琴瑟調和のネスリング
集会場を出てからしばらく。
視線うず巻くメインストリートをトラブルもなく抜けて、さっきコルさんと会った辺りまで戻ってくる。
「はぁ、気づけばこんなになっちゃった」
「お義母さんビックリするね〜」
現在、俺たちは果物や小物など様々なものを両手に山と抱えている。
これは買ったものではなく、いわゆる貰い物。
メインストリートに露店を出している顔なじみ──母様と買い物に行ったりして知り合った人達から好意で渡されたものです。
貰い物は今日に限らず、露店前を通ると好意でよく渡されるんだけど、今日は普段より多かった。
可笑しいかな。商人らしからぬ行いをするのは何もコルさんだけではないのである。
……大丈夫かな、この町。
おかげで仲良しお手て繋ぎタイムも呆気なく終わってしまったよ。少し残念。
「あ、そうだ、シャルくん」
「うん?」
隣でヨタヨタと歩いているアルルが、ふと思い出したような声をあげると、こちらに呼びかけてきた。
「シャルくん、これから少し孤児院に寄ってきてい〜い?」
「ん、最近は孤児院に行ってなかったっけ? うん、いいんじゃないかな。ミーレスさんもきっとすごく喜ぶと思うな」
「えへへ、ありがと〜っ」
アルルは両手いっぱいに抱える果物類を目で示してはにかむ。わざわざ俺に確認取らなくても良いんだけどね。なんとも律儀な子だ。
うーん。でも折角の機会だもんねー。
俺も久しぶりにミーレスさんに顔を見せに行こうかな?
「ん、せっかくだから僕も一緒に行くよ。ミーレスさんに久しぶりに挨拶したいし」
「わぁいっ♪ じゃあ一緒に行こ〜っ」
上機嫌なアルルはその場でクルリと回るとスキップしながら先を行く。そんなアルルにヒヤヒヤさせられながらも孤児院に向かう。
◾︎◾︎◾︎
軽い足取りで孤児院の正門を抜けるアルル。
入り口のドアを無理な体勢になりながらも、コンコンコンっとノックする。
ワクワクしながら返事待ちをしているアルルは、『待て』をされてる犬みたいでなかなか癒される。
この子の事は毎日見ていても飽きない。
表情は感情のままにコロコロ変わって可愛いし、存在自体が癒しに満ちてるからね。
マイナスイオンの塊みたいな子なのです。
そうそう、毎日といえば。
実はアルルは今も変わらずうちに住んでいます。
制御を覚えたアルルが何でまだウチにいるのか? 建前はどうしたのか?
それは単純な話で、母様がアルルを養子として引き取ったのだ。つまりアルルはいま『家事手伝い』ではなく、母様たちの『養女』という扱いで、名実ともに家族となっている。
とはいっても変わったことは特にない。
初めから家族扱いしていたんだから当然だ。
引き取る際にも問題は起きなかった。
養子の話はミーレスさんも賛成してくれてたから、あっさりと纏まったし。
もともと母様はアルルが孤児院に戻るのを少しでも躊躇うのであれば、即引き取ると決めていたみたいで、気づけばあっという間にアルルを迎え入れていた。母様曰く『なにいってるの〜? アルルちゃんは初めからママの娘でしょ〜?』だそうです。
なんというか。
母様はどこまでいっても母様だった。
相変わらずうちの両親は、やる事なす事が唐突だなーとか思ったけど、俺もアルルが居てくれるのは素直に嬉しいから、何も言いません。
「はい、どちら様でしょうか?」
玄関扉の奥から女性の声がする。
この声はミーレスさんじゃないね。
「こんにちは〜。あたしです、アルリエルです! あの、ミーレス先生はいますか?」
アルルがしっかり受け答えをする。
孤児院のドアが開いて職員さんが出てきた。
俺たち二人は会釈。今ではアルルを見て何か起こる事はないので、職員の女性もアルルと普通に話している。少し相手の応対がぎこちないんだけど、それは後ろめたさがあるからなんだろうね。
でも、アルルと出会った日の事を思いだすと、この当たり前なやりとり一つでも感慨深いものがあるよ。何度見てもいいものです。良かった良かった。
俺がお年寄りめいた気持ちに浸りながら、アルルと職員さんの会話を眺めていると。
「シャルくん、シャルくん」
玄関で取り繋ぎしていたアルルに呼ばれた。
「ん、どうしたの、何かあった?」
「それがね、いまミーレス先生はお義母さんの所に行ってて、留守にしてるんだって」
「え、そうなの?」
「入れ違いになっちゃったね〜」
苦笑いで、えへへとアルル。
ここまでの道を思うと徒労感がすごいけど仕方ない。留守なんて知りようがなかったし。
「ん、これからどうしよっかー。このまま此処でミーレスさんの帰りを待ってもいいし、家に戻って合流するでもいいよ?」
「う〜ん。そろそろ暗くなるから今日は帰ろうかなぁ〜? それに運が良ければミーレス先生にも会えるかもだから〜」
空を仰ぐと確かに日が傾いてきてる。
あと一時もしない内に逢魔が時とか呼ばれる時間帯に入るだろう。
ちゃんと暗くなる前に帰ろうとするなんてアルルはいい子だ。ミーレスさんに会えるといいね。
「わかった、じゃあ戻ろっか」
「うんっ!」
アルルは元気に首肯を返す。
俺たちは孤児院を出る前に、貰った食べ物を処理……じゃなくて、差し入れてから出立した。
好意で貰った物を、再度渡すのはどうかとも思うけど、あの量は持って帰っても使い切れない。
