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6

 山中の野営では、山賊や獣が襲撃してくるという物騒なことも無く、無事に朝を迎えることが出来た。

 焚き火の後を片付けた後、一夜の宿を貸してくれた土地神に感謝の真を捧げ、その場を後にする。

 当たり前のことだが、自分達の出したゴミは、塵一つ残さない。

 日が昇ると同時に出発した俺達は、森を抜けて平野部に出た。

 姉さんが言うには、このまま街道沿いに暫く行くと、件の平和で落ち着けるという国に辿り着くらしい。


「見えてきたぞ。あそこだ。あれがライミィという国だ」


 姉さんの指差す方向には、高い城壁が見えていた。

 この世界の国と言う単位は、俺の世界のような中央集権的なものよりも、集落が寄り集まり周囲に外壁を作って生活する都市国家のようなものが一般的だ。

 これから向かうライミィもそんな都市国家のひとつだ。


「私が5,6年前に訪れた時、女性が代表をを務めていたんだが、数々の慈善政策を打ち出し、国内外から『慈愛の聖母』などと呼ばれている人物だった」


 姉さんによるとライミィは、他所の国に比べ国民の生活水準は高く、警察機構もよく整備されていて、治安もかなり良いのだそうだ。

 確かにそんな国なら、安心して長期滞在できそうだ。

 国民の生活水準が高いってことは、公共施設も充実してるということだろう。

 ということは、図書館なんかにも、良さげな本が揃っているに違いない。

 始めは、元の世界に戻るために、とにかく知識を集める目的で、訪れた街の図書館に入り浸っていたんだが、元の世界に戻ることを殆ど諦めた今では、知識を収集するのが目的に成り代わっていた。


「今も変わらず、平和な国であれば良いんだがな……」


 い、今更そんなことを言われると、とても不安なんですけど。

 だけど、まあ、5,6年か。それだけあれば、社会体制が変わるのには十分すぎる年月だ。

 日本でも、3年3ヶ月の間、極左暴力集団に政権を握られ、国内が滅茶苦茶にされた挙句、国際社会での地位もどん底近くまで低下したことがあったからなぁ。

 姉さんの嘆息混じりの呟きに、一抹の不安を覚えたが、あまり気にしないことにした。気にしたところで始まらない。

 やがて俺達は、城壁の門のところに辿り着いた。

 城門付近には検問所が設けられており、物々しい出で立ちの兵士達が、出入りする人々の入出管手続きを行っていた。

 随分と念入りにチェックをおこなっているらしく、門の前には、ちょっとした行列が出来ていた。


「ずいぶんと物々しいな。以前訪れた時は、兵士などいなかったし、入管審査など無かった。出入りも自由だったのだが……」


 列の最後尾に並びながら、姉さんは訝しげに首を捻った。

 もしかして、何か政変でもあって、その慈愛の聖母さんが失脚して体制が変わったのかもしれない。

 もしくは、どこかの国と戦争でもおっぱじめるつもりで、警戒のため出入りが厳しくなってるのか。

 なんだか、とても嫌な予感がする。

 とは言え、ここまで来て今更引き返しすわけにもいかない。


「この国が私達の新天地ね!」

「ああ、そうだ。この国は移民を保護してくれる素晴らしい国なんだ!」


 俺達の前にいる夫婦らしい若い男女の声が聞こえてきた。俺と同じか少し下ぐらいの幼い子供を3人連れている。どうやら、家族連れらしい。旅暮らしの俺が言うのもなんだけど、ちょっと薄汚れたみすぼらしい格好をしていた。


「私達のような行き場の無い流浪の民を助けてくれるなんて、素晴らしいわね!」

「ああ、まったくだ。聞くところによると、仕事をしなくてもある程度の金銭が支給されるらしいぞ!」

「本当なの? まるで天国ね!」


 聞くとはなしに、二人の会話が俺の耳に入ってきていた。

 それによると親子連れは、移民としてこの国への移住を希望しているようだ。

 しかも、会話の内容からすると、この国は移民を手厚く保護しているらしい。慈愛の聖母と呼ばれている代表の方針なんだろうか。どちらにしろ、自国民以外に施しを与えるほどに裕福な国だということなんだろうか。

