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急転直下のクライシス


 ……ん、ぅ。ここ、は?

 えぇ、と。……うーん。


 あ、あれ? ()って確か……。

 さっきまで魔物の囮をしていて、それから……あぁ、崖から落ちて、そのまま土砂に飲み込まれちゃったんだよね……。


 ん、記憶もしっかり残ってる。


 でもあの時、身体はかなり悲惨な状態だったし……という事は、ここはあの世、だったり?



 ……うーん、そっか。




 僕は死んじゃったのか。




 なんて呆気ない。こんなにも呆気ないものだったんだ。今更ながら勉強になりました。

 はぁ、これは賭けに負けて悔しがるべきか、はたまた安堵するべきか……。


 あの頃を思えば救いと呼べなくもないけど、シャルラハートとして見れば悔いが残る。

 ん〜、僕ってばまだやりたいこと何もしていない。地球からコッチに来た時は後悔なんて一切無かったのに、今回はたっぷりだ。


 これも前世で半端に生きていたツケって事なんですかね。あー、やだやだ。


 それよりアルルは無事だったかな? そっちの方が気になります。それに母様と父様は、僕がこうなってどう思うだろう……きっと悲しんではくれるよね。

 ミーレスさんやジョルジさんとも、色々と約束交わしたのに破っちゃったなぁ……。



 はぁぁ、ダメだ……。

 みんなのこと考えてるのに、悲しいはずなのに、全然動じていない自分が嫌になる。


 いっそのこと、この自我も消えてくれれば良かったのに……。




『あー、あー、やほやほー、聞こえてるー? 聞ーこーえーてーるーかーなー? むふふふふふっ!』




 ……ん、とうとう精神がおかしくなった?

 聞こえるはずのない幻聴が聞こえる。



『おー! 繋がったぁ!! むふふ〜。ホントに繋がるとは思わなかったからビックリだよぉ! わーい! やったぁ〜〜!!』


 やけに陽気な幻聴だね。

 今の気分的に、若干鬱陶(うっとう)しく感じるけども……。


 それにしたって、声が舌ったらずで幼い女の子って。いつの間にイケナイ症状が僕の中で進行してたのでしょう? むぅ、地味にショックだ……。



『あ、ひっどーい。ボクは身体と声は幼い女でも、心はオ・ト・ナ! なんだぞー! ぷんぷんぷん! そこは勘違いしちゃいけないぞー、シャルラス〜〜!」


 シャル、ラス? 一体誰ですか、それ。

 僕はシャルラハートですよ。


 というか、僕はなに幻聴と話しているのだろう?

 まぁ、あのまま自問自答してても無意味だっただろうし、丁度いいといえば丁度良いんだけどさ。



『おっと、そうだったー。シャルラハートだ。うん、シャルラハート。シャルラスなんて知らない、知らないよー。むふふ〜」



 それで、幻聴ちゃん。

 僕のお遊びに付き合ってくれるの?

 言っておくけど僕は死んじゃったから、この先ずっと話し相手をしてもらうですよ? 絶対逃がしませんよー? それでも良いのかなー?



『え、死んでる? おぉー! なるほどー! むふふ、むふふふふふ。すっっっっごく面白いねー、シャルラハートってー!! それにそれにー! やさぐれてる君の声も可愛くてキュンキュンするよ〜♡』


 むぅ、何が面白かったの?

 別に笑わせるつもりなんてないんですけど。


『むふふ、そっか! プリムラちゃんは言ってないんだったっけー? なら仕方ないかー。むふふ。あー、面白ーい!』


 あのー、幻聴ちゃん。

 僕を放置して自分の世界に浸らないでよ。

 笑わせるつもりがないのに笑われるのって地味に傷付くんだよ?


『あー、ごめんねー。だって盛大に勘違いしてるから面白くてー、むふふふふふ〜♪』


 勘違い?


