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親切な(?)男性と別れた俺達は、適当に街の様子を観察しながら宿を探していた。
いま歩いている場所は商店街らしく、様々な店舗が軒を連ねている。
どの店の表にも、やはり通常料金のほかに移民料金が掲げられていた。
さっき見かけた食堂は、通常価格の5倍だったが、それ以上の10倍なんて値段を掲げている店もあった。
だけど、それはまだマシなほうで、堂々と「移民お断り」という看板が掲げられている店も少なくなかった。
この異様なまでの徹底ぶりから考えるに、移民者達は、相当この国の人々に憎まれているようだ。
「このガキ! ふざけんな!」
突然の怒声に、俺と姉さんは立ち止まった。
声のほうに視線を巡らせると、大通りから外れた路地裏のあたりに、数人の男性の姿があった。
見ると、男達は一人の子供を囲み、小突いたり罵声を浴びせたりしている。
「厄介事に首を突っ込みたくはないが……さすがに見るに耐えんな」
姉さんは小さく呟くと、現場に向かって早足に歩き始めた。慌てて俺も後に続く。
何があったのかは知らないが、大の大人が寄ってたかって子供をいたぶる様子は、確かに見ていて気分の良いものじゃない。
「もし。いったいどうしたというのですか」
「あぁ!?」
姉さんが声を掛けると、男達は振り返った。どの顔もまだ若い。20前後といったところか。
「何だ、あんたは?」
「ただの旅の者です」
「旅の者だぁ?」
男達は訝しげに姉さんをねめつけた。
「余所者は引っ込んでろ。あんたにゃ関係は無いはずだ」
男の一人が凄むが、もちろんそんなことで姉さんが怯んだりはしない。
「それはその通りですが、大人が子供に集団で暴行を加える様は見るに耐えません」
「知った風な口を利くんじゃねえよ、巫女さんよう」
忌々しげに吐き捨てながら、男の一人が、さっきまで小突きまわしていた子供を一瞥した。
子供は、俺と同じか少し年下ぐらいだろう。
みすぼらしい身なりをした女の子だった。
土埃にまみれ、地べたの上に尻餅をついた状態で、上目遣いにこちらをじっと見上げている。
「この移民のガキは、俺の店から商品のリンゴを万引きしやがったんだ。盗人なんだよ」
少女の周りには、男の言うとおりいくつかのリンゴが転がっていた。
姉さんが男達の相手をしているうちに、俺は少女に駆け寄った。
大丈夫? と声を掛けるが、少女は俺の顔をじっと見詰めるのみで何の反応も見せない。
幸いなことに、ちょっとした擦り傷のみで、大した怪我はしていないようだった。
「しかも、一度や二度じゃねえんだ。手癖の悪いガキには躾が必要だろう?」
店主らしい男が鼻息も荒く言うと、そうだそうだとばかりに、他の男達も頷いた。
「わかりました。では、私が料金を支払いましょう」
姉さんが静かに言うと、男達は驚いたように目を丸くした。
「本気かよ、巫女さん」
「移民を庇ったって、面倒なだけだぞ」
「ふん。だが、そいつは移民のガキだからな。移民料金を払ってもらうぞ?」
「ええ、構いませんよ」
姉さんは微笑みながら頷くと、男達はどうする? とばかりに視線を交し合った。
「まあ、こっちとしては、料金を払ってもらえれば問題は無い」
やがて、当事者である店主の男が言った。
その言葉に姉さんは頷くと、懐から財布を取り出した。
請求された金額は、それほど法外な値段ではなかった。
移民料金を請求すると息巻いていたが、実際に請求してきたのは、どうやら通常料金のようだった。
「優しい巫女さんに感謝するんだな。糞餓鬼めが」
男が忌々しげに睨み付けると、女の子は弾かれるように立ち上がり、脱兎の如く逃げ出した。
あまりに見事な逃げっぷりに、少し呆気に取られてしまった。
「助けてくれた相手に、礼の一つも無しかよ。これだから移民は」
なおもそんな事を呟きながら、男達は去っていった。
「おい、巫女さん。悪いことは言わないから、移民には関わるな」
去り際に男の一人が、姉さんにそう声を掛けた。
にこやかに応対していた姉さんだったが、男の次の言葉で、ほんの一瞬だけだが笑顔が強張った。
「あんただけじゃない。連れの坊やも厄介事に巻き込まれるぞ」
「やれやれ。この国に来てから、面倒な場面にばかり出くわすな。済まないな、シンタロー」
「平気だよ、姉さん」
この国を訪れてまだそれほど時間が経っていないのに、2度も暴力沙汰の場面に遭遇した。
一度目は入国時、二度目はつい数国前の出来事だ。どちらも、移民絡みでのことだった。
ちょっと尋常では無いけど、これまで旅をしてきた中では、もっと酷い場面に出くわしたこともあるし、このぐらいの事はなんでもない。
もしかしたら姉さんは、この国が平和で落ち着ける国だと言った手前、責任を感じているのかもしれない。