 俺の元居た世界では、移民が深刻な社会問題になっていて、どの国でも軋轢を起こしている厄介な存在だった。

 そのため、この家族の会話の内容に物凄い違和感と嫌悪感を感じてしまったんだが、もしかしたら、この世界では移民というのは、それほど珍しくは無い存在なのかもしれない。

 そうこうしているうちに列は進み、その家族連れの入管手続きの番になった。


「あ、あの……私達は移民として、この国に居住を望む者なんですが……」


 女性のほうがそう口にした途端、半ば事務的に通関手続きを行っていた兵士達の顔が一変した。


「失せろ! 我が国では移民の受け入れなど行ってはいない!」


 そのあまりの剣幕に、すぐ後ろに居た俺達だけでなく、俺達の背後に並んでいた人達や、既に手続きを終えて門を潜ろうとしていた人達までもがぎょっとなった。


「そ、そんな……!! この国は、移民を受け入れて、手厚く保護してくれると聞いたのに!」

「そうだ! 話が違う! 無責任だぞ! 責任を取れ!!」


 頭ごなしに怒鳴られて腹が立ったのか、逆ギレ気味に二人の男女が叫んだ。

 兵士も負けじと怒鳴り返す。


「やかましい! そんな無責任な噂を信じるほうが悪いわ!」


 抗議する二人に向かって、兵士は叩きつけるように吐き捨てた。

 その怒声に、とうとう子供達は泣き出してしまった。


「今すぐ立ち去れ! さもなくば切り捨てるぞ!」


 兵士達は全く取り合わない。

 それどころか、これ見よがしに武器に手を掛け、二人を恫喝する有様だった。


「お、お願いします! 私達には、他に行くところが無いのです……!」

「そうだ! 我々を可哀想だとは思わないのか!?」


 なんだか、二人の主張に違和感を感じる。

 まるで、受け入れてもらえるのが当然のような物言いだったからだ。


「やかましいと言っているだろうが!」


 とうとう堪忍袋の尾が切れたのか、兵士は容赦なく二人を蹴り飛ばした。

 挙句の果てには、数人掛りで取り囲み、二人に暴行を加え、列の外に放り出してしまった。

 さすがに、子供に対してはそんな事をしなかったが、その一連の出来事を、俺を含めた周囲の人々は、声も無く呆然と見守っていた。

 列から離れたところで男女はうずくまり、子供が縋りついてわんわん泣いていた。

 兵士の一人は、そんな彼らに唾を吐きかけると、肩を怒らせながら列のほうに戻ってきた。


「ね、姉さん……」


 平和で落ち着ける国、なんじゃなかったんだっけ……?

 そんな不安と疑問を滲ませながら、俺は姉さんを見上げた。

 姉さんは、一瞬考え込むような仕草を見せたが、安心させるように俺に向かって笑いかえた。


「まあ、大丈夫だろう。私達は移民希望者では無いからな」

「次!」


 姉さんの返答に重なるようにして、兵士の声が響いた。

 姉さんは臆することも無く、すっと兵士の前に出ていく。

 慌てて俺も、姉さんの後に続いた。


「歩き巫女か」

「はい」


 姉さんの格好を不躾に見ながら、兵士は鼻を鳴らした。


「獣人……犬狼族の歩き巫女とは、珍しいな」

「よく言われます」


 犬狼族とは、髪や尻尾の色以外、俺達ロゥイと同じ見た目の、犬や狼に似た耳と尻尾を持つ種族だ。

 兵士達の中には、訝しむようなものの他に、好色な視線も混じっているように感じたが、そんな視線には慣れているのか、姉さんは少しも嫌な顔はせず、余所行き用の営業スマイルで応じていた。


「そっちの子供は?」

「私の弟です。仕事の手伝いをさせておりますわ」


 俺はペコリと頭を下げた。

 ちなみに俺の格好は、水干のような平安装束っぽい格好だ。

 一般的な服装ではないが、神職者や方士の平装としては珍しくない服装だ。

 手続き自体は、それほど時間は掛からなかった。

 滞在期間や滞在目的などは割と詳しく聞かれたが、それ以外は特に問題が無く、期間が過ぎた後は速やかに出国するよう念押しされただけで、問題なく入国することが出来た。

 姉さんの予想通り、移民というのが問題だったみたいだ。

 手続きを終え、門を潜ろうとする寸前、ちらりと先程の移民希望の家族に目をやった。

 若い両親とその子供達は、未だに同じ場所に蹲って嗚咽していた。







 入管時に予想外のことが起きて少し戸惑ったけど、手続き自体は滞りなく修了し、無事に街に入ることが出来た。

 街はきちんと区画整理されており、石畳で舗装された街路脇には、ガス灯が等間隔で立ちち並んでいる。

 見た感じ、平和で活気に満ち溢れているようだ。あくまで、表向きはだけではあるけど。

 ここに限ったことではないが、この世界の人口密集地は、建物は西洋風ではあるけど、ファンタジーなんかでよくある中世ヨーロッパ風というほどのものではなく、文明開化直後の日本の都市部のような街並だった。

