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19

 馬車の後方から外に飛び出した私を迎えたのは、降り注ぐ矢の洗礼だった。


天津風(アマツカゼ)!」


 すぐさま一定時間の間、天空に向かって吹き抜ける風を起こす応用式(アプリケーション)を起動する。

 突如、谷全体に引き起こされた強烈な上昇気流により、降り注ぐ矢はあらぬ方向に吹き散らされていった。

 これで、暫くの間は、頭上からの攻撃に気を払う必要は無くなった。

 少なからず、ヘイムダルら護衛の傭兵達の援護にもなるだろう。

 悲鳴や怒号、剣戟の錯綜する中、私は前方、馬車隊の進行方向からすれば後方へと走った。

 私達の乗っている馬車は、車列の最後尾に位置している。

 私の仕掛けた罠を乗り越えてきた山賊共を排除しなければならない。


「ぎゃあああああっ!?」

「ちきしょう! 馬が、馬が言う事をきかねえっ!」


 私が駆けつけた時、ちょうど山賊達が、罠に引っかかって右往左往しているところだった。


「落ち着け! ただの虚仮脅しだ!」


 中には冷静な奴もいるようで、私の罠が実害の無い見てくれだけのものだと見抜き、慌てふためく仲間達を怒鳴りつけていた。

 その言葉に、取り乱していた連中も次第に冷静さを取り戻していく。

 しょせん、即席で構築した儀式方術ではこんなものだろう。

 それでも、何人かはパニックを起こした馬に振り落とされたり、振り落とされた挙句自分の馬に蹴られたりした不運な奴もいたので、多少の効果は見込めたというところか。


「ん……?」


 幾分冷静さを取り戻した山賊達は、目の前に立ちはだかる私の姿に、一瞬呆気に取られたようだった。

 しかし、すぐにこの手の連中特有の、野卑た笑みを浮かべた。

 たびたび酒場などで感じる好色そうな視線とよく似ているが、それを隠そうとしないだけ、こちらのほうが不快指数は上だ。


「おいおい、巫女さんがいるぜ」

「ひゅー! しかも、獣人かよ! こりゃあいい女だ!」

「おい、巫女さん! 大人しくしてりゃ、イイコトしてやるぜえ」


 さっきまでの見苦しい醜態はどこへやら、畜生のように脂ぎった目をぎらつかせながら、無防備に私に近づいてきた。

 いい女という褒め言葉は素直に受け取っておこうとは思うが、それ以上のことについてはご免被りたいところだ。

 さて。

 手っ取り早く八つ裂きにしてやってもいいが、そんな凄惨な光景はシンタローの目に毒だし、それなりに良い関係を構築できていた乗客達の私を見る目が悪い方向に変わってしまう。

 ここは穏便に、叩きのめすだけにしておこう。


速日(ハヤヒ)


 私は適当に選んだ一人に、風の公式(フォーミュラ)をぶつけた。

 公式ではあるが、私の霊力(リソース)をベースに威力を強化したものだ。

 その威力は、シンタローが酒場でヤンチャをした時のような可愛らしいものではない。

 完全に油断していたそいつは、私の方術をまともに胸で受けてしまい、数メートルほど後方にある崖に叩きつけられた。

 声も無く吹き飛ばされた哀れな男は、強かに崖に叩きつけられた後、その拍子に崩れてきた土砂に半ば埋もれるようにして、動かなくなってしまった。

 気を失っただけなのか、打ち所が悪くて死んでしまったのかまでは分らない。


「なっ……! こ、この女……」

「この女、方士かっ!」


 怯えたように後ずさる盗賊共に向かって、私は優雅に微笑んで見せた。

怖気づいて退散してくれると楽なんだが。


「ひ、怯むな! 相手は一人だ!」

「一斉にかかれ!」


 やはり、そうなってしまうか。

 なかなか、楽をさせてはもらえないものだ。


暴風(アカラシマカゼ)

