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ニュウヨーク+シュウシン=

「……はふぅ。さいこう……♪」


 蕩けたふにゃ〜とした声音が洩れる。

 でもしょうがない。今まさに俺は生まれ変わったくらいの感動を得たのだから。



 蓮華亭地下の浴場は面積的に一階より広い。湯船はドーナツ型で石造りのお洒落なもので、此方もかなり大きい。


 お湯には白い可憐な花びらが浮かんでいて、浴場の中央には女神像が置いてある。

 女神像は両手に壺を抱えてもっており。

 そこから湯気が立ち上る温水が出ている。

 たぶんあの壺が魔法具なんだろうね。


「ん。やっぱり凄い。いいお風呂!」


 これならコレットちゃんが自慢するのも分かるよ。

 備え付けの洗髪剤や石鹸などにも気を使っていて。ラベンダーに似たの香りがするものや、薔薇に似た香りのものなど色々あった。


 シャワーに当たる魔法具なんかもある。

 最新式のものらしく、取手に魔力を流すと温度と出力調整が出来るという最高級品だった。なにこれ凄すぎる。




 そういえば、この異世界。

 街並みや価値観などは、若干昔のヨーロッパに似ているんだけど、勿論、全てが似ているわけじゃない。

 何せこの世界には、魔法とかのファンタジーな存在がある。その所為、もしくはおかげで妙に先進的な技術がかなりある。

 いわゆる魔法技術ってやつです。


 一つとしてあげられるのが。

 そう『お風呂』!


 魔法を、もしくは魔力を利用して作られた『魔法具』を使えば水の問題はない。

 なので浴場施設の事業はかなり進んでいる。浴場で使う便利な器具達も同じくだ。


 そんな先進事業の一つであるお風呂の中でも、この蓮華亭のお風呂は群を抜いていると思う。

 うちにもスーパーな母様が魔法で勝手に建造した贅沢浴場があるのだが、それと比べても同等か、それ以上だろう。



「ま〜問題があるとすれば〜、浴場がこの一つしかないってことだけど〜。それは望み過ぎだよね〜〜」


 この風呂場は混浴である。

 そのせいでアルルを待たせちゃっているものだから、かなり胸が痛いんですよね……。



 風呂に入る前。

 この事実を知って俺はアルルに先に入るよう勧めたのだ。だけど何故か断られました。神妙に。


『シャルくんから入って良いよ! あたしは後で良いから〜っ』──と。

 

 そこまで言うのなら仕方ないと俺が先に入ったものだが、やはりアルルを待たせている事を思うと、のんびり入ってはいられないよね。


「よし。もう出よう」



 ──ザァ。ザァ。



 気づけばシャワー型魔法具が設置されている場所から水が跳ねる音が聞こえてきた。

 知らないうちに誰か宿泊客が入って来てたっぽい。混浴だから女性の可能性もあるし、気づかれない様にサッとあがらないとね。

 そういうマンガ的なラブコメのイベントはあと七年ほど待ってからで良いのです。

 個人的には、ラブコメより素敵なファンタジーイベントの方が断然いいですけど。



 コソコソする必要はないけど、そうも言ってられず、そそくさと移動。

 お湯を掻き分けて風呂場の出入り口を目指して歩いていく。


 身体を清めるシャワー場は出入り口の側にある。

 となれば自然、チラチラ視界に入ってしまうのは避けられない。逆に言えばこっちも見られる可能性も高い。


 俺は男とか女は関係なく裸を見られるのが苦手なので、急いで上がることにする。



「──ぶぅうっ! はぁ?」


 吹いた。盛大に。

 視界の端に映ったものが想定外すぎた。

 宿泊客がいるであろう方向を見るつもりはなかったのだが。これは駄目だ。

 