 道行く人達の服装もそんな感じで、洋服と和服のような着物姿の人の割合が半々ぐらいだった。

 これが山間の寒村なんかになると、もろに日本の田舎の村といった風景が広がっていたりする。

 姉さんと二人で街を歩きながら、街や人の様子を観察していると、ある看板が目に入った。

 食堂らしき建物の前に設置してある、料理の値段が書かれた立て看板だった。


「……通常価格500、移民価格2500!?」


 思わず頓狂な声を上げてしまい、通行人の目を引いてしまった。


「……シンタロー。声が大きい」

「ご、ごめん」


 姉さんに窘められ、俺は慌てて口をつぐんだ。

 よくよく辺りを見回してみると、他の店も似たようなものだった。

 中にははっきりと「移民お断り」なんて書かれているものまである。

 だけど、おかしな話だ。

 この国では、移民の受け入れはしていないんじゃなかったのか。

 さっきも、入管審査で兵士に追い返されていたし。

 どういうことなんだろう。


「あんたら、旅の人か?」


 俺達のやり取りを見ていたのか、通りすがりの中年の男性が声を掛けてきた。


「はい。今しがた到着したばかりです」


 入管のときに兵士と対応したときのような、営業用の微笑を浮かべながら、姉さんは男性に一礼した。


「数年前にも訪れたことがあるのですが、その時はこんなものを見掛けなかったもので……」

「なるほどな」


 相手が美人の巫女さんということもあってか、男性は愛想よく鷹揚に頷くと、実に気前良く、この国の現状について、色々と教えてくれた。


「ここはな、昔は確かに豊かで平和な国だった。巫女さんが訪れたのは、たぶんその時なんだろう」

「では、今は違うと……?」


 姉さんが尋ねると、男性は唾でも吐きそうな表情になった。


「今はそこそこマシになったほうさ。つい数ヶ月前までは本当に酷かったよ」


 男性の表情と口調からは、はっきりとした憎悪が見て取れた。


「それは、何故?」


 先を促すように、姉さんが尋ねる。


「移民だよ。この国で暮らしたいっていう移民共が、数年前に他所から大量に流れ込んできたのさ。その時からこの国はおかしくなった」


 ははぁ、そうか。何となく、分かってきたぞ。

 どうやら姉さんも、俺と同じ事を考えたらしい。


「大量の移民の流入で、国の治安が急激に悪化し始めたのですね」

「そう、そう。そうなんだよ!」


 男性は我が意を得たりとばかりに、何度も頷いた。


「しかも、そんときの評議会が、移民を保護する政策なんぞ打ち出しやがったお陰で、国が滅茶苦茶になっちまった!」


 憎憎しげに吐き捨てる男性に、姉さんは神妙な表情で頷いた。


「だけど、軍がついにクーデターを起こしたんだ。評議会の糞共は、軍事費を削減して、移民保護に国民の税金を投入し始めたからな。それだけじゃない。軍隊や警察にも積極的に移民を登用する政策を打ち出そうとしたんだ」


 冗談じゃないだろう? と男性は姉さんに同意を求めた。

 確かに、余所者に治安維持を任せるなんて、本末転倒も甚だしい。

 この人の気持ちは、良く理解できる。


「蜂起した軍隊は、評議会の親移民派の議員を捕らえ、国政の実権を握ったんだ」


 男性の話は続く。

 行き過ぎた移民保護政策に、限界まで不満を溜め込んでいた国民は、手を叩いてクーデター政権を支持した。

 特に悪質と軍が判断した移民擁護派の議員はことごとく粛清され、「慈愛の聖母」なんて呼ばれていた当時の代表は、大勢の国民が怨嗟の罵声を浴びせる中、断頭台の露に消えたらしい。

 どうやら、その慈愛の聖母とやら呼ばれていた女元首が、可哀想と言う理由で移民を必要以上に保護し始めたのが、全ての発端だったらしい。

 軍部主導の下に再編された評議会は、次々に反移民政策を打ち出し、今では移民は二等市民として、細々と暮らしているのだという。

 もちろん、新規の移民受け入れは、無期限で凍結されることとなったらしい。


「ってことは、さっきの人達は」

「そのようね」


 俺が言うと、姉さんは頷いた。

 おそらく先程の家族連れは、政権が交代し反移民を国策としたことに気付かず、保護が受けられると考えてここまでやって来たのだろう。

 いま国内にいる移民と言うのは、移民の受け入れが凍結される以前に入国して居ついた人達なんだろう。


「今まで散々好き勝手やってきた移民共は、今や下等国民さ。ざまあみろってんだ」


 今まで、よほど酷い目にあっていたんだろう。随分と小気味が良さそうだった。


「まあ、金を落としていく旅行者は大歓迎だよ。特に、姉さんみたいな美人はな」


 正直な言葉に、姉さんは苦笑を浮かべた。


「まあとにかくだ。あんたらも、移民は相手にしないことだ。碌な事にならないからな。教えない・助けない・関わらない。これが、この国での不文律、移民三原則だ」

「ええ、そうします。ご忠告有難う」


 姉さんが丁寧に礼を述べると、男性はじゃあなと手を振り、立ち去っていった。

 ところで、移民かどうかなんて、何処で見分ければいいんだろう。


「ふむ……少しばかり複雑な事情があるようだな」

「そうだね」


 歩き去る男の背を眺めながら、俺は頷いた。

 まあ、俺達みたいな流れ者には、それほど関係のある話ではなさそうだ。

 面倒ごとに巻き込まれなければ、それでいい。

 姉さんも俺も、事情も知らずに係わり合いになるような趣味も暇も持ち合わせていない。


「一先ず、宿を取って腹ごしらえといこうか」

「はい、姉さん」


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