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精霊馬、ガチだった

掲載日:2025/12/30

プロット交換企画より。

掲載許可頂いております。


「精霊馬がガチ、ねぇ……」


 テーブルに思い思い広げられた菓子を片手にスマホをいじりながら、佐々田政義は呟いた。

なお彼の手元には教科書とノートが広げられているが、形ばかり広げられたそれには一切手を付けられた痕跡はない。

短い頭髪と焼けた肌、擦り傷だらけの体が物語る通り、彼はゴリゴリの体育会系であった。


「どうかしたの?」


 親の目を欺くために勉強会と名付けられたその会のもうひとりの参加者、東雲友大はそんな彼の呟きを耳ざとく聞きつけたらしい。

政義とは正反対に、うっすら目にかかるほど長い前髪と白い肌、そしてノートもびっちりと予習の痕跡で埋まっていた。


「いやほら、最近のテレビとかよく言ってんじゃん。精霊馬の言い伝えがマジですよーって。お前アレ信じる?」


 精霊馬。主にお盆で用いられる、きゅうりとナスを見立てて作るお供え物。

最近になって、死者がそれに乗って帰ってくるという言い伝えが本当であると証明されたらしい。

連日ワイドショーやらニュースやらをこの話題が占領していた。


「うーーん……根拠はあるらしいけど僕はあんまり。現実味がさ」

「さっすが石頭」

「怒るよ」

「わりーって」


 明らかに勉強から話を逸らすための話題である。薄っすらと目を細めながら、友大は政義の鼻にシャープペンシルを優しく突きつけた。

しかし政義はびっくりするほど折れなかった。

シャープペンシルを受け取るだけ受け取って、くるくると片手で回しながら次の話題を口にする。


「んでさ、話変わるけど今年どうする」

「どうするって?」

「ほれ、アレ。夏祭り」

「あー……」


 長い前髪の奥で右から左に目が泳ぐ。

そんな彼の機微には気づかず、炭酸の抜けたコーラを一息に飲み干しながら彼は続けた。


「どこに何時集合にするよ。高校最後だしパァーッと」

「えと、ごめん。今年は無理」


 勢いよく上下していた喉仏がピタリと止まる。ゆっくりと、まるで誰かに見せつけるようにゆっくりとグラスを口から離した彼は、ただ1音を濡れた唇から零した。


「は?」

「家族で予定入っちゃって……」

「いやいやいやいや。俺半年前から約束してたじゃん。先約だろ」

「そうだけど」


 グラスを手に取ったまま、大きく両手を広げた彼は必死に友との約束を主張する。

空になったグラスに取り残された氷が虚しく音を立てた。


「何お前ブッチすんの」

「ごめんってば」


 謝るしかない彼をしばらく無言で見つめたあと、彼は叩きつけるようにグラスをテーブルに置いた。

大きな音に何かを言い募ろうとしていた友大の動きが止まる。


「もういいよ。お前帰れ」

「……ごめん」


 問答無用でドアを指さした政義に何も言えなくなり、友大はただ言われるままに出ていった。

……それが、最後に会話したときの記憶。



嫌な夢を見た。

行き場なく天井に向けて伸ばされた右手をぼんやりと眺める彼は、そのまま視線ごと手を部屋中に動かす。

それは誰かを探しているようでもあり、何かを掴もうとしているようでもあった。


「あー」


 しかし何も掴めない。それでも性懲りもなく右手を右往左往させる彼は、ぼんやりと頭を動かし始めた。

視界の先には友人の写真。基本ツーショットばかり持っていたが、珍しくその写真は彼単体のものであった。優しく微笑んだ彼の周りを、黒く洒落っ気のないフレームとリボンが飾っている。

