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七難八苦のパダローク


「予想以上に走りにくいなぁ……──おっと」

「まえが見──わにゃ!?」



 こちら囮役のシャルラハートです。

 ただいま、作戦行動の真っ最中。

 大勢のワンコ達の注意を引きつつ、適度な速さ(と言っても一般的に考えればかなりの速度)でかけっこを続けている状況であります。





 さて、ここで予想はしていたものの予想以上の事態が一つ。




「……うぅ〜、足場が悪いの〜!」


 前方不注意で木枝に突っ込んだアルルが、頭を振って付いた葉を落としつつぼやく。

 俺が死角になって枝に気づかなかったご様子。これは申し訳ない。あとでちゃんと謝っておくです。


 と、まぁこの通り。


 飛び込んだ山の中は、草木が鬱蒼(うっそう)と茂っていて、薄暗いし走り辛い。

 それに加え、連日の雨でぬかるんだ傾斜や高低の激しい地面を、迎撃しながら走り続けなければいけないので、とっても面倒くさい。


 ここまで山中の状態がヒドイと知っていれば、隊商への危険も覚悟で、あの場所に留まって戦っていたのに……。




 ──んっ?



「アルル。左右から一匹づつ接近。迎撃準備を」

「わかった、まっかせて〜」


 焔魔纏(えんまてん)の強化で研ぎ澄まされた感覚が、左右から迫る四足動物の足音と、イヌ科特有の呼吸音を感知した。


 情報はすかさず相棒に報告。

 アルルも知覚がだいぶ鋭いから、接近には気づいてると思うけどね。油断はしないでおきます。


 ちなみに、俺もアルルもすでに臨戦態勢で焔魔纏と闘力は解放中です。




 足を止めずにお互い意識を敵に向けると、見計らったかの如く飛び出してくるワンコが二匹。待ってましたとアルルが左から現れたワンコ一号に、大剣形態のアラギ剣を振り下ろす。


 一号も危険を感じ取り、しなやかな回避行動を起こすが、速度で優るアルルの剣が一手早くワンコの前足を裂いた。


 甲高い悲鳴を漏らし、もつれて転がりながらワンコ一号は森の奥へと消える。

 一方、右から迫るワンコ二号さん。



「ん、少し『待て』です。──我、火の祝福を得し者、"紅蓮の烈波”(れっぱ)“苛火(かか)なる剛槍”をもって生み出さん」



紅火の烈槍(フレイムクラーランス)



 刺又(さすまた)状に変化させたアラギ剣で、二号の頭部をグイッと押さえつけて、その少しの合間に短縮魔法を発動する。


 瞬間、破壊的な熱波が生じ、二号へと吹きつけた。二号は木々をなぎ倒しながら、勢いよく吹き飛ばされていく。


 しかし、この魔法はこれで終わらない。

 荒れ狂う熱波は次第に収束していき、次いで、焔で構成された巨大ランスを形成。


 俺は完成した槍を確認し、手を振り下ろすと、炎の残滓を引きつつ剛槍がすっ飛んでいく。そして、ワンコが飛ばされていった辺りから轟音が聞こえ、大きな火柱が上がった。


 これで、二号さんもクリア。




「……ふむ」



 今の対処はすこし悪手だったかな……。

 次からは直接的な力比べは避けていこう。

 相手の膂力がどれほどかと試してみたものの、下手したらワンコに押し返されていただろうし。

 アルルと違って俺は闘力使えないからね。いくら元の肉体性能が優れていても万が一だってある。気をつけないと。


 ……あ、そういえば、勢いで火の魔法使っちゃったけど大丈夫かな?

 うーん、雨降ってるし大丈夫ですよね?

