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貴女に一目惚れをいたしました


 ──侯爵領首都ファナール、上層区画中央。


 そこには街を象徴する巨城が建つ。

 どっしりと重厚な外壁に、どこか丸みを帯びた部分の多い城外観。対となる巨塔、連なる小塔と飾りの抑えられた半円アーチ、交差型の穹窿など。

 質実剛健さが強く滲みでているこの建物が、侯爵の住まう『マールス城』である。


 全体的な印象は、アルルの育ったアスラディア孤児院と同じく、ロマネスクに近い様式が見られるが、魔法を建築に用いている為か、やはり相違点も多い。

 城自体は比べるまでもない程に縦横が巨大であるし、壁部に設けられた窓も大きく洗練されている。

 城の壁はそれほど厚くなく、内部空間も広く取られており、豊富な光源に照らされていて明るい。

 装飾は侯爵の性格故なのか少ないものの、落ち着いていて厳粛な雰囲気が漂っていた。

 

 そんなお城の中の一室。

 応接室ともいうべき部屋の中で、シャル一行はお城の主と顔を合わせていた。




「おぉぉっ、君たちがこの都を救った英雄一行かっ! 成る程、幼くも賢しい眦をしておるなっ! 正しく英雄に相応しい姿である! 何より大層愛くるしい!」


 鼻息荒く頰を緩めた壮年の男性が、言葉尻を強めて叫ぶ。背の高さやガタイの良さといい、厳ついロマンスグレーのオールバックといい、鋭い赤銅の目つきといい、全体的に威圧的な見た目のこの男には似合わない行動だった。その所為なのか、シャルたちも呆然として惚けている。

 男の元にため息をついたフロルが近づいて、ポンっと男の腕に手を添えた。


「まったくアルドルさまったら、そんなお緩みになった顔をなさって、お客様方が引いておりますわ?」

「お、おっと、これは失礼した。いやぁすまないね。以前から常々招きたいと思っていた故、舞い上がってしまったよ。まずは遅ればせながら自己紹介をしようか。──私はアルドル・マールス。この地を治めている領主である。とはいえ、変に畏まる必要はないぞっ? いまは気軽にアルドルおじちゃんと呼んでくれて構わない! いや是非とも呼んでほしい!!」