……無理を言って貰った遺影であった。


「そっか、葬式終わって……」


 あの言い争いのあと、帰り道で友大は死んだ。

飲酒運転の果ての交通事故。ほぼ即死、あっけない幕切れであった。

葬式に参列したときの記憶がない。でも遺影がある時点で相当錯乱したのだけは確かである。だって本来もらえるようなものではないのだから。


「何日経ったっけ……」


 頭は依然ぼんやりとしたまま。

服をなんとか着替え、学生服に身を包む。

風呂には入っていたらしい。あるいは入れてもらっていたか、まあ詳細はともかく体はきれいなままだった。

玄関まで身を引きずるようにして向かう。

母親がなにか言っていたが、うまく聞き取れなかった。

差し出されたおにぎりを片手で断りながら靴を履く。食欲はなかった。


「学校いかねぇと、だし」


 目がほんの少し疲れている気がする。

足がいつもよりちょっと重い。

それでも歩ける。いつもどおりに通学路の交差点を歩いていたとき。


「え」


気づけば眼の前を車のライトが占領していた。



「えーーっと?」


 少年は考えていた。

取り敢えず思い出したのは切れ切れになったふたつの記憶。

ひとつは友人との諍いの記憶。

もうひとつはその後の顛末……というか事故に至るまでの記憶。


「つまりだ」


 少年は胡座をかいて、ぐりぐりと眉間を揉みながら考える。

彼は頭が良い方ではないので、一つ一つ順序立てて考えたほうがいいとそれはもう沢山の人に言われて育ってきた。


「俺喧嘩した」


 親指を折る。


「友大が死んで……」


 人差し指を折る。


「俺は心ここにあらずで事故った」


 中指を折る。

そして彼はあぐらの下敷きにしているものへと視線を移す。

それは自分であった。

全身包帯やらなんやらでぐるぐる巻きにされて、こんこんと眠っている自分である。


「んで幽体離脱、ここ病院!なるほど」


 そして納得。


「じゃねぇよファンタジーすぎんだろー!!」


 できるわけもなく。


「なんだそれ。なんだよそれ。精霊馬がガチの次は幽体離脱もマジネタでしたってか?笑えねえっつのメルヘン脳か」


 少年は吠える。カートゥーンであれば炎を吐くであろう勢いで吠える。

友人が死に、自分も事故。更には幽体離脱。少年のキャパシティは既に5、6回ぶち壊されていた。


「いや待てよ。俺は頭悪いから原理ちんぷんかんぷんだけどよ。友大が言うにはなんか偉い人が原理見つけたっつってたよな精霊馬。カガクテキがどうとかコンキョがナントカとか」


 追い詰められたとき、直近の記憶から振り返るのが人というものである。

直近で気になる話題といえばやはり精霊場であった。

なにしろ幽体離脱などというオカルトと限りなく近しいものである。


「つまり少なくとも精霊馬はマジのガチでガチ……ってことだよな?」


 残念ながら彼に語彙力はなかった。

しかし彼には、それと引き換えのように行動力は人並み以上に備わっていた。


「だったらさ」


 彼の頭にあるのはひとつの後悔。

今は亡き友へ、謝らなければならない。


「行くしかねえだろ」


 ふわりと彼の体が窓際に向かう。

季節はお盆、彼の病室の窓際には、彼が精霊馬を作れと親に命じられた際に作った精霊馬が鎮座していた。彼が起きたときに笑いを取るためだろうか、誰かがわざわざ持ってきたらしい。

