意気軒昂のシスターズ
ウィーティスを旅立ってから半日。
空が茜色に変わり始めた頃、隊商との合流地点である宿場町に到着した。
ここはウィーティスから一番近いところにある町で、行商人さんとかにもよく利用されている場所らしい。
この地には以前母様とも来たことがあったので、迷わずに到着することができた。
街道もある程度は整備されているから、道中になにか起こる訳もない。
そんな町の中を俺とアルルは歩き回って、ミーレスさんの友人である商人さんを探す。
探し人の名前は『ジョルジ』さんという。
当然ながら顔は全く知らないので、会う人会う人に聞き続けました。
その結果、多少手間がかかってしまったものの、居場所を知ることができまして……
で、いま。
我ら二人はジョルジさんと対面中です。
場所は少しボロいが粋な雰囲気の漂う酒場。そこに向かい合わせでテーブルに着いている。気分はまさにハードボイルド。
「さて、改めて自己紹介させてもらうが、俺はこの隊商の長をしているジョルジだ。宜しくな嬢ちゃんたち」
そう言って無骨で大きな手を差し出すジョルジ氏。俺とアルルも次ぐように自己紹介をし、その手を握り返していく。
この人がジョルジさんね。なんか想像してたよりかなり若いっていうのが第一印象。
隊商長なんていうから結構お年のいった人だと思ってたのに、目の前にいるのは二十代半ばくらいの精悍な顔立ちをした偉丈夫。
グレーに近い短髪と、綺麗に整えられた顎髭がダンディでカッコいい。
なんというか、この方。
商人というより軍人さんや傭兵さんといった方がしっくりきますね。
普通に強そうです。身体もムキムキだし、絶対にチンピラとかには絡まれないと思う。
恥ずかしながら探してる時には、雇いの冒険者だと思って一度スルーしたもの。
まぁ、ミーレスさんの友人なんだから、若くてもおかしくはないんだけどね……。
「はい。よろしくお願いします。それで僕たち──」
「おう、ミーレスから聞いてるぞ。お前ら侯爵領の首都まで隊商に加わりたいんだろ?」
そのとおり。話が早くて助かります。
俺とアルルは揃ってコクコクと頷く。
そのシンクロ率にジョルジさんは微笑。
「それで大丈夫なのでしょうか? 隊商の方に加わっても……」
「ああ、ミーレスからの頼みとあっちゃ断れねぇからな。いいぞ、乗せてやる!」
腕を組んでワイルドに笑いながらそう言う。うわー、似合うなー。カッコいい。
「そうですか。ありがとうございます」
「やったぁ、えへへっ」
意外なほどあっさりと承諾してもらえた。商人さん相手だから気合い入れて色んな交渉カードを用意してきたんですけどね。
必要なかったようでなによりです。
若干の肩透かし感を味わって、俺が少しもやもやしてると──
「それにミーレスの話を聞くところ、嬢ちゃんらとは同郷っていうじゃねぇか。それなら尚更手を貸さない訳にはいかないぜ!」
と、ジョルジさん。
同郷って事は……。
俺はアルルの方に視線を向けると。
「昨日ミーレス先生が言ってたんだけどぉ、先生とジョルジさんは同じ孤児院で育った仲なんだって〜」
なるほどね。
そういう繋がりでの友人でしたか。
アルルの話からミーレスさんが孤児だったという事実をさらっと教えられた訳だけど、この世界はそういう人が多いから別段驚かない。
というか前世にだって孤児は沢山いた。かくいう自分もそうだったし。
まあ、思うとすればアスラディア孤児院はホントに素晴らしいねってことくらいだ。
「つっても。俺からするとミーレスは友人っていうよりは、手のかかる妹って感じなんだけどな。昔はよくあいつの悪戯の尻拭いをさせられて大変だったんだぜ?」
「ん、あのミーレスさんがですか。あんまり想像できないです」
「──うんうんっ。あ、あの、ジョルジさん! ミーレス先生のこと、もっと聞かせてもらってもいいですかっ?」
アルルは少しためらいがあったようだが、好奇心が上回ったのかジョルジさんにそう聞いた。その目はキラキラと輝いている。
「おう、いいぞ! あいつは話題に事欠かないからな。何せアスラディア孤児院始まって以来の問題児だ。それじゃ、まずこの……」
それから日が暮れるまで俺たちは、ミーレスさんの思い出話、というより暴露話を聞かさせてもらい、そのついでに夕食も済ませた。
……なぜかジョルジさんの奢りで。
もちろん悪いからと遠慮したんだけど『子供が遠慮するもんじゃねぇ』と半ば押しきられてしまった。
俺の中での『商人さん』って、損得勘定とかお金にうるさいイメージだったんだけど、今のところジョルジさん含めて殆どの人に当てはまらないんですが?
