とある新聞記者に訪れし幸福
第九作ですね。
読んでやっていただけると幸いです。
…………
ありきたりでつまらない世界。
世界の事実を書き連ねるだけの仕事。
その仕事に従事しているだけの自分。
この世界に何の意味がある?
この自分に何の意味がある?
本当に、つまらない……
「じゃあ、そんな君に、幸福を得られるちからをあげよう」
何でかは分からないが、唐突に脳裏に声が響いた。
君は誰だ。
「特に名前は無い。天使と呼ばれたこともあれば、死神と呼ばれたこともある。悪魔って呼ばれたこともあったっけ」
今までに聞いたことがあるような気もするしないような気もする。そんな捉えどころのない声が対話を求めてくる。
じゃあ、その悪魔さんが俺に何のご用で?
「さっきも言ったじゃん。世界をつまらないと思う君に幸福になってほしいんだよ」
それで俺に力をくれると。
「そゆこと」
そんなことをして君に何の利点がある?
「利点? 新聞記者って職業はどんなことについても理由を欲しがるのかい?」
職業病なんだよ、裏を取るのは。
「ふうん。利点か、僕にとって利点になることはあるって言っておこうかな。君がどうこのちからを使うのかも見たいしね」
……何かの実験台みたいな感じか?
「まあそんなとこ、でも君も変化が欲しいだろ? 幸福になりたいだろ?」
だんだんと悪魔の声が身ぶり手ぶりを始めそうなほどに大袈裟になっていく。
本当にちからを得ることで幸福を得られるのか?
「それは君次第さ。でもちからだけでも得る価値はあるさ」
そのちからってのがどんなものなのにかにもよるだろ。具体的にはどんなものなんだよ。
「受け取ってくれれば、すぐに分かるさ。さぁ、受け取るかい?」
今のままの世界で暮らしていてもただつまらないだけ。ただつまらない世界でつまらなく過ごすよりなら……
分かった、受け取ろう。
その瞬間、悪魔が俺に微笑んだように感じた。
確かにすぐにどんなちからなのか、分かることができた。脳裏に家が揺れる映像が流れる。そしてその三秒後地震が家を襲った。な、何だったんだ今のは。揺れがおさまってそう考えていると、また悪魔の声が聞こえ、このちからの使い方を教えてくれた。これはまた便利だな。これで、とりあえず退屈していた日々を抜け出せそうだ。
俺は未来を見る能力を手に入れた。
それからというもの、本当に順風満帆な日々を送ることができた。これから起こることが分かる。しかも事象が起こるところを鮮明に見ることができる。記事として何を書くべきなのかはっきりと分かる。見えたことを文章にして伝えないと! 仕事にやりがいを感じる。
「どうだい、幸福な日々を送ってるかい?」
時々、悪魔の声が聞こえる。楽しい日々を幸福と呼ぶのなら、今は幸福なのだろう。ただ、仕事に熱中しすぎて、少し体を弱らせていたようだった。
「大丈夫?」
ある日、同僚に話しかけられた。
「顔色悪いよ。疲れてるの?」
「ああ、憑かれてるのかもな……」
悪魔に、いや、仕事にかもしれない。
「少し休みなよ、本当に体壊すよ?」
「うん、大丈夫、だいじょ……」
そこまで言って、意識がとんだ。
次に意識を取り戻し時、さっき話しかけてくれた彼女が目の前にいた。
「あ、起きた」
いつの間にか、場所が自分のデスクから隣の休憩室へと移っていた。あれ、何で俺ここに……。
「いきなり寝ちゃったから、心配したんだよ……」
彼女が言うには、あの後俺は椅子から転げ落ちたらしい。室内が一瞬騒然となったものの、俺はただ寝てるだけだということが分かり、ちょっと休ませておけということで部長が俺を休憩室のソファーの上まで運んで、彼女が様子を見ていてくれたようだ。
そこまでの事情を彼女から聞いて、俺は顔から火が出そうだった。
「いや、なんか、ごめん。あと、ありがとう」
うつむきながらにそう言うと、彼女は、
「いいっていいって、それよりちゃんと休みなよ?」
と、明るい声で返してくれた。顔を上げると、そこには彼女の笑顔があった。
これをきっかけに、俺は彼女と話すことが多くなっていった。今まで、仕事にきちんと向き合っていなかった分、周りの人ともあまり良い関係は築けていなかった。もちろん彼女とも。でも、話していくうちにだんだんと暖かい気持ちになっていった。仕事のことも、趣味のことでも、彼女と話していると、時より彼女の笑顔を見ることが出来る。その笑みは俺の心に染み渡っていった。だんだんと俺は彼女に惹かれていった。
能力を手に入れてから三週間が経った。一週間前、俺は彼女に付き合ってほしいと伝えた。彼女も俺のことを受け入れてくれた。やはり彼女と一緒にいることは楽しかった。そうか、これを幸福というのか。俺は幸福を得たんだな! そう思っていた。
でもそう順風満帆な日々は続いてはくれない。
二日前、もう定番になってしまった、未来を覗いて記事を書く仕事、これをただただこなしていた。こなしていて思ってしまった。
何か……退屈だな。
未来が分かる。それが何だ。人生って何が起こるか分からないから面白い。そう誰かが言ってたじゃないか。
それ以降、あれほど熱中していた仕事が楽しくなくなった。この仕事は、僕にとっての仕事の本質は全く何も変わっていない。僕にとって、この仕事は「事実を書き連ねるだけの仕事」だ。
翌日、僕は変わらず彼女と一時を過ごしていた。ただ、仕事のことについて気付いてから、自分の中で変わってしまったところがある。……不安なのだ。
なぜ、彼女は俺と一緒にいるのだろう。
確かに付き合って欲しいといったのは俺だ。でも俺の何かに好意を持っていなければ、彼女は俺を受け入れてくれなかっただろう。じゃあ、俺のどこに彼女は好意を持ってくれているのだろうか。
こんなところでも理由を求めている。やっぱり職業病なのだろう。そして、俺は一つの仮定に辿り着いた。もし、彼女が「仕事ができる俺」に好意を持っていたのだとしたら……。
仕事に熱中できない。でも頑張らなければ彼女が俺から離れていってしまうかもしれない。俺は……どうすればいい?
