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閑話-小さな鍛冶屋の不憫な娘



「あぁ……お客さんが全然こないぃ……」



 閑散とした店内を一瞥しつつ、私は諦念と共にため息をついた。


 私が住んでいるカリュプスの街には、近くに鉱山があることもあり、武器や金物といった金属を扱う店が数多く存在している。そして、私と父の二人もこの街で小さな鍛冶屋を経営している、のだが。


 何を隠そう、まったく儲かっていない。

 常に赤字で閑古鳥が鳴くのなんて当たり前。

 武器が売れる方が珍しいほどだ。

 王都で働いている母の稼ぎがなければ、とっくに店は潰れていただろう。


 ただ、扱っている武器の出来には自信がある。いやむしろ他の店よりも確実に優っていると自負している。

 お店の立地に関しても、大通りの側とはいかないが比較的見つけやす場所に建っているし。

 そもそもこの街自体、王都とマールス侯爵領を繋ぐような場所に位置しているのだから、潜在的なお客さんの数も多いはずなのだ。


 じゃあなぜ売れないのか──そんなの。



「ばっか野郎がぁ!! そんなへっぽこの腕でオレの魂が売れるかボケェ!!」

 

 お店の裏に用意してある試技場から父の怒声が響く。これはまたダメだったのだろう……。


「あ、ありがとうございましたー……またのご来店をぉ……」

「ひぃぃー!」


 私の目の前を、叩き出されるかのように横切るお客さん。これも見慣れた光景だ。


 そう──お客さんが来ないのではなく、来られないが正しいのかもしれない。

 うちのバカ親父は変なこだわりを持っていて、自分が腕を認めたものにしか武器を売らないとか宣っているせいだ。


 そして、今では街の全体にまでうちのこだわりは広まっているらしい。そんな状態では新規のお客さんが近寄ってきてくれるはずもない。


 昔は冒険者になりたての人とかも武器を求めて来てくれていたのに、父は腕が気に入らなければDランクの冒険者ですら平気で追い返してしまう。その結果、今ではご覧の有り様だ。



「ねぇお父さん! いい加減そのこだわり捨ててよ! 折角久々のお客さんだったのにぃ」


 裏から仏頂面で戻ってきた父に対して、流石の私も文句が出る。こんなやり方じゃいつまで経っても儲からない。仕入れの鉱物だってタダじゃないのだ。


「へっ、嫌なこった。オレの武器には鍛治師としての魂が宿ってる。腕のなってねぇやつにゃあ売れねぇよ」

「ほんっとに頑固! ドワーフ脳! 経営下手!!」

「がっはっは! 褒め言葉をどうもっ」

「──チッ」


 この鍛治バカ頑固親父! 少しドワーフの里で鍛治を教えてもらったことがあるからって、性格まで真似しなくてもいいのに! あんたは鉱鍛種じゃなくて人族だろうがっ!


 あぁぁ、このままじゃ今日も売上なしだぁぁー。



「はぁぁ……」



 この店の現状を思い、私が会計用の机に突っ伏して黄昏ていると──。



「あのー、すみません。このお店ってテナックス武具店であってますか?」

「あ、はいっ! そうです! いらっしゃいま……せ。──え?」


 まさかの来客に、突っ伏していた顔を慌てて持ち上げすぐさま対応すると、目の前には武器屋にいるのがおかしいと感じる風貌のお客さんがいた。


 艶やかな黒髪をもった少女に、長く美しい銀髪の少女。その少し後ろに位置取るように白髪の少女と、亜麻色の髪をした少女もいる。


 どの娘も身なりがしっかりしているので、『まさかお貴族様のご息女とか!?』とも思ったが、流石にこんな人数でうちなんかに来るはずがないだろう……。


 この来客には鍛冶場に戻ろうとしていた父も思わず足を止めているようだった。



「えーっと。ウチって武器専門だから調理器具とか金物は扱ってないんですけど……大丈夫ですか?」


 父の姿を横目に、目の前の少女たちが本当にお客さんなのか、恐る恐る確認をしてみる。 


「はい、大丈夫です。先に冒険者ギルドで受付のお姉さんから諸々聞いてきたので理解しています」

「テナックスの親方さんは、ドワーフさん仕込みのスゴい鍛治をするって聞きました〜!」

「そ、そうっ」


 本当にお客さんだった……。

 えぇぇぇ、どういうこと!? こんな小さなお客さん初めてなんだけどっ!


