天気雨
次の日、静子さんは約束通り、雨宿りに来てくれた。
「静子さん!」
私は静子さんを手招きする。静子さんは私を見つけるなり、笑顔を浮かべた。
「こんにちは!」
「いらっしゃいませ!来てくれてよかった……!」
静子さんは私の向かい側に座って、クスッと笑う。
よかった。そんなに思いつめた様子じゃない。
「来ないと思ったんですか?」
私は慌てて答える。
「あ、すみません!いやその、昨日の今日なので、どうかなって思って……。
でも、元気そうでよかったです」
私と静子さんはお互いに笑い合った時、目の前にカフェラテが置かれた。
「あ、ありがと!」
「ん」
珠雨はそれだけ応えて、またキッチンへ戻って行った。
「あ、あのすみません……まだ頼んでなくて……」
静子さんの声に、珠雨はキッチンから顔を出す。
「サービスですから」
「あ、ありがとうがざいます……!」
静子さんは一つ会釈をして、席に座り直す。
そのタイミングを見計らって、私は今日の目的を話そうと口火を切った。
「静子さん、プレゼントは持ってきましたか?」
「え、あ、はい一応……」
私は昨日、静子さんに電話でプレゼントを持ってくるように伝えていた。
「それ、今日香奈さんに渡しに行きましょう!」
✳︎✳︎✳︎
一日前。
静子さんと別れた後、私はもう一度雨宿りに戻った。
中に入ると、珠雨さんが机を拭いていた。
お互いに目が合って、一瞬沈黙が落ちた。
「……あ、お、お疲れさまです!」
私はとりあえず、バイトの人と会ったら言うだろう言葉を投げかける。
「お疲れ」
また沈黙。私は少し中に入って、ぐるりと店内を見回す。
「店長のこと探してんの?」
びっくりして肩が跳ねた。
「え、な、なんでわかったんですか?」
「……なんとなく」
私は「な、なんとなく……」とおうむ返しをした。
「店長なら、今あめたろうの散歩行ってる」
「あ、そうなんですね。ありがとうございます!」
私はちょっと待たせてもらおうと思い、近くの席に座った。
「……なあ」
「は、はい!」
私は反射的に背筋を伸ばした。
珠雨さんと話すのはなんだか緊張する。先が読めないから。
そんな私を見て、珠雨さんは明らかに不機嫌そうに眉を寄せる。
「そんなガチガチにならなくても……」
珠雨さんはため息を一つつきながら、壁にもたれかかる。
「静子さんのことだけどさ……」
静子さんの名前が出てきて、反射的に珠雨さんを見た。
珠雨さんは私をまっすぐ見つめて、
「俺、プレゼント渡す方法一個思いついたんだ」
その言葉に私は目を見開く。
「ほ、ほんと!?」
私は反射的に立ち上がり、前のめりになる。
珠雨さんはそんな私をみて、軽く笑った。
「ああ。確証はないけど、多分成功する」
私は、息を呑む。
珠雨さんは腕を組んで、話し始めた。
「まず前提として、香奈さんには静子さんのことは見えない」
私は頷いた。なんで見えないんだろうと、ずっと疑問に思っていたことを聞こうか迷ったけど、今は珠雨さんの話を最後まで聞こうと判断した。
「なら、直接渡すのは無理だな?じゃあ、配送はどうかと考えたがこれも妥当じゃない」
「うん。静子さんは直節渡したがってるしね」
「だから、静子さんがそのプレゼントを香奈さんの元に置くんだ」
「置く?」
置くって、地面に置くとか……そう言うことだよね?