『うん、だって──君、死んでないよ? 勘違いしちゃう気持ちもわかるけどねー!』


 んふふ。そっかぁ、なるほどね。

 つまり僕の死んでないって言ってもらいたい願望が、君を形作ったってことなのか。

 悲惨な現実を目の当たりにすると、否定するために別の人格が生まれる時があるとは言うけれど、これぞ正にって感じだ。



『あれれー? シャルラハートって実はネガティブさんー? 駄目だよ駄目だよー! 面白おかしく生きたいならポジティブに考えないとだぜー?』


 死んでないんだったらこんな場所にいないでしょう。何この真っ白い空間。目がないのにチカチカしそうなほど真っ白だよ。


『うーん、なんて言えばいいのかなー、いま君は大人の階段を登ってると言うかー。そう! 芋虫が蛹になって、蝶に成るかの如くーって感じ? あ、それと七歳の誕生日おめでとーー!』


 うん。ニュアンスは伝わるけどイマイチよくわからないよ。アバウト過ぎ。

 それに誕生日って。

 あぁ、そういえば落ちた日って誕生日だったのか……うわぁ、ますますショックなんだけど。


 はぁ、この空間にいる僕からしたら、誕生日お祝いされても、すっごい皮肉っぽく聞こえるー。

 誕生日が命日とか嫌すぎるー。


 それで? 幻聴ちゃんの言いではコレがただの夢だと? あー、メイセキムってやつです?


『いやー、夢とは違うかなー。だってこの場所は一回限り。一度しか来れないんだから。なんだったら楽しんでおいたらー? ボクの時は大声で叫び通して遊んでたよー? むふふ〜』


 ん、よくわからないけど。

 人間特有の不思議体験みたいなもの?

 じゃあ、ほんとに僕は死んでいない?


『死んでないって言ってるじゃーん。でもなぜに人間が出てくるんだい?』


 人間が一生に一度くる不思議空間なんでしょ?


『ぼく人間なんて一言も言ってないんだけどなー。むふふ、まぁいっか〜。不思議体験ってのは案外的を得ているからねー』

 

 幻聴ちゃん……て言うのもあれだし。

 君の名前ってなに? あったりする?

 僕から発生したみたいだし、僕がつけた方がいいのかな?


『むふふ。よくぞ聞いてくれたよシャルラハート! 君が言う幻聴ちゃんことボクの名はね──“リーベシェーン”っていうんだよー。君にとって、大ー事な大ー事な、もう一人の(・・・・・)母親の名だ』


 え? なにそれ、どうい……


『ねぇねぇ嬉しい? こんな可愛い……っていってもそっちからは見えないだろうけど、な女の子が母親なんだよー。あ、でもー、プリムラちゃんも童顔だし地味に被ってるかー。むぅ、それはいかんなぁ、やっぱり母親幼女ってのはインパクトが薄いかなー。いっそ変身でもしちゃったりー? むふふふー、よし決めたいま決めた! ボクってば早速練習始めちゃうぜー! 理想は綺麗なお姉さまよん♡』


 あのぉ、もしもーし、聞こえてます〜?

 幻ち……リーベちゃ〜ん?


『おーっと、そろそろ限界かー。ちぇー残念。もっとお喋りしたいんだけどなー。んじゃまたねーシャルラス……いや、シャルラハート。また(・・)近いうちにー。愛してるよーー」



 え、ちょっと!

 終わり? 唐突すぎないです?


 ……うわぁ。ホントに何にも返答がないんですけど。喋りたいこと勝手にしゃべり倒して消えるなんて。まったく、とんでもない幼女がいたものですよ!