 あ、もう鎮火してるみたい、良かった。

 山火事とかさすがに洒落にならないからね。

 火の後始末は問題ないみたいだし、心置きなく迎撃再開です。






「ん?」


 安堵する間もなく、今度は後方からヒュンヒュンと不思議な音が発生し、風切音に近い音が複数近づいてくる。

 音のする方へ振り向くと、青い(もや)に包まれた何かが、木々や草花を切り裂きながら迫ってきていた。


 それを一瞥し、観察して理解する。

 青いそれは俺がよく見慣れたモノ。



「アルル。あのワンコ、魔法使ってくるみたい。気をつけ──てっ」

「あぅ!?」


 魔法の線上にいたアルルの手を引っ張って安全を確保。数瞬後、それまでいた地点を不可視の攻撃が通り過ぎていく。



「……はぅ、ありがとうシャルくん」


 えへへと苦笑いを浮かべ、頬を上気させながら感謝を告げるアルル。


「ううん、気にしないで。アルルが無事で良かったよ。それで一つ提案。役割分担をしようと思うんだけど、いい?」


 今のまま各個撃破でも問題はないとは思うけど、魔法に対してアルルは若干相性が悪いし、ここは万全の構えでいく。


 アルルは唐突な申し出だったにも関わらず、惚けることなくコクリと首肯を返してくれた。


「じゃあアルルは道を切り開きつつ、接近してくるワンコを迎撃してくれるかな? 僕は魔法をなんとかするから、お願いね」

「うん、頑張る!」


 その言葉を皮切りにお互いが行動に移る。


 役割といっても単純なものです。

 近距離がアルルで、遠距離が俺。

 アルルには近寄ってくるワンコに対処していただいて、俺がしっかり魔法を防ぎ、隙あらば魔法を撃ち返していく。


 口で言うだけなら簡単なものだけど、アルルならしっかりとこなしてくれるって信じてる。俺も足を引っ張らないように頑張ります。



「やぁ〜!」


 アルルはアラギ剣を扱いやすい長剣に再度変形させて、一歩前に出て木々を切り進んでいく。俺も遅れずにその後ろに付いて、魔法を待機させる。




 ──ヒュンヒュン、ヒュンヒュン。

 後ろからは例の風切り音。


 見計らったみたいに飛んできましたね。さっきよりも数が多いみたいだけど問題なし。

 こっちも準備万端ですから。


 見た感じあのワンコの魔法は風系統。

 カマイタチみたいな攻撃だった。

 ならば俺はコレで対処します。


 あらかじめ待機させていた魔法に、座標などの指定を付与し発動。



風散撃ヴェントゥス・ブレット!】



 それはワンコが放った魔法に似通った魔法。

 初級風魔法のウィンドボールを数多飛ばす風の拡散弾。難易度も中級で後法式もそんな多くない、使い勝手の良い風魔法です。

 

 その散弾をカマイタチにぶつけて相殺していく。

 カマイタチに当たらず、すり抜けて行った散弾も結構あったが、しばらくしてからワンコの悲鳴みたいなものが聞こえてきたので良しとする。

 これぞ攻防一体でいいのかな?



「ほぉ〜、やぁ〜!」


 と、前衛担当のアルルの方は、懲りずに飛びかかってきたワンコ達を鎧袖一触にしていた。


 相変わらず、アルルは剣を振るう時の掛け声がふわぁ〜としてる。

 動きとのギャップが凄いです。

 けど、体捌きはミーレスさんと母様仕込みの一級品なのだ。前はこのまま任せていても問題ないね。


 さぁ、俺も後ろに専念しましょうか。




 ◼︎◼︎◼︎




 魔法の入り混じった命賭けの追いかけっこを続けること数十分。

 すでに敵は一際大きい体躯の黒ワンコと、他数匹を残すまでに数が減っていた。


 さすがにワンコも警戒を強めて、不用意に突っ込んではこなくなった。

 追いかけてはくるのだが、包囲して様子を伺うにとどまっている。端から見れば膠着、でも実際は魔物の方が追い詰められていると言える。



「……ん」


 ちょっと面倒な展開になっちゃったけど、どうにか終わりが見えてきたかな。

 予定では森に入って多少開けた場所に出たら、速攻で一網打尽にする算段だったんだけどね。

 良い場所が見つからなかったから仕方ない。

 結果的に無事決着するなら過程はどうでもいいものね。

 途中やけを起こして、この辺り一帯ごと消し飛ばしちゃおうかな? とか考えたりしたんだけど、実行しなくて良かった良かった。



「シャルくん、森を抜けるみたいだよ」

「ん、やっと抜けられる」


 前方には薄暗かった森に一筋の光が差し込んでいる。開けた場所に出られると分かり二人して安堵。

 俺たちは早くこのジメジメとした緑の世界から抜け出したい気持ちから、地を踏みしめ勢いよく血気盛んに飛び出し────


 