――二日後
何とか俺はしたくもない仕事にくらいついていた。結局また、俺は変化を求めているようだった。そういえば、たまに話しかけてきた悪魔の声も最近聞こえない。一体何をしているんだろうか。
お昼過ぎ、彼女が
「ちょっと取材行ってきまーす」
と言って、部屋をとび出していった。いつも通りの日常の光景。別段、特に感じることもなく、彼女が出て行った扉から机に視線を戻す。
その刹那、もう慣れきってしまった感覚に侵食された。何か、未来が見えるはずだ。さて、何が見え……
……あ、……あ!!
そこに映ったのは会社のオフィスが入ったビルから出た彼女が、目の前の交差点を越えようとした時に、信号を無視して侵入してきたワンボックスカーに、その命を奪われる映像だった。
「やあ、どうする?」
久しぶりに悪魔の声が聞こえた。なぜだろうか、まわりの時間が止まっているかのように、何も動いていないようにみえる。
「違うよ。僕が止めているんだ」
!! そんなことも君にはできるのか……
いや、それよりも!!
「分かってる。僕は今、君の中にいるようなものだよ? 君の考えてることは僕にも筒抜けさ」
だったら!!
「落ち着いてくれよ。君なら彼女を助けられる」
……えっ?
「今から追いかければまだ間に合うって言ってるのさ」
悪魔がそう言ったのを境に時は戻った。
さっきの言葉が頭の中を反芻する。まだ間に合う……。まだ間に合う!!
俺は椅子を鳴らして立ち上がり、オフィスをとび出した。彼女を助けるんだ!! エレベーターを待つ時間が惜しい。俺は下の階へと階段を駆け降りる。
「助けに行くことにしたんだね」
時間が止まっていなくとも、悪魔は話しかけてくる。
「でも、いいのかい? これから君がしようとしているのは、未来を大きく変えてしまう行為だ。その行為をする代償として君はその力を失ってしまうことになるよ?」
それならそれで好都合だ。もうこの能力も疎ましく思ってたからな。
「そうか」
……君はいいのか? 俺が能力を失っても。
「ああ。君と一緒にいて得るものは得たからね」
そうか。
「……サイゴに一つお願いしてもいいかい?」
なんだ?
「君の新聞に求人広告を載せて欲しいんだ」
何のために?
「う~ん、強いて言うなら、君の次の実験台を探すためかな」
そういうことか、結構いい思いさせてもらったし、そのお礼として、そのお願い引き受けておくよ。
「ありがとう。君といた日々は楽しかったよ。ほら、出口が見えてきた」
ビルの入り口まで来た。自動ドアの先に彼女の姿が見える。
「×××××」
彼女の名前を叫んだはずだった。でも、あれ……声が聞こえない。いや、音という音全てが聞こえない。何かが違う。何かがおかしい。そうだとしても!!
駆ける。駆け寄って彼女に近寄る。彼女はこちらに気付いていないようだ。視界の端に脳裏に映ったワンボックスカーが映る。
急げ、急げ!!
自分の右手を伸ばす。彼女の左手を掴む。
間に合った!!
彼女の手を引き、車道に差しかかった彼女の体を歩道に引き戻す。引き戻して、そして、
勢い余って俺の体が車道へととび出した。
時が進むのが遅くなったように感じる。何が起こったのかが分からず、ただただ驚いている彼女の顔が見える。彼女の顔を見た途端、今までの三週間ちょっとが鮮明に蘇る。それと同時に、自分が車にぶつかる未来が頭の中を駆け廻る。
……そうか。俺死ぬんだ。
俺が惹かれていった彼女の目の前で轢かれて逝くことになるんだ……。
この状況は面白くはないが、脳裏に浮かんだ三週間を振り返ってみると、やっぱりとても楽しい三週間だった。いろんなことがあったけど、とても楽しい三週間だった。
この世界に何の意味がある?
俺が彼女に出会えたという意味がある。
この自分に、何の意味がある?
命をかけて彼女を守ったという意味がある。
三週間前の俺は「意味」を見いだせなかった。今はそれを見出すことができる。
それだけで十分幸福だ。
能力を得たことで、彼女と出会うことができた。
それだけで十分幸福だ。
能力を使うことで、彼女を救うことができた。
それだけで、俺は十分に幸福だ。
体がゆっくり地面に近付いていく。車がゆっくり俺の体に近付いてくる。ああ、もう時間がないようだ。そう思って、俺は目の前の彼女に向かって口を動かした。
好きだよ
……最期に悪魔の声が聞こえた気がした。
「じゃあね」
翌日、新聞の一角に小さく彼の訃報が載った。その斜め上に、彼の記事よりも小さいスペースで一つの求人広告が載っていた。
[未来を見る能力を差しあげます。あなたの寿命の六割と引き換えになりますが、「幸福な人生」を保障致します]
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