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第一話 名無しさん、転生す

「…お客さん、お客さん、着きましたよ、お客さん!…」

車掌に激しく肩を揺すられ、目を覚ますと、LEDライトのきつい白色光が目に差し込んだ。

車掌の前でうんと背伸びをしてしまい、しどろもどろに謝った。

「…!すいません。…ここは」

「最終地点ですよ。どうやら乗り過ごしてしまわれたようですね」

オレは出世競争からはとっくの昔に外れて、定時帰りでのんびりと生きるはずだった、45歳独身男性の限界サラリーマンだ。

え?なんでそんなオレが6日連続で終電まで残業し、ついに寝過ごして、終点で息の臭い歯周病もちの車掌に起こされるハメになったかって?

そりゃあんた、近ごろニュースでよく話題になってるだろ?人手不足、人手不足、人手不足って。人手不足の穴を埋めるのはオレのような

・転職するには時すでに遅し

・不景気で20年近く給料据え置きの平社員のままだから、人件費が"クソほど"安い

・独身で急な出勤にも対応可能

この三拍子がそろってるヤツなのさ。

偏頭痛もち患者のように頭を抑えながらひとりごちていると、なぜか車掌が自分語りをし始めた。

オレも含めてどいつもこいつも、自分語りが好き過ぎる!

「仕事、ツライですよね…わかります。私、いわゆる"鉄オタ"でしてね、小さい頃から鉄道そのものが好きでたまらなかったんです。しつこく親にねだって、暇さえあれば写真を取りにいったもんです。今では電車を見るだけで吐き気がします。"身悶えするほど"嫌いです。よく言いますよね、"クソみたいなマセガキユーチューバー"が、"好きなことで生きていこう"って。私はその言葉を真に受けて、この業界に入ってしまったんです。いえ、たぶん、業界のせいじゃありませんね…私の人生は、ふつうのサラリーマンとなんら変わらない、まるで村上春樹の主人公みたいな、うだつの上がらない人生ですよ。"どこをどう見回しても、私とセックスしてくれそうな女が、ただの1人も居ないこと"を除けばねぇ!!

失礼、つい言葉が荒くなって…もうこの仕事、辞めようと思ってるんです。

使い道がないぶん、貯金だけがたまっていますが、なんの感慨もないですしね。

こんな無味乾燥なクソ仕事を続けたって、眼の前にあるのは、残業とアルコールとシガレットだけなんです…そして遮光カーテンの合間を縫って襲いかかる陽の光と目覚まし時計に叩き起こされ、死んだ魚の目をした自分の顔を鏡で目の当たりにするたびに思うんです。"人生はフェアじゃない"ってね!!

何度もすいません…わたしは、赤の他人になにを言ってるんでしょうね。もっとも、赤の他人だからこそ話せるんでしょうけどね」

オレは駅員になんの返答もしないで停車場へ降りた。

ただでさえ自分の仕事でこっちの精神がやられてるのに、赤の他人の泣き言はお腹いっぱい、もうこれ以上、聞きたくない。

相変わらず駅員の息は臭いし、なによりも、「僕ちゃんに同情してくれよぉ」と言わんばかりの、物憂げな表情が気に入らなかった。一般中年男性の物憂げな表情なんて、誰もみたくねぇんだよ!オマエはリーアム・ニーソンじゃねぇ!ただの歯周病患者だ!


両手に抱えるほどのビールとつまみをコンビニで買い込んで、テキトウに歩き回って見つけたマンションの屋上で一人飲み会をした。

これ以上、人生の消化試合を続けるのが嫌だった。

死のうと、思った。

もし、オレが、死んだらーー

ただでさえろくに仕事が回っていない現場、上役の前で、あることないことぜんぶオレのせいにしやがったあのクソ上司が慌てふためく様を想像するのが、楽しみでたまらないーー楽しみがない。そんなことくらいしか。ーーあれ?目から汗がーー

浴びるように酒を飲んだが、吹きすさぶ寒風のせいか、いまひとつ酔いが回りきらず、実行に移せないまま、なにもない屋上で雑魚寝をし、悶々としていた。

この期に及んで、まだオレは、生に執着してやがる。思わず自嘲する。そして思う。

本当は、オレがいちばん、怖がってたんだな、と。

うまくいくかどうかは別にして、何か、何でもいいから、チャレンジするべきだった。

親がなんと言おうが、どうでもよかったんだ。

Fラン大学を卒業したオレは、第六志望の、親も親戚も誰も知らないブラック企業に入社した。

離職率が異常に高いせいで、常に人手不足だったから、あらゆる部署を、めちゃくちゃにたらい回しにさせられた。営業、経理、事務、はてはシステムエンジニアまで!

