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グウゼン+シンネン=


 それはまさしくニーナだった。

 数時間前に城門前で別れた幼くも凛々しいクールな少女。再び会えることを楽しみにしていた少女。

 そんな彼女がこんな夜更けの刻に、俺たちの前にいる。

 

「なんでニーナがここに?」


 考える間も無く自然に言葉が出た。

 手にしていたアラギ剣から手を離し、立ち上がる。このときアルルが倒れないように注意するのも忘れない。失敗からちゃんと学ぶシャルです。


 ニーナも話しやすい距離まで歩み寄ってくる。


 よく考えれば、何故ニーナを暴漢と間違えたんだろう。体格からして明らかに子供のものだったのに。

 暴漢=男だと思い込んでたから勘違いしちゃってたよ。危うく恩人に斬りかかるところだった……。



 って、それよりもいまはニーナです。

 まさか偶然通りかかった訳じゃあるまい。

 なにか確信を持って接近してきたみたいだし。



「なんでって。それはこっちの台詞なのだけれど」


 そのとき丁度、一陣の夜風が吹く。

 夏場なので生温い。飛ばされないよう帽子を抑えるニーナからは微かな石鹸の香りがした。

 もしかして風呂上がりなのだろうか。

 でもこんな時間に入浴? お風呂屋さんってこんな時間にもやってるものなのかな。



「それってどういう」

「…………」


 ニーナは相変わらず質問に答えてくれず、代わりに背中から杖を取り出して、何やら杖を掲げて念じ始めた。


「ニーナ? ──っぉお?」


 突如、俺の体内(・・)から光の玉が飛び出す。なにこれ?

 それは淡い光の球状で、何かに例えるとすればお化け屋敷の人魂に似ている。


 不意打ちで飛び出したから凄い驚いた。

 ビックリ手品をするなら事前に言って欲しかった。そしたらビックリしない自信があるよ。



「これって、森でニーナにクルクルまとわりついてたやつだよね」

「ふーん。やっぱり見えているのね」

「どうして僕から?」


 さっきから質問通しな気がするけど、仕方ない。

 わからない事が多すぎるのだ。


 ニーナは神妙な表情で腕を組んでいる。

 多分だけど、どう話そうか考えを巡らせているんだと思う。失礼だけれども話すのが苦手そうだからね、ニーナは。同類の匂いはなんとなく分かるよ。



「……んぅ? ニーナ、ちゃん? わぁ〜いっ♪ また会えたぁ〜。えへへぇ〜…………」


 タイミングが良いか悪くかは分からないが、アルルが目を覚ました。アルルはニーナを視界に捉えると寝ぼけ眼でゆらゆらと立ち上がって……。


 こてん。


「ちょっとアルル?」


 覚醒のち直ぐ二度寝モード。それもわざわざ俺の背中に(もた)れる形で。

 穏やかな寝息が首筋にかかりこそばゆい。


 同じくして。

 ニーナが組んでいた腕を腰にあてがい、鷹のように鋭い視線で射抜いてきた。

 どうやら考えがまとまったみたいだ。

 彼女は『先にとりあえずこれだけは言っておくわ』と前置きして口を開いた。



「お節介を承知で言わせてもらうけれど、こんな場所で夜を明かすなんて、貴女達は正気じゃないわ」


 これは手厳しい一言。

 自覚があるぶん救いようがないけど。


「ん、僕も同感。ただなんというか。僕のミスで路銀を失くしちゃってね? 今日泊まる場所も、あてにしてた所もダメだったから仕方なく、この場所にね?」


 ニーナに対して理由を話す。

 そして情けない自分に言い聞かせるよう、滔滔(とうとう)と答えた。


「……そう、そういうこと。はぁ、この子はもしもの備えで付けた筈なんだけど。まさかこんな風に役立つとは思わなかったわ」


 ニーナは憮然として嘆息。

 右手の上を浮遊している光球を一瞥した。


「備え? この光の玉が?」

「ええ、この子が見えているなら話が早いわね」


 順を追って話すと……

 こちらの光の玉は『精霊』という存在で、城門で俺たちと別れる前、危険から俺たちを守る備えとして、ニーナが付けてくれたらしい。

 このとき『精霊』という超弩級のファンタジー要素に俺が比類なく感激した、というお話は今は置いておくとして。


 実はこの精霊さん。

 ニーナとはリンクしていて、ある程度だが位置の把握が出来るみたいなのだ。

 そんな精霊の位置情報を、先程ふと気になり探ってみれば……──なんと! もう自宅に帰っただろうと思っていた俺たちが、こんな時間になってもまだ広場の座標から動いてないではないかっ。