置いておけば腐るし、差し入れた方がマシだろうといった理由からの行動である。孤児院の子達の糧となるなら、くれた人たちも許してくれるかな。
先ほどよりも身軽になった俺とアルルは鼻歌交じりに今度こそ帰路に着く。
「なんか上機嫌だね。アルル」
「え、そうかな〜? でも今日もシャルくんと色々なところに行けたから、すっごく楽しかったよ〜♪」
無垢な笑顔を輝かせてそんな事を言ってくれる。
何ともまぶしい笑顔ですねー。
「ふふっ、僕も楽しかったかな。まさか町をぐるーっと一周するなんて思わなかったけどね」
帰り道は東門側を迂回している。
孤児院はウチとは反対の南門側に位置し、来る時は港とかの海が広がる西門側を回ってきたから、期せずして町を一回りしてしまった形だ。
「僕たちが冒険者になったら、毎日がこんな感じになるのかな?」
「わぁ〜、それは楽しみなの♡」
「そ、そうだね……」
アルルは微かに頬を染めて流し目で呟いた。
うん……。ここに子供スキーな変態さんがいなくて良かった……。
いたら大変なことになっていましたねー。
「冒険者になったらあたしとシャルくんで、世界中の色んな場所をいっぱい旅するんだよね〜?」
「ん、その予定だよ。世界はとーっても広いから回りきるのも苦労しそうだけど、やり甲斐はあると思う。楽しみだよねっ」
「えへへっ、一緒に頑張ろうねシャルくんっ!」
「ひゃぁっ!?」
不意打ちでアルルが抱きついてきた。
アルルより小さい俺は、バランスを崩して思わず変な声を溢してしまう。恥ずかしい……ッ。
アルルは人の目がない二人だけの時だと、こんな風に大胆に振舞うことがよくある。
普段から天真爛漫というか、無邪気な反応をしているアルルだけど、二人の時になると加えてスキンシップがかなり増える。
ん、これは確実に母様の影響だよね?
間違いない。最近はアルルの口調も母様から影響を受けていたりもするし。
「あれ? シャルくんお顔赤いよ〜?」
「今日は暑いからネー」
「そうなの?」
「そうなんです。だから仕方ないんですー」
「えへへ、そっか〜。でも赤くなったシャルくんも可愛いなぁ〜♡」
「──ッにゃんで!? ぁぅ……」
う、噛んだー。恥ずかしい。顔が熱いぃ。
今やアルルは家族になっているし、恥ずかしがる必要もないと思うでしょう?
でもね、流石に抱きつかれるのは慣れないですから。可愛い妹のため頑張って慣れていきたくは存じますが、突発的な案件はまだ手に余るのですよ……。
あと俺の方が年下だろうと背が低かろうと、アルルが妹なのである。俺じゃないよ。ここ重要。
加えて俺はロリコンさんでもありません。
つまり、この顔の熱は気のせい!
気のせい、気のせいなんだから……ッ。
◾︎◾︎◾︎
甘噛みの醜態を晒しながらも歩みを進め、自宅への帰宅路である林道に戻ってきた。
そろそろ丘に繋がっている一本道へと差し掛かるかなぁと思った、その時のこと。
俺の嗅覚がある匂いを捉えた。
常人なら全くわからない微かな匂いだけど、俺の知覚能力は種族的なものに加えて『焔魔纏』の補正が常にかかっている。
これくらいなら余裕で知覚範囲内である。
ちなみに『焔魔纏』とは、例の謎オーラの名称です。焔の光のままだと飾りっ気もないし呼びづらいから、前世の知識をもじって『焔魔纏』と呼んでいるのだ。
この雑っぽさが存外気に入っている。
まぁ『魔法を使おうとして焔を纏うハメになった』というエピソードも含まれていたりするんだけど。
そんな事はどうでもいいね。
今はこの匂いの原因の方が気になる。
「んん?」
なんて思考していたら今度は悲鳴を知覚した。
無論、かなり遠くでのモノなのだが。
左腕にくっ付いているアルルがピクンと反応したので、アルルも気づいたみたい。
「シャルくん、いまのって……」
「アルルも聞こえたんだね」
「うん。でもあの声って」
んふふ、そっかぁ、アルルはそこまで聞き取れてたかー。すごいなぁ。うんうん。
やっぱり聞き間違いじゃなかったよねぇ。
今の悲鳴というか声は聞き覚えがある。
だって今日話したばっかりだもの。
それに悲鳴をあげるという事は、現在ピンチという意味でもある訳です。
…………はぁ。
コルさーん!
いまの声って絶対貴方ですよねー!?
もうまったく。だから言ったのに。
なんという早さで襲われてるんですか。
まだ半日も経ってないよー。そう律儀に襲われないで下さい。驚きより先に呆れがきちゃいますから。
……とはいえ、どうしよう。
寄り道して帰りが遅くなるのも嫌なんだよね。
それにアルルを危険に晒す可能性もわずかとはいえあるし、放置した方が良い気もする。
でも、どんなフラグをコルさんが回収したのか、個人的には気になるしー……。
うーん。正直面倒ではあるけど、未来への投資をするって事で妥協する?
「んんー……」
とりあえず、サッと確認だけして楽に助けられそうなら助けるってことで一つ。
決して、好奇心に負けた訳ではないのです。
「ごめんアルル。僕少しだけ寄り道してこようと思うんだけど、いいかな?」
「うん、いいよ〜。あたしも気になるから付いていくね〜」
同意いただきました。
というかアルルも付いてきてくれるみたいだし、さっさと確認を済ませよう。
アルルはすぐさま金色に輝く美しい闘力を身に纏い。俺も焔魔纏の深緋色を、完全な深紫色へと変化させて、臨戦態勢をとる。
「よし、行こうか」
「うん!」