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欣喜雀躍のアライバル


 対面している彼女と見つめ合う。


 俺はすぐさま認識を改めました。

 後ろ姿を見た時は、“神秘的な雰囲気の儚げな女の子”といった第一印象を持ったけれど。

 向かい合って分かった凛然とした面持ち。

 意志の強さが垣間見える強い瞳。

 いまはその瞳に懐疑を宿し、眉を顰め、口を『へ』の字にした怜悧な表情。


 年齢は俺やアルルと同じくらいに幼いのだが、その立ち居振る舞いは落ち着きがあって余裕も見える。

 そのおかげか若干大人びて見える。


 なんかちょっと近寄りがたい冷たい雰囲気の女の子? そう認識し直しました。

 んー、下手に怒らせると怖そうだね。


 

「「…………」」



 彼女とジ〜っと向かい合うこと暫し。

 張り詰めた謎の緊張感がこの場を包み込む。

 十秒以上、お互いに無言の見つめ合いが続く。


 これ、どうすれば良いんだろう?

 そもそも、あの女の子は何者です?

 現状を見れば、あの置き捨てられている魔物を倒したのは、あの子ってことになるんだけど……。

 あ、よく見てみればこれってラックラパンじゃない? ホント多いんだね、この森。

 


「……何でこんな所に子供がいるのかしら?」


 そんな事を考えていると、少女がアクションを起こした。柔らかさとは間逆の声音と物腰で、彼女の体躯に比べて大き過ぎる帽子に触れながら、質問の返しを待っている。


 これ気が弱い子なら泣いちゃうと思うんだけど。

 まぁ、俺は泣きませんよ。少し驚いただけです。



「んー、迷子、かな?」


 こうなるまでの経緯は少し特殊過ぎるけど、道が分らないのは本当だし、迷子なのは間違っていない。



「ふーん。迷子ね。……何をどうすればこんな場所で迷子になるのか疑問なのだけれど。まぁ、いいわ」


 一瞬怪訝そうな視線を投げてきたが、しばらく黙考を行ったあと、自己完結した模様。


「ついてきて。街まで送るわ」

「へ、なんで?」


 有無を言わせずそう宣言すると、少女は踵を返して歩き出してしまった。

 唖然としているうちに、少女は魔物の残骸が散らばるこの場をグングン進んで行っていく。


 お、おぉー……。

 あの子、見かけによらず結構強引だ。

 いや、むしろ見かけ通りなのかな?

 何かよくわからないけど、とりあえず。



「アルル。送ってくれるらしいし追おう?」


 口ぶりからすれば、ここの地理を理解してて街の場所も分かってるみたいだし、付いて行っても問題ないだろうと決断を下す。

 候都を目指すにしても、あの子に案内された街で道を聞いた方が近道になると思うし。

 あの子の瞳から悪意は感じなかったし、そっち系のトラブルも心配しなくて良さそうだ。


 俺は少女が話しかけて来た時から左腕にくっついて、じぃ〜っと静観していたアルルを促す。


「うん、わかった〜。じゃあシャルくんは私が……抱っこ?」

「それはもう良いからっ」


 巧みなタメを用いり、小首を絶妙な位置に傾けて提案する、という無駄な小技を使うアルル。

 そんな技を使われても一蹴するんですけどねー。

 アルルの抱っこは当分遠慮したいでーす。

 若干トラウマになりかけてるんだから。 


「えぇ〜! むぅう〜〜」


 と、いけない、いけない。

 いまはコントをしてる場合じゃなかった。


「はいはい、さっさと行くよアルルー。あの子は怒らせると怖そうだから気をつけてね」


 リスのように頬をぷくぅっと膨らませて、拗ねた演技をしているアルルを伴って、急ぎあの子を後を追う。

 姿は既に見えないが走れば追いつけるだろう。




 ◼︎◼︎◼︎




「君があそこにいた魔物を倒したんだよね? 音がして来てみたら山になっててビックリしたよ」


 帽子少女に追いついて、近場の街へ案内してもらっている道中、気まずさから俺は語りかけてみた。

 話題らしい話題が思いつかなかったので、先ほどの事を振ってみたのだが。

 少々、脈絡がなさ過ぎたかもしれない……。


 こういう時、コミュニケーション能力の低さが恨めしい。アルルと始めて会った時みたく、道化を演じるのも悪くはないかとも思ったが、嫌な予感がしたから止めておいた。スベりのトラウマは根深いのだ。


 まぁ、今はさっきの張り詰めたような緊張感が無いおかげで話しかけやすく、少しだけ安心しているけどね。



「あのー」

「…………」

「んー」

「………………」


 言葉のキャッチボール失敗?