コルさんもウィーティスの露天商さん達もそうですし……。
このままだとなんか価値観変わりそう。
まぁ、そのおかげなのかは不明だが、この数時間でジョルジさんとはかなり打ち解けられたので良しとします。
そして、話し疲れたのか、いまはアルルがコックリコックリと船を漕ぎ出している。
そんなアルルを見てジョルジさんが。
「アルル嬢にシャルラ嬢。この酒場の上階は宿もやってるから今日はもう休むといい。明日は早いからな」
──と、優しく言葉をかけてくれる。
その思いやりが感じられる言葉に、素直に応じて頷き、宿の受付に向かうことにした。
「ん、アルル。上いくよ。起きてる?」
「…………」
あー、うん。
ジョルジさんと話してる時に左肩が重くなったから予想してたけど、寝落ちしましたねアルルさん。
仕様がないので、アルルを背負って宿の受付まで向かう。
ジョルジさんが「運ぼうか?」と言ってくれたが、そこまでお世話になるのは気がひけたし、丁重に遠慮しておいた。
俺とアルルは冒険者になる為に、わざわざ親元を離れて二人で旅立ったのだ。
こういう好意は、ある程度ならまだしも甘え過ぎちゃダメになると思うです。
「……ん?」
『あぁん? そりゃねぇですよ〜!?』
『そうっすよ〜? おれたちだってね、生活が──……』
ジョルジさんと別れて、受付に向かっている途中、そんな怒声が俺の耳に届いた。
背負っていたアルルもその怒声で……まったく起きなかった。
むしろ巻きつけていた腕に力を入れて、後ろから頬ずりしてくる始末。こらヤメなされ。
アルルの行動にドギマギしながらも、声の聞こえた方向を見やる。
なんか二人組の男たちと商人らしき男が言い争いをしていた。
二人組の方は軽装備を身につけて武装してるから、たぶん護衛の冒険者かな。
ジョルジさんが言うには、結構数の護衛を雇っているって話だし。
聞こえてくる内容によると、報酬がうんたら仕事量がかんたら言ってるので、依頼の内容関係で揉めてるみたいだね。
二人組はお酒が入ってるみたいで、勢いだけで屁理屈ばかりの抗議をしてる。
逆にいちゃもんつけられている商人の方は普通の対応をしてるものだから、見ていてその温度差が際立つね。
絡まれてる商人さんはお気の毒だけど、俺たちが出て行っても余計な波風立てるだけですし、このまま宿の受付に向かわせていただきます。
まぁ、大丈夫だろう。
騒ぎを聞きつけたジョルジさんが仲裁しようと向かってるもの。
周りの雰囲気も特に変わりないので、いざこざは日常茶飯事なんだと思う。
こういう空気感はなんというか新鮮。
思い描いてた冒険者の生活っぽくて、恥ずかしながら少しワクワクする。
「一泊、お願いします」
宿の受付に着くと、名も知らぬオジサンに一部屋を借りたいと伝えてお金を支払い、鍵を受け取る。
そのままキリキリ軋む階段を登り、部屋に入って、アルルをベッドに横たえた所でやっと一息をついた。
「まったく、幸せそうな顔してアルルは」
傍に寝ているアルルの愛らしい寝顔を見て、思わずそんな言葉が微笑みと一緒に零れる。
そういえば昨日のパーティから興奮しっぱなしで、道中もテンションが高かったっけ。
さっきもジョルジさんと盛り上がってたし、さすがのアルルもこうなるか。
久々に年相応なアルルを見られたような気がする。少し安心。
「……シャル、く〜ん。えへへ〜♪」
「ん?」
アルルが名前を呼んだので、目を覚ましたのかと思ったが、今も穏やかな寝息をたてて熟睡している。
寝言ね。まったくどんな夢見てるのやら。
まぁいいや。可哀想だけど一度アルルを起こして、着替えとか諸々寝る支度をさせましょう。色々装備を付けたままじゃ、休まるものも休まらないですからね。
明日は朝早くに出発するってジョルジさんが言ってたし、俺も早めに休ませてもらいます。
野営ならともかく、こういう休める時にはしっかり休む。これ冒険者の鉄則です。
◼︎◼︎◼︎
夜が明けて、朝。
宿場町から目と鼻の先にある丘陵に、俺とアルルは来ていた。『何しに?』といえば毎朝の日課をこなす為である。
「やぁ! ほぉ! てやあ!」
アルルが独特のリズムで鋭い剣戟を次々に打ち込んでくる。
向かってくる剣尖を必要最低限の動きのみで、俺は往なし続ける。
アルルの放ってくる剣技は、初めて手合わせをした時に比べ、更に洗練されている。
力押し一辺倒な攻撃は行わない。
いまでは剣技だけでなく、相手の呼吸を読み、駆け引きをするなど多彩な攻撃をするようになった。恐ろしい成長力だ。
俺も焔魔纏をより濃密に纏う。
正に運動神経や知覚神経を鋭くし、身体機能を底上げしなければ、いつ被弾するかといった具合だ。
剣でのやりとりを数分間続けた所で、お互いに動きを止めた。
