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番外篇(2)-年末の恒例行事


 王都方面に向かう旅の道中のこと。


 日も暮れて今日も今日とて野営用の豪華な拠点を出して寛ぐシャル一行。

 ひと気のない林中に佇む家の中、食後の暖かいお茶を嗜んでいたシャルがふと呟いた。



「──あれ、今日ってたしかプリエール聖誕祭の日じゃなかったっけ」

「……あぁ、そういえばそうね。もうそんな季節なのね。道理で寒いわけだわ」



 対面の席で同じようにカップを傾けていたニーナはしみじみと頷いた。


 そう、確かに今日の日付は十月三十日。

 シャルでいう所の十二月二五日にあたる日付。

 この日は、聖王の降誕日にしてクリスマス的なイベントが行われていると記憶していた。


 とはいえ、最近慌ただしく動き回っている所為か、今の今まで全く気づかなかったようだ。




「でも私、聖誕祭といってもこの日に特段なにかをしたことってないのよねぇ……」

「そうなの?」

「ええ。毎年気がつけば終わっているものだったし、興味もそれほどなかったから。シャルの所では聖誕祭の日には何かしていたの?」


 コトっとカップを置きつつ小さなため息ひとつ。

 ニーナは苦笑い気味ながらも興味深そうに問いを投げかけた。



「うちは毎年身内で集まって食事したり、雑談したり、ちょっとした遊びの催しをしたりかなー。あとは、えっと……プレゼントと称して奇天烈な服を贈られたり、着せ替えの、人形にされ……たり、……酔っ払った母様やアルルに襲われ、た、りぃ……ぅぅ、うぅうぅぅ」

「あー、なんとなく想像がついたわ。それはさぞ苦労したでしょうね……」

「嫌ではなかったんだけどね。すごく恥ずかしかっただけで」

「ふふっ、シャルらしいわね」


 過去の出来事を思い出していくにつれ、瞳から徐々に光を失わせるシャル。頰を赤らめて顔を覆うそんなシャルを見て、思わず同情的な眼差しを送るニーナさん。

 似た感性を持つニーナだからこそ、その感情が理解できたようだ。シャルの言うシチュエーションを思い浮かべるだけでも、ましてや、自分に置き換えでもすれば、絶対に顔から火が出ると。




「んんー、でもこんなことなら今日の食事はもう少し豪勢に作れば良かったね。ちょっと気づくのが遅すぎちゃったなぁ。残念……」

「まぁ、そこに関してはもう割り切るしかないわ。それにもし気づけていたとしても、一応いまは野営中なんだし、無理して用意する程のものでもなかったんじゃない?」

「そーなんだけどさ。でも今年はニーナやハクアちゃんも一緒の聖誕祭だったから、折角ならみんなで楽しめたら良かったなーって思ってさ。はぁ……」


 その言葉に僅かながら目を見開いたニーナは、ふっと朗らかに笑みを強めると。


「なら今からでも遅くないと思うわよ。だってまだ聖誕祭は終わっていないじゃない。聖誕祭といえば他にもニコニコース様へのお願い? とかも楽しみの一つらしいし、シャルたちも一緒にお願い事とか決めたりすれば良いんじゃないかしら」


 お姉さん然とした顔つきで涼やかに告げた。

 その顔つきは正しく年長者。若干ドヤっとしてみえるものの年長者なのである。

 今日の彼女は普段とは一味違うのかもしれない。



「お、おー、たしかに! 良いね良いね! そうするよっ。アルルたちが戻ってきたら早速話してみようかなっ。んふふ♪」


 お姉さんニーナの言葉を受けたシャルは、ハッと目が覚めたとでも言うような表情を浮かべると、やや下がり気味だった気分が盛り返し、表情に花が開いた。

 ニーナはその表情を眺める事ができご満悦な様子。



 ──しかし。次いで放たれるシャルのウキウキとした言葉に、何故かニーナが固まった。




「ニーナはニコニコース様にどんなお願いする予定? もう決めてあったりする?」

「えっ」



 なんて事ない台詞なのだが、表情筋が固まってしまったかのように頬を引きつらせるニーナさん。

 パキッとお姉さんの仮面にヒビが入る。


 そんなニーナは静かに席を立つと、ゆらゆらと微笑みながらシャルに近づき。


「ねぇ、シャル?」

「ん、なに」

「──私、これでも成人しているのだけれど。……あれって成人前の子供たちに対する祝福だった筈よね?」

「…………あ」

「シャル?」

「……だ、だいじょーぶ! だってニーナはこんなにもニーナなんだもの! ねっ! だからきっとニコニコース様も目をつぶって叶えてくれると思います! うんうん! さぁ、ニーナも一緒にお願い考えましょー!」