 怪訝に感じて急いで来てみると、広場の壁龕(へきがん)(うずくま)って寝ている俺とアルルを見つけた。

 そして、そんな姿に呆れるとともに安堵した。


 ──という事らしい。



「安堵してくれたんだね」

「……当たり前でしょ。わざわざ助けた人が襲われたり人攫いになんて遭ったら寝覚めが悪いもの。それに私は貴女達がこの街の住民だと勝手に勘違いしちゃってたし……」


 ぷいっと気まずそうに顔を逸らすニーナ。

 なんだか可愛らしい仕草だった。


「ふぅん、でも気になる事がまだあるんだけど、いいかな?」


 彼女の仕草に和みつつ最後の質問。

 最も重要で全てを繋げる背骨部分についての追求。

 顔を逸らしていたニーナは。

 視線だけを俺の方へ向けて先を促す。


「なんでニーナは見ず知らず……いや、会って間もない、かな? そんな存在である僕たちに対して、こんなにも親切なの?」


 そこが気になる。失礼な話だがこうも親切が過ぎると逆に訝しんでしまう。


 この世界。俺たちの周りにいた人達がお人好しもお人好しで、善性の方達ばかりだから勘違いしそうになるけど、大多数の人間は基本的にメリットがない限り人助けはしない。護衛や街外の道案内など、自分に危険が伴うことなら尚更。


 捻くれ者の性なのかな。

 身内や家族以外のこういった厚意を素直に信じられない。これも直さないといけないかなぁ……。


 うぅん、難しいかも。

 完全に身に染み付いちゃってますし。



「そう、ね。貴女達を助けたのは正真正銘成り行きよ。それ以上でも以下でもないわ」


 まっすぐに目を見つめる。

 瞳に宿るは、偽る事のない純粋な心。


「ただ、その後は違うわね……」

「後っていうと、助けたあと?」


 神妙にコクリと頷くニーナ。


「助けたのは成り行き。でも精霊を付けたり、ここに様子を見に来たのは──うん、私の個人的信念に従った結果よ」

「……信念」


 再度、首肯。


「中途半端はしない──これが私の信念なのよ。元をたどれば私の師匠の教えなのだけれど」

「──!」

「でも駄目ね。こうして自分の勝手な思い込みと甘い考えが原因で、貴女達にこんな危険を齎したのだから、信念も何もあったもんじゃないわ……」


 ニーナは最後に自分の甘さを自嘲し。

 苦々しい表情でこの話題を締め括った。


 ふむ。なるほど。

 ようやく理解できた。


 ニーナは偶然とはいえ俺たちに手を差し伸べてしまった。だから俺たちの安全が確証できるまでは自分が責任を持って面倒を見ようとしたわけね。


 うーん、これはなんというか。聖女さま?