私は少し首を傾げる。
「そう。そのまんまの意味だ。物だけなら、その物は見えるはずだしな。人が持ってる間はダメ。でも、離れた瞬間に“物だけ“なら、見える」
私は途中から理解が追いつかなかった。
「人は見えないってこと?なんで?」
まるで、透明人間の話を聞いてるみたいだった。
珠雨さんはしまったとでも言いたげな表情をして、慌てて取り繕って咳払いをした。
「と、とにかく!手紙とか添えて、香奈さんの元に手渡しじゃないけど置き配みたいな感じで置く!以上!わかったな?」
珠雨さんの圧に押されて、頷くしかできなかった。
珠雨さんは満足げに頷いて、それから少し迷うように目線を泳がせた。
「………あと、その……これは、静子さんとは関係ないんだけどさ……」
私は不思議に思って、珠雨さんを見つめる。
珠雨さんは首の後ろに手を回して、ぼそっと言った。
「敬語とか、はずせよ。あと名前も……珠雨でいい…」
私は数回瞬きをして、吹き出した。
耳まで真っ赤にしてボソボソ言う姿が妙に可愛くて、ギャップだったからだ。
「なんだ!そんなんこと?じゃあ、私のことも名前で呼んで!」
「わ、笑うな!!」
さらに顔を赤くする珠雨が面白い。相当恥ずかしがり屋なのだろう。
珠雨はキッチンに戻って行こうとしたが、去り際に少し片手を上げる。
「じゃ、明日頑張れよ。美雲」
そして、奥へ行ってしまった。
唐突に名前を呼ばれて、少しドキドキしたのは気のせいだと思う。
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私は静子さんに昨日、珠雨から言われたことを丁寧に説明してから、二人で香奈さんの家に向かっている。
「それにしても……珠雨くん、そんなこと考えててくれたんですね。なんか、意外です」
静子さんの言葉に私も同意した。珠雨の第一印象は、そっけなくて、何考えてるのかわからない人だった。
でも、昨日のことがあってから、ガラリと印象が変わった。
意外と顔に出やすくて、わかりやすい。
そっけないんじゃなくて、素直じゃないだけ。
他人に興味なさそうに見えて、ちゃんと周りをみている。
「意外と、いい人ですよね!」
「意外とって……ちょっと失礼な気がしますけど、わかります」
静子さんと私は顔を見合わせて、笑い合った。
珠雨がいたらきっと、「意外ととか言うな!」とか言いそうだ。
香奈さんの家に着くと、静子さんはプレゼントを優しく撫でた。
「届きますように」
祈るように静子さんは小さく言った。
「きっと届きますよ」
私は安心させるように笑いかけた。
静子さんも少し表情を和らげてくれた。
私は少し離れたところから、見届けることにして、静子さんの背中を優しく押した。
静子さんは家の目の前に立つ。二階建ての大きめの家だ。
香奈さんには子供がいるらしいが、平日の昼間なので多分子供や旦那さんが出てくる心配はないと、静子さんは言った。
静子さんはインターホンを押す。
すると、中から静子さんよりも少し低めの女性の声が聞こえてきた。
扉が開く。
「はーい……」
香奈さんはキョロキョロと周りをみて、首を傾げた。
静子さんは香奈さんの目の前に立っている。
「香奈……!」
静子さんの呼びかけに香奈さんは反応しない。
その代わり、足元にある静子さんが用意したプレゼントを持ち上げた。
香奈さんはプレゼントの包装紙に貼ってあった紙を見て、目を見開いた。
「静子……?」
名前を呼ばれた瞬間、静子さんは目を輝かせて、目に涙を浮かべていた。
「香奈!香奈!私だよ!遅くなってごめん…誕プレ、喜んでくれたら嬉しい!」
その時、香奈さんは反射的に顔を上げた。
「静子……!」
香奈さんに静子さんが見えていたのか、私にはわからない。
でも、香奈さんが静子さんに向かって抱きつこうとしたのを見て、私は思わず目を細めた。
でも、二人が触れ合うことはなかった。
香奈さんの手は空をきった。私も目を見開く。
静子さんの体から、無数の星屑のようなキラキラしたものが浮き出て、静子さんの体はすーっとゆっくり消えていく。
「静子!なんで……なんで私の誕生日に死んじゃったの!?静子のばか!!」
香奈さんは何かを抱きしめるような体制のまましゃがみ込んだ。
「静子さん!」
思わず、名前を呼ぶ。静子さんはゆっくり振り返る。その目には涙が浮かんでいるのに、静子さんは笑っていた。
「美雲さん、ありがとうございました!」
それだけ言って、静子さんはまた香奈さんに向き直って、跡形もなく消えていった。
香奈さんの泣き声が響き渡った。
私は今、何が起こったか受け入れ難くて、唖然としていた。