オレが無能だったからではない。無能なのは人事だ。オレを都合の良い穴埋め要員としてアゴでこき使いやがって。

業務引き継ぎもろくにしないで辞めてしまった元同僚のケツを拭かされて、ボーナスを減らされたことさえある。

あのとき、どうして、怒れなかったんだろう。内面では、あんなに怒り狂ってたのに。

柿ピーとストロングゼロを胃に流し込み、完全にイッてしまってる目で、地獄のようにヤフコメに罵詈雑言を書き散らし、うさを晴らす日々。

トリプル不倫した俳優、誰も見てないのにグラビアデビューを後悔している自意識過剰な元アイドル、薬物に手を出し転落したミュージシャン、国民の気を逆なでする失言だらけの政治家、…家に帰ってから寝落ちするまで、ただひたすら、叩いた。

叩いて、叩いて、叩きまくった。オレは最低のことをしたなんて思わない。

それ以上に、最低の扱いを、みんなから受けてきたから。ーーでも、今になってわかる。叩かれるの怖れていたのは、誰よりも、このオレ自身だったんだ。

ほんとうはそんなブラック企業、とっとと辞めてしまえばよかったんだ。「まずは10年務めろ」そんな親の言うことなんか聞かなくてよかったんだ。

10年も同じ企業に務めたらーー35歳ーーそんな年になったらーーもう、転職するには、手遅れなんだ。

それが奴らの手口だったんだ。

親の言葉を真に受けたオレは、落ち着き先という人生の墓場に、放り込まれてしまったんだ。

なにをやるにしても、もう遅いんだ。いやまだオレの人生は終わってない、ここでてっぺんまで出世すればいいんだーーそう決意し、がむしゃらに働いて、働いて、働いてーー手遅れになった人生を取り返そうとしたこともある。

誰よりも早く出社し、誰よりも遅く帰宅した。会社に寝泊まりだって、何度したことか。そんなオレの努力をあざ笑うように、経営不振を言い訳に、何度も何度も叩きつけられる"据え置き"の4文字を、泣きながら、泣きながら、甘受した。いつかこの忍耐は、報われるに違いない、と信じて。

だけど現実は、甘くなかった。上役にゴマスリモードの上司が裏で言っていたあの言葉が、今でも忘れられない。

「なぁに、コミュ障で真面目以外に取り柄のないアイツなんか、出世させなくたって大丈夫ですよ、他に行き場のない奴ですから」

ゴマすり上司は順調に社内取締役に出世した。

体力の限界を迎えたオレはぶっ倒れ、ひと月休職したため、出世コースから、外れた。

上役、上司が病院に見舞いに来たときには、何度も何度も、耳にタコができるほど、ねぎらいの言葉を聞かされた。

その頃からオレは、他人の心の声が、聞き取れるようになった。

「ねえ、頼むからオレと会社を訴えないでね、オレが定年で出ていくまでは絶対ダメだよ、キミが食ってくだけなら定年まで保証してあげるからね、無理しなくていいからね、また元気になったらでいいからね、録音とかタイムシフトの記録とか日記とか、そんなものを書く暇も、心の余裕もなかったはずだよね、うん、わかった、そうだよね、辛かったね、大丈夫、大丈夫だからね、ここにいればずっと生きていけるからね」

ーー悔しくてやりきれず、涙がでてきた。

強風が涙のしずくを吹き飛ばした。

それでもオレのドロドロした感情は吹き飛ばなかった。

吹き飛ぶはずがなかった。


ふいに、ドアを激しく叩く音がした。

管理人か?もたもたしてるうちに、ドアを叩く音が激しくなる。立ち上がり、身構えた。

蝶番が外れるかん高い金属音がした。レントゲン室くらい分厚いドアが、勢いよく蹴破られた。

殺されるんかな、オレ?

