③
いつまでこんなこと続けるつもりなの?
そんな誰かの言葉、薫は答えない
貴方が欲しいのはそんなものじゃないでしょう?本当に欲しいものには手を出さないなんてヘタレにもほどがあるのよ貴方。
言い返す言葉もないのか、薫は黙ったままだ。
現に薫のしてきたことは全て一人の想い人への募る気持ちが暴走した結果であり、それは欲望のはけ口でしかない。
そりゃあ薫から見てかわいいかわいい同性諸君に魅力を感じているのは事実として存在していたが、本気で欲しいと思ったのは先輩ただ一人。
だから誰かのその言葉は完全に図星で、反論したくとも薫は出来ない。
ぐうの音もでず黙りこむしかないのだ。
…もう諦めたらどう?貴方もこちら側の人間でしょ、楽になりなさい。
好きでこうなったわけではなかった。
薫にとって見境もなく襲うのはこれっきりにしようと何度思ったことか。
しかしもう戻れやしない。
これまで何人もの男性を堕としてきた、時には犯罪めいたこともやった。
薫は真人間に戻ろうとも思わない。
ならばどうする、誰かの言葉にこのまま頷くのか。
答えのでない押し問答、巡る解答は誰の為?
中々強情なやつね。…まあいいわ、それなら貴方はそこで一生引きこもっていればいいじゃない。日の目を見ることなく勝手に死んでしまえ、この分からず屋がッ
くるりと回転して見えたのは幻か、誰かはその場から立ち去ろうとしていた。
それに思わず薫は手を伸ばし引き止めようとした。
正にその瞬間ーーーー視界は脆くも崩れ去り全ては無に帰った。
◇
ヂヂヂヂヂヂヂヂッ
いつものチャイム音、薫は十秒とかからず素早く起き上がった。
目覚ましが鳴り響く中、冷静にベッドから顔を出す。
少し伸びをしてから彼は自分のベッドメイキングをするのだ。
これは最早彼の習慣であるから未だに頭は完全に夢から目覚めてはいなかったのだが、体はしっかりとするべきことを覚えていてる。
着々と学校へ行く準備は進められていた。
パジャマから制服へ、朝ご飯も彼はパン派であるので専らトーストである。
彼は眠気眼のまま洗面台へと上がり顔を洗う。
彼の眠気もそこで洗い流され、水で濡れた自分の顔がしっかりと視覚出来る。
今朝も家族は誰もいない、家には彼一人だ。
だからこそテレビの雑音すら聞こえないし、彼を止めるものもまたいない。
「うーん今日はこれでいいかな。」
彼は洗面台に置かれた香水の数々に手を伸ばし一つの香水をとる。
柑橘系の匂いのする香水である。
爽やかな匂いで男女共につけたとて不快に思うものは少ないものをチョイスした。
それを彼は手首に少量だけつけた。
匂いをつけすぎるのは良くないと熟知しているようだ。
彼は洗面台を後にし、朝食をとり、家を出る。
手に持つ鞄は軽やかに振り子運動のようにゆらゆらと揺れゆく。
彼はご機嫌に鼻歌を歌いながら通学路を歩いていく。
何がそれほど楽しいのか、最近流行りの曲を口ずさむ。
足取りは軽く、後ろに翼でも生えているかのようだ。
通学路には何人かの同級生が登校している。
薫は一人として素通りすることなく、おはようの挨拶。
同級生の皆も遠慮がちに返す。
それを満足そうに頬を緩めて薫は笑った。
(ああ、楽しい。楽しいなぁ世界はこんなにも娯楽に溢れてる。それはとっても喜ばしいことだよね。)
笑みを深める薫に、何も言わず見守る同級生の瞳にはかすかな恐れが浮かんでいた。
あるものは目をそらし、あるものは尻をきつく締め、またあるものは熱っぽい視線を送る。
平凡な高校生とはかけ離れた視線の数々に当の本人は全く気づかない。
ただ遠くを見つめるように笑う。
(もう我慢できません。先輩、今日こそ覚悟してもらいますよ。)
見えていたのは彼が愛してやまない一人の男性の姿。
逞しい身体を持ち、切れ長の瞳は人を射殺すかのように凶悪だった。
普段から一人でいる彼の元へ、薫は浮き足立つ足取りで向かう。
そこにどんな障害があろうと必ず乗り越えて見せる。
そんな強い決意を抱き薫は校門をくぐった。
そして薫は出会う。
夢に出て来た声、その主であろう人物に、正面から向き合おうとしていた。