 

 ……………………。




 はーい。一人芝居は終わり。なんてね。

 何やってんだろ、僕……。

 なんか凄く虚しくなってきた。

 あの幻聴も、やっぱり僕が死んでないって思い込みたいから聞こえたんだよね。

 まぁ、そうだよね。

 やけにリアルなやり取りだったから、段々錯覚しちゃったけど。


 そもそもリーベシェーンてなんですか。

 何がもう一人の母親ですか。どこからきたんですか。それも母親幼女。あはは……。

 脳内設定にしても酷すぎます。


 あぁ、僕の深層部分。

 ほんとうに危険な状態なのかも……。

 ここにも可愛すぎるアルルさんの影響が。



 ────うぅぅッ。

 

 さっきから身体に痛みが走ってるし全身が熱い。それにどんどん酷くなってきてる。

 この痛みはいつまで続くのでしょう。

 もうそろそろ勘弁してほしいです。


 まるで全身の神経を(やすり)掛けされてるみたいで、尋常じゃないんですが。

 身体がないのに、全身の感覚はあるとか理不尽すぎます。



 ……──ん?



 あれ? これって確か、何処かで似たのを感じた事があった気が──っ、そうだ!



 始め、て魔、法を使、った、とき!



 くぅっ!? ……痛っ。



 ぁ、ダメ、です。



 我慢、の限、界、超え、そ…………





 ◼︎◼︎◼︎





「……ぅぅ! ……ぅわあぅっ」



 っん? ここ、は、何処?

 辺りに目を巡らせると見慣れぬ場所。

 薄暗くて結構狭い。

 背中から伝わる感触はゴツゴツして硬い。洞窟だろうか。


 ……何故に?


 ()って確か……さっきまで魔物の囮をしていて、それから……あぁ、崖から落ちて、そのまま土砂に飲み込まれちゃったんだよね。


 あの時、身体もかなり悲惨な状態だったと思うんだけど、気のせいだったのかな?


 実際、身体には傷ひとつ無い(・・・・・・)ですし。


 服が汚れている事実がなければ、あの追いかけっこ自体が夢だったと思ってしまいそうです。


 ん、でも、なにかが引っかかる。

 意識を失ってから今までの間。

 何処かで長い時間を過ごしてた様な気もするんだけど……。




「…………シャル、くん?」



 不意に背後からそんな声と、何かがバラバラ落ちる音が聞こえた。


 思考を中断して身体ごと振り返る。



「え? ……ア、アルル?」


 目の前(洞窟の入り口であろう場所)には、神々しく輝く銀髪を持った少女。

 俺の長年に渡っての相棒であり、家族になった少女が呆然と佇んでいた。


 その足元には集めてきたであろう(たきぎ)を散乱とさせて。



「よ、よかったっ、シャルくん、シャルくん!」

「…………はわぅっ」


 いきなり駆け出したかと思えば、全力で俺に向かって突進してくる。

 いま起きたばかりで状況の把握もままならない俺は、アルルの突進をまともに受けてしまった。



「良かった、良かったぁ……。うぇぇ、何日も意識なかったから、もうシャルくん、起きてくれないかもって、ぐすっ、思ってぇ……シャルくん! シャルくん! うぅぅぅっ」



 頭を俺の胸に(うず)める様にして、途切れ途切れに言葉を発する。

 その様子から、アルルが本気で心配してた事がありありと伝わってくる。



「ごめんねアルル。いっぱい心配かけちゃったね」



 ふるふると顔を埋めたまま反応する。



「あたしこそごめんなさいなの……ううん、ありがとう! シャルくん。あの時、助けてくれてありがとうっ」


 埋めていた顔をあげると目が合う。

 それは、奇しくも意識を失う前、渓流の時の再現の如く。


 アルルの目は赤くなって目尻にキラキラとした雫が溜まっている。

 しかし表情は健気で柔らかな笑顔。


 そんなアルルを見て、胸の内には暖かさと共に、今までとは別種の愛おしさがこみ上げてきた。

 そんな離れていた訳でもないのに、ひどく懐かしい。長いあいだ離れていてやっと再開できたかの様な感覚。



 ……ん。アルルはやっぱり可愛いっ。


 普段と変わらない筈のアルル。

 いつも通りに、とってもとってもキュートな天使さん。

 でも、なんか今はその全てがいつも以上に魅力的に感じる。まるで本能が彼女を求めているかのような叫び。


 俺を見つめる、長いまつ毛に(いろど)られた紅緋色の(うる)んだ瞳。

 花の蕾の様な可愛らしい唇や、その存在感を一層際立たせる蒼く光る不思議な白銀髪。


 そして、抱きついたままのアルルから伝わってくる若干高めの体温と、女の子特有の柔らかさ。清涼感溢れる甘い香り。

 今すぐにでも彼女の唇に触れて契りを結びた──……



 ──ってえ!? バカバカっ。

 いったい何考えているのですか俺は。


 もしかして、これはあれなのかなっ。

 死ぬような思いをすると起きると噂の。

 男の本能? 漢の本能ですか!?

