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夕焼けに染まる校舎、人気のない教室、今宵も始まる彼のオンステージ。

彼から放たれる雰囲気は普段の彼を知る者なら目を疑うものだ。

まさにその姿は狩人、一度獲物を決めたら逃さない絶対的な森の強者。

彼は笑う、静かに笑う。今までの獲物とは一味違う、そのことを彼自身がよく知っている。

だからこそ彼は気丈に振る舞い、緊張に震える体を自ら沈めるように言葉を発した。



「…今日こそは絶対逃しませんよ。待っていてくださいね先輩?」



ゾッとするほどの冷気が彼を包み、やがて教室内へと波及する。

時期としては春、ポカポカとしていた先程までの教室も嘘のように冷えてしまう。

彼はゆっくりとした仕草で帰り支度を始めた。先輩とは一緒に帰ることを約束していたのだ。

だったら急げばよいものをあえて彼はゆっくりと、時間が許す限りゆっくりと鞄に物を詰めていく。

そしてようやく終わったのだろう、彼が席を立とうとしたその時教室の扉は勢いよく開かれた。

彼はそれを知っていたかのように動じることもなく、扉の前に立つ人物の元へと駆けつける。



「…そんなに急いでどうしたんですか?早く帰りましょうよ先輩。」



彼はそう言ってまるで天使のような微笑を浮かべて、先輩と呼んだ人物の腕をとる。

一見するとただの恋人同士、しかし彼らには性別的な隔たりがあった。

彼らは男と男、けして結ばれてはいけない禁断の恋。

彼らのことを俗にこういうのだろう 「ホモ」 と

しかし彼はそれでもよかった、むしろそっちの方がよかったと言ってもいい。

彼には野望があった、夢があった。その為ならば彼はなんでもしたし、何でもするつもりだ。

だからあえて言わせてもらう。彼は「クレイジーサイコホモ」だと、そう言わざる負えないものだと。

彼は笑う静かに笑う。彼の願いがかなうその日まで終わることのない狩は続く。

否応もなく続くのだろう狩りを一人の男が静かに傍観していた。

男は彼が狩りを止めるその瞬間まで彼を見ていようと心に決め、固唾を飲んで静観を決め込んでいたはずだった。

だからだろう気が付かない。彼は目の前にいるというのに何故か後ろから声がした。

それは正しく恐怖、耳元に囁く彼の声に男は戦慄するのだった。




「ようやく捕まえました。小谷先輩♪」




自分ではない、否自分だと信じたくもない悲鳴が男の口から飛び出す。

男は走った、脇目も振らずに一目散に逃げ出した。

呼吸が激しく乱れ、靴も履かずに外へと飛び出す。

なりふり構ってなど居られなかった。帰り道もどんな道を通ったかなど男の記憶にはない。

ただ気づくと彼は自宅の玄関に倒れ込んでいた。

息が上がっている。カラカラに乾いた喉は今すぐにでも水分を欲していた。

しかし立つこともままならず男はぐったりとしたままだ。

これではまずいと、家にいるはずの母親に彼は声をかける。



「水、水を、ちょっと水を、お袋水を持ってきてくれ。」



しゃがれた声で何とか相手に伝わるように叫ぶ。台所にいたのであろうこちらへと近づくスリッパの音。

少しづつ少しづつだが何とか呼吸を整えていく男の前に現れたのは慣れ親しんだ彼のお袋ではなく、、、



「はい、小谷先輩♪水を持ってきましたよー」



制服にエプロンをかけた先程引き離した筈の彼だ。

彼はコップ一杯の水をこちらへと両手を添えるように渡してきていた。

勿論男はそれを受け取ることはせずに、後ろへと後退りをする。



「なっなんで君が私の家に?なんでだいるわけが、いるわけがない!いるわけが、ないじゃないか!」



男の目にははっきり見える彼の笑った顔。

彼はいきなり叫び動揺している男に臆することもなく近づき、逃げられないようにその手をつかむ。

男は彼の手を振りほどこうにも振りほどくことが出来ない。

まるで格闘家か柔道家にでもつかまれているかのように、ピクリともその手を動かすことは出来ずにいた。



「…騒いだって誰も助けにはきませんよ先輩。そのために僕は色々用意してきましたからね。」



耳元に囁く彼の声は柔らかくて天使のような音色なのだが、今は悪魔が囁いているかのようだ。

鼓動は激しく唸り、心臓の音が他の音をどうしようもなくかき消す。

ひんやりとした汗が首を伝う。彼はクスリっと笑う静かに笑う。

あの日と同じように、偶然見てしまったあの日のように、男も彼らと同じ運命を辿ろうとしていた。



「んーあの先輩もそろそろ終わりだと思っていましたし、今日からあなたが相手してくださいね。小谷先輩♪」



悪魔は囁く、天使のような微笑を浮かべながらも彼のその手に迷いはない。

男は抗うが抗えば抗うだけ彼は強く雄々しくたぎる。

そしてそれが終わったとき、限界を迎えた男が彼の下従となるしか残されていないこの哀れな男が最後に言えることは一つだけだ。



小形薫こがたちかおるには注意しろ。』



誰に伝わるともないその言葉を男はこれを読んでいるあなたに、主に男性諸君に伝えたい。

男は意識を手放す、手放せば楽なものだ。

堕ちる、堕ちるまっさかさまに堕ちる。堕ちたその先に見えるは地獄か天国か、それは誰にも分からない。


最後に彼が見たのはやはり笑う『小形薫』の顔。

その顔にはありありと達成感を浮かべており



「貴方が悪いんですよ小谷先輩。あの現場を見ちゃったらこうするしかないんです。ふふっでもかわいいですね小谷先輩。これからよろしくお願いします、ね。」



彼はそう言って意識の希薄となった小谷先輩と呼ぶ男に軽くキスをしたのだった。

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