「ぐわああああっ!」


 殺到してきた盗賊共を、方術で放り上げ、そのまま地面に叩きつけてやった。

 といっても、汚物をぶちまけるわけにもいかないので、放り上げる高度も叩きつける速度も加減し、頭から落ちないように手加減はしてやる。骨折ぐらいはするだろうが、ゴロツキ相手にそこまで気を使ってやる義理もない。

 背中や腰を強かに打ちつけて悶絶する連中を尻目に、私は一人残った男に視線を送る。

 おそらく、頭目の一人なのだろう。

 周囲で呻く他の連中に比べて、多少は小奇麗な格好をしている。

 手下を軒並み叩き伏せられたことで、その男は、恐怖に頬を引き攣らせていた。


「まだ、致しますか?」


 軽く小首を傾げて微笑んだ後、プレッシャーを掛けるように一歩前に出る。


「ひっ……!」


 小さく悲鳴を上げると、男はみっともなく尻餅をついた。

 そのままの姿勢で必死に私から遠ざかろうとしている。


「わわわ、わるかった! あ、あんた達に手出しはしねえ! た、頼むから、命だけは……!」


 両手を顔の前で合わせて、拝むように何度も擦り合わせた。


「わかりました。早急に消え失せてください」


 そう言い捨てて、私は男に背を向けた。

 すると、幌の隙間からやり取りを伺っていたらしいシンタローと目が合った。

 その目と口が大きく開かれ、何かを叫ぼうとしている。

 大丈夫だ。そんなに慌てなくても、分っているよ。

 シンタローに向かって軽く微笑んだ後、私は半身をずらし、背後からの攻撃を躱した。

 完全に身体を泳がせた男の足元を払ってやると、勢い余って前のめりにすっ転んだ。

 その拍子に、男の手から匕首が飛び、数メートル先の地面に転がっていった。


「貴方達のような輩は、すぐこの手に引っかかります。何か規則でもあるのでしょうか。もしくは、そういう習性とか?」


 嘲弄染みた言葉を投げかけてやると、男は肩越しにこちらを振り返り、憎々しげに睨みつけて来た。

 転んだ拍子に顔を地面に打ち付けでもしたのか、鼻血で顔が真っ赤だった。

 可哀想に、歯も何本か欠けていた。


「ずいぶんと男前になられましたね」

「ぐっ……ふひっ!」


 男は歯の欠けた口を笑みの形に歪めると、前方に向かって駆け出していった。

 その先にはシンタローの乗る馬車がある。

 途中で取り落とした匕首を拾い上げると、奇声を上げながら馬車に向かって突進していく。


「シンタロー!」





「すげえ……」


 幌の隙間から姉さんの様子を覗き見ていた俺は、思わず呟いた。

 ここからは姉さんの後姿しか見えないが、襲い掛かってくる山賊共は、指一本触れるどころか、近づくことも出来ずに、方術で四方に蹴散らされていた。

 瞬きする間に……というのは少し大袈裟だけど、ほんの僅かな時間で、リーダー格の男以外は、呻き声を上げながら、無様に地面に這い蹲っていた。

 残った男の顔は恐怖に引き攣り、姉さんが一歩前に出た途端、ひっという悲鳴と共に、地べたにへたりこんでしまった。


「わわわ、わるかった! あ、あんた達に手出しはしねえ! た、頼むから、命だけは……!」


 涙目になりながら、必死に姉さんから距離を置こうとしてる。

 挙句の果てには、両手を擦り合わせて懇願しだした。

 まあ、大の男がゴミみたいに宙を舞って地面に叩きつけられる様を見せ付けられたら、そうなるのも無理は無い。


「わかりました。早急に消え失せてください」


 姉さんはそう言い捨てて、あっさり男に背を向けると、ゆったりとした足取りで、馬車のほうに戻ってきた。

 俺と目が合うと、いつもの優しい笑顔で微笑んでくれた。

 いや、ちょっと待って。

 そんな無防備に背中を向けたりなんてしたら。