「いま絶対、私の年齢のこと忘れていたでしょッ。それにこの見た目なら大丈夫かなーとか思ってたでしょっ!?」

「い、いえいえッ! そんなことございませんよー? ……ふふっ♪」

「あ、笑ったわねっ!?」


 子供のように頬を膨らませて可愛らしく迫ってくるニーナに、シャルは悪戯好きな子猫を思わせる雰囲気で接する。肩を掴まれてガクガクと揺さぶられながらも実に楽しげな顔をしていた。




 ──と、そんな時。





「シャルくんっ!!」




 バタンっと勢いよくドアを開けて入室してきたのは、少し前にハクアとお風呂に向かった少女──アルルだった。

 その鬼気迫るような雰囲気と慌ただしさを見せるアルルに、じゃれあっていたシャルとニーナは何事かと動きを止めた。

 緩んだ表情も一転して張り詰めたものとなる。




「シャルくん! 大変だよ!」

「ん、どうしたのっ。なにかあった?」

「──今日はプリエール聖誕祭だったんだよシャルくん!!」



「え、あ、うん………………んん?」



 緊迫した空気が一気に萎んだ。

 例えるなら、とっても重いと思って持ち上げた荷物が予想外に軽かった時のような肩透かし感。

 ハクアに大事があったとか、大量の魔物や賊が襲撃してきたとか、真剣な話が飛び出すかと思いきや、まさかの斜め上発言である。

 これにはシャルとニーナも困惑気味。



「……ねねさま、おふろでた、よ……?」

「はい。ハクアちゃんもおかえり」

「……ただ、いま♪」


 そんな不思議な空気の中に、マイペースなハクアちゃんが遅れて入場。静かに拠点のドアを閉めると、トテトテと歩み寄り、みんなの輪の中に混ざった。

 もう緊迫した空気なのか、のんびりした空気なのかよく分からない事になっている。


「それよりシャルくんシャルくん! 今日はプリエール聖誕祭だったんだよ! 聖誕祭!」

「いやアルル。聖誕祭なのはわかったけど、それがどうしたの? そこまで慌てるような理由なんてあったっけ?」

「ある!」


 瞳を輝かせたアルルの力強い即答に気圧されるシャル。だがアルルはそんなの気にする暇などないと、シャルとの距離を詰める。


「だからシャルくん! んん〜〜♡」

「へっ?」

「んんん〜〜っ!」

「ア、アルルさん?」

「ンンン〜〜ッ!!」

「……」


 突然、目をつぶりシャルの方に顔を向けるアルル。

 その行動を見てようやく理解が及ぶ。アルルの求めるモノに察しがついた。


 ──が、その内容的にシャルは渋らざるを得なかった。




「むぅぅぅ〜〜…………シャルくん、だめ?」


 しかし、アルルも簡単には折れない。

 更にシャルへと接近すると、ほぼ密着状態で瞳を潤ませての追加攻撃を始める。シャルのお株を奪うが如きあざと可愛さが炸裂する。


「ぅ、うぐっ……」


 これには流石のシャルも劣勢。防ぎきれない!

 心の天秤が拒否から一気に逆方向へと傾いていく。なんとか抵抗しようとも考えたが、眼前に佇んでいる少女──頬を朱に染め瞳を潤ませる愛らしすぎる天使には勝てず、そのままアッサリ陥落。