 これがチャームの魔法なのですかっ!


 ぉ、ぉお〜、なるほどなるほど。

 つまりワタクシも、益荒男の魂を携えた正真正銘のオノコだったようですね。

 ええ、俺はしっかり男でした。

 やったぜシャルラハートっ。



「……ふぅ」



 落ち着こう。


 俺はまだまだ子供、お子様ちゃんだ。

 これは単なる勘違いです。間違いない。

 なにせ俺はアルルのお兄ちゃんだもの。

 妹のアルルにそんな感情を抱く訳がないだろう。

 既に家族なんだし、もうこれ以上どうにかなるはずもない。

 危うく禁忌に抵触してしまう所だったです。

 まったく錯乱しすぎです。




「……それでここは、どこなのかな?」



 寝起き故のスッとぼけ思考を断ち切って話を戻す。

 その際、少しだけアルルと離れる。


「う〜ん、わからないの。目がさめたらこの近くの川で、この場所見つけたから運んできたの」

「そっかアルルが。大変だったでしょ、ここまで運ぶの」

「ううん。全然平気だったよ。シャルくんのおかげで怪我もなかったもん」

「ふふ、よかった。ありがとうね」



 もしかしたら俺もコルさんみたいな運び方されたのかな?

 ある意味よく生きてたものです。


 天井を仰いで半笑いを浮かべる。

 こういう当たり前のやり取りが心地よい。 

 そして、そのまま意識を別の事案へシフトさせる。最優先にして最大の事案。



「じゃあ、とりあえずこれからどうするか決め……ようと思うんだけど、その前に、食事にしてもいいかな?」


 アルルが言うには三日も起きなかったらしいので、流石に俺の身体が栄養を欲して、猛絶アピールを開始してきた。


『腹が減っては戦はできぬ』っていうし、取り敢えず腹ごしらえをしてから、これからの進路を決めていく事にする。


「えへへ、わかった〜。少し待っててね、すぐ用意するから〜」

「じゃあ僕も手伝「シャルくんは寝てようね」うよ?」


 アルルがピシャリと一言。あれれ?


「でももう大丈夫だよ? ほらこの通り身体を動かしても全然問題ないし、傷なんて一つもないんだから。手伝え、るよ……?」


 体を起こして、腕をぐるぐる回したりしながらアルルに言うが。



「……………………」



 許可はおりず。


 アルルは半眼で口を噤んでいる。

 心の声で『ダメ! 絶対安静!』と言われてる気がしてならない。

 いや、確実にそう思ってるだろう表情だ。


 アルル一人に全部やらせるのは気が引けるから手伝いたいんだけども、その目の内に宿る強い意思から絶対許可してくれないとわかった。

 もしかして、渓流で勝手にアルルだけ防護魔法をかけた事を怒ってるのかな?


 アルルの性格からしたら、自分だけ助かるなんて絶対嫌だろうし。身を引き裂かれる気持ちだったのかも知れない。


 それ故の過保護ならば、この頑な態度も分からなくもないです。



「んぅ、わかったよ。それじゃあお願いするよ、アルル」


 旗色の悪さから俺は早々に折れて、アルルを頼り、申し訳なさを無理やり飲み込みながら、硬い地面に身を横たえる。



「うん、任せて!! えへへ♪」



 表情一転。満面の笑みを浮かべて、軽やかに洞窟の出口の方へ駆け出す。


 俺はそんなアルルの姿を見ながら、十分に休んだ身体を、更に休めることにするのだった。





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