ワカレ+サイカイ=
目的地である候都には紆余曲折あったものの、無事に到着することが出来た。
となれば、次の段階にシフト。
本来の目的でもある、将来の夢への第一歩。
『冒険者になること』
これに全力を尽くしていきたい。
ニーナとのお別れで気づくのが遅れたが、いまこの門の辺りを通りすがっている人達。
その半数ほどが武器などを所持して武装していて、容貌も無骨な感じの人が多い。
多分この人達って冒険者なんだろう。
もう日が暮れたというのにアクティブな人達です。
まあ、冒険者資格を持たない傭兵や、都市付きの兵士さんの可能性もなきにしも非ずだけど、そんな些事は気にしない。
「よしアルル。もう暗くなっちゃったし、取り敢えず今日は宿をとって休もうか」
冒険者を目指すにしても、ジョルジさんの隊商を探すにしても、今からでは効率が悪いだろう。
幸い時間はたっぷりあるので、焦らず一つ一つクリアしていけば良いのだ。
ということで早く宿にいこう。
流石に無力な子供のいまは疲れが大きい。
久々に夜番なしでちゃんと寝たいです。
「……シャルくん」
「ん、なに?」
俺の浮かれ気分を両断するような声音。
ぐいっと顔を近づけて真剣な面持ちで迫ってくるアルルさん。そんなアルルの剣幕に息を呑む。
「シャルくん」
「う、うん」
「シャルくん……あたし達」
「うん」
知らず知らずのうち全身が緊張感で包まれる。
手に汗握る状況になる。なんですこれ。
そして、アルルが告げた。
「お金ないよ?」
「……──ッ!!」
頭を鈍器で殴られるが如き衝撃が突き抜け、一瞬真っ白になる。
あ、あぁ〜〜!!
そうだったッ、俺たち一文無しだったー!
お金なんてどっかの川底ですっ。
うわぁああ……なんてこと……。
もしも、だ。
こんな身のまま宿に行ってみたとしよう? 十中八九で追い出されますよね?
スラムの子供や物乞いに見られて蹴り出されたり、ひやかしだと思われたりして追い出されますよね?
お金があれば違うんだろうけど……。
子供だからって負けてくれる程この世は甘くない。下手をすれば、追い出される以上の面倒ごとに巻き込まれる可能性もある。
という事はつまり?
わざわざ候都まで来たのに野宿。
「そんな馬鹿なぁっ」
こんな展開があっていいのですか〜。
神よッ、やっぱり僕はアナタをゆるさないぃ!
無駄に入っていた身体の力がスッと抜ける。
フラついた俺をアルルが支えてくれたから、倒れるまでには至らないが、心を支える柱はポキッと折れてしまっている。
「完全に忘れてた。野宿かぁ、流石に勘弁して欲しかった……」
暗澹たる気持ちでつぶやく。
気分は完全に青一色。
「ううんシャルくん。思い出して? お義母さんが言ってたこと」
すぐ近くで発せられた言葉に、俯いていた顔をあげると、余裕が感じられる天使な微笑を浮かべているアルルさまがいた。
「……ん?」
母様が言ってた事?
………………あっ。
『向こうに着いたらこの手紙に書かれている人の所に行ってみなさい』
「そっか、あの手紙に書かれてた母様のお友達の所に行けばなんとかなるかも……って、その手紙も無いよね?!」
ぺちっとおでこに手をあてる。
自身にローテンションのノリツッコミを叩き込む。
はぁ。まったくこれっぽっちも面白くないです。
今の俺を笑わせられたら大したものですね……。
ある種の賢者タイムに至って、無の極致に届きそうな表情で棒立ちになる。
アルルは逆にニッコニッコと笑っている。
「えへへ〜、シャ〜ルくん♪」
「…………んぅ?」
棒立ちで真っ白な灰になっている俺に、パチっとウィンク。
常人がすればあざといだけのウィンク。
でもアルルがすると純粋に可愛らしく映る。
不思議だね、これが女子力か。
……いや、女子力が高いガチムチなオネエさんが、同じようにウィンクしてもこうはならないだろう。
訂正、女子力関係ないです。
想像したら別の意味でドキっとしました。
「ん、何か案でもあるの? アルル?」
「えっへん。ここはあたしにお任せだよ〜」
ぺったんこのお胸をこれでもかと反らしてドヤ顔を作るアルル。年相応で大変よろしい。
そんな自信満々のアルルを見ていたら、なんとかなりそうな気がしてくるから可笑しなものだ。
ここはアルルの案に乗ってみるかな?