 天秤は拒否から承諾へと傾いた。

 ……そもそも、身内に甘々なシャルがこのおねだり攻勢を防ぎきれる筈もなかった。



「うぅ、わかったよ……」

「えへへ〜、やったぁ♡」



 シャルからの許可を得て満面の笑みを浮かべるアルル。もう見るからに上機嫌。密着どころかギューっと抱擁して嬉しさを爆発させている。

 心の内はルンルンどころかドキドキピョンピョン状態だ。



「ねぇ、シャル。さっきからアルルは一体何を言っているのかしら? 何か聖誕祭が関係しているみたいだけど……」


 と、やっと困惑を振り払ったニーナが状況の説明を求めてきた。ハクアもその隣でコクコクと頷く。


「ん? あー、えっとね。何と言うかー……アルルは毎年の恒例事を求めてるというか」

「恒例ごと?」

「う、うん……」


 ものすごく言いづらそうにシャルが口火を切って説明をする。

 シャルの家でのパーティでは聖誕祭になると、恒例化してしまっている出来事がある。


 その名も──『誓いのキスごっこ』。


 とあるゆるふわな母親がノリと勢いで始めて、アルルが大いに気に入り定着させてしまった毎年の恒例事である。


 何をするのかといえば。

 なんて事はない、頬などにキスを贈ったりするだけの単純な催しだ。それは特別恥ずかしがる必要もない挨拶程度の行為。


 だがしかし、参加するのはあの純情可憐な乙女シャルラちゃん。頰とはいえ自らの意思でキスを贈るのは、恥ずかしさが勝る。というか普通に羞恥が飽和してしまうレベル。


 故に、普段はまず自分からキスをする事なんてない。今回のイベントや、ありし日のニーナのような事がない限りは。



 だからこそ、さっきからアルルがテンション爆アゲで暴走している訳である。

 今日が貴重な──『シャルから合法的にキスをしてもらえる日』だから。



「な、なるほどね。確かにそれならアルルが暴走している理由もわからなくはないわね……」

「……うん、うん……」


 納得がいった様子の二人。

 ニーナはやや呆れの混ざった眼差しをシャルに送り、次いで、抱きつき状態のまま『まて!』をされている忠犬アル公を見ると苦笑いを浮かべ。

 ハクアは何を考えているのか分からないぼーっとした表情で頷いていた。



「シャルくん、シャルくん♪」

「わかった、わかったからアルルさんは少し離れよう? 流石に近すぎてやりづらいからさっ」


 もう待ちきれませんとアルルが急かす。

 そんな彼女を既に恥ずかしさがピークな様子のシャルが宥める。もう顔と耳は真っ赤っかだ。



「ん〜♡」



 ──どうせ足掻いたところで無駄なのだ。一度決めたならば、やってやろうではないか! 毎年の事なのだから慣れているもの! それにアルルは妹なのだから、恥ずかしがる必要もないのです! そう、これは謂わば兄妹による当たり前のコミュニケーション!!


 羞恥に呑まれながらも、そう男らしく(?)腹をくくったシャルは、やってやらぁ〜っとアルルの肩に片手を乗せて顔を近づけ──その頬にそっと触れるような優しいキスを落とした。









「……ふわぁ〜〜♡」



 永遠のような一瞬のキスを賜ったアルルさん。

 頬にささやかな口付けをされただけなのに、もう全身とろっとろに蕩けている。

 両手を頬に当ててその場でクルクル回転。

 幻想的な銀髪が上機嫌にひるがえる。口元が緩んでニマニマが止まらない。ハートマークも全身からポンポンポンだ。



 見ている側が恥ずかしくなる程の甘い空気が拠点内に溢れる。ニーナは雰囲気に当てられたのか、その長耳を赤く染めて挙動不審になり、ハクアもどこか幸せそうな表情。

 そして、当のシャルは恥ずかしさの限界が近いからかプルプルと震えながらも、右手をきゅっと握りしめ、やりきった自分を内心手放しに賞賛していた。


 ──よく頑張ったっ。この試練を乗り切った自分ならば、もう何も怖いものなどないのです!


 よせば良いものを、そんなある意味過剰な自信をつけてしまったからか、新たなる試練の足音が迫ってきているのに気づけなかった。



 ……くいっ。くいっ。



「んぁ?」



 服を軽く引っ張られたシャルは、ポカンとしながら振り返る。そこには──


「……んー……」

「え、と、ハクアちゃん?」

「……だめ?」

「ぅぐっ」


 無垢な瞳で小首を傾げるはハクア。透き通った綺麗な紅眼がシャルの心身を射抜く。

 ハクアが一体何を求めているのかは一目瞭然。

 この可愛らしいおねだりを無下に断れる人がいるだろうか? 否、いないに決まっている。

 そんな者がいるとするならば、鬼か悪魔か物の怪の類に決まっている。


 シャルが進める道は一本しか残されていなかった。

 もう恥ずかしさはとうに限界を迎えている。しかし、ここで退いては男が廃る!