 ん、これは言葉の遠投って感じですかね。


 彼女は口を開くどころか、俺たちを一瞥もすることなく、黙々と歩き続ける。

 恣意的に無視している感じとは少し違う気がするが、返事がないのは気まずい。


 頼みの綱。存在が癒しでありムードメーカーであるアルル様は、先ほどから彼女をジーっと見つめているだけなので期待は出来そうにない。


 んー、アルルさんって人見知りでしたっけ?



「そういえば、あの時に君の周りを飛んでた光の塊が見当たらないね。あれ君の魔法とかなのかな。凄く綺麗で見惚れちゃったよー」

「…………!」

 

 気まずさから、個人情報の詮索も気にせず、ヤケクソ気味で話しかけた。

 なのだが、まさかの反応あり。

 ピクッと僅かな反応だけだったけども。


 彼女はいままで規則正しく動かしていた足を止める。首だけを俺たちの方にちょっとだけ動かす。

 


「……ニーナ」

「え?」

「名前。『君』じゃなくて『ニーナ』よ」

「あ、そういうこと。うん、分かったよニーナ。僕はシャルだよ。で、この子が」


 変わらず左腕に寄生中(?)のアルルが、じぃ〜と見つめるのを止めて。


「あたしはアルルだよ〜。ニーナちゃん、よろしくね〜! えへへ♪」


 普段通りの柔和な笑顔を浮かべて自己紹介をする。不思議な事にアルルが会話に混ざるだけで空気がすごく軽くなった気がする。


「……ええ。よろしく」


 それだけ言うと、また前を向いて歩き出してしまう。もしかして口下手さん?



 結局、会話らしい会話は出来なかったけど、空気は柔らかくなり、さっきより断然気を楽にして歩けるようになったので、良いだろうと考え直した。



「街が見えたわ」


 一刻ほどだろうか。

 それくらいの時間を黙々と歩き続けた。緑色が支配する森林地帯とは、やっとお別れを済ませることができ、今は壮大な丘陵地帯に変わっている。


「え、本当?」


 先導して歩いていたニーナが振り返らずもそう言ったので、急ぎ俺たちはニーナが立っている横まで駆け寄り、その先に目を凝らす。



 雄大に広がる草原の先には、連なって聳え立つ白亜の巨壁。遠目でも分かるほど巨大な城門。果てが見えない規模で広がる街々。

 そして、一番目立つ所に立っているのはお城。



「あれって……」


 どう見てもただの『街』じゃない。

 あれは所謂、『城郭都市』ってやつじゃない? それもかなり大規模な。

 ウィーティスと比べるのがおこがましいほど、規模に差があると思う。いや、ウィーティスだけじゃなく男爵首都と比べても、かな?

 知らずに王都とか言われたら納得しそうです。



「わぁ〜、綺麗〜〜っ!」


 俺に付いてきていたアルルは、純粋に街の景観を見て感嘆しているみたい。



「ねぇ、あの街の名前って」

「ファナールよ。知らなかったの?」


 ニーナは抑揚のない冷淡な声で返事する。

 声に籠る感情は読み取れないけど質問の答えは返って来たので全然良し。


 それよりやっぱりね。

 あんな街がただの街なわけないよ。

 ファナールってきいて納得した。



 はぁ……そっかぁ。ファナールかぁ……。

 ファナール。ファナールか……。



「……っ?」


 ふと気が付けば、頬に雫が一筋伝っている。

 ん? あれ、道中のドタバタやらで疲れたせいかな。汗が……汗?



「い、いきなり何!?」

「どうしたの!? シャルくん!」


 アルルはおろかニーナまでも、目をパチクリさせて驚きを露わに慌て出す。

 え、あっ、いけない、いけない。

 急いで汗を拭う。



「あー、ごめんね? でもファナール、ファナールだよっ。マールス侯爵領の首都のファナールなんだよ!」


 なんか若干テンションがおかしくなっているのを自覚してるが、そう熱く語る。

 アルルにはこの思い伝わるかな?



「そ、それが何なのよ、もしかして気でも触れたのかしら貴女は……」

「──うん! ファナールだね! えへへ♪」


 おぉ、伝わった。良かった。

 対して右に位置取る帽子の少女は、イマイチ意味を掴み切れていないようで、頭上にハテナが浮かんでいる。

 ……ていうかニーナさん、ついでとばかりに毒を吐かないで下さい。


 それにしても驚いた。案内されるのが候都だとは思ってなかったし。

 候都には近づいてるとは推測してたけど。

 ニーナが案内してくれるのは、近くの村やら宿場町だと勝手に思い込んでたから尚更だ。



「やっと着いた。ホントひどく遠回りしたような気がする」



 言葉にしてみて改めて感慨深さが胸に広がる。


 日数的には、母様たちに見送られてから十日くらいしか経ってないハズなのに、出発したのがひどく昔のように感じられる。

 一度、気絶しちゃったせいかな?



