8話:Aランク冒険者
冒険者ギルドの扉を開けると、鼻をつく酒と鉄錆の臭いが押し寄せてきた。
昼間だというのに、荒くれ者たちがジョッキを片手に怒鳴り合っている。
「おいおい、見ろよ。ミルクの匂いがしそうなガキが入ってきたぜ」
「坊や、迷子か? ママのおっぱいはここにはねえぞ!」
下卑た笑い声がホールに響く。
予想通りの反応だ。
装備は一流でも、見た目はただの少年。彼らの目には「カモ」か「迷子」にしか映らないらしい。
(……うるさいな)
僕は無視して受付へと歩く。
視界の端に映る彼らのレベルは、せいぜい『Lv.15』から『Lv.25』。
今の僕にとっては、道端の小石と変わらない。
「新規登録を頼みたい」
受付嬢に声をかけると、彼女は困ったような笑顔を浮かべた。
「はい、新規の方ですね。登録料は銀貨一枚になります。最初はFランクからのスタートとなりますが……」
「いや、『Aランク』で登録してくれ」
ピタリ、と。
周囲の雑音が止まった。
受付嬢が瞬きを繰り返す。
「え……えっと、あ、あの……冗談はおよしになってください。Aランクというのは、国家戦力級の実力者のみが……」
「おいガキィ! 調子に乗るのもいい加減にしろよ!」
背後から怒鳴り声。
振り返ると、熊のような大男が立っていた。
背中の大剣には、無数の傷。それなりに修羅場をくぐってきた中堅冒険者だろう。
「俺たちだってCランクに上がるのに五年かかったんだ。それを、ぽっと出のガキがいきなりAだぁ? 舐めてんのか?」
男の太い指が、僕の胸ぐらを掴もうと伸びてくる。
「痛い目見なきゃ分からねえよ――ぐギャアアアアッ!?」
男の悲鳴がギルドを震わせた。
僕が何かをしたわけじゃない。
ただ、掴みかかってきた男の指を、人差し指一本で軽く「弾いた」だけだ。
バキボキッ!
男の人差し指と中指が、ありえない方向に曲がっている。
「あ、が……っ!? て、てめぇ……何をしやがった!?」
「触るな。汚れる」
僕は冷たく言い放つと、懐から『銀竜の騎士章』と、騎士王から託された『推薦状』を取り出し、カウンターに叩きつけた。
「これで足りるか?」
受付嬢がその紋章を見た瞬間、顔から血の気が引いた。
「ぎ、銀竜章……!? それに、この署名は……国王陛下!?」
「こ、国王だって!?」
「嘘だろ、おい……!」
ざわめきが悲鳴に変わる。
受付嬢は震える手で書類を確認し、慌てて奥の部屋へと走っていった。
数分後、ギルドマスターらしき初老の男が、顔面蒼白で飛び出してくる。
「し、失礼いたしましたァッ! まさか『特務騎士』様がいらっしゃるとは!」
ギルドマスターは床に頭を擦り付けんばかりに平伏した。
さっきまで僕を笑っていた冒険者たちが、氷漬けになったように固まっている。
「すぐにカードを発行いたします! ……ランクは特例中の特例、『Aランク』で!」
数分もしないうちに、一枚の黒いプレートが渡された。
code
Code
【冒険者カード】
名前:アレン
ランク:A(特務)
討伐記録:レッドオーガ(単独)
備考:聖竜騎士団・特別提携
黄金に輝く『A』の文字。
それを見た周囲の冒険者たちが、ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。
「す、すげぇ……本物だ……」
「あの大男の指を、指一本で……」
「関わるな、殺されるぞ……」
侮蔑の視線が、畏怖と敬意へと反転する。
心地よい静寂だ。
力こそが全てのこの世界で、僕はまた一つ「無駄な争い」を回避するパスポートを手に入れた。
「クエストを受けたい。……一番、難易度の高いやつを」
僕がそう告げると、ギルドマスターは震える声で答えた。
「は、はい! ですが、現在Aランク相当の依頼はすべて『円卓の騎士』様方が管理しておりまして……」
円卓の騎士。
この国の最高戦力である12人の英雄たち。
騎士団に戻れば会えるだろうが、まさか冒険者ギルドの仕事まで管理しているとは。
「……ちょうどいい」
僕はニヤリと笑った。
Aランクになった程度じゃ、まだ足りないと思っていたところだ。
国の頂点に立つ連中がどれほどのものか、確かめてやるのも悪くない。
「その依頼、僕が受ける。文句は言わせない」
僕はカードを懐にしまい、凍りついたギルドを後にした。
背中で聞こえる安堵の溜息。
彼らは知らない。
僕という嵐が去ったのではなく、これから国中を巻き込む巨大な嵐が始まるのだということを。
『更新完了:Aランク冒険者(特務)』
『称号獲得:ギルドの畏怖対象』




