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珠雨の雨

ジメジメした空気が肌に張り付く。

雨が傘を叩く音を聞きながら、俺は目的もなく歩く。

傷つけてしまった。美雲を。

なんで俺は、あんな言い方しかできないんだろう。

なんで、美雲みたいに優しい言葉をかけてあげられないんだろう。

……現実を見せることは優しさじゃないのか?

わからない……。もう少し器用な人間になりたかった。

俺は、好きな人にさえもこんななのか……。

つくづく自分が嫌になる。

無意識のうちに、自分の胸元に触れた。

俺と美雲が出会ったのは、雨宿りでのことが初めてじゃない。

俺が美雲と初めて会ったのは、小学五年生の時だった。

俺と美雲は、クラスが違ったが、お互いよく同じ公園で遊んでいたので、自然と仲良くなった。

そのうち一緒に過ごすのが当たり前になった。

二人でも遊ぶようになった時は周りによく茶化されて、俺も美雲もよく否定していた。

でも、俺は正直、悪い気はしなかった。美雲はどう思ってるのかはわからないけど。

好きになったのには特に理由はない。

いつの間にか俺の心は、美雲に奪われていた。

でも、その心をちゃんと自覚したのは、俺が小学六年生の時に引っ越したからだった。

それまで隣にいた美雲と急に会えなくなって、毎日がつまらなくなった。

まだ小学生で、スマホも持っていなかったので、お互い連絡先も知らなかったから、美雲とのつながりは消えた。


『これ、あげる!忘れないでね、私のこと!』

『なんだこれ、変なの』

『変じゃないよ!これね、《《にこいち》》って言うんだよ!』


そういえば、引っ越す直前、美雲は俺にハートの欠片のネックレスをくれたな。

二つ合わせたらハートができる《《にこいち》》とか言うやつ。

今でもそれは肌身離さず持っている。

美雲がペンダントをくれた時、俺は初めて、美雲のことが好きなんだと思った。

美雲はどうしてるだろうか、もう他の誰かを好きになって、俺以外の誰かと笑い合ってるのか。

無理やり誰かを好きになろうとしたこともあったが、それでも美雲は消えてくれなかった。

告白も、一回だけされたことがあるけど断った。

美雲のことが脳裏に浮かんで、気持ちには応えられなかった。

会えない上に連絡も取れないのに、忘れないまま月日は過ぎていく。

ずっと昔の初恋を引きずったまま、思いも伝えられず、大学生になったばかりの頃、俺は交通事故に遭い、この世を去った。

 美雲と再会したときは、最初は人違いかと思った。

雰囲気は少し大人っぽくなってたし、それに態度がよそよそしかったから。

でも、笑い方、歩き方、困ってる人をみたらすぐに手を差し伸べるところ。

それなのに結局、解決案は浮かばず相談相手と一緒になって悩むところ、

でも絶対に見捨てないところ……変わってないところもたくさんあって、美雲なんだと確信した。

美雲は覚えてないみたいだったけど———


俺は無意識に、美雲とよく遊んだ公園に来ていた。

そこで、ブランコに座っている男の子を見つけた。

「……奏くん」

思わず名前を呼ぶと、奏くんは顔を上げて俺を認識すると、目を逸らした。

……やっぱ、嫌われたか?

そりゃそうだろう。初めて会ったただの喫茶店の店員にキツイ言葉を言われたのだから。

しかも彼は中学生。俺は中学生相手に大人気なかったな。

申し訳なく思い、俺は奏くんの隣のブランコに腰を下ろした。

……ブランコって、こんな小さかったかな。

「……悪かった。さっきは、ちょっと言いすぎた」

ぶっきらぼうにしか言えない。目を見て言うとかもう少しちゃんと謝れないのか、俺は……。

少しの沈黙の後、隣でブランコを漕ぐ音がした。

俺はそちらに目を向ける。

「……俺も、すみませんでした。取り乱してて」

俺は何も言えずに、また地面に視線を戻す。

「お兄さんが、言ったこと後になって考えてみたら、お兄さんは俺にちゃんと現実を見せてくれようとしてるのかなって」

俺はその言葉に苦笑した。

「……いや、傷つけただけだろ」

「いいえ、あの時は確かにしんどかったけど…なんか、お兄さんなりの優しさなのかなって」

「大人だな、あんた」

男の子は、ブランコを思いっきり漕ぎながら、続けた。

「人は、ずっと夢の中にいられないんですよね。現実に戻らなきゃいけない時がある」

俺も真似して、ゆっくり漕ぎ始めてみた。

二つの金属が擦れる音が響く。

一つは静かに、一つは少し大きめに。

「夢と現実を行き来してるんだよな、ずっと」

「……そうです」

それから、無言でブランコを漕いだ。しばらくして、どちらからともなく吹き出した。

「なんですか、この時間」

「俺も思った。なんの生産性もねーな」

お互い、顔を見合わせて笑い合った。

なんとなく、奏くんとは気が合うなと勝手ながら思った。

「なあ、あんた、手紙得意か?」

「手紙?」

不思議そうに聞き返す奏くんに俺は頷く。

「親に手紙書け。ちゃんとしたやつな。それ持って、明日雨宿りに来い」

奏くんは何回か瞬きしてから、頷いた。

奏くんなら、わかってくれると思った。

雨宿りにくる人は、何かを抱えている。助けを求めて彷徨っている人がたどり着く場所だ。

俺も、美雲みたいに誰かに手を差し伸べられているだろうか。

もしそうだったら、美雲に気持ちを伝える資格ももらえるかな。

俺は、傘を握り直して立ち上がった。

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