 そう。シャワー場にはすっぽんぽんのアルルがいた。眩しい裸体を惜しげもなくひけらかして、トテテテ〜ぃと駆けてくる。


 扇状に広がる白銀の髪は、キラキラと美しく蒼色に反射して輝き。

 ついでに笑顔も燦然と輝いている。


 うちに居た時は、当たり前だがずっと別々に風呂へ入っていた。

 母様とアルル。父様と俺という風に。

 だから一緒に入るなんて行為は、そもそも思いつかなかったんだけど。まさか……。


 もしかして、アルルは最初からこれを狙っていた? アルル〜〜謀ったなぁ〜〜。


「ちょ、ちょっと待っ」

「シャっルく〜ん、どーん! えへへ〜♡」


 ザッバーンと風呂の湯が大きく跳ねる。

 視界が水しぶきで塞がれた瞬間、押し倒された。そうして抱きつかれ水没した俺は。


 アルルの暖かさやら、お湯の柔らかさやらで頭がこんがらがる。視界が真っ白ー。



「ごほ、ごほっ……死ぬかと思った」

「わ〜い。シャルくんと一緒にお風呂〜♪」

「…………むぅ」


 最近アルルの行動が大胆化してきている。

 気を失ってからなのかな。

 それを境にスキンシップが更に増えた。


 これに関しては家族のスキンシップとして割り切っても問題ないレベルではあるんだけどさ。なんか、どんどんアルルがアホの子になっていっている気がしてならない。


 いや、可愛いし良いんだけどさ。

 可愛いは正義っていうし。

 これはどんな世界でも共通じゃない?



「すりすり〜。シャルくんの肌スベスベ〜。えへへ〜♪」

「こらアルル。はしたないよ。抱きつきながら頬ずりするんじゃありません」

 

 でも、いくらアルルが七歳児の子供だとしても、今はお互いに全裸なのだから、少しは自重をしてほしいのも本音。

 どうもアルルは俺に対して恥じらい不足な感がある。家族でも恥じらいの一線は守りましょう。

 あと数年も経てば、アルルだって気恥ずかしさを覚えてこんな事もしなくなるだろうし、心配のし過ぎかもしれないけどさ。


 うん。でもやっぱり。

 アルルの教育衛生的に宜しくないよね。

 後できっちり注意しておこう。優しくだけど。


「おやおや。姉妹仲は(すこぶ)る良いんだね。お姉さんは感心だよ。やっぱり家族は仲良くあるべきだからね」

「コレットさん?」


 浴室の入り口からかかる声。

 振り向くとコレットちゃんが立っていた。

 またしても、背後を取られた──って、今のは仕方ないか。注意散漫も甚だしい。


「これこれ〜。着替えを持って来たんだよ。シャルっちとアルっちの服ってさっきの一着だけでしょ?」

「あ、はい」

「私が昔着てた古着だけど、大きさは合うと思うから着ると良いよ。さっきの服は洗濯するから少し預かるね」

「すいません。わざわざ、本当にありがとうございます」

「気にしないでいいってば。どうせ捨てるか売るかしかない服だったし、シャルっち達みたいな可愛い子が着てくれるなら本望だよ」


 そうコレットちゃんは朗らかに笑い、浴場から出ていく。

 着替えは更衣室の方に置いておくとの事だったので、ありがたく着させて頂こう。


 ふと考えると。候都に来てから誰かのお世話になりっぱなしな気がする。

 ニーナから始まりコレットちゃんにだってかなりお世話になってしまっている。



 これは落ち着いたら全力で精算しないと。

 貸しを作るのはいいけど、借りを作りっぱなしは落ち着かない。


 ニーナが師匠から例の信念を教えられたのと似てるが、母様からは『だれかに親切にされたら、倍にして親切を返すのよ?』と教えられたものだ。


 これはつまり『貸しを作るなっ、貸し返せ!』ということでいいんでしょう? 母様。

 確かに借りを作ると精神的不利に立っちゃうものね。さすが母様。いい教えですっ。


 ……ん、何故か頭に母様の困惑顔が浮かんだけど、気のせいだよね? うん。



 ──という訳だから。

 楽しみに待っているがいい〜〜。

 この受けた恩を倍にして返してやるっ。

 とっても幸せになるまで貸し付けてあげるから。


「シャルくん、凄く楽しそうなの〜」

「んふふ〜〜っ」




 ◼︎◼︎◼︎




 アルルの乱入があった入浴も済み。

 気分爽やかに、ニーナの借りている部屋に移動する。アルルのお説教もしっかりした。

 ちゃんと心を鬼に『めっ!』と言ってやった。何故か幸せそうにしてたけど。


 途中階段を登っていると、コレットちゃんに出会ったので改めてお礼を言ったりもした。

 すでに深夜とも呼べる時間帯に差し掛かっていたので他の利用客は見かけなかった。

 コレットちゃんがこんな時間まで起きてるのが珍しいのである。

 あれで、また朝一から仕事を手伝うのだろうから驚きだ。寝不足は大丈夫なのかな?



