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愚者の行進  作者: Namako
1/1

引き金

 柔らかで優しい風が頬を撫でていく。若葉と綺麗な土の匂い、この様子なら川の水もかなり澄んでいるに違いない。しかも気温も動き回るには丁度いいぐらいで、昼寝でもしたらとても心地よいだろう。そう、普通に歩いていくものにとっては。


「そろそろ花の都か。エドガー、あと少しだぞ。頑張れ」

「……黙れ」

「いやあの、背中に刃物突きつけないでくれよ」


 馬酔いに苦しむ青年、エドガーにとっては何もかもが不快でありまして。

 エドガーは深緑の傭兵服に身を包み、その年にしては少々身体の線が細い以外を見れば、一目で傭兵だと分かる人物なのだが。今現在のエドガーは彼の操る馬の背に乗っており、しかも彼の背にしがみついて必死に酔いに耐える残念な姿だ。はたから見れば少々奇妙な光景だろう。

 「彼」というのは、今現在進行形で冷や汗を流しながらも、それでも慣れた風に馬を歩かせる中々度胸のある男のことだ。服装は一言で言うなら黒ずくめ、髪も珍しく真っ黒だ。名は確か、ギイとかいったか。フルネームはエドガーも知らない、だが名前なんてどうでもいい。問題は今の状況なのだから。


「まだか」

「門が見えたところだ」

「早く」

「全開で走らせていいのか?」

「……ダメだ、私が死ぬ」

「じゃあ頑張れ」


 通常種よりも大きな馬が、呆れたように啼く。かれこれ何十回、二人はこのやり取りを繰り返していた。馬にまで呆れられるとは、本当に残念な二人なのだろう。そんな様子にもギイはやれやれと微笑みながら、ようやく視界の中に姿を現した門を見た。あの都には何があるのだろう、どんな人がいるのだろう。ギイはエドガーの苦しみもあっさりスルーしてこの先の出会いに思いを馳せる。

 だが、そんな淡い想像に浸る思考を無理やりにでも苦い現実に呼び戻す臭いが、ギイの表情を引き締めさせた。


「エドガー」

「何だ」

「戦闘準備」

「魔物か」

「あぁ」


 風に混じるのは、焼けた木と人の臭い。たったそれだけを感じ取ったエドガーは先ほどまでの酔いが吹き飛んだように、すぐさま被っていた戦闘用ヘルメットのベルトを締め、背負っていた棺のような箱を片手に持つ。ギイも頭につけていたゴーグルを下げて装着し、馬に下げていた荷物から黒い鉄で出来た銃器を取り出した。

 門に群がる魔物はまるで墨のように黒く、どろどろとした気配がこの距離からでも感じ取れる。突破されるのは時間の問題だろう。状況はあまり好ましくない。エドガーはギイの後ろから様子を見て舌打ちをする、それも仕方がないだろうとギイは思う。噂に聞く限り、花の都は基本非武装だ。だから仕方がない。

 そしてギイとエドガーには、灰色の雪も見えていた。雪雲がないのに、寒さもないというのに降り注ぐ雪。門の状況以上に、都はあまりいい状態ではないのだろう。


子鬼ゴブリンか?」

「いや、人型の廃花ハイカだろう」

「面倒だ」

「放っておけばもっと大物が出るぞ」

「……それのほうが面倒だ」

「決まりだな」


 ギイは馬の走る速度を上げ、門を取り囲む害意の塊へ突撃する。

 此方に気が付いた真っ黒い魔物たちが一斉に飛び掛るが、馬の速さには追いつけない。飛び掛ってきた魔物たちを置き去りにしながら、ギイとエドガーは周囲を見る。障壁の外に作られたスラム街はほぼ壊滅状態、人型の魔物に襲撃され人々は逃げ惑い、避難誘導もろくに出来ていない。灰色の雪は強まるばかりだ。

 そんな惨状に殆ど何も思わぬ二人と馬は、ある程度門に近づいたところで足を止める。


「た、たすけてぇ!! だれかぁっ!」


 逃げおくれた少女が、エドガーの目にとまった。あのままでは魔物に喰われて死んでしまうだろう。


「ギイ」

「分かってる」


 ギイとエドガーは馬から飛び降り、そのまま害意の渦に飛び込んだ。彼らの荷物を背負った馬は、何かを察したようにその場から自慢の速さで離脱する。


「大丈夫か?」

「ひぃッ……」


 ギイが優しく微笑みながら少女に手を差し伸べるが、流石に少女は怯えて涙目のままだ。いきなり目の前に黒ずくめが現れて、にこやかに手を差し伸べてくるというのは、やはり不審者臭が酷いのだろう。エドガーは内心「馬鹿だなぁ……」と嘲る。口に出さないだけまだ優しい。


「いいか、目を瞑って十秒数えるんだ。それですぐ終わるからな」


 ギイがさりげなく戦闘のハードルを極限にまで引き上げる。十秒で終わらせるつもりのようだが、いや今回ならまだ簡単なほうだろうか。


「ま、そういうわけで」

「……あとで殺す」


 さて人型をした真っ黒な魔物たちは当然、突然現れた第三者に注意を奪われる。判断の出来る者たちなら、この隙をついて逃げ出すだろう。さぁ三人は魔物に囲まれた。ずらりと並んだ大小様々の魔物たち、何を言っているかは分からないが、とりあえず彼らの行為は害意に満ちている。殺し返すのは当然だ。

 ギイは器用に左手で真っ黒い銃器を、それは所謂先代紀でいうマシンガンをくるくる回し、最終的に銃口を魔物たちへ向ける。大体マシンガンを振り回している時点で、魔法依存の教会関係者に見つかったら只じゃすまないのだが。

 エドガーは片手に持っていた棺のような箱から、なにやら無骨な武装を取り出した。制限時間十秒なら、使うしかないと判断したのだろう。この周囲に神官がいないことを願いながら、それを構えてざっと魔物の数を数える。五、八、ざっと十ぐらいか。まだぬるいほうだ。


「蹴散らすぞ」

「応」


 ギイの弾いた銃声で戦闘開始が宣言された。

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