 身なりはいいしお金はありそうだし、何でもいいから買っていって欲しいけど、そもそもうちのバカ親父じゃ、この子たちのこと絶対に認めないって。

 それに、こんな幼気な子たちが怒鳴られる姿は見たくないよぉ……うー、どうしようっ。



「お前らぁ、オレの打った武器が欲しいって?」

「あ、はい。取り回しのしやすい両刃剣と、頑丈な長柄の武器を探しているのですけど、このお店に売っていますか?」

「おう、あっぞ。ただオレが武器を売るかどうかっつーのは……」

「──ちょっ、ちょっとお父さんっ! 勝手に話を進めないでっ! というか離れてっ。その子たちが怯えちゃうでしょ!」


 私がどうやって父を丸め込もうかと模索していると、バカ親父が勝手に話を進めようとしていた。


 なんで今日に限って接客しようとするんだ!? こんな強面で髭面の身体も声も大きなおじさんが接客したら、この子たちが怯えちゃうじゃない!

 もし逃げられでもしたらおしまいなのよ?!



「んふふ、お姉さん大丈夫ですよ。僕たちこうみえて冒険者ですから。親方さんのような身体の大きな方も見慣れてますから」

「そうだね〜」

「逆に落ち着くまであるわね」


 この子たちの言う通り、父に対して一切怯えている素振りはないが。……いや、白髪の子だけ何故か黒髪の子に後ろから抱きついているんだけど、まぁ怯えてはいないようだしいいのか。


 って、それより聞き捨てならない単語があったような?


「ほぉぅ、冒険者か」

「え、え? それ本当?」

「はい、厳密にはこの子だけ違いますけど、他三人とも登録しています。確認しますか?」


 そうあっけらかんと返す黒髪の子に、嘘の気配はまったく見受けられなかった。


「いーや、そんな肩書きより腕で証明してくれりゃあそれでいい。聞いてんだろ? ウチの事をよぉ」

「はい、勿論」

「腕試し楽しみだね〜♪」

「……がんばる」

「これって私もやらされる流れなのかしら……」


「え、ちょっと、もうっ──」


 また父が勝手に話を進めているが、どうせ言ったところでこうなった父は止められない。

 私は諦めの気持ちで商談を見守ることにした。



「付いてきな」


 どうやらこれ以上の話をする気もないらしく、父は待ちわびたとばかりに少女たちを裏庭にある試技場へと案内していた。その最後尾に私もついていく。


 いつもなら私が裏庭について行ったりはしないのだが、今回に限っては見届けなければ私の気が済まない。そして、もしこの子たちに父が怒鳴ろうとしたら、すぐさま止めに入らなければ。


 こんな子供たちに対して、怒鳴って追い返したなんて街の住人に知られれば、今度こそ取り返しのつかない傷が店についてしまう。

 なんとしてもそれだけは阻止しなければならない!



 そうして到着したのは見慣れた裏庭。

 そこに広がっているのは、本来なら武器の試し切りや模擬戦などを行うことを想定して設けられている筈のスペース。

 しかし、現在そこには適当な間隔で木偶人形が用意されており、普段からこれを使って父は腕を見ているらしい。


「腕試しは単純だ。その武器を使ってこれを攻撃しろ。それで売るかどうかを決める」


 そうぶっきらぼうに言い放った父は、腕を組んで口を閉ざした。どうやら話は終わりらしい。

 もう、相変わらず説明が雑なんだってば。


「……えーっと、この壁際に掛けてある武器を好きに選んであの人形に打ち込んでね。使う武器は自分の得意なものだったり、好みで決めちゃっていいから」

「はい、ありがとうございます」

「えへへ、わくわくするね〜!」

「……はくあ、これ……」

「あぁ、やっぱり私もやる流れなのねこれ」


 私は補足説明を入れつつ、この先訪れるだろう展開を考えてすぐに動けるように準備しておく。


 例えこの子たちが本当に冒険者であったとしても、腕試しで認められることはないだろうし。

 Dランク冒険者すら簡単に蹴落とす底意地の悪い腕試しだ。認められてる人の方が稀な理由には当然訳がある。


 だってあの人形、ボロボロの木製に見せかけて内側が金属製なんだもん。

 それに使わせる武器だって、私が他所の店に買って来させられた投げ売りの品なんだし。

 一体こんなので何がわかるというのか。挑戦者に恥をかかせたいだけでしょ。


 そうこうしているうちに、彼女たちは武器を選び終えたようだ。

 白髪の子だけ大型の斧槍で、それ以外の子たちは無難にシンプルな直剣を選んでいた。

 そして、それぞれ人形の前に立っていく。



「よし。じゃあ端から順に始めていいぞ」



 あー……見たくない! こんな悪質ないじめみたいなもの見たくない! でも目を閉じてたら出遅れるかもしれないしぃ! もうお願いだから、どうにかこうにか丸く収まってぇ〜!!




