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試合と調整


 孤児院裏にある開けた場所に、俺とアルル、ミーレスさん、父様の四人は移動した。

 この場でアルルと手合わせをする。



「じゃあお手柔らかにね、アルルちゃん」

「うんっ、此方こそなの、シャルくん」


 目の前には凛とした面持ちで木剣を構える幼女──アルルが立っている。

 その姿勢は体幹に剣でも通っているのかと思うほど真っ直ぐで力強い。


 ミーレスさんは少し離れた花壇がある辺りで見学し、父様は適切な距離を保ちつつ審判役としてそばに立つ。


「よーし、始めるぞっ!! 二人とも準備は良いなっ!!」


 父様の言葉でアルルのまとう気配が膨れ上がる。

 伴って黄金の奔流となって吹き荒れる。

 負けじとこっちも赤のオーラを解放。

 深緋の焔が勢いよく立ち昇り、紅蓮と化す。


 金と紅の相克。力の根源がぶつかり合い拮抗する。


 今回の手合わせは純粋な武闘戦。

 魔法の使用は禁止。魔法主体の俺からすると、だいぶ不利かもしれないけど、おそらく大丈夫。

 オーラには魔法補助の他に、身体能力にも副次効果があるみたいだからね。

 今回はそっちを主に使っていく事にします。


 アルルはあのとんでもない闘力を使ってくる。

 上手く戦わないとあっさりと競り負けるだろう。

 母様とのお勉強で、闘力の概要は聞いている。

 闘力を簡単にいうならば、前世のゲームでいうバフ(強化)の様なものらしい。

 自らの身体を強化、活性化させて戦う。

 肉体戦闘術との相性がすこぶる良い『力』。


 つまり、バリバリ魔法タイプの俺とは相性が悪い。


 まあ、相性なんて今回はどうでも良い。

 こっちの世界での接近戦を経験してみたいだけだし、勝っても負けても自分のプラスになるのだから。


 ただ、おとなしく負けるつもりもないけどね。



 準備が整う。父様が右手を上げる。

 そして──……



「始めっ!!」



 模擬戦が始まった。

 開始と同時。アルルの姿が掻き消える。

 気付いた時には俺の目前にまで詰め寄っている。



「──やぁっ!!」

「っ!」


 アルルが振り抜いてきた剣の軌道をギリギリで見極める。そこに剣を添えるように近づけて、攻撃を外方向へ弾き流す。

 カッっと小気味良い音をたてながら、アルルの剣が逸れていく。


「わっ、凄いシャルくん! じゃあ!」


 一太刀目を受け流されたアルルは、感嘆の声を発しながらも二の太刀を放つ。そして、反撃の(いとま)も与えず打ち込み続ける。

 舞踏のようにリズミカルでありながら、変速的な攻撃。


 嵐のように迫りくる連撃を、目を凝らして見極め、模造剣の腹で受け流し続ける。

 大立ち回りの最中、ワンピースがめくれ上がるが、今はそこに気遣えるほどの余裕がなかった。


「とぉ〜、やぁ〜、はぁ〜!」

「……ん、ふっ、っと」


 連撃を捌ききると同時に、後方へ飛び退り荒い息を整える。アルルも一旦小休止といった感じで距離を取り、ふぅっと息を整えている。


 悔しながらまともに打ち合うことは出来ないね。

 どうやらオーラによる強化は、膂力や直接的な速力ではなく、感覚系や運動神経などになされているようで、力での対抗は難しいようです。


 これは新しい発見。

 おそらく、アルルの剣を無理に受け止めようとすれば、身体ごと吹き飛ばされる。


 さて、どうしようかな。

 こうなったら搦手に切り換えるのも手かな?