◼︎◼︎◼︎
「ここがプルトーネさんの家?」
「うんっ。なんか不気味だけど此処だよ〜」
母様の友人こと『プルトーネ』さん。
そのプルトーネさんのお住まいの目の前にやってきた俺とアルル。
実際、なんとかなっちゃいました。
失った手紙に書いてあった住所をどうやって探し出したのか。その解を一言でいうなれば。
『アルル・クオリティ』これに尽きる。
失う前に見た手紙の住所を、なんとアルルが完璧に覚えているという事実を聞かされ、その後は簡単な聞き込みをするだけで、すぐにこの家までたどり着けた。
闇雲に聞き込みを続ける必要もなく、単純に住所を調べるだけだったからホント楽々だった。
まさにアルル様様だ。
全体的に薄汚れ、蔦が各所を這っている石造りの建物。扉が幾つもある所を見ると、ここは前世でいうアパートに近い家なのだろう。
正直に言えば、人が本当に住んでるのかすら疑われる幽霊屋敷(アパート.ver)です。
日が沈み夜の帳が下りている今現在、その怪しさも増し増しである。
だが今はもうこれに縋る以外に道はないのだ。うだうだ言えるハズもない。
一歩一歩と家に近づいていく。
門前の階段を注意深く踏みしめ登って、ドアノッカーをコンコン、コンコンと鳴らして家人を呼ぶ。
「「………………」」
返ってくるのは五月蝿いくらいの静寂。
「もう一回」
コンコン、コンコン。
眠っている可能性も考えて、再度ノック。
「「………………………………」」
流石にここまで反応が無ければわかります。
これはまさかの不在? ……居留守?
「もしくは熟睡してて気づかないとか? アルルどうしよう。もういっそドアを盛大に破壊してみる?」
「お〜、シャルくんの目が本気だよ〜」
「今ならドアの一個や二個はいけそうな気分だよ僕」
「えへへ〜! あたしもお屋敷の一軒や二軒はいけるよ〜」
なんてことを言ってみたものの。
当然そんな事をするはずもなく立ち尽くすのみ。
虚弱な俺ではそもそも不可能です。
アルルも同じく物騒な事を言っていた気がするけど、ジョークだよね?
「むぅ、仕方ないからあと一回叩いて出てこなかったら、大人しく野宿にするよ……」
ここまで来て諦めるのは躊躇われたが、どうしようもない。最後の一回と改めて輪に手を伸ばした。
と、その時、タイミングが重なるようにして屋敷の扉が軋みをあげて開かれた。
「あぁ、悪りぃ悪りぃ。少し手が離せなくてな。んで、何の用だ?」
弁解と共にドアを開けて出てきたのは、禿頭で左頬に大きな傷が走っている大柄の男性だった。
教えられていた情報との齟齬に、まず困惑を覚えたが取り敢えず聞いてみる。
「夜分に失礼します。少しお伺いしたい事がありまして。えっと、貴方がプルトーネさんでしょうか?」
「へ? いや違うが」
即答の否定。
傷の男性は厳つい顔に疑問を浮かべて腕を組み、俺たち二人を高みから見下ろしている。
まぁ、そうでしょう。
プルトーネさんは女の人らしいし。
じゃあ住所が間違ってたのかな。アルルが記憶違いをするハズないと思うんだけど。
アルルと顔を見合わせてどうするべきか、目での対話を行う。
「あ、そりゃあ前の住人の事じゃないか? 名前が特徴的だったから覚えてるぞ」
嗄れたドスの効いた低音で、聞き捨てならない台詞を吐く大男さん。
「ん、前のですか」
「ああ、確か一月くらい前だな。そんな名前の女が住んでたと思うぜ。娘なのか知らんがガキもいたけどな」
「ではそのプルトーネさんが、いま何処に行ったか聞いていたりしますか?」
良い言葉が返ってくるよう心から祈りつつ、大男さんに質問をよこす。アルルもこの展開は読めなかったみたいで、真剣味を帯びた表情をしている。
……して。その返答は。
「いや、知らねぇな。ただこの街にはいないんじゃねぇか?」
◼︎◼︎◼︎
陽が沈みきり暫くすると人の気配は薄れていく。
青白い月と黄色い月が己の存在感を主張し合うように、煌々と月光を浴びせてくる。
