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(ん……なんか、ひんやりして気持ちいいなー)


 その年の夏は酷暑続きだったせいか、目が覚めた時、そんな場違いも甚だしい事を考えていた。半分寝ぼけていたというのもある。

 徐々に意識がはっきりしてくるにつれ、そこが自分の住んでいる安アパートの自室ではなく、冷たく無機質な石畳の上であることに気がついた。

 ゆっくりと身体を起こすと、じゃらりという金属が擦れる耳障りな音が聞こえてきた。それに、妙に身体が重い。

 ふと視線を落とすと、両手両足には拘束するように、鎖に繋がれた金属の枷が嵌っていた。

 鎖の先には、昔の漫画やコントに登場する囚人よろしく、スイカほどもある大きさの、重そうな鉄球が繋がっている。


「え? なん……」


 しかもそれに加えて、俺は服どころか、下着一枚身に着けていない素っ裸の状態だった。


「な、何だよ、これは!?」


 思わず叫んだその声は、驚くほどに舌足らずで甲高かった。


「心太郎くんって、声だけは、渋いイケメン声優声だよね。声だけは」


 サークルの女友達から冗談半分にからかわれていた、俺の低い地声とは明らかに異なっていた。どう聞いても、自分の口から出た声とは思えない。

 だけど、俺の驚愕はそれで終わりじゃなかった。

 おかしいのは、自分の声だけじゃない。

 手枷足枷を嵌められた俺の身体。どう見てもそれは、20代の成人男性の身体じゃあない。

 股座の一物も含め、せいぜい、5,6歳程度の子供の身体にしか見えないほどに縮小しているのだ。

 しかも栄養状態が悪いのか、手足は枯れ木のようにガリガリにやせ細っており、脇腹には肋まで浮き出ている有様だ。

 こみ上げてくる得体の知れない恐怖に慄き、後ずさるように背後に手をついた。

 そのとたん、何かもっさりとした暖かいものが手に触れ、驚いて反射的に手を引っ込めた。

 おそるおそる、手が触れたあたりを確認してみると、それは尻尾だった。

 毛筆のように中太りして先端が尖っている。まるで狐か狼のような、イヌ科の動物特有の獣の尻尾だ。

 その尻尾の色は、まるでカラスのように黒一色で塗り潰されている。

 そんな得体の知れないモノが、俺の尾てい骨のあたりから生えていやがったのだ。

 俺はパニック寸前だった。いったい、自分の身に何が起きているのか。理解が追いつかない。

 ふと、とてつもなく嫌な予感が脳裏を過ぎり、俺は恐る恐る、耳のあたりに手をやってみた。

 嫌な予感は見事に的中し、そこにあるはずの俺の耳は、手触りも形も、人間のそれとは明らかに異なっていた。

形もなんというか、人間のような丸みを帯びた形状ではなく、尻尾同様、イヌ科の動物のように先端が尖っているようだ。

 その上で、耳全体がふさふさとした毛のようなもので覆われている。まるで、獣の耳のように。


「ひっ」


 思わず息を呑んだ俺は、喉の奥でしゃっくりのような悲鳴を上げた。


(お、落ち着け。落ち着け、俺)


 必死に自分に言い聞かせながら、よろよろと立ち上がった。

 身体が子供のようになっているせいか、視点が低く奇妙な感覚だ。そのためなのか、足元が覚束ず立ち眩みが酷い。

 股間を両手で隠しつつ、きょろきょろとあたりの様子を見回してみた。

 立て続けに起こった常軌を逸した現象のせいで気付かなかったが、そこでようやく、自分の居る場所が屋内では無いことに気がついた。

 空には満天の星空が輝いていた。時間はともかく、夜だということだけは分かる。

 周囲は、俺の居る場所を中心に擂り鉢状になっている。まるで蟻地獄の中央にいるような、落ち着かない気分だ。

 俺を中心に、放射状に石畳が敷き詰められており、何だかよくわからない幾何学模様を組み合わせた図形のようなものが、そこにはびっしりと描かれていた。

 よく漫画やアニメに出てくる魔法陣のようなものにも見える。

 更に、俺を取り囲むように、火を灯された円柱が立ち並んでいた。

 どこかの遺跡なんだろうか。

 とにかく、いつまでもこの場所に居たくない。

 一刻も早く、この場所から移動しなければ。

 何か明確な考えがあっての事ではないが、とにかくここから逃げ出したかった。


「うっ……ぐっ……」


 俺は鎖を両手で握り締め、鉄球を引き摺ろうとしたが、鉄球はびくともしない。

 鉄球自体の重量もかなりあるのだろうけど、今の俺が非力なのが一番の原因だろう。

 そうやって、四苦八苦していると、俺の上に影が差した。

 ぎょっとして見上げると、俺を取り囲むように配置されていた石柱が、俺の至近まで近づいていたのだ。

 俺は息を呑んだ。

 てっきり、燭台の掲げられた柱とばかり思っていた物が、実は頭から爪先まで、闇夜に溶けるような黒いフードを被った人間だったからだ。

 明るさのせいもあるが、今まで微動だにしなかったので、てっきり石柱だとばかり思い込んでいたのだ。

 その内の一人が、俺の前に膝を折ると、顔を覗きこんできた。ローブの陰になっているため、顔の造詣は全く分からない。

 何事か俺に話しかけてくるが、何を言っているのかまったく分からなかった。

 英語でないことは確かだけど、それ以外の言語でもないような気がする。

 声色からするとどうやら女性のようだ。


「あ、あの~ハロー? あい、きゃん、すぴーく、じゃぱにーず、おんりー。おーけー?」

 

 お粗末過ぎる英語力をフル活用して、なんとかそう話しかけてみた。

 女性は暫くの間無言だったが、舌打ちすると立ち上がった。

 ほんの一瞬、燭台の明かりに照らされた口元が、苛立つように歪んでいるのが見えた。

 言葉が通じなかったというよりも、俺の発音が気に入らなかったのかな、などと考え、恐々と女性を見上げていた。

 立ち上がった女性は、右足を大きく後ろに引いた。

 何をしようとしているのか、意図が全く分からなかった俺は、呆けたようにそれを眺めていた。

 次の瞬間、罵声のような声と共に、女性の右足が俺の鳩尾の辺りに突き刺さった。


「うご……げほっ!?」


 身体が浮き上がるような衝撃に、俺はえずいた。

 苦痛と衝撃に呼吸が止まり、喉元に酸っぱいものがこみ上げてくる。


「あぐっ……! げほっ、げほっ……!! おうぇ……っ」


 のた打ち回る俺の上から、女の声が聞こえた。

 相変わらず何を言っているか分からないが、その声に好意的なものは一切感じられない。

 それまで、成り行きを見守っていた他の連中が、吐瀉物で塗れる俺を引き起こした。


「ひっ! や、やめ、助け……!」


 命乞いをする暇もなく、後頭部に衝撃が走り、そこで俺の意識は途絶えた。

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