「は、はぁ……」

「ほぇ〜……」


 フロルから小さく注意を受けた侯爵家のご当主──アルドルだったが、自己紹介と話しているうちに、またしても頰が緩んでデレデレとし始めた。


 いちおう、この男こそが『七貴人』の一人であり、勲章を受け継ぐ大貴族。

『東の守護者』とも呼ばれて、国軍の一つ『王国陸戦軍』を束ねる大将軍でもあるアルドル・マールスその人なのだが……。

 いまはその貫禄が何処かに消え去っていた。

 目尻は垂れて、頰と口元はだらしなく緩み、見るからに浮かれた雰囲気を漂わせていた。


 ただ、さもありなん。マールス侯爵家の血族は総じて『子供スキー』なのである。これは、国にいる貴族衆はおろか王族にさえ周知されている性癖なのだ。

 知る人ぞ知る情報として、七貴人の中でも『四侯』は特に変わっているとあるくらいに。


 シャルたちはその情報は知らなかったようで、面食らってしまっただけだった。


 しかし、いつまでも惚けている訳にはいかない。

 シャルを皮切りに気を取り直していく一同。

 すぐさま返礼として自己紹介をおこなっていった。



「はじめましてっ! あたしはアルリエルといいます。お招きありがとうございます!」

「お目にかかれて恐悦至極に存じます。私はシャルラハートと申します。こちらは仲間のニーナと、ハクアです」

「よ、よろしくおねがいしましゅっ」

「……します?」


 小さなカーテーシーと共に皆ペコリと頭を下げる。

 明るく元気溌剌のアルルと、堅めに礼儀正しいシャルの息ぴったりなコンビネーションが炸裂。

 そして、偶然とはいえニーナの甘噛みが空気をほんわかと変えて、ハクアのあざといくらいに純粋な挨拶がトドメとなった。


「おぉぉ、なんと可愛らしい……感慨無量だ。いま俺は物凄く満たされた。もう死んでも良い……」

「アルドル様、何をおっしゃっているんですのっ。しっかりなさいませっ!」

「ふはは、流石に冗談である」

「もうアルドル様っ! 流石に冗談では済みませんわっ」


 シャルたちは、突然始まった見た目ミスマッチな夫婦漫才を不思議そうに眺めていると、お城の使用人らしき女性が近づいてくる。


「お客様、席にご案内させていただきます。こちらへ……」

「あ、はい。わざわざありがとうございます」

「えへへ、ありがとうございます〜」

「あ、ありがとうございます……」

「……っ、ありがとう、ございます……?」

「い、いえ、滅相もございませんっ」



 シャルたち全員から言葉を受けて、女性は一瞬驚いたように飛び上がったものの、すぐに気を取り直し、部屋に設置されている席にしっかりと案内する。


 案内の最中に話を聞くと、どうやらこの後は食堂に移動してご会食となるようだ。現在準備を進ませているらしく、それまではこの応接室で待機となるそう。


 シャルとしては、食事もなにもかもを全て辞退して静かにやり過ごしたい所なのだが、流石にここで断るのは難しかった。

 せいぜい出来るのは、ボロを出さないこと、疑われるような態度を見せないこと、アルドルがどこまでハクアやハクアの居た場所について知っているのかを、さりげなく探ることぐらいだった。



 一連の予定などを使用人から話を聞き終えると、見計らったように漫才を終えたアルドルとフロルが対面の席に着いた。


「いやぁ、待たせてしまってすまない。準備の方もあるが、実は今日は下の息子も同席する予定でな、いま急いで訓練場から向かわせておるのだよ」

「御子息さまですか?」

「あぁ、長男はいま王都に滞在していてな、参加するのは下の息子だけとなる。長男は参加出来ずに悔しがるだろうが、運がなかったと諦めてもらおう。勝負に限らず何事も時の運と言うからなっ!」

「はぁ、そうなのですか……」

「──うむっ。故にだ。退屈しのぎではないが、この場にて暫しの間歓談と洒落込もうぞ」

「成る程。承知しました」

「はい〜♪」


 キリッとしたアルドルの表情を受けて、シャルは顔が引き攣りそうになるのを堪える。

 出来る限り礼儀正しく振る舞い、先ほどの使用人に注いでもらったお茶を優雅に傾けて取り繕った。


 ただ、そんな姿一つでも絵になってしまうのがシャルクオリティ。所作や作法の全てに謎の貫禄がある。装いが冒険者服なのに何故か優雅だ。

 思わず部屋にいた使用人達が見惚れて、目の前に座っていたアルドルも驚いたような顔になる。



「ふむ……アルル殿もそうだが、シャル殿も貴族の出という訳ではないのであろう? なんと言おうか、この場だから言えるが、立ち居振る舞いが下手な貴族より貴族らしいな。その年頃では考えられない程だ」

「ふふ、お褒めに預かり光栄です。ただ、私は一介の庶民に御座います。所作に関しましては、非礼を働かない為、必死に取り繕っているだけでして。見苦しいと思われず安堵しております」


 綺麗な笑顔で淑やかに応じるが、もちろん嘘である。シャルはそんな殊勝な性格ではない。

 単に『畏れ多いです』オーラを纏って、アルドルとの距離をとっているだけだ。

 しかし、アルドルだって腐っても七貴人。

 そのあたりの空気を薄々とはいえ察している様子。

 まずはシャルの警戒を解いてもらおうと、必死に話題を振る。ありのままの姿、ありのままの笑顔で接してほしいアルドルは必死なのである!



「はははっ。妻も言っているだろうが、作法など気にしなくとも良いのだぞ? シャル殿はなかなかに真面目な娘のようだ。流石はユミルネ殿が弟子に取っただけはあるというべきか。その真面目さは魔術師として将来有望であるな」

「ありがとうございます。侯爵様は師との間柄をご存知なのですね」

「うむ、以前伺った際にユミルネ殿が自慢しておったよ。珍しく楽しげな笑顔を浮かべてな」

「そうでしたか。お恥ずかしい……」

「あぁ、そういえばユミルネ殿の屋敷が一晩にして消えてしまったが、シャル殿も驚いたのではないか? 聞けば当時は帰郷していて、去った事柄を知らなかったのであろう?」

「はい。こちらに戻ってきてみれば、跡形もなく消えていたので驚きました。師からは何も聞かされていなかったものですから余計に……」

「ふーむ、こちらも急なことだったので皆驚いておったよ。まぁ、ユミルネ殿は世界各地に拠点を持っておるらしいし、気分によって転々と移動するとは聞いていたからな。俺としては遂に去ってしまわれたか、といった心持ちであるが」

