15話:金がない
「行くぞ、リズ。遺跡の主を狩り尽くしてやる」
屋敷の玄関で、僕はマントを翻して高らかに宣言した。
決戦の朝だ。
空は鉛色に淀み、遠くから不気味な地響きが聞こえている。
最高のシチュエーションだ。これから伝説になる戦いが始まる。
「……主」
背後で準備を整えていたリズが、申し訳なさそうに手を挙げた。
「一つ、報告が」
「なんだ? 敵の増援か?」
「いえ。……回復ポーション、食料、携帯用魔導ランプ、その他消耗品ですが……在庫がゼロです」
「……あ?」
僕は振り返った。
リズの手には、空っぽの麻袋が握られている。
「買っておけと言ったはずだが」
「はい。ですが、道具屋で支払いをしようとしたところ……『資金不足』で断られました」
「は?」
僕は耳を疑った。
資金不足? この僕が?
昨日、グリフォン討伐で金貨50枚を稼ぎ、さらに円卓や騎士王から支援も受けているはずだ。
金がないわけがない。
僕は慌てて懐の革袋を確認する。
軽い。
嫌な予感がして中を覗くと、そこには寂しげに銅貨が三枚、転がっていた。
【現在の所持金】
残高:銅貨3枚(パン一個分)
「……嘘だろ?」
冷や汗が流れる。
僕は脳内で昨日の出費を計算した。
クランハウス購入費:
一等地の大豪邸。破格とはいえ、修繕費と家具代で金貨30枚が飛んだ。
リズの装備一式:
『黒狼の戦装束』。特注のS級素材使用。金貨15枚。
ギルドへの上納金と登録料:
特務ランク維持のための諸経費。金貨4枚。
「……計算が合う」
完璧に合ってしまった。
グリフォン討伐の報酬も、騎士王からの手切れ金も、全てが「最強の環境」を整えるために消えていたのだ。
「主よ。……我々は、素手で遺跡に行くのですか?」
リズが純粋な瞳で問いかけてくる。
Sランク級の『忘却の地下遺跡』だ。
毒、罠、呪い、そして未知の魔物。
ポーションなし、解毒剤なし、明かりなしでの攻略は、自殺行為に近い。
(……マズい)
戦闘力は足りている。だが、物資が致命的だ。
このままでは、魔王軍と戦う前に「空腹」と「状態異常」で野垂れ死ぬ可能性がある。
僕は慌ててギルドへ走った。
◇
「前借り? で、できませんよそんなこと!」
ギルドマスターが目を丸くして叫んだ。
外は災害級の予兆でパニック状態だというのに、この国の英雄候補はカウンターで金の無心をしていた。
「Sランク任務だぞ!? 必要経費くらい出せ!」
「だ、ダメです! ギルドの規定で、報酬は『完全成功報酬』のみと決まっております! たとえアレン様でも、失敗する可能性がゼロではない以上……」
役人根性丸出しの回答に、僕は舌打ちした。
円卓の連中め、面倒な仕事を押し付けた上に、経費すら出さないとは。
「くそっ……! おい、この短剣を質に入れたらいくらになる?」
「ひぃッ!? こ、国宝の『王家の短剣』を質に!? 反逆罪で処刑されますよ!?」
八方塞がりだ。
最強の力、最高の装備、最高のクランハウス。
それらを持っているのに、今の僕は「ポーション一本買えない」貧困層だった。
「……アレン様」
絶望する僕に、ギルドマスターがこっそりと耳打ちをした。
「実は……あの遺跡には、噂があるのです」
「噂?」
「はい。『忘却の地下遺跡』の最奥には、かつての古代王国が隠した『秘宝』が眠っていると……」
ピクリ、と僕の耳が動く。
「その価値は計り知れません。もしそれを持ち帰れば、金貨どころか、国家予算レベルの富が得られるでしょう」
「……ほう」
僕の目に光が戻った。
隣でリズも「肉が買える」と思ったのか、尻尾をブンブン振っている。
「なるほど。つまり、現地調達しろってことだな」
「えっ? い、いえ、そういうわけでは……装備もなしに行くのは危険すぎます!」
「うるさい。行くぞ、リズ!」
僕はカウンターを蹴って飛び出した。
恐怖も不安もない。あるのは「金欠」という切実な問題と、それを解決する「秘宝」への強欲だけだ。
「魔物だろうが罠だろうが