「ん。ならニーナがそんな顔をする必要は全くないよ。だって僕たちはこの街まで案内してもらえただけで充分すぎるほど感謝してるんだもん。

 それに、ニーナが悪いことなんて一つもないでしょ。僕たちは恩を感じこそすれ恨むなんてありえない。だからニーナはそんな顔しないでよ……。ね?」


「…………」


 それでもまだ不服そうなニーナ。

 まだ気持ちに折り合いがつかないっぽい。

 そんな頑なな信念を貫くニーナに対して、今や俺は尊敬の感情を覚えている。


 なにせ俺は前世での殆どが中途半端だったですし。そんな俺が前世で最後まで実行出来なかった事を、この子は既に実践している。

 これは尊敬しない方がおかしい。


 その信念を貫く聖女さまにときめいてしまいました。そんな心境。ホントすごい。



「ニーナはすっごく素敵な女の子だね」

「──ッッ!? な、ななによいきなりッ!!」

「ん、ごめんね。つい衝動的に本音が」

「ふんっ、ふざけるのは止めて。なんなのよ貴女」

「いやいや、ふざけてないよ。正真正銘の本音だよ」

「…………ふんっ」


 ニーナは顔だけでなく体を反転させて、不機嫌オーラを醸し出そうとしているのだが、顔や耳が仄かに赤らんでるせいで逆に可愛らしさが優ってしまっている。

 そんなニーナは、失礼ながらとっても微笑ましかったです。




 ◼︎◼︎◼︎




 広場から数分歩いた近場に立つ建物。

 木造で三階建ての優麗(ゆうれい)な佇まい。

 そこには『蓮華亭(れんげてい)』という看板が取り付けられている。


 つまるところ──ここは宿である。


 あの偶然のような必然の再開あと。

 ニーナは俺たちを無理矢理に案内してきた。特に行く場所もない俺とアルルは、そんなニーナに素直に着いて行ったというわけだ。



「ここよ、入って」


 おずおずとニーナに続いて宿の敷居を跨ぐ。こっちは無一文の素寒貧。

 罵倒されても文句は言えない。


「あっ! おかえり〜ニーナっち!」


 宿屋こと蓮華亭に足を踏み入れると。

 快活そうな元気溢れる声がかかった。

 声のした方からは、中学生くらいの年齢をした女の子がエプロンを翻して駆けてくる。


「お風呂出たと思ったら、いきなり飛び出していくんだもん。驚いたよ〜って。後ろの子はだれ?」

「ん。……ちょっと、ね」

「ふ〜ん。また人助け? ニーナっちは聖人さまもビックリなほど良い子だねぇ。──ん、おやおや? でも今日の子は、へ〜、ほほぅ。なるほど、あのニーナっちがねぇ」


 意味深な含み笑いを浮かべてニーナを見やる少女。手を口元に当てて笑う姿は、なんだか演技じみている。


「なんなのよコレット、その反応は。…………そんな事よりちょっと良いかしら?」


 コレットと呼ばれたエプロン少女に鋭い視線を投げるニーナだったが。

 すぐさま意識を切り替えて。

 なにやらヒソヒソと相談を始めた。



「アルルー。僕たちホントにこんな所に居て大丈夫かな。いきなり殴られたりしないかな? 我が領域に素寒貧で訪れるとは何事ーっ! みたいな」


 左の傍らにいるアルルに零す。


「ニーナちゃんもいるから平気だよぉ。それに、もしシャルくんに襲いかかってくる人がいたら私が本気でやっつけてあげる♪」


 寝るにしては短すぎる睡眠から、完全に覚醒しているアルル。いまは平常運転より少しハイなテンションで運運中である。


 その証拠にかなり血気盛ん。いや物騒。

 目がキラキラしてる。母様と戦ってる時みたいに。魔物の軍勢に投げ込めば、瞬時に血の霧が発生しそうなほどよ。

 

「あはは。頼もしいけど止めてね? 相手が怪我じゃ済まなくなるから」


 一旦落ち着いて辺りを見回す。

 白に近い薄い青が基調の内装。

 暖かみのある魔法照明に、高い天井。

 入口正面にはバーカウンターみたいな机。

 所々に花が飾られていて、彩りも豊か。

 部屋の端には上階にあがるための階段。

 ちょうど逆方向には地下への階段もある。


 この階は食堂と酒場を兼ねている場所らしく、こんな時間でも談笑しながら食事をしている女性の姿も見受けられた。


 全体的な内装もそうだけど。

 行き届いた清掃もあってかなり清雅(せいが)で気品ある宿屋だと感じた。

 宿場町にあった宿と比べたらその差は歴然だ。


 うーん。これは絶対お高いなぁ。

 果てしない場違い感に襲われますねー。


 しばらくすると、少し離れた位置で相談をしていたニーナが、クールな面持ちで近づいてきた。


「はいこれ、部屋の鍵」

「部屋の鍵って、僕たち部屋とれるほどのお金を持ってないよ?」

「問題ないわ。私の部屋の予備だし」

「それってつまり。ニーナの部屋にお邪魔させてもらうってこと? 良いの?」

「そんなの今更でしょ。貴女達に外で寝られるよりマシよ。じゃあ私は先に部屋に戻るから」


 ニーナが鍵をポイッと放る。

 それをキッチリとキャッチ。


 改めてニーナを見やると、すでに階段に足を向けていた。その後ろから例の光玉……精霊さんもフヨフヨ追随している。


「ふふ〜、あんな態度とってるけどねー、気恥ずかしいのを誤魔化してるだけなんだよー?」

「──ひゃっ!?」


 不意に耳元から声。

 たまらず情けない声が出た。恥ずかしい……。


「はい、ど〜も御客人さん。『蓮華亭』にようこそおいで下さいました〜」


 すぐ側には笑顔を浮かべた少女の姿。

 ニーナと話していた女の子だ。

『一体いつ接近したのさ』と言いたくなるほど見事な忍び足だった。


「んと。ありがとう、ございます?」

「ぷっ……! あはは! なんで貴女がお礼を言うのさ。面白い子だなぁ」


 いやいや、だってお金持ってないし。

 見方を変えればお客様じゃないもの。

 客人扱いされるだけでも感謝だよ?