「確かに師は気まぐれな人ですからね。私も驚いてはいますが、納得もしておりますから」




 結局、シャルは言葉を崩さず、淑やかな雰囲気と微笑で終始アルドルを寄せ付けなかった。

 アルドル必死の話題振りも空振りに終わった。

 むしろ、当のシャルは『予想よりもこっちの情報が多く漏れていそうだなぁ……』と、内心で苦渋の表情を浮かべているほどである。

 残念ながら心の距離が縮まることはないだろう。


 面倒くさいことに、ニーナとは違ったベクトルで人見知りなのがシャルだ。特に社会的立場の高い人物が、シャルの心を開かせるのは相当に難しい。

 それこそユミルネくらい上手く事を運ばなければ、短時間で警戒心を解いてもらうのは不可能だ。


 アルドルとの会話を乗り超えて、シャルは溜息をつきそうになるのをなんとか堪えると、気を紛らわせるためにアルル達を一瞥してみる。

 アルルは慣れてはいないだろうに、対面に座るフロルや、たまに質問を飛ばしてくるアルドルと、そつなく会話をこなしている。ニコニコと愛想が良いアルルと話すアルドル達は楽しそうだ。

 対してニーナは、見ている側が心配になるほどにカチコチだった。話題を振られても『はひっ』やら『光栄でしゅっ』やら散々な状態。

 それがまたアルドル達に可愛がられる元となっていた。


 そして、不安点だったハクア。

 始めは染み付いた警戒心からか、飲み物などには一切手をつけていなかったが、シャルが近くにいるおかげか、次第に身に纏う雰囲気は柔らかくなり、今ではどこか抜けたようなボーッとした佇まいで、染み入るような心地よい癒しを提供していた。

 現にアルドルは彼女の仕草などを見ては頰を緩め、大いに癒されていた。

 ハクアが暗殺者であると疑う素振りも皆無。

 ただのデレデレなオジちゃんでしかなかった……。


 ちなみに、今のハクアやニーナは魔法具を付けているので、侯爵側に亜人としての特徴は見えていない。

 視界に映っているのは、単なる白髪の可愛らしい幼女と、亜麻色の髪をしたあわあわ幼女である。







 ──コンコン、コンコン。


 それから暫しの談笑を経て響いたノック音。

 この場についに役者が揃った。

 マールス侯爵家の第二子である男の登場である。



「アロウ・マールス、只今参りましたっ! 長い時間お待たせしてしまい申し訳ありませんっ」


 背筋伸ばして姿勢良くハキハキと喋るこの好青年が、マールス侯爵家の次男であるアロウ・マールス。年の頃は十代半ばから後半辺りで、整えられた赤茶色の髪と父譲りの力強い赤銅の瞳は、サッパリとした印象を与えながら、同時に誠実さも感じさせている。

 背は父親に似て高めだが、身体は細く引き締まっていて、顔つきは母親に似た柔和なものだ。


 彼を簡単に総じるなら、爽やか系の美少年が適当だろう。まぁ、とどのつまりイケメン君である。


 そんなイケメン君は遅れてしまった詫びとともに、客であるシャルたち一人一人にしっかりと顔を向けていって──ピシリと固まった。


 面白いくらいにピシリと固まった。

 いま彼の視線の先にはアルル──ではなく、シャルが佇んでいる。それだけでお察しだった……。


 シャルはアロウの人となりやらを見極めるためか、綺麗な紅い瞳でもって彼を見つめ返している。

 アルルとニーナはこの先の展望が想像できるのか、気まずそうに苦笑いを浮かべた。




「なんて……なんて、麗しいのでしょうか」

「はい?」


 彼の口から零れ出たのはそんな言葉。

 ほとんど聞こえないであろう小さな言葉を、シャルは拾っていたようで、ポカンとした表情で小首を傾げる。その際に長めの黒髪がふわりと揺れる。身長差から上目遣いの構図が生まれる。愛らしい表情が際立つ。すべて無意識からの行動だった。


 頰を赤く染め惚け気味のアロウは、吸い込まれるように、足取り軽く素早かにシャルの元まで近寄る。



 そして──



「貴女に一目惚れをいたしました! どうかこのわたしの妻になっていただけないでしょ──」

「ごめんなさい」

「──ぐふっ!? そく、とう? そんなぁ!?」



 瞬時に地面へと崩れ落ちた。


 惨めに這いつくばるアロウを横目に見つつ、シャルが初めにとったのはアルルたちの顔色を伺うこと。

 チラリとそれぞれ顔を向けると、タイミングが重なったのかバッチリと視線が交わった。

 アルルは小さく微笑むと、シャルに対して愛嬌たっぷりのウインクひとつ。ニーナは苦笑いを浮かべたまま見つめ返し。ハクアに関しては最初首を傾げていたが、シャルと目が合った途端ふんわり微笑んだ。

 みんなから反応が返ってきて癒されたのか、シャルもほんの少しだけ表情が柔らかくなる。


 可哀そうなアロウを他所に、シャルファミリーは目線だけで通じ合い仲良しムード。

 フロルは『あらあら』と苦笑い。

 応接室には腹を抱えて大笑いするアルドルの声だけが、やけに大きく響いていた……。







2018/04/16-改稿(クオリティ改善)

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