だけど、それは姉さんのせいじゃないはずだ。
「ここで暫く滞在して、お前に方術を教えるつもりだったのだが……予定よりも早く出国することになるかもしれない」
「気にしないでよ」
それはちょっと残念だけど、仕方がないことだ。
移民問題を抜きにすれば、国情は安定しているように見えるけど、それもほんの半日観察しただけでしかない。
なにしろ、今のこの国は、軍が政権を握っているわけだし、それが一番の不安材料だ。
俺と姉さんは、もし何かあった場合、速やかに出国できるように、門の近くにある宿屋に部屋を取っている。
その一室で、荷解きをしながらそんな話をしていたところだった。
この宿は、1階が食堂になっており、別料金を支払えば、部屋まで持ってきてもらうことも出来るらしい。
とりあえず、何日か滞在して様子を見てみるということで、10日分の部屋代を含め、食事代・入浴代もまとめて支払い済みだ。
例に漏れず、この宿にも通常料金と移民料金の二重価格が設定されていた。
「腹が減ったよ」
「そうだな。昼食を食べに行くとしようか」
一通りの荷解きを終えて身軽になった俺と姉さんは、階下の食堂へと向かった。
昼時を少し過ぎていたためか、それほど混雑はしておらず、直ぐに昼食にありつくことが出来た。
昼食のメニューにも、やはり移民価格は設定されている。
さすがに、ここまでくると、あまりにも偏執的過ぎて、うんざりしてきた。
「シンタロー。お子様ランチがあるぞ。これにするか?」
「いいよ。何言ってんの」
俺が憮然とすると、姉さんは悪戯っぽく笑った。
こういう少し子供染みた屈託の無い笑顔は、俺以外の相手には決して見せない。ささやかな俺の特権だったりする。
結局俺は、姉さんと同じ日替わり定食を注文した。
内容は、ご飯と味噌汁に漬物、国内を流れる川で取れた川魚の塩焼きというシンプルなものだ。
頼んだ料理が届くまでの手持ち無沙汰な間、俺は周囲の様子を観察してみることにした。
近くで暮らしている人が常連客の殆どらしく、その中に、俺達のような旅人や冒険者風の人がちらほらと見受けられた。
別に、特に変わったところは何もない。
何処の街ににでもあるような、普通の宿屋兼食堂の風景だった。
「お待ちどうさま~」
やがて、給仕のお姉さんが、注文した料理を運んできた。
俺と姉さんは、揃っていただきますと手をあわせ、料理に箸を付けた。
うん。やっぱり日本人は米食に限る。日本人じゃないけど。それどころか、人間ですらないけど。
暫くの間、適当に雑談をしながら、俺達は食事を続けた。
客の男達からの視線が、こちらに集中しているのが分かる。正確に言うと、姉さんにだ。ただでさえ、人目を引く美貌に加えて、清楚な巫女さんの出で立ちだ。しかも、獣耳と尻尾付きときている。注目を引かないほうがおかしい。
あからさまに好色そうな視線を向けている男や、下品に口笛を吹く輩もいるが、姉さんは全く意に介さない。こういう視線には慣れているんだろう。
なので、俺も気にせず、自分の食欲を満たすことに専念した。
「隣り、宜しいですかな?」
まるで、食べ終わるのを見計らっていたかのように、声を掛けられた。
声のほうに顔を向けると、姉さんの近くに中年の男性が微笑んでいた。
リンカーンのような顎鬚をたくわえた、紳士然とした男性だった。
身に着けている服も、上等な仕立てのスーツで、市井の一般人や旅人が集まるようなこの店では、少し浮いているように感じだで、どこかのダンスホールでご婦人方を相手にしているほうが、よほど相応しいように感じた。
おそらく、他の男達も声を掛けるタイミングを計っていたんだろう。僅かにどよめくような声が聞こえた。
「……どうぞ。空いていますよ」
姉さんは余所行き用の笑みを浮かべ、席を勧めた。
他にも空いている席があるのに、何故わざわざ姉さんの隣に来たんだろう。
「やあ、すみません。それでは失礼して」
男は椅子に座ると、給仕に飲み物を注文した。
「ロゥイの歩き巫女、ヒムカ・ハヅネさん、ですね?」
「ええ、左様です」
にこやかな笑みを崩さずに、姉さんは応じた。
男性は俺のほうに目を向け、僅かに小首を傾げた。
「はて。そちらの子は……」
「弟のシンタローです」
「ど、どうも。シンタローです」
姉さんの紹介に俺は頭を下げた。
「弟……? あなたに弟が居るという噂は聞いた事がありませんが……」
「しかし、現にこうしてここにおります」
姉さんは、相手の疑念をばっさりと切り捨てた。言外に、余計な詮索をするなと言っている気がする。
男もそれを察したのか、それ以上追求してくることは無かった。
「ところで、私に何か御用でしょうか」
「あ、ああ、そうそう。そうなのですよ」
姉さんが急かすと、男はハッと我に返り何度も頷いた。
「実はひとつ、仕事を頼みたいのですが……」
若干躊躇いがちに男は口を開いた。