「うんっ、そうだね。いっぱい色んなことがあったもん」

「ファナールでジョルジさん達を見つけられたら良いんだけど、この街の大きさは予想外だったかも。あはは……」


 視界いっぱいを占める、大都市の長大さを前に消極的な苦笑いが零れる。



「大丈夫だよ! あたし達ならやれるよ〜」

「ん、そうだよね。やってみなきゃ分らないよね。僕も頑張るよっ」

「うんっ! えへへ♪」


 アルルは俺の左肩に寄りかかる。

 お互い笑顔を浮かべ達成感を分かち合う。


 ──そう、この兄妹の絆は何者にも割くことは叶わないのですっ!



「こほん」

「「 あ 」」


 パキッという幻音がするかのように空気が戻る。

 右側からいかにもな咳込みと、冷ややかな視線がチクチク刺さってくる。

 ついアルルと話し込んでしまって、すっかりニーナのことを放置してたよ。

 案内してくれた恩人に失礼だったね。


「仲良くおしゃべりするなら後にしてくれるかしら? さ、急ぐわよ。もう日が落ちるわ」


 薄紫色に染まる夕空(夜空?)を睨みながら、ピシャリとニーナ。

 俺たち三人は、丘の一番上に位置取って俯瞰していたのだが、その丘を軽快なステップで下って、お先にとニーナはファナールに向かっていく。


「う、マジですか……んぅ」


 たどたどしい足取りで俺も丘をズザザーっと下り、ニーナを追う。アルルは下るというより一足飛びでピョンと落ちてきて、そのまま俺に並走した。




 ◼︎◼︎◼︎




「じゃあ、私は行くわ」


 丁度日が暮れると同時に、俺たちはファナールの巨門前に到着する事が出来た。

 まさか今日中にたどり着けるとは──とか思っていたらニーナが去ろうとする。



「もう行っちゃうの?」

「ええ、これからは迷子にならない様に気をつけなさい。両親が心配するわ。それじゃ」



 短い挨拶を残してスタスタと歩き去って行くニーナ。どこまでもクールだ。

 俺たちはそんなニーナの背を感謝と共に見送る。その姿はすぐに人混みに紛れて見えなくなった。


 まだちゃんとお礼言えてないんだけどなぁ。

 なんか我が道を行くって感じの子だ。

 でも見ず知らずである俺たちを、こうして送ってくれたのだし良い子なのは間違いない。


「むぅ……うん、うん」

「アルルどうしたの? なんか道中ずっと考え事してたみたいだけど」


 森でニーナにあった時から、アルルは何かずっと考え事をしていた。

 そこまで深刻な考えを巡らせてるようには見えなかったので、ここまで聞きはしなかったけど。


「うんっ、やっぱり似てるなぁ〜って」

「似てる? 誰が誰と?」

「ニーナちゃんと〜、ミーレス先生〜」


 左右の人差し指を順に立ててそう言う。


「んー、そう? 全然似てないと思うけど? 見た目も性格も全然違くない?」


 ミーレスさんはどっちかというと小動物ぽくて可愛い系。ニーナは見た目が幼くて小さいから可愛らしく見えるけど、どっちかっていえば、格好いいとか凛々しいクールビューティ系だと思う。


 性格だって似てないんじゃない?

 あえて共通点を挙げるなら『真面目』ぽいって所なんだけど。


「え〜、にてたよ〜。だってニーナちゃんって、孤児院でひとりでいるあたしに、どうやって話しかけようか迷ってるミーレス先生と同じ感じなの!」

「あぁ、そういう意味で似てるってことね」



 なるほど。アルル独特の着眼点だ。


 しかし、そう言われてから改めて思い返してみると『わぁん、お話したいけどどうすれば良いのか分らないよ〜』という態度に見えなくもないから面白いかも。その真偽は兎も角ね。


「それなら、次ニーナに会った時は、それを踏まえて話せばもっと仲良くなれるかもね」

「うん♪ あたしもニーナちゃんともっと仲良くなりたいっ」



 どうやら、アルルはニーナを気に入ったみたいだ。かくいう俺も気に入っていないと言えば嘘になる。

 ああいうタイプって身近にいなかったから新鮮だったし、仲良くなれるなら是非ともだ。

 友達少ないですからねー、俺もアルルも。


 まぁ、この都市は気が遠くなるくらい大きいから、そんなに早くは難しいと思うけど、ここに滞在する限りまた会う可能性もあるだろう。

 会わなければ探せばいいんだし。



 だから、その時が来るのをアルル共々楽しみにしておくとしよう。






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