「……ん? へ?」

「──っ!?」



 ────落下した。


 着くハズの足は虚空に沈み。

 助走とも取れてしまう前方向への推進力は、身体を遠くへ投げ出すのに一役買う。



「崖ぇっ」

「きゃあぁぁああー!?」



 俺とアルル──ダイナミック身投げ。


 驚き混じりに自然落下していく我々。

 予想だにしていない事態に体勢は崩れたまま。

 適応力の高いあのアルルも、流石に足場がないとは思わなかったみたいで、立て直せていない。



 だが、そんなサプライズ空中遊泳は、楽しむ間もなく終わりとなった。


 ざぼんっと何かに飲み込まれる感覚。そして、全身にひやりとした冷たさがジワリと広がっていく。


 危機一髪。崖の下は渓流だったみたい。

 もし下が硬い土壌だったら……なんて、考えたくもない。いや、なんか普通に無傷とかな感じもするです。



 とはいえ、転落死を回避したのも束の間。

 連日の雨と嵐島のコンボで増水し流れの速くなった激流に身体は翻弄され、どんどん流されてしまう。

 俺はアルルと逸れないよう必死に手を伸ばし、ギリギリで手を繋ぐ事に成功する。



「ふぅ、大丈夫アルル?」

「けほっけほっ。うん。ありがとうシャルくん。大丈夫……」


 かなり流された所で、川の中洲から顔をのぞかせていた大きめの岩に二人してしがみつき、荒くなった呼吸を落ち着ける。


「あぁもう、散々だよ……」

「ワンちゃんの方はどうなったかな?」

「ん、結構流されちゃったから、追いかけるの諦めたかもね。アルル、これからどうしよっか」

「ジョルジさん心配してるかもだし、もういっぱい離したから戻る〜?」

「んー、そうだね……」


 確かに討伐しないといけない訳じゃないんだよね。ただ囮として動いただけで討伐依頼すら受けてない。そもそもまだ冒険者でさえないのです。

 あのワンコを放置したら危険はあるけど、数は減らしてあるし、ジョルジさん達からは遠ざけられたから戻っても大丈夫かな。



「ん、もう囮役は充分果たしたと思うし、ジョルジさんの所に戻ろう。とりあ──」



 ズゥゥゥゥゥゥン!


