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7

 親切な(?)男性と別れた俺達は、適当に街の様子を観察しながら宿を探していた。

 いま歩いている場所は商店街らしく、様々な店舗が軒を連ねている。

 どの店の表にも、やはり通常料金のほかに移民料金が掲げられていた。

 さっき見かけた食堂は、通常価格の5倍だったが、それ以上の10倍なんて値段を掲げている店もあった。

 だけど、それはまだマシなほうで、堂々と「移民お断り」という看板が掲げられている店も少なくなかった。

 この異様なまでの徹底ぶりから考えるに、移民者達は、相当この国の人々に憎まれているようだ。


「このガキ! ふざけんな!」


 突然の怒声に、俺と姉さんは立ち止まった。

 声のほうに視線を巡らせると、大通りから外れた路地裏のあたりに、数人の男性の姿があった。

 見ると、男達は一人の子供を囲み、小突いたり罵声を浴びせたりしている。


「厄介事に首を突っ込みたくはないが……さすがに見るに耐えんな」


 姉さんは小さく呟くと、現場に向かって早足に歩き始めた。慌てて俺も後に続く。

 何があったのかは知らないが、大の大人が寄ってたかって子供をいたぶる様子は、確かに見ていて気分の良いものじゃない。


「もし。いったいどうしたというのですか」

「あぁ!?」


 姉さんが声を掛けると、男達は振り返った。どの顔もまだ若い。20前後といったところか。


「何だ、あんたは?」

「ただの旅の者です」

「旅の者だぁ?」


 男達は訝しげに姉さんをねめつけた。


「余所者は引っ込んでろ。あんたにゃ関係は無いはずだ」


 男の一人が凄むが、もちろんそんなことで姉さんが怯んだりはしない。


「それはその通りですが、大人が子供に集団で暴行を加える様は見るに耐えません」

「知った風な口を利くんじゃねえよ、巫女さんよう」


 忌々しげに吐き捨てながら、男の一人が、さっきまで小突きまわしていた子供を一瞥した。

 子供は、俺と同じか少し年下ぐらいだろう。

 みすぼらしい身なりをした女の子だった。

 土埃にまみれ、地べたの上に尻餅をついた状態で、上目遣いにこちらをじっと見上げている。


「この移民のガキは、俺の店から商品のリンゴを万引きしやがったんだ。盗人なんだよ」


 少女の周りには、男の言うとおりいくつかのリンゴが転がっていた。

 姉さんが男達の相手をしているうちに、俺は少女に駆け寄った。

 大丈夫? と声を掛けるが、少女は俺の顔をじっと見詰めるのみで何の反応も見せない。

 幸いなことに、ちょっとした擦り傷のみで、大した怪我はしていないようだった。


「しかも、一度や二度じゃねえんだ。手癖の悪いガキには躾が必要だろう?」


 店主らしい男が鼻息も荒く言うと、そうだそうだとばかりに、他の男達も頷いた。


「わかりました。では、私が料金を支払いましょう」


 姉さんが静かに言うと、男達は驚いたように目を丸くした。


「本気かよ、巫女さん」

「移民を庇ったって、面倒なだけだぞ」

「ふん。だが、そいつは移民のガキだからな。移民料金を払ってもらうぞ?」

「ええ、構いませんよ」


 姉さんは微笑みながら頷くと、男達はどうする? とばかりに視線を交し合った。


「まあ、こっちとしては、料金を払ってもらえれば問題は無い」


 やがて、当事者である店主の男が言った。

 その言葉に姉さんは頷くと、懐から財布を取り出した。

 請求された金額は、それほど法外な値段ではなかった。

 移民料金を請求すると息巻いていたが、実際に請求してきたのは、どうやら通常料金のようだった。


「優しい巫女さんに感謝するんだな。糞餓鬼めが」


 男が忌々しげに睨み付けると、女の子は弾かれるように立ち上がり、脱兎の如く逃げ出した。

 あまりに見事な逃げっぷりに、少し呆気に取られてしまった。


「助けてくれた相手に、礼の一つも無しかよ。これだから移民は」


 なおもそんな事を呟きながら、男達は去っていった。


「おい、巫女さん。悪いことは言わないから、移民には関わるな」


 去り際に男の一人が、姉さんにそう声を掛けた。

 にこやかに応対していた姉さんだったが、男の次の言葉で、ほんの一瞬だけだが笑顔が強張った。


「あんただけじゃない。連れの坊やも厄介事に巻き込まれるぞ」










「やれやれ。この国に来てから、面倒な場面にばかり出くわすな。済まないな、シンタロー」

「平気だよ、姉さん」

 