 今一度、シャルは己を奮い立たせてハクアに向かい合う。


「……すぅ、──よしっ」


 ハクアの澄んだ瞳を真剣な眼差しで見つめ返す。

 シャルはその柔らかな頬に手を添え──可愛らしく主張をしている額に口付けを行う。






「……えへ♡」



 おでこに両手をあてて柔らくはにかむハクア。

 アルルとは違った陽だまりのような暖かい表情に、僅かながらほっこりとさせられたシャル。


 もうここで区切りをつけて逃げだしてしまっても良いのではないか。そんな甘い誘惑に駆られるシャルだったが、まだ己が試練は終了していないと気づく。


 なにせ彼ら一行の人数はシャルを除いて三人だ。


 チラッとシャルがある方向に一瞥を投げる。

 視線の先には羨ましそうな、然れど恥ずかしい。そんな二律背反の内情を滲ませたエルフ少女がいた。



「ニーナ」

「ひゃい!?」

「こちらへ」


 魅惑の流し目で、手のひらを差し出して彼女を呼ぶ仕草はなんともサマになっている。

 ただ、どうにも気障すぎる。

 行動や言動に普段のシャルらしさが皆無だ。



 というのも。



 この黒髪童子──完全に錯乱しているのである!

 



「さぁ」

「……あ、うぅ」

「大丈夫」

「ふえぇ!?」


 モジモジと躊躇するニーナを見かねた暴走シャルラさんは、自ら歩み寄ると腰に手を回し、やや強引にニーナの身体を抱き寄せる。

 お互い向かい合うように密着する形となったシャルとニーナ。すかさずシャルは右手をニーナの顎に添えて、可憐な微笑みと共に彼女の頬へと唇を落とした。



「は、ぁ、うぅぅ〜……」




 腰が抜けたように崩折れる真っ赤なニーナを横目に、暴走していたシャルは次第に落ち着きを取り戻していく。疲労困憊ながらも、ふつふつと達成感のようなものが湧き上がる。


 ──やりきったっ。乗り越えましたッ。


 万感の思いで自分の成長を噛みしめる。もうこれ以上恥ずかしいことをしなくていいのだと、極限状態だった精神に安らぎを与えた。

 張り詰めた緊張の糸を緩めて、無防備とも言えるほど気を抜いた。


 

 その隙が余りにも大きすぎたのだ。



 何事も気がついた時には手遅れになっているもの。



 世界とはいつだって無情であるからして。





「シャルくーんっ、はいじゃあお返し〜♪」

「……はくあ、もっ」

「頑張ぇ、わたしぃっ」



 聞こえたのはなんとも明るい声音、楽しげな声音、そして、己を叱咤させたふにゃふにゃ乙女の声音であった。

 シャルが『あ!』と反応した時には後の祭り。




「ッッ!!?」




 左の頬に、右の頬に、そして唇に(・・)……。

 ハクア、ニーナ、アルルが口付けを落としていった。それを理解したシャルは──。



「え、あ、あぁぁあののの………………きゅ」

「「「きゅ?」」」





「きゅうぅぅ〜〜……」




 初心すぎるシャルラさん。遂にギブアップ。

 恥ずかしさが天元突破の模様。

 一瞬で許容量を大幅に超えてしまったシャルは、全身を真っ赤に染めて意識を飛ばした。


 ゆでだこシャルちゃんが脱力して倒れる寸前、ハッピーが極まっているアルルがその身体をがっちりキャッチ。惚けながらシャルラ成分の補充を行う。

 そこに混ざるはマイペースな獣人ハクア。

 仲間はずれはお断りのエルフことニーナ。


 そして、完成したのは幼気な少女によるトライアングルフォーメーションだった。



 なんとも不思議な光景が出来上がってしまったものの、シャルが言っていたみんなで一緒の聖誕祭は、こうしてある意味で成就し、鮮烈な記憶と共に心へと刻み込まれたのであった……。











○とある無欲な者達の願い


(──アルルやニーナ、ハクアちゃんが健やかで幸せな日々をおくれますように)


(みんなのお願いが叶いますように〜!)


(これからも皆んなと一緒にいられますように──ってやっぱり私がお願いするのはダメなんじゃないかしら!?)


(……ねねさまたちが、これからもぽかぽかでいっぱい……)

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