 突然、水面や岩を通して伝わる重い音色。その響きに比例するように空へと羽ばたく鳥の群。



「…………嫌な予感がする」

「うん。同じくなの」


 耳を澄ます。


 水の流れる音でかなり聞き取りづらいものの、上流……俺たちが落ちた辺から、何かの破砕音や立木の折れる音。

 聞き取れたのは偶然としか言えないが、例のカマイタチ魔法が放つ音も僅かに聞こえてきた。



 ──これらを統合して出てくる答えは。



「アルルっ、今すぐ川から上がろう。ここにいたら土砂に飲み込まれちゃうっ」

「う、うんっ、わかっ──きゃぅ!?」


 少し面食らいながらも、言うとおり川縁まで行こうとするが、生憎、水の勢いがそれを許してくれない。


 やられた。あのワンコ達ってそこまで頭が回るの? そんなの全然笑えない。


 と、その時。

 俺の横を毛むくじゃらの何かがギャンギャンしながら流れ過ぎて行った。



「「………………」」



 撤回。やっぱりあのワンコ全然賢くなかった。故意に魔法で土石流を起こしたのかと思ったけど、ワンコも同じく崖落ちしたみたい。

 おそらくだけど、その際ワンコが破れかぶれで魔法を使って、この事態を巻き起こしたのだろう。


 これは流石に予測の範囲外ですよ……。



 そんな悪態をついてる間もなく、渓流の上流の方からは、うねる様に濁流が押し寄せてきた。

 濁流は沢底の土砂までも巻き込み、進めば進むほどその勢力を増している。


 それは既に濁流や土石流というより、茶色の巨壁と喩えても問題ない。その巨壁が視界一杯に、どんどん迫ってきている……。



 助かるためには一秒たりとも無駄にできない。

 急展開すぎるが故にアルルも対応できていない。このまま惚けていれば二人まとめて土砂の底です。


 なら、やるしかないよね。




「……すぅ……はぁぁ……」


 一度、深呼吸。心を落ち着ける。

 そして、高速で頭を回して、現状で取れる手段をピックアップしていく。


 魔法で対抗。これをどうにか出来る規模の魔法を使おうにも明らかに間に合わない。

 間違いなく詠唱中に飲み込まれる。


 緊急退避。行動へ移ろうにも足のつかない激流の中。先の二の舞になるだけ。対岸に向かうための道具類も一切ない。


 岩から跳躍。まず滑って登れない。跳躍飛翔の魔法はあるものの、助走が必要故に現状不可能。



 ……他の選択肢。


 川幅と増水量、推定の被害距離とを合わせて思考。最善手から順に列挙。


 最も生存確率の高い手段は──




「ん」



 …………コレかな。




 残念だが現状はこれが一番安全にアルルを(・・・・)助けられると思う。目に見えないモノに委ねるのは怖いけど、文句を言っても仕方ない。



「アルル、ちょっとごめんね」

「ふぇ!?」


 隣で流されまいと掴まっているアルルをグッと引っ張り、胸元に抱きかかえる。

 こんな行動を取れば当たり前だが、岩に掴まっていられなくなり流されてしまうが。


 今はそんなの関係ない。

 もうすぐ飲み込まれるのだから流されても大差はない。


「ちょっと苦しいかもしれないけど、少しの間だけ我慢してね?」

「え? ねぇ? なに、シャルくん、なに、するの?」


 何事にも動じないアルルでも限度があるようで、その顔はこわばっている。

 泣き喚いても可笑しくない状況なのに頑張って耐えているなんて。もうほんとに格好いいんだから。流石は自慢の妹です。



「大丈夫大丈夫。ちゃんと助かるから心配無用です♪」


 安心させるため意識してクスクスと微笑みながら、ずぶ濡れになってもなお、蒼く輝く白銀の髪を優しく撫でる。


 あやしつつ早口で一つの魔法式を詠唱。

 一度でも噛めば命取り。正確に迅速に。

 この魔法は難度的に短縮詠唱が使えない。

 だから丁寧に、でも急ぎつつ構築を。


 魔法を発動させる。



「ん、間に合った」



 発動座標──アルル。

 魔法規模──最大。

 魔法強度──最大。


 唱える魔法は……



魔水の守玉壁(マーレパノプリア)



 アルルの体を青白い流動体が包み込む。

 俺は首だけで振り返る。

 目の前は茶色一色。


 やっぱり無理ですよねぇ。知ってた。

 後少し早く実行しておけば違った?

 いやタイミング的に不可能かな。まぁ、問題はないです。

 最重要任務はやり遂げたのでね。




 改めて覚悟を決め気持ちを奮い立たせる。

 濁流からアルルを守るように位置を取り、彼女の方を見やる。バッチリ視線が絡まる。



「アルル。それは上級の防護魔法だよ。その中にいれば大丈夫だから、飲まれた後、少しだけ我慢してね。目が回ると思うから気を強く持ってっ♪ ……大好きだよ、アルル」



 その言葉にアルルは目を見開き、グッと顔を近づけて、何か言うため口を動かそうとしたが。



 ──瞬間



 言いようのない衝撃に晒される。



 俺の全身から大きく鈍い音が響き渡る。



 身体はミキサーにかけられるかの如く、縦横無尽に振り回される。



 痛みは一瞬。そのまま意識は暗転した。




2015/10/06-魔法名の表記変更。

カタカタ表記→漢字+カタカタ表記

2018/01/31-誤字誤用修正

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