 案の定、へたり込んでいた男は、凶悪そうな笑みを浮かべると、懐から刃物を取り出して背後から姉さんに襲い掛かった。

 思わず叫び声を上げそうになったが、姉さんは男がそんな行動に出ることは完全に予測済みだった。

 男の繰り出す一撃をあっさりと躱してみせ、躱し様に男の足を払った。

 前のめりにつんのめった男は、そのまま地面にダイブするようにうつ伏せに倒れこんだ。

 その拍子に手から離れた刃物が、数メートルほど前方まで転がった。


「貴方達のような輩は、すぐこの手に引っかかります。何か規則でもあるのでしょうか。もしくは、そういう習性とか?」


 冷ややかな笑みで男を見下ろし、姉さんは鼻で嗤った。

 男はこちらに視線を向け、凶暴そうな笑みを浮かべると、まろぶようにして馬車のほうに突っ込んできた。

 姉さんに敵わないとみて、俺達を標的に変更したのだろう。

 足を引っ掛けられて転んだ拍子に顔を打ち付けたのか、顔面血だらけで異様な迫力があった。

 目は完全に血走っていて、歯も何本か欠けていた。


「シンタロー!」


 思わず竦み上がって頭が真っ白になったが、姉さんの声ですぐに我に返った。

 落ち着いて呼吸を整え、俺は男の足元に意識を集中させた。


石長(イワナガ)

「ぶわあああっ!?」


 男の足元の地面が急激に盛り上がった。

 高さは、だいたい大人の腰の辺り。障害物走のハードルぐらいの高さだ。

 起動したのは、大地に作用して、地面の形状を変形させたりするちょっと地味な公式だ。

 持続時間はそれほど長くは無く、永続的に変形させたりすることは出来ないが、こんなときにはうってつけの方術だ。

 全力疾走中に、突然、自分の腰の辺りまで隆起してきた土の塊を避けるなんてことは不可能だ。

 男は情けない悲鳴を上げながら、再び受身も取れないままに顔から地面に墜落した。


「よくやった、シンタロー。上出来だ」


 戻ってきた姉さんが俺を労ってくれた。


「十分役に立ったじゃないか」


 地面に頭を突っ込んでもがいている男の後頭部に踵を入れながら、姉さんは褒めてくれた。

 もしかして、わざと俺にトドメをささせるように、こっちに向かわせたのだろうか。

 こういう状況に慣れさせるために。


「こちらは片付いたが、向こうはどうかな」

「そ、そうだ。あっちは大丈夫なのかな」


 襲われているのはこっちだけじゃなかったんだ。

 ヘイムダルのおっさんのほうは大丈夫なんだろうか。

 さっきまで聞こえていた剣戟の音や鬨の声も、すっかりとなりを潜めている。


「そっちも片付いたみたいだな」


 ヘイムダルが、何人かの傭兵達と共にこちらにやってきた。

 多少傷を負っているようだったが、かすり傷程度で命に別状は無さそうだ。


「何とか撃退できた。幸いなことに、死人はいねえ」

「それはようございました」

「あんたが奇襲を知らせてくれたり、弓を防いでくれたお陰だ。助かった」


 そう言ってヘイムダルは、軽く頭を下げた。

 崖上からの弓を防いでくれたお陰で、傭兵達は前から来る敵のみに専念することが出来たらしく、ヘイムダルの指示で積荷を積んだ馬車を上手く障害物に使い、山賊達を撃退したそうだ。

 ただし、積荷の交易品に少なくない被害が出たらしく、雇い主はおかんむりだったらしいが。

 まあ何にせよ、大した事がなくて本当に良かった。


「す、す、すいません……!!」


 そんな感じで若干和んでいると、俺達の馬車から青い顔をした男性が飛び出してきた。

 あの夫婦の旦那さんのほうだ。


「だ、誰か、お医者様はいませんか!? 妻が、妻が……!」


 その言葉に俺達は顔を見合わせた。

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