 この国を訪れてまだそれほど時間が経っていないのに、2度も暴力沙汰の場面に遭遇した。

 一度目は入国時、二度目はつい数国前の出来事だ。どちらも、移民絡みでのことだった。

 ちょっと尋常では無いけど、これまで旅をしてきた中では、もっと酷い場面に出くわしたこともあるし、このぐらいの事はなんでもない。

 もしかしたら姉さんは、この国が平和で落ち着ける国だと言った手前、責任を感じているのかもしれない。

 だけど、それは姉さんのせいじゃないはずだ。


「ここで暫く滞在して、お前に方術を教えるつもりだったのだが……予定よりも早く出国することになるかもしれない」

「気にしないでよ」


 それはちょっと残念だけど、仕方がないことだ。

 移民問題を抜きにすれば、国情は安定しているように見えるけど、それもほんの半日観察しただけでしかない。

 なにしろ、今のこの国は、軍が政権を握っているわけだし、それが一番の不安材料だ。

 俺と姉さんは、もし何かあった場合、速やかに出国できるように、門の近くにある宿屋に部屋を取っている。

 その一室で、荷解きをしながらそんな話をしていたところだった。

 この宿は、1階が食堂になっており、別料金を支払えば、部屋まで持ってきてもらうことも出来るらしい。

 とりあえず、何日か滞在して様子を見てみるということで、10日分の部屋代を含め、食事代・入浴代もまとめて支払い済みだ。

 例に漏れず、この宿にも通常料金と移民料金の二重価格が設定されていた。


「腹が減ったよ」

「そうだな。昼食を食べに行くとしようか」


 一通りの荷解きを終えて身軽になった俺と姉さんは、階下の食堂へと向かった。

 昼時を少し過ぎていたためか、それほど混雑はしておらず、直ぐに昼食にありつくことが出来た。

 昼食のメニューにも、やはり移民価格は設定されている。

 さすがに、ここまでくると、あまりにも偏執的過ぎて、うんざりしてきた。


「シンタロー。お子様ランチがあるぞ。これにするか?」

「いいよ。何言ってんの」


 俺が憮然とすると、姉さんは悪戯っぽく笑った。

 こういう少し子供染みた屈託の無い笑顔は、俺以外の相手には決して見せない。ささやかな俺の特権だったりする。

 結局俺は、姉さんと同じ日替わり定食を注文した。

 内容は、ご飯と味噌汁に漬物、国内を流れる川で取れた川魚の塩焼きというシンプルなものだ。

 頼んだ料理が届くまでの手持ち無沙汰な間、俺は周囲の様子を観察してみることにした。

 近くで暮らしている人が常連客の殆どらしく、その中に、俺達のような旅人や冒険者風の人がちらほらと見受けられた。

 別に、特に変わったところは何もない。

 何処の街ににでもあるような、普通の宿屋兼食堂の風景だった。


「お待ちどうさま~」


 やがて、給仕のお姉さんが、注文した料理を運んできた。

 俺と姉さんは、揃っていただきますと手をあわせ、料理に箸を付けた。

 うん。やっぱり日本人は米食に限る。日本人じゃないけど。それどころか、人間ですらないけど。

 暫くの間、適当に雑談をしながら、俺達は食事を続けた。

 客の男達からの視線が、こちらに集中しているのが分かる。正確に言うと、姉さんにだ。ただでさえ、人目を引く美貌に加えて、清楚な巫女さんの出で立ちだ。しかも、獣耳と尻尾付きときている。注目を引かないほうがおかしい。

 あからさまに好色そうな視線を向けている男や、下品に口笛を吹く輩もいるが、姉さんは全く意に介さない。こういう視線には慣れているんだろう。

 なので、俺も気にせず、自分の食欲を満たすことに専念した。


「隣り、宜しいですかな?」


 まるで、食べ終わるのを見計らっていたかのように、声を掛けられた。

 声のほうに顔を向けると、姉さんの近くに中年の男性が微笑んでいた。

 リンカーンのような顎鬚をたくわえた、紳士然とした男性だった。

 身に着けている服も、上等な仕立てのスーツで、市井の一般人や旅人が集まるようなこの店では、少し浮いているように感じだで、どこかのダンスホールでご婦人方を相手にしているほうが、よほど相応しいように感じた。

 おそらく、他の男達も声を掛けるタイミングを計っていたんだろう。僅かにどよめくような声が聞こえた。


「……どうぞ。空いていますよ」


 姉さんは余所行き用の笑みを浮かべ、席を勧めた。

 他にも空いている席があるのに、何故わざわざ姉さんの隣に来たんだろう。


「やあ、すみません。それでは失礼して」


 男は椅子に座ると、給仕に飲み物を注文した。


「ロゥイの歩き巫女、ヒムカ・ハヅネさん、ですね?」

「ええ、左様です」


 にこやかな笑みを崩さずに、姉さんは応じた。

 男性は俺のほうに目を向け、僅かに小首を傾げた。


「はて。そちらの子は……」

「弟のシンタローです」

「ど、どうも。シンタローです」


 姉さんの紹介に俺は頭を下げた。


「弟……? あなたに弟が居るという噂は聞いた事がありませんが……」

「しかし、現にこうしてここにおります」


 姉さんは、相手の疑念をばっさりと切り捨てた。言外に、余計な詮索をするなと言っている気がする。

 男もそれを察したのか、それ以上追求してくることは無かった。


「ところで、私に何か御用でしょうか」

「あ、ああ、そうそう。そうなのですよ」


 姉さんが急かすと、男はハッと我に返り何度も頷いた。


「実はひとつ、仕事を頼みたいのですが……」


 若干躊躇いがちに男は口を開いた。

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