 上手くはまれば勝機もあるだろうし。


「よ〜し、いくよぉシャルくん!」

「ん、いいよ。かかっておいで」


 戦闘方針を定めるのと同じくして、アルルもまた高速で距離を詰めてくる。

 金の光と銀糸が織りなす暴風が突き進む。

 それを真っ向から迎え撃つ。


 勢いよく振り下ろされる唐竹を左下方に流す。

 回るように放つ左薙ぎを斜めで受け上方に逃す。

 間髪入れず飛んでくる袈裟切りを一歩身を引いて躱す。跳ね返るように振られる左切り上げを飛び退るように躱す。


 アルルは捌かれても躱されても追撃を続ける。高速ターンからの右薙ぎ。逆袈裟。右切り上げ。刺突に逆風。そのいずれも凄まじい剣速で振られる。


 剣筋を見て、聞きて、感じて、思考して去なし続ける。思考が加速していくような感覚に身を任せて、身体にオーラの強化を馴染ませ最適化させていく。

 頭に思い描く動作に、肉体をアジャストして理想形へと近づける。


 母様の勉強の中では決して得られなかったギリギリの攻防と、身体の動かし方を学べる絶好の機会。

 この世界では、初めてとなる対人近接戦闘による熱と興奮で、気づけば口端が自然と吊りあがり、小さな笑みが溢れる。


 打ち合い始めて数分。

 外野はとうに視界から消え、極限の集中を保ってアルルの一挙手一投足を徹底的に観察して。


 ついに、自分自身の動かし方を理解。掌握した。



「……んふふ。そろそろ身体も温まってきたし、とっておきを見せてあげるね」

「あたしも、もっと速く、いくの〜っ!」


 俺は静止で、アルルは流転。

 大樹が根を張るように直立して、アルルが間合いに入るのをジッと待ち受ける。

 アルルは手合わせ開始時を遥かに上回る速さで、真っ直ぐ俺が立つ場所へ走ってくる。


「はぁあぁ〜〜!」

「──いまっ」


 アルルが間合いに入り、初動に移ったと同時。

 俺は自分の剣を投げ捨てて徒手空拳となり、勢いよく迫る剛剣の軌道を強化した動体視力で読み取る。

 トップアスリートを遥かに凌駕する反射神経でもって後の先をとる。

 自ら剣を迎えにいく形でアルルの剣に手を添え、力の流れを感じ取り、その流れに抗うことなく向きだけを変える。




「えい」

「ふぇっ!? えぇぇぇぇぇぇぇ〜ッ!?」


 アルルが込めた力をそのままマルッと利用し、アルルを空高く放り投げた。

 あっという間にアルルの愛らしい悲鳴は遠退く。



 ……はい。これが苦肉なる搦手です。

 オーラさんに頼りまくって組み立てた対応術。

 五感をはじめ動体視力や思考速度、反射神経やらを総動員させ、前世で身につけた戦闘術を下敷きに編み出した張りぼて体術。


 今使った技も言うは易く行うは難しの荒技。

 というか、強化を使わずに同じ技を使おうとしても、たぶん実現不可能です。

 今回は、アルルが技より力で攻めてきたのも上手くいった要因なんだと思う。



「さて、と」


 俺は上空に飛んでったをアルルを受け止めるべく顔を上に向ける、と。



「……へ? あっれ〜」



 戸惑いとお馴染みの既視感が襲う。



「てやぁ〜〜〜〜っ!」


 視界には宙で体勢を立て直したアルルが、重力を味方に付けて隕石の如く降ってくる様が映し出されていた。


「──ッ!」


 アルルの順応力に驚嘆するが。

 俺もすぐさま意識を切り替え、回避行動を取るため身体に急いで指示を飛ばした。


 刹那。


 バチっと、視界に赤い火花みたいなものが弾け、次いで意識が一瞬途切れた。

 この状況でこの一瞬の遅延は致命的。

 気づけば不可避の距離にまでアルルが迫ってきていた。



「あ、ちょっとまって……」



 アルルちゃんが爆墜した。