街路にはポツポツと設置型の篝火に、火系統の魔法具が少し。
地球に比べて光源が僅少なこの世界の夜は暗い。
そのため、夜が耽ると人々はそうそうに夢の中へと旅立ってしまう。今の時刻が、前世で宵の口といっても過言ではない時刻であってもだ。
九時過ぎでこの静けさか。
やっぱりこういう所は何処の街も同じなんだね。
大都市だから夜も活気があると思ったけど、そうでもないみたい。
歓楽街にでも行けばまた違うのかな? あんな場所子供には縁もないし行きたくもないけどね……。
手頃な広場の隅、大きめの壁龕となっている場所に肩を並べている俺たち。
これでも立派に野営しているのです。
そう、ニッチでリッチな野営地なのですよ……。
はぁ……。
「なんとくだらない」
「……すぅ、すぅ」
アルルの側頭部が俺の左肩に、その頭に俺の側頭を軽く添えて寄り合い支え合う。
そして互いに無言で瞼を閉じている。
プルトーネさんの件が空振りに終わり、当てもなく彷徨い歩いた果ての、この場所。
アルルの方は、この壁龕についたと同時、糸が切れたように眠ってしまった。
かなり疲れが溜まっていたんだろう。
無論、睡眠をとっているのはアルルだけ。
この場で俺まで寝る訳にはいかない。
天使の寝顔を浮かべた無防備なアルルを、夜が明けるまでひたすら守り続けるのが俺の役目なのです。
アルルには今日に限らず、昨日も意識を失ってた時も頼りっぱなしだからね。
よく考えれば、アルルはまだ七歳になったばかりなのだ。それなのに俺が頼りないせいで負担をかけ続けている。
実際、俺が頭を働かせて適切な行動をとっていれば、野宿になんてならなかったし、もっと安全に候都まで来れただろうから……。
こういう時にでも俺が役に立たないと、お兄ちゃんとしての面目丸つぶれだ。
「んっ、張り切って警戒警戒っ」
閉じていた目を開ける。
アルルを起こさない程度の声で気合を入れて、辺りの警戒を続ける。
円形の造りをしている小規模の広場。
広場は全部で四つの通りに伸びている。
中央には段のついた噴水の様なものがあるが、この時間は魔法具が止まっているみたいで、水は出ていない。
そんな広場を監視してきて分かった。
人は稀に通るが、基本的には気づかずに通り過ぎて行く。それに、こっちに気づいても見て見ぬふりして立ち去る。わざわざ襲おうなどと考える人には、今のところ出会っていない。
俺の勝手なイメージでは、こういう大きな街の夜は暴漢が大手を振って闊歩してるものだと思ってたよ。でも案外安全みたい。
コツ、コツ
またしても新たな通行人が広場に近づいてくる。
静寂の広間に硬く響く足音。聞き逃すはずもない。
意識を切り替え、今できる最大限の知覚能力を総動員して警戒を強める。
コツ、コツ、コツコツコツ
足音が通り過ぎて行くのを待ち続ける。
だが、足音の主は不思議な事にこちらへ、俺たちの方へ真っ直ぐに向かって来た。
ん、遂にきたのかな……?
何処ぞの変態さんか知らないけど、アルルに手を出そうものなら、全霊をもって撃滅させてもらう。
変態さんは薄暗い広場を一直線で突っ切って歩き進む。顔はまだハッキリとは見えないけど、かなり小柄な体格をしているのはわかる。
変態さんとの距離が十メートルをきった。
しかし顔は伺えない。ご丁寧にもローブを着込み、フードを深くかぶっている。
むぅ。仕方がない。
俺は変態さんが襲おうと手を伸ばす前に、逆に奇襲して迎撃することにする。
気づかれないよう、そっと腰に着用されたアラギ剣を握って、そのまま熟睡を装って相手が適正距離まで近づいてくるのを虎視眈眈と待つ。
「はぁ……まさかこんな事になってたなんて。まったく予想してなかったわ」
近づいてきた相手のアクションは予想外のものだった。声が女性だったのであるっ。
……いや、そうではなく。
「──っ」
俺が反射的に顔を上げると、ちょうど目の前の人物がフードを外した。
「あら、起きてたのね」
「ニーナ?」