胡瓜で作られたそれは、配管からホイール、シートまでとても精巧なバイクであった。


「おっしゃ行くぞブルターレ 1000 RR!!」


 彼が跨れば、そのバイクは巨大化する。

グリップを握りエンジンをふかせば、何故か胡瓜であるはずのそれがきっぷのいい排気音を轟かせた。


「火を吹け208馬力ーー!!」


 少年は、空に向けて発進した。



勢いよく飛び出した少年は、しばらくしてからふと思い至って首を捻る。


「つっても俺バイク好きだけど運転したこと……」


 そう、ない。というか高校生がバイクをふかしまくった経験があればそれはそれで問題である。

いかがしたものかと両手を頭の上で組んでしばらく考えた彼は、数秒遅れてハンドルから手を話してしまったことに気がついた。

しかし、何故かそのバイク型精霊馬はなんの問題もなく走行していた。


「いやすげぇこれ自動運転ついてる!!精霊馬ってハイテクなんだな!?」


 ちがうそうじゃない。


「おっしゃぁ、行け友大のとこまで!!」


 彼の声に呼応するように、バイクが一点を見据え(?)て走り出す。

『イーティーシーカードが挿入されていません』とキレイな声で聞こえた気がしたが、少年にはよく意味がわからなかった。

しばらく走り続けると、バイクは迷いなく雲の中に突っ込んだ。

雲を突き抜けた先には、彼と同じように半透明の人間が列をなしている。


「人いっぱい居んなぁ……てか死後ですら人は行列に並ぶ生き物なのかよ。何だあの看板。ああ最後尾看板って死後もあるんだ」


 完全に物見遊山気分で眺めていた彼だが、ふと胸元を抑えて顔を歪める。


「嫌な予感すんな……つか本能?」


根拠はない。


「戻れねぇ気がする」


 しかし確信があった。時間がない。


「友大、友大は……っと」


 彼は慌てて目当ての人物を探す。

律儀に並んだ人の列の上を無遠慮に駆け回るバイクに何人もが顔を顰めるが、少年は必死に謝りながら捜索を続け……


「居たーー!!あいつ背ぇデカくて良かったわ」


 存外あっさり見つかった。


「政義!?」


 律儀に列に並んでいた見覚えしかないその後ろ姿に声をかければ、驚きで丸くなった目がトンチキなバイクを映してさらに大きく見開かれる。


「乗れ友大!!」


 そんな驚きを無視して手を伸ばすが、彼は困惑からか笑顔で伸ばしかけた手を引っ込めてしまった。


「でも」

「いーから!!」


 無理やり手を取る。いつも知らない場所や新しい遊びに連れ出すときと同じように。

観念したように笑った彼は、バイクの後ろにまたがった。


「よぉし!!」


 後ろに乗った友人が腹に手を回すのを確認した彼は、思いきりエンジンをふかして列から離脱した。

そこから暫く、夜空をキュウリバイクで走りながら彼らは話す。

しかし元々彼らはほぼ毎日顔を合わせていたような間柄である。

友大がいなくなってからまだ数週間、更にはその大半を茫然自失の状態で過ごしていた彼らに目新しい会話のデッキなど存在しなかった。


「えー、あー」

「えっと、あの、僕」


 数分すれば話題も尽きる。

更には喧嘩別れ(しかも永遠の)をしていた状態である。気まずさが場を支配していた。

しばらく双方しどろもどろになったものの、先に爆発したのは政義の方であった。


「あーもーじれったい!!」

「えっ、ちょ」


 ふんがー!と両手を突き上げ、そのまま器用にバイクの上で方向転換。

運動神経を無駄遣いして友大と向き合った彼は、シームレスにキュウリバイクのシートの上で土下座する。


「俺が悪かった、このとーり!!許してくれ」

「え、でも悪いのは……僕で」

「悪いのは俺だった。話聞かなかったし。おばさんに聞いたよ。指定校の話」

「あー……うん。でも僕も話さなかったから」


 そこまで話した瞬間に、彼はガバッと勢いよく顔を上げる。

きゅうりの凸凹の跡を額につけた彼は、そのまま手を差し出して爽やかに笑った。


「んじゃ痛み分けな」

「そうだね」


 額の跡に、或いはいつもと変わりなさすぎる彼の行動に思わず笑った友大は、目を細めてその手を握り返す。

それは、とても見慣れたいつもの光景であった。


「あのさ、なんでバイクにしたの」

「カッコイーじゃん?」

「はは、そだね」


 いつもと変わらない会話を、トンチキな精霊馬の上で繰り広げる彼らの顔には笑顔が浮かんでいる。

そんな彼らの顔を照らすものがあった。

不意に顔を照らした光とほぼ同時に、何かが炸裂する音耳に届く。

彼らの眼の前で、青春の象徴が花開いた。


「ああ、今日か」

「綺麗だね、今年も」

「そだなぁ」


 次から次へ、終わりを惜しむように。

夜空が刹那花畑へと変貌する。

花火に照らされ色とりどりに光る雫を頬に滑らせながら、彼らはただ未来の話をし続けた。


「楽しいねぇ」

「楽しいなぁ」


 楽しい、ただ楽しい話を、経験を。

それ以外何もないかのように振る舞った彼らの視界に、無機質な病棟が容赦なく映る。


「あーぁ、もう見えてきた」

「早かったね」

「早すぎんだろ。ナスの方にすりゃよかった」

「ナスの方って何にしたの」

「スーパーカブ」

「どのみち早いよそれ」


 くつくつと喉奥で殺しきれていない笑い声が心地よく耳に残る。

耳馴染んだその音につられるように、少年は思わず声が震えた。


「そかなぁ」

「それにのんびりしてたら君も死んじゃうじゃん」

「そーだったわ」

「そういうとこだよ、君」


 彼の病室の前に、精霊馬のバイクが止まる。

ベッドで寝たきりの体に吸い込まれるように、幽体離脱した魂は自分の意志で動かせなくなっていた。

抗うように顔を上げる。窓の向こうで、半透明の友人は見慣れた笑顔で手を振っていた。

だから彼もまた笑う。

きっと眼の前の友人が最も見慣れているであろう顔で、彼は拳を突き出した。


「んじゃーな」

「うん。ツーリング楽しかった」

「「また来年」」



「夢……?」


  多分、良い夢を見た。

行き場なく天井に向けて伸ばされた右手をぼんやりと眺める彼は、そのまま視線ごと手を部屋中に動かす。

それは誰かを探しているようでもあり、何かを掴もうとしているようでもあった。


「でも……なにか」


 しかし何も掴めない。それでも性懲りもなく右手を右往左往させる彼は、ぼんやりと頭を動かし始めた。

ぱたんと、諦めてベッドに手を叩きつける直前で、彼はあるものを右手越しに視界に映す。


「ハハッ」


 それは形ばかりの精霊馬。

胡瓜で作ったバイク。

さらに言及するのであればかなり精巧に作られた、胡瓜でできたブルターレ 1000 RR。

それが無惨に大破していた。

まるで積載量を超過して乗り続けたみたいに。


「来年はヤマハのYZF-R1と茄子の牛さん用意しといてやるよ、親友」


 一年に一度だけ、真夏の神秘。

カガクテキ、もコンキョ、も彼にはよくわからない。

ただ彼はもう知っている。


「精霊馬、ガチだった!!」

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