「今日はこんな所かな」
「うん! お疲れさま〜」
これが毎朝の日課となっている稽古。
互い違いに一定時間ずつ攻守を入れ替えて打ち合うというもの。
この稽古を、今朝から何度も入れ替わり立ち替わりでおこなってきたのだ。
今日は水浴みやその他準備の時間を考えて、早めに切り上げる。
いつもなら次の段階。
お互い本気の打ち合い稽古に移行するんだけどね。まぁ、本気で暴れるにはこの丘陵だと危険すぎるから、そもそも無理かな。
周りに尋常じゃない被害が出ちゃう。
俺とアルルは、アラギ剣を元の短剣サイズに戻すと、一緒に持ってきていた旅道具一式に、短剣や飲料水などを仕舞っていく。
こういう時に、父様から貰ったこの剣は便利だ。軽いし小さいから全然かさばらない。
片付け(というほど量はないけど)を済ませて、町に戻る準備は万全。
アルルも準備が済んだようで、俺がなんとなく教えた地球式ストレッチなどをして、クールダウン&待機中。
「準備終わったよ。はいアルル」
「ん〜、わかったのっ、ありがとっ」
座ってペタンとT字に開脚前屈していたアルルの手を引いて立ち上がらせる。
「じゃあ戻ろ〜! シャルくん早く早く〜」
一晩ぐっすり寝たアルルはいつもの、いや、いつも以上のテンションで手を引っ張ってきた。半ば駆けるようにして町へと戻った。
それから素早く出立の準備を整えて、町の踊り場に着くと、軽い人混みができていた。
その中にはジョルジさんもいるので、おそらくこの集まりが例の隊商なんだろう。
目算だけど、二十から三十人くらいの人数はいるんじゃないかな。
あと若い男性の商人が大半を占めている。
人混みを潜り抜けるようにして、ジョルジさんへと近づいていく。
「──お、来たな」
ジョルジさんは、何やら荷物をまとめたりしていた手を止める。
「待たせちゃいましたか?」
「今はそれぞれ荷物の確認させてる所だ。出発まではまだ少しあるから大丈夫だぞ」
よかった。初日から遅刻なんてしたら気まずいし間に合って何より。
稽古を早く切り上げて正解だった。
商人さん全員の確認作業が終えた頃、ジョルジさんが隊商の人たちに俺たちを紹介してくれる事になった。
注目されるのは苦手だけど仕方ない。
無難に媚び売っときましょう。
いつか来るかもしれない飯のタネの為に。
……ん、噛まないように頑張ろう。
「昨日少し話したと思うが、マールス侯爵領のファナールまで隊に加わる事になった二人を紹介しておくぞ」
ジョルジさんにトンっと背中を押されたので、一歩前に出る。
転校生にでもなった気分です。
「ご紹介に預かりましたシャルラハートと申します。短い間ですが、皆さまお世話になります。よろしくお願いします」
「おなじくアルリエルですっ。よろしくおねがいします!」
俺は少し堅めで丁寧に、アルルは明るく爛漫に挨拶をして頭を下げる。
ついでに、ファーストインプレッションは大事ということで、久方ぶりのイノセントスマイルを顔を上げた時にあざとく炸裂させてみた。
まあ孤児院の時みたいな惨事にはならないだろう。なにせ相手は大人ばかりなんだし……
──ん? 喧騒が、消えた?
あれ、なんか雰囲気おかしくありません?
なんでこんなシ〜ンッとしてるの?
「……あ」
視線を巡らせると、およそ半数の人がぽけ〜っと顔を惚けさせたり、鼻から赤い生命の雫を垂らしており、ごく少数に関してはピクピクと痙攣しつつ蹲っていた。
「はぁ、紹介中に何やってんだお前達は……。これじゃあ一人前はまだまだ先だぞ。商人になろうって奴がまったく」
右隣で商人さん達の現状をみてジョルジさんが嘆息し。
「ああ、嬢ちゃんら。悪く思わないでくれや。うちの隊商は商人修行中の若造が多いもんでな……おいお前ら、人様の顔見てその態度は失礼だろう」
「エエ、ソウデスネ」
これ別に俺悪くないですよね?
だってただ笑っただけなんだし。
ほんとジョルジさんの言う通り失礼しちゃうね。全くもって心外です。
……ふむ。しっかし、大人にも効くとは思いませんでしたね。
この営業スマイルはあまり多用しないことにしましょう。もはや精神攻撃だもの。
「えへへ〜♡」
「ん、なにアルル?」
ふと左側から視線を感じたので振り向くと。
「シャルくんはやっぱり笑顔が一番だよ〜! えへへ〜、可愛い〜〜♪」
両頬に手を当ててうっとり笑顔でそう言うアルルさん。何気に被害うけてるのかなぁ。
「……ん」
可愛いというお言葉はアルルにそのままお返しするね。
なにその穢れなき笑顔。眩しすぎるよ。
そんな感じで無事(?)に自己紹介を終えたので、ジョルジさん率いる隊商は宿場町を出発した。
ただ、予定より出発が遅れたのは言うまでもない……。
ごめんねは言わないよ!