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「ふー……腹八分目、といったところか」
足を組んでベッドに腰を下ろした姉さんは、そんな事を言いながら自分の腹部をぽんぽんと叩いた。
どことなくおっさん臭く見える仕草なのに、それでも姉さんがやると優雅にすら見えてしまうから不思議だ。ホント、美人は得だよな。
それにしても、あれだけ飲んでおいて、腹八分目って。だいたい、あの非常識な酒量はいったいどこに消えたんだろうか。
「てかさ。そんなに飲んで明日大丈夫なの?」
「問題ない。この程度の酒量で、宿酔になどならん」
「さいですか……」
まあ、いいや。本人が大丈夫だと言ってるんだから、大丈夫なんだろう。きっと、姉さんのことだから、方術でどうにかしているんだろう。アルコールを無効化する応用式とかで。少し怖かったので、そう思い込むことにして、あまり深く考えるのはやめておくことにした。
千早を脱いで水引も解いた姉さんは、完全に寛ぎモードに入っていた。白衣の胸元も大きくはだけさせていて、さらしに押さえつけられてはいるが、その胸元が俺の眼前に顕わになっている。
数刻前までの、楚々とした慎み深い神に仕える乙女と同一人物とはとうてい思えない。
今はまだガキだけど、俺だっていちおう男なんだから、少しは気にして欲しい。
そんな俺の視線に気付いたのか、姉さんは挑発するように嫣然と微笑んで見せた。
「そんな顔をするな、シンタロー。安心しろ。こんな格好を見せるのは、お前の前でだけだよ」
いや、俺が言いたいのはそういうことじゃないんだけど、親しき仲にも礼儀ありっていうか、なんというか。
「ああ、そうだ。私としたことが、大事な事を忘れたままだった」
葛藤している俺を他所に、姉さんは何かに気付いたように身体を起こした。
「次の街に着いたら、お前の神社組合への登録申請を済ませておこう」
神社組合とは、この大陸の神社を統括している神道の組合で、ギルドのようなものだ。
神社組合の歴史は古く、神道が極東の島国からこの大陸に伝わったとされる二千年以上前に創設された機関だと言われている。そんな経緯のため、国家という枠組みに囚われない独自の組織体系や情報網を保有し、大陸じゅうの主要な都市に支部が置かれていたりする。規模の大きなところでは、冒険者の斡旋業などもやっているくらいだ。
原則として、神職(もちろん巫女も含む)は、神社組合への登録が必須であり、登録には所属している神職の推薦が必須となる。
申請が認められれば、出仕という見習い神職扱いとなり、八百万の神々を崇敬し、指導的立場の神職の元、神事に従事しなければならなくなるが、その代わりに確固とした身元の保証を得ることが出来る。
神社組合は国を跨って大陸じゅうの各国に影響力を持っているので、どの国であっても身分が保証されるのだ。
例え敵対する国同士の間であっても、自由に行き来することが出来る程に、その身分証明は強力だ。
組織に所属することによって、色々としがらみが生まれてしまう事にもなるし、組合費も決して安くは無いが、大陸全土で通用する身分と後ろ盾が得られるというのは、そのデメリットを補って余りあるものがある。
「そういえば、姉さん。ここに来たとき、衛兵に組合の登録証を見せてなかったよね?」
組合の登録証を示せば、入管審査に手間が掛からず、行列に並ぶ必要だって無かったはずだ。
衛兵に好色そうな目で見られることも無かったのに、どうしてそうしなかったんだろう。
「それはもちろん、目立ちたくなかったからだよ。とりたてて、急いで入国する必要も無かったしな」
言われてみれば、確かにそうだ。行列をすっ飛ばして入国なんてしたら、悪目立ちする。普通の人は、神職者にそんな特権があるなんて知らない。下手をしたら、後から因縁をつけられたりする可能性だってある。
「ま、厄介ごとに巻き込まれたか無かったわけだ。結果的に無意味だったがな」
うん、まあ。そこは不可抗力なんだから仕方が無いね。それが原因で、慌しく出国することになったんだけど。
それよりも、気になるのは。
「……俺みたいな子供でも、組合に登録できるの?」
「10歳を超えていれば、申請自体は可能だ」
あくまで、申請が可能なだけか。認可されるかどうかは別問題というわけだ。
「認可されるには試験に合格する必要はあるが、お前ならば問題ないさ」
若干、気楽そうな口調で姉さんはそう続けた。
なんかちょっと不安になるなぁ。こちらの世界に来る前から、試験ってどうも苦手なんだよな。
直前になって体調を崩してしまったりということが良くあった。
自己管理が出来ていないだけと言われれば、それまでではあるんだけど。
「心配ない。大丈夫だ。試験といっても、簡単な筆記と問答だけだ」
いやいやいや。それは余計に不安になるよ。問答って、いわば面接みたいなもんでしょ、つまりは。
俺が不安げにしているのを見て取った姉さんは、苦笑しつつ、大丈夫だとばかりに俺の頭を軽くポンポンと叩いた。
「さあ、明日は早い。もう休むとしようか」
「はい。姉さん」
今から不安になっていても仕方が無いし、明日が早いのも事実だ。
俺は素直に頷き、就寝の準備に入った。