20話:即討伐
「あ……が……」
足元で、かつて「災厄」と呼ばれた怪物が震えている。
エンシェント・キメラ。
その三つの瞳から、闘争心は完全に消え失せていた。あるのは、ただの生物としての生存本能――「助けてくれ」という懇願だけだ。
「悪いな。慈悲を持ち合わせているのは、物語の中の勇者だけだ」
僕は『王家の短剣』を逆手に持ち、その眉間に切っ先を当てた。
「僕は復讐者だ。敵は殺す。それだけだ」
ザンッ。
音は短かった。
抵抗もなく、まるで豆腐に針を通すように、短剣が頭蓋を貫通し、魔石を粉砕した。
キメラの巨体がビクリと痙攣し、そして――糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
『討伐確認:エンシェント・キメラ(変異種)』
『戦闘時間:3分12秒』
『評価:瞬殺』
静寂が戻る。
立ち込めていた瘴気が霧散し、遺跡の空気が軽くなる。
「……終わったぞ、リズ」
僕が振り返ると、リズはその場に平伏していた。
怯えているのではない。
彼女の種族としての本能が、絶対的な「王」に対する服従の姿勢を取らせているのだ。
「見事……いえ、なんと表現すればよいか……」
「感想はいらない。回収だ」
僕はキメラの死体を、拡張されたアイテムボックスに放り込んだ。
Sランクモンスターの素材。全身が宝の山だ。
そして、その跡にはソフトボール大の結晶が残されていた。
『ドロップ:キメラの心臓(S級国宝)』
『効果:あらゆる病や呪いを解く秘薬の材料、または究極の魔力増幅剤』
「……これで、文句なしだろ」
僕は結晶を空中に放り投げ、片手でキャッチした。
レベルも上がった。懐も潤った。
この遺跡にはもう用はない。
◇
辺境都市の冒険者ギルド。
僕たちが戻ったのは、出発してからわずか半日後だった。
「あら? アレンちゃん、忘れ物?」
受付嬢がキョトンとした顔で声をかけてくる。
ギルドマスターも、書類仕事の手を止めて眼鏡を直した。
「どうされました、アレン様。まさか、入り口の瘴気で撤退を……いや、賢明な判断です。準備不足でしたからな」
彼らは信じているのだ。
Sランクダンジョンの攻略には、準備だけで数週間、攻略には数ヶ月かかると。
半日で戻ってくるなど、入り口で逃げ帰った以外にありえないと。
「撤退?」
僕はカウンターに歩み寄り、アイテムボックスを開いた。
「『解体』を頼む。量が多いから、倉庫を空けておいてくれ」
ドサァァァァァッ!!
カウンターの上に、巨大なライオンの首が転がり出た。
さらに、山羊の角、大蛇の尾、そして竜の翼。
最後に、キラキラと輝く『キメラの心臓』をゴトリと置く。
「……は?」
ギルドマスターの眼鏡が滑り落ちた。
受付嬢が持っていたペンを取り落とす。
酒を飲んでいた冒険者が、ジョッキの中身を吹き出す。
時が止まった。
全員の視線が、目の前の「ありえない物体」に釘付けになる。
「こ、これ……エンシェント・キメラの……生首……!?」
「まだ温かいぞ……!?」
「まさか、倒したのか!? 行って帰ってくるまでの、この短時間で!?」
「移動に時間がかかったんだ。戦闘自体はすぐ終わった」
僕が淡々と告げると、ギルドマスターは酸欠になった魚のように口をパクパクさせ、そして絶叫した。
「そ、即討伐だァァァァッ!!」
ギルドが揺れるほどの歓声とどよめき。
Sランク指定の化け物を、ソロで、しかも半日で。
それはもう「冒険者」という枠組みを超えていた。
「報酬の査定と、素材の売却を急げ。……ああ、それと」
僕は呆然とする彼らに、追撃の一言を放つ。
「この街の『クランハウス』の拡張工事も頼む。これから忙しくなるからな」
『クエスト完了:忘却の地下遺跡の攻略』
『報酬総額:金貨8000枚相当(素材・秘宝含む)』
『レベルアップ:Lv.72 → Lv.85』
【ステータス更新】
名前:アレン
職業:復讐者
ランク:S(実質)
所持金:国家予算規模
状態:準備完了
僕は騒がしいギルドを背に、窓の外を見上げた。
空は晴れている。
だが、僕には見える。
その空の向こうから、どす黒い「次の敵」が迫っているのが。
「……来いよ、英雄も、魔王も」
僕の手には、全てをねじ伏せる力と金がある。
復讐の序章は終わった。
ここからが本番だ。
『第二章 冒険者の旅立ち ――完――』