「おっと! まだ挨拶してなかったね。私はこの宿屋で働いているコレット・ロチェスだよ。よろしくね」


 コレットちゃんは大きく一歩後ろに下がって。優雅にカーテシーをして挨拶をする。


「はい。僕はシャルラハートと申します」

「あたしはアルリエルです!」

「ふむふむ。シャルっちに、アルっちだね〜! うん、二人ともよろしくっ!」


 続くように俺とアルルも挨拶をすると。

 彼女は人懐っこい笑顔で歓待してくれる。

 活発な印象の茶髪をポニーテールにしているコレットちゃんと、その笑顔はすごくマッチしていて明るさが三割り増しです。


 いきなり愛称呼びとは、なんともコミュニケーション能力が高くて羨ましい。

 でも愛称つけられても嫌にならない魅力も持ち合わせているところ、対人能力は上限を突破してるのかもしれない。



「それにしても。あの人見知りが激しいニーナっちが、お友達を連れてくるなんてねぇ〜。私は驚きを隠しきれないよ」

「僕たちはまだ友達って訳じゃ。ただニーナが好意で助けてくれたってだけで。そうなれたらなーとは思ってますけど」

「そう? あの子ってよく人助けするけど、そういう人達にあんな態度は取らないし、案外もう友達認定されてるんじゃないかな?」


 サラッとそんな事を仰るコレットちゃん。

 サバサバとした愉快な人だ。


「そうだったら……嬉しいです」

「うん、あたしも嬉しい〜♪」


 アルルも話に乗っかりニコッと笑う。

 俺もつられて自然に笑う(・・)



「──ッ! あぁん♡ もう、なにこの可愛い生き物たち!!」


 コレットちゃんがいきなり飛びついて全力抱擁をしてきた。だが。俺たちは特に抵抗をせずされるがままでいる。もう慣れてきたからね、こういうことには。その原因の大半はアルルと母様だけども。



「全くニーナっちはとんでもない子達を拾ってきたもんだぜ……おや? 君たち埃まみれじゃないの」

「ぷはぁっ。色々あって街の外で迷子になっていたので。すいません、服を汚してしまいましたか?」

「あぁ、別に気にしなくて良いよそんなこと。抱きついたのは私の方だし、汚れてもいないからね〜」


 コレットちゃんの抱擁から這々の体で抜け出し、事情の説明をする。と。


「なら。宿の地下にお風呂があるから入るといいよ。うちはお風呂が広いことが自慢でもあるんだから!」


 自信満々に胸を張って宿自慢をする。


 ──お風呂!!

 なんて、なんて素敵な提案なのでしょうっ。

 お風呂、素晴らしいですお風呂っ!

 お風呂大好きですお風呂っ!!

 心の洗濯とはよく言ったものだよお風呂!!

 だってこの街に来るまでなかったしー!

 当然だよね! あったら嬉しいけど怖いよ!

 だから偶にしか発動しない魔法で、必死にお湯を出して体を拭くか、川や泉などで禊を行うくらいしか出来なかったのですからっ!


 正直いうと俺もアルルもその点では不平が溜まっていたのですよ。我が一家はこの世界では珍しいくらいに、綺麗好きが集まってるみたいでしてね。

 自然と日々の衛生面は徹底してたほどなんです。


 だからでしょうか、コレットちゃんのお言葉はとっても魅力的だった。お風呂入りたいです。



「実はニーナっちからも一部始終を聞いたんだよ。大変だったね──この宿は一般的な所に比べると、ちょ〜っと特殊な宿だから、気にせずゆっくりすると良いよ」


 既に俺たちが一文無しの素寒貧である事は伝わっていたようだ。それでも歓迎してくれるコレットちゃんはまさに聖母の様な慈愛に満ち満ちていた。


 聖母さまと聖女さまの住む宿とか最強です?



 ……ただ、まぁ。こういう事ってコレットちゃんが勝手に決めていい事なのかな? とか頭をよぎったものの藪蛇は勘弁なのでスルーを決め込む。

 前言撤回されても困るので。


 俺は毎度おなじみのアイコンタクトをアルルと取り。



「じゃあ、一日だけお世話になります」

「コレットちゃん、ありがとうなの〜」



 二人シンクロでお礼をして、蓮華亭に宿泊する事を決めた。 






2015/10/15-誤字修正

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