現れたのはーー歯周病の駅員だった。

駅員は、気味の悪いニヤケ顔でこう言った。

「こんなところでなにしてるんです?」

「あんたこそ、なにしにきたんだよ」

「私は神です」 

「は?」

「あなたの今世の結末を、見やるために来たんですよ」

「ちょっとなに言ってるかわからない」

「あなた、名前、思い出せます?」

「…あれ?思い出せない…」

「ついさっき、あなたという存在を、無かったことにしてきたんですよ、名無しさん♪」

「…」

「あなたはこの世界からすでに消えている。なのにこの世界は、滞りなく回ってる。どういうことかわかりますか?あなたは、たとえ社畜ではあっても、社会の歯車でさえなかったんですよ。代えが要らないほどに、不要な存在だったんです」

「…」

「あなたの心の声、拝見しましたよ。でもね、あなたにありえたかもしれない可能性なんて、一つもないんですよ。私は神ですからね、すべてのパラレルワールドが見えているんです、それでわたしはわかっていますよ、あなたが好きなことをしようがしまいが、会社をやめていようがいまいが、"結末はすべて同じだった"んですよ」

「…」

「あら?トンデモ展開のわりには、真剣に聞き入ってくださるんですね?もう少し抵抗されるかなと思ったんですが。あ、そう、ハンカチ、持ってきましたよ、涙、拭きます?」

「やり直したい」

「はい?」

「もう一度、人生を、やり直したい」

「フフ…やり直せるなら、どうします?」

「もしもう一回やり直せるなら…そうだ、いっそ、高校生のころ、好きだったあの子に、掴みかかって、裸に剥いて、レイプしたいな!ハハハハハ!オレってキチガイですよね!あんたもさ、なんだよ神って!お互い仲良くキチガイ沙汰ですね!もう、キチガイで良いですよ!おおいにけっこう!キチガイ同士、仲良く飲みましょうぜ!ほら!酒はコンビニ店員が引くほどの量を買ってきましたからね!ハハハ!どうせ同じキチガイなら、そうだな、ジョーカーみたいに、ムカつくやつは全員ぶっ殺して、抜ける女を好き放題レイプしまくって、それで豚箱にぶち込まれて、派手なキチガイになって、死にたいな!」

「豚箱にぶち込まれてもいい?ガラにもないことを言いますねぇ。あなたみたいな臆病者が?」

「ハハハ。臆病者でも、そのほうがマシだからさ。こんな"吐いて捨てるほどありふれた、誰の印象にも残らない、このクソみたいな人生"よりはね!!」

「ハハハハハ!もう一度チャンスがあるなら、今のオレみたいな、一生うだつのあがらない、内面まで豚箱にぶち込まれた人生を、絶対に繰り返さないだろうね…そうだ、絶対、繰り返すもんか…」言葉が途絶え、涙が大量にあふれて止まらなくなった。吹きすさぶ強風が飛ばしきれないほどに。

「では、やり直しますか」

「え?」

ふいに、身体が鉛のように固まった感覚がした。金縛りにあったみたいに、動かない。

「おい!なにをしたんだ!」

「厳密に言えば、生き直す、ですけどね」

「さっきからなにをーー」

駅員が手を高く上げるとともに、オレの身体が宙に浮いた。内臓が浮く感覚がして、吐きそうになった。

「あなたは面白い。生き直すに足る素質があります。この現世では活かせなかったそのルサンチマン、来世では、ぞんぶんに活かせるといいですね。もっとも、活かすも活かさないも、あなた次第ですけど」

ルサンチマン?来世?なにを言ってるーー

と言おうとしたが、まったく、口が動かなかった。

頼む、やめてくれ、誰か、助けてくれーー

思いが言葉にならない。

歯周病の駅員が不気味に笑った。黄ばんだ乱杭歯を見せつけて。

オレは浮いたまま、屋上隅に追いやられた。身体を傾けられ、否応なく下を覗かせられる。

ここから落ちたら、間違いなく、死ぬ。

「次は必ず成功すると思いますよ。今の気持ちを忘れなければね」

死にたくない、死にたくないーー

断末魔の心の叫び。

駅員は勢いよく腕を振り下ろした。まばらな街灯に照らされた無人の道路にむかって急速に落下する。

夢だ、これはきっと、夢に違いないーー

地面を叩く、鈍い音が街中に響いた。


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