「は〜い、一番いきま〜す♪ ──やぁ〜!」

「はぇ?」


 一番手の銀髪少女が気負いなど一切ないゆるーい掛け声で剣を振ると、インチキ人形の胴体が綺麗に上下へ分かれる。


「……これなら、かんたん……」

「うぇぇっ!?」


 白髪少女の方は、豪快に真上から斧槍を叩きつけて人形を左右真っ二つに分断。


「ん、案外いける」

「うそぉぉぉ!?」

「これくらいなら私でもできそうね」

「え、ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」


 黒髪と亜麻色の少女たちも、一切苦戦せず人形の首と腕の部分をいとも容易く切断してみせた。



 いやいやいやいや。こんなの有り得ない……。

 なんで当たり前みたいな顔して金属を切り裂いてるのよ!? そりゃあただの鉄だから魔鋼鉄みたいな強度はないだろうけど、金属は金属でしょっ!!

 あーあー自分の目で見たものが信じられない。

 私の頭はとっくに一杯一杯なのーっ!!




「よし、見事だ。俺の剣を売ってやる。こっちにある武器で好きなの持っていきな。特注がいいなら専用の物だって打ってやろう」

「わぁ〜やった〜!」

「……がんばった。ほめて?」

「よしよし、よく頑張ったね。怖かっただろうに、ちゃんと武器を持てて偉い!」

「はぁ、あの魔物と比較してる私がおかしいのかしら」


 父を含め少女たちは何やら和気藹々と話しているようだが、今の私には最早なにも理解出来なかった。




 そうして最終的に、彼女たちは取り回しに優れた両刃のショートソードを二振り、頑丈さに特化した玄人向けの斧槍をそれぞれ選んでいったらしい。


 諸々の調整もほとんど必要なく、あっという間に武器に適応してしまったようで、私の気がついた時には既に彼女たちは帰った後だった。


 風のようにきたかと思えば、嵐のように去っていくなんて……本当になんなのよぉぉ!!?




 ■■■




 シャルたちが鍛治屋を立ち去って暫く。

 小さな鍛治屋の不憫な娘は、本日の営業が終わったタイミングで自らの父親を呼び出していた。


「さてお父さん、私がいま何を言いたいか分かってる?」

「あん? 何だそんなこええ顔して」

「何ってなんであんな投げ売り価格で武器を売ったのよ!? これじゃあ元すら取れてないんだけどっ?! 割り引くにしても限度っていうものがあるでしょ!」


 彼女の言う通り、どうやらシャルたちに武器を売る際、店主の親方はとんでもない低価格で売ってしまったようで、それに気づいた娘が激怒しているらしい。


「ふんっ、武器職人ってのは自分の作った魂を相応しい相手に託す誇り高い職業なんでい。そこに多額の金銭なんて野暮ってもんじゃあねぇか。これぞ心意気ってなっ!」

「はぁ!? それで店が傾いてちゃ世話ないっての! ほんっとにバッカじゃないの!?」


 火に油を、とばかりに怒りが増している様子の娘。そして、ついに臨界点を超えたらしい娘がこんなことを言うのだった。


「もう知らない。今月中に武器だけで売上出せなかったら、お父さんには来月から金物を打ってもらうことになるから」

「──はっ?」

「なに惚けた顔してんのよっ。当たり前でしょうが!お店に来てくれたお客さんを相応しくないって追い返すわ、認めたら認めたでアホな値段で売るんだもの。当然でしょ!」

「ふざけんなっ! ぜってぇオレはそんなもん打たんからな!」

「あっそ、ならお母さんに言い付けるから」

「なにぃっ! なんでそうなるんだぁぁっ!?」






 今日も今日とて、カリュプスに建つ小さな武器屋さんでは、愉快な怒声が響いているのであった。



「皆んな忘れ物はないかな? 買った武器は大丈夫?」

「バッチリだよ〜♪」

「……わぅ、ちゃんと持った……」

「消耗品の補充の方も問題ないわ」

「よーし! じゃあ出発ー! 目指すは変わらず王都方面でー!」

「「「おーっ!!」」」

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