19話:猛獣
「グオオオオオオオオオッ!!」
エンシェント・キメラが咆哮する。
それは単なる威嚇ではない。大気中のマナを強制的に励起させる、破壊の歌だ。
ライオンの口から紅蓮の炎、山羊の口から紫電の雷、そして蛇の尾からは猛毒の霧。
三つの災厄が同時に放たれる、Sランクモンスターの必殺技――『トリニティ・ディザスター』。
「主ッ!?」
リズが悲鳴を上げる。
回避不能。防御不能。
この遺跡を崩落させるほどのエネルギーの奔流が、僕という一点を目掛けて収束する。
視界が光で埋め尽くされる。
熱波が肌を焼こうとし、雷鳴が鼓膜を破ろうとする。
だが。
(……ぬるい)
僕の目には、その全てのエネルギーの流れが「線」として見えていた。
あの日の絶望。
村を焼いた魔族の黒い炎に比べれば、こんなものは蝋燭の火遊びにすぎない。
「消えろ」
僕は一歩踏み込み、迫りくる三色の奔流に向かって、無造作に左手を振った。
パァァァァァァンッ!!
ガラスが割れるような音が響き渡る。
炎が、雷が、毒霧が。
僕の手に触れた瞬間、嘘のように弾け飛び、霧散した。
「……ア?」
キメラの三つの頭が、同時に凍りついた。
理解できない。
自らの最強の攻撃が、魔法防御障壁ですらなく、ただの「手払い」で消されたことが。
「僕を殺すなら、星の一つでも落としてこい」
僕は煙を突き破り、キメラの目の前に躍り出る。
巨大なライオンの頭部。
その瞳に、僕という小さな人間が映る。
だが、キメラは動けなかった。
本能が警鐘を鳴らしているのだ。
目の前にいるのは「人間」ではない。
自分よりも遥かに上位に位置する、捕食者だと。
「ガ、ア……ッ!?」
キメラが後ずさる。
Sランクの怪物が、恐怖で震えている。
「逃がすかよ」
僕は笑った。
その瞬間、僕の背後から噴き出した漆黒の殺気が、遺跡のドーム全体を塗り潰した。
それはリズのような獣のオーラではない。
もっとドロドロとした、怨念と執着の塊。
『スキル発動:王の威圧(復讐者Ver.)』
『効果:対象の全ステータスを50%ダウン / 恐怖状態(麻痺)付与』
「ギ、ギャアアアアッ!?」
キメラが悲鳴を上げ、地面に這いつくばる。
重力が増したわけではない。
僕の放つプレッシャーに魂が押し潰され、立つことすら許されないのだ。
「いい声だ」
僕はキメラの鼻先に着地し、そのたてがみを掴んだ。
「さっきまでの威勢はどうした? 猛獣なんだろ? もっと楽しませてくれよ」
僕は腕に力を込める。
ステータス補正など必要ない。今の僕の怒りと魔力が、筋肉の限界を超えて作用する。
メキメキメキッ……!
「ガッ、ググゥッ……!?」
20メートルの巨体が、片手一本で持ち上がる。
ライオンの顔が苦痛に歪み、山羊が泡を吹き、蛇が暴れる。
「リズ、よく見ておけ」
僕は暴れるSランクモンスターを、まるでゴミ袋のように振り回した。
「これが『狩り』だ」
ズドォォォォォォォンッ!!
キメラを地面に叩きつける。
遺跡の基盤が悲鳴を上げ、巨大なクレーターが生まれた。
「ガハッ……!」
キメラが血を吐く。
全身の骨が砕け、もはや虫の息だ。
だが、僕はまだ手を離さない。
「終わりじゃないぞ。僕の復讐に付き合ってもらう」
土煙の中、僕は無慈悲に笑う。
どちらが猛獣か。
その答えは、リズの震える瞳が語っていた。
『戦闘ログ:一方的な蹂躙』
『対象の戦意:完全喪失』