 ◾︎◾︎◾︎



「……うぅ、ん。……あ」

「えへへ〜、あたしの勝ち?」


 気づけばアルルに押し倒され、そのままお腹に跨がられている。両腕もきっちり抑えられているので、まさに手も足も出せない状態。

 少し抵抗してみたが、アルルはぴったりと抱きつくような体勢で抑え込んでくる。

 残念ながら無駄な抵抗となった。



「うん。僕の負け」

「わぁい♡」


 抵抗する気も起きなかった。

 キッパリあっさりと負けを認めた。


 だって、この状況。アルルが熱い抱擁しているかの如きこの状況はずるい。もう俺の心臓は、やんややんやと騒いでそれどころではないもの……。


 アルルは俺を逃がすまいと真剣に抑えているだけなのだが、俺からすれば拘束と同時に、地味な精神攻撃を受け続けている状態と言ってもいい。

 母様ともっと恥ずかしい行為をした事もあるのに、アルルが相手だとどうも駄目っぽい……。


 すっごい恥ずかしい。

 あぁぁ、うぅぅ、顔が熱い。たぶん真っ赤だ。

 アルルに気づかれてたらどうしよう……。

 んぅ、もう少し家族以外の女性にも馴れないとですね。




「うぅぅぅぅ……」

「えへへ〜♪」


 上機嫌な様子のアルルは、俺の首元に腕を回して抱きついたまま甘えてくる。

 なんでアルルさんってば離れてくれないのでしょうか? 試合終わりましたよ?

 あ、でも、なんかこうしていると、変な欲求が湧いてきそうですね。


 なんといいますか、可愛いアルルをギュッとして、イイコイイコして、褒めて撫でて甘やかしてあげたい。庇護欲? 父性的なものです?

 そのやわっこく瑞々しい体躯、動いて火照った体温、汗をかいてもなお清涼で甘い香り、視線を向けるとニコッと放たれる天真爛漫な笑顔。

 全てがなにかを、具体的には常識やらを狂わせる。


 このままだと妹萌えに芽生えそう!


 ……ん、自分のことながら何考えてんだろうね。

 俺ってば阿呆な考えが過るくらいに、アルルに参っているみたいです。




「ははは! こりゃあアルルの勝ちだなっ!」

「……はい、アルルちゃん強かったです」


 父様が近づいてくる。そして模擬戦の勝敗を下し、この模擬戦はアルルの勝ちとなった。

 俺も当然異議はない。


  アルルに用いた技では、オーラ補正もあってかなーり高い所まで投げ上げた。

 普通、アルルくらいの子でなくても、人間なら高高度の上空に投げられた時点で戦意喪失しているはずだが、アルルは戦意を失わず逆に反撃してきた。


 まさしくアルルの順応力・対応力と、俺の詰めの甘さが招いた結果だ。それに思い出してみれば、アルルは孤児院の屋根から紐なしバンジーをするほど、クレイジーな子だったんだよねぇ。

 そこを見誤った、というか忘れていたのも敗因の一つ。上手くはまれば勝てると言ったがあれは嘘です。一ミリもはまらなかったです。



「はい、シャルくん」

「ん、ありがとうアルルちゃん」

「えへへ、お手合わせすごく面白かったね?」


 やっと俺を解放し手を差し伸べてくれるアルル。

 表情は清々しい笑顔。

 そこに他者を見下す優越感などは全く含まれず、ただ純粋な楽しさからくる笑顔だった。



「そうだね、僕も楽しかったよ。アルルちゃんが良かったらまたやろうね?」

「うんっ!!」


 手を引かれて立ち上がり、俺達はミーレスさんが観戦していた場所に足を向けた。

 アルルも俺の左隣に寄り添って足並みを揃える。


 正直に言えば負けて少し悔しい。

 でもアルルとの手合わせのおかげで、こっちでの対人戦の経験を積めたし、戦術の幅もオーラさんの活用方法も大きく広がった。負けたとはいえ、得られたものは多かったしこの結果にも満足かな。


