきた。


「ア、アルル。いまの、いまの見たよねっ? あの、通り魔でキス魔で痴女の変態さん」

「ふぇ!? 変態さん? んぅ誰のこと?」


 詰問するようにずぃっとアルルに詰め寄ったので、アルルは驚きの声を上げた。


「ほら僕がよそ見してて、ぶつかっちゃった黒い髪の女の子だよ、アルルも見てたでしょ?」

「うん? シャルくんがぶつかる? 黒い髪? えーといつ〜?」

「え?」

「ん?」


 おかしい。会話が噛み合わないんだけど。

 でもアルルの表情は偽りを言っているようには見えない。そもそも、アルルは嘘つかないからね。


 ってことはなにか?

 あれは俺が生み出した幻影ってこと?

 白昼夢ってやつ?


 いやいや。それは無理があるでしょう。

 だって確かに温もりがあったし。

 あ〜っ、もう全く意味が分からない〜〜っ!


「それよりシャルくん! ほら、もうすぐ冒険者ギルドに着くみたいだよ?」

「あ、あー、うん。そうだね……」


 仕方ない。この件は一時保留である。今考えても答えが導き出せる気がしないし。改めて考えれば良いだろう。


 今は目の前の事に集中。

 冒険者の登録が優先だ。


「ん、突然ごめんねアルル。僕の勘違いだったみたい。驚かせちゃったね」

「ううん大丈夫。行こ、シャルくん!」



 数分後。

 俺とアルルは冒険者ギルドに無事到着した。言うも更なりだが、その道中は通り魔も現れなければキス魔も痴女も変態も現れなかった。


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