 ちなみに。コレットちゃんが用意してくれた服は、フリルがふんだんにあしらわれたネグリジェっぽい衣服だった。

 俺がワインレッドで、アルルがスカイブルーの色をしていた。


 当然ながら女性モノね。

 でも厚意で渡された物だから。

 もちろんしっかり着てます。


 どうせ初めてじゃないのです。

 恥ずかしがる必要はない。……なんて言える筈もなく。恥ずかしいね。

 似合ってるのがまた悔しい。男らしい俺が何故にここまで似合ってしまうのだろうか。


 ただ、恩を仇で返したくない。これ以上借りが増えるのはまずい。その一心で着ています。膝上丈のネグリジェだからかなりスースーして落ち着かないけど。

 俺は、負けない負けないですよっ。


 三階に上がって突き当たりを右折。

 そのまま歩き、一番奥にある部屋。

 そこがニーナの部屋らしい。


 扉の前に立って部屋を伺う。

 手のひら側面で静かにコンコンコン。


「ニーナ。シャルだよ。扉開けても大丈夫かな?」


 一拍。二拍。三拍。


 シンっと静まりかえる廊下。

 返事がない。

 なんとも今日は返事がない事に縁がある。

 プルトーネさん宅訪問のノック然り。

 ニーナの部屋のノック然り。


 ただ。今は深夜だし寝てても不思議じゃない。手元にはニーナに渡された鍵もあるし。先に寝るから渡した可能性が高い。

 勝手ながらお邪魔させてもらう。


 サブキーを鍵穴に通してドアを開ける。

 カチャっと小さな音が静かな廊下にやけに響く。


「おじゃましま〜す……」


 そろりそろりと部屋に入る。寝ている事も考慮して声は小さめ。囁くような声だ。

 快眠を邪魔した奴は寝起きの八つ当たりで殺されても文句は言えないですからねー。



 ニーナの部屋を見回していく。

 大き過ぎず、小さ過ぎずの一人部屋。

 質素な机があり。クローゼットがある。


 ……と発見。やっぱり寝ていた。

 ニーナは部屋に設置してある中型のベッドで、規則正しい寝息をたてている。


 着替えたのか薄緑色の寝巻に変わっていた。あの精霊たちは見当たらない。


 それにしても。

 ニーナって寝る時まで帽子を被ってるのね。いま被っているのは、さっきまで被っていたのとは違うものだけど。


 昼間や再開した時のがキャスケット帽だとすると。いまはナイトキャップと呼ばれている帽子を髪を全部収める様に深く被っている。

 髪の痛み対策にもいいからね、この帽子。見た目がドアノブカバーみたいな可愛い系の帽子だけど似合ってる。


 ほんとニーナは帽子がよく似合う。

 だけど帽子を取った時のニーナも見てみたい気もする。

 取ると印象がガラッと変わる気がするし。


 いけない欲求が湧き上がってくる……。

 その名も好奇心。


 そーっと。そ〜っと。そぉ〜っと。

 俺は帽子に手を伸ばす。




 ──って。ダメダメっ。

 

 危うく無防備に寝ているニーナに手をかける所だった。魔が差すとはこの事ですか。

 好奇心は猫をも殺すんだから気をつけないとっ。


「シャルくん、シャルくん」


 ツンツンと左肩辺りを突いて呼びかけてくるアルル。ビクゥっと身体が跳ねる。

 俺の不適切な行動をお叱りになるのかと思い、身構えたがそうではなかったみたい。


「この部屋ベッドが一つしかないよ」

「あ〜。そういえば」


 この部屋は一人部屋だ。

 当然ながらベッドも一つ。

 ベッドは割と広いしニーナは小柄なので、アルル一人くらいなら余裕で寝られるだろうけど。


「アルルはニーナと一緒に寝れば良いんじゃないかな。ニーナだってそんな事で怒ったりしないと思うよ」


 俺はわざわざベッドを使わなくても寝られるからそれで良い。お風呂に入れた事で疲れは抜けたし、横にならなくてももう大丈夫。


 部屋の隅で体育座りは割と得意分野だ。

 前世では最強の体育座り王決定戦を同居人たちと繰り広げ三人中二位になれたくらいのツワモノが俺なのです。

 それにニーナかコレットちゃんがしてるんだろうけど、部屋の隅々まで綺麗に掃除されているし。今までの野宿と比べれば環境として天と地だ。



「……むぅぅぅ〜」


 しかしアルルは、ぷくっと頬を膨らましてむくれている。明らかに不服そう。

 もう、そんなにニーナと寝るのが嫌なの?

 友達なりたいって宣言してたのに。


「アルル。むくれてもベッドは一つだけしかないんだよ〜?」


 アルルの両頬を優しく掴んでクルクルと回し、膨れっ面を崩す。

 マシュマロみたいに柔らかいアルルの頬は触っていると癖になります。


「シャウくん! ちあうってあ!」


 おっと。ついつい遊び過ぎてしまった。

 そっとアルルの頬から手を離す。


「それで、違うってなにが?」

「寝るならシャルくんも一緒ってこと! シャルくんは床になんて寝ちゃダメ」


 両手を腰に当てて、プンプンと可愛く怒るアルル。明らかに憤慨中である。

 最近アルルは、所謂自己犠牲となるような行動を酷く嫌がるようになった。

 俺自身は自己犠牲だなんて思ってないんだけどね。家族であり妹であるアルルを尊重するのは当然じゃない。


「でもさ。三人で寝れないこともないけど、窮屈じゃない?」

「こうすればニーナちゃんは平気だよ♪」


 言うや否や。

 アルルは正面から抱擁し密着ロック。

 手を下ろしていた事もあって、全く身動きが取れない。今の俺とアルルとじゃ膂力の桁が違うから捕まった時点で脱出するのは不可能。

 

「んー確かにニーナは窮屈にならないけど」


 俺とアルルは窮屈どころではなくなっているではないですか。

 でもアルルはそんなの気にせず。

 引きずるようにベット際まで移動してそのまま二人して倒れる。

 ぽすっと静かな着地だった。


 ニーナは目を覚まさない。

 声のトーンを落としていたとはいえ結構騒がしくしていたというのにね。


「えへへ〜♡ シャルくん暖か〜い。すりすり〜〜っ」


 アルルの方は俺を押し倒してなお、拘束を解かず、覆いかぶさるようにして抱きついて、俺の左胸あたりに頭をのっけている。


「もしかしてさアルル。一晩中そうしてるつもり?」

「だって最近は見張りとかで一緒に寝られなかったんだもん〜」

「だもん〜て」


 野営は見張りを立てないと危険だから仕方ない。見張り立てないと魔物さんにパクッとされてしまう。


「分かった分かった。もうアルルの好きにして良いよ」

「わ〜い!」


 明日、俺がニーナに顔面殴られれば済むことだ。ニーナがそれくらいで許してくれる事を祈ろう。


「ん……うぅん」

「──ぇ」


 一件落着ムードになって気を抜いたと思えば、追加でハプニング発生。

 ニーナが寝返りを打って俺たちの側に体の方向を変えたと同時。俺の左腕を絡めるようにして抱きこんできた。なにこの図。


 壁 アルル俺 ニーナ


 俯瞰するとこんな感じ?

 もう包囲網が完璧に展開されている。

 逃げ場は既にない。


 左を向けば間近にニーナの無垢な寝顔。

 下を向けばそばにはアルルの純粋な笑顔。

 なにこの両手に花の状況。こんなのどこかのイケメン君に起きる現象でしょう。

 なんでこんな所で起きるのですか。

 それも片や家族で妹な女の子。

 片や、恩人の粗相は許されない女の子。

 変則すぎるよ。色恋の『い』の字もないね。



 気をぬくと、アルルやニーナからお風呂上がりの温もりとか規則正しい静かな息遣いが感じられて、ものすごく恥ずかしくなってきた……。


 うぅぅ、もう色々といけません。

 僕なんだか疲れちゃったよ。

 すごく眠いんです……。


「えへへ……おやすみ、シャルくん」


 天使は顔を近づけて俺の頬に軽く唇を触れさせてくる。ゴーンゴーンと脳内で教会の鐘が鳴り響く。

 そして瞼と意識がゆっくりと落ちていく。



 今日は一日が凄く長かった。

 明日は冒険者ギルドに、行ってそれから……ニーナにもお礼……を言わない、と。


 


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