 それに悔しいなんて感情も、久しぶりすぎて何だかそれだけで不思議なやる気が湧き出てくるようだった。ホントいつぶりかな……。



 花壇前に着くと、ミーレスさんが俺たち二人に飲み水を渡してくれる。運動した後に飲むお水はとっても美味しく感じるね。身体に染み込むかのようです。


 で、お水を渡してくれたミーレスさんは、なんとも言えない顔をしている。


「ミーレスさん、どうかしたんですか?」

「どうしたの、ミーレス先生?」

「あ、いえ、ただ純粋に驚いてるだけです。二人がまだ四歳というのが信じられなくて」

「あー、あはは……」

「んぅ〜?」


 苦笑いで納得の俺と、よくわからないといったアルルさん。父様はニヤついて様子見している。


「いまのやりとりだけでも、並の冒険者以上の動きですからね? アルルちゃんも普段より遥かに速かったですし、それを見失わず軽く捌いてたシャル君にも驚きましたよ。なんというか……もう凄い、としか言いようがないです」



 この感情を言い表す言葉がないといった様子のミーレスさん。感情表現が豊かで見ていて面白い。


 うんうん、そうなるよね。

 こっちの世界の身体能力平均がどのくらいかは知らないけど、俺の肉体って前世と比べても遥かに高スペックだもん。


 多分、この四歳児体型の状態でも百メートルの世界記録をぶっちぎれる自信がある。

 もちろん補正なしの素の状態でね。

 それにアルルなんて更に早いし、母様なら一歩で二百メートルとか進めるんじゃないかな?

 出来そうなだけで見たことはないけど。


 まぁ、この世界には物理法則に喧嘩売るどころか、踏みつけてる人種も多そうだし、自惚れない様に注意しないと。現状で満足したら成長が止まると考えるべきです。お勉強と努力の継続を大切に、ですね。



「正直、僕はアルルちゃんに付いていくので精一杯でしたけどね。凄いというならアルルちゃんの方ですよ。あんな動き僕にもできません」

「わ〜い! シャルくんにほめられちゃった〜。えへへ〜っ♪」


 思わずもれた俺の本心に、左隣のアルルが何とも可愛らしい反応を返してくる。うん、癒される。


 と、俺とアルルのやりとりを聞いていたミーレスさんは、なにやらポカンとしながら父様に言葉を発した。


「はぁ〜、シャル君も、アルルちゃんも将来有望と言うかなんというか、ある意味で心配になりますねぇ」

「はっはっはっ、大丈夫ですよ! その辺はうちのプリムがよく弁えてる。俺達は好きな様にさせてやればいいのです! はっはっはっ!!」



 ん、ミーレスさんと父様が俺たちの傍で意味深な大人な会話を交わしている。


 ま、まぁ、俺も内容をなんとなくなら理解してるですよ? 俺だって中身立派な大人だからね。うん。


 えーと、つまり生き急ぐな〜とか。

 尚早な判断をしてしまうかも〜とか?

 だと、思う。いやそうだよ。そうそう。

 というかです。今の俺は無力なお子様ちゃん。

 オトナのむつかし〜お話に首はつっこまないのです。それがマナーだよね。……ね?



 こんな感じで、俺とアルルの人生初対決は幕を下ろしました。結果は俺の黒星でした。




 ◾︎◾︎◾︎




 ひとつ。

 俺の頭に(わだかま)っているのはあの火花についてだ。

 あれはただの火花じゃなかった。

 たぶんオーラ絡みの現象だ。

 しかし、あの後から特に変調はない。

 あれがなんだったのかは結局、謎に包まれたままだ。


「んー、なんかモヤモヤするー」


 俺は理由がわからない現象に思考を巡らせて、頭を悩ませるのだった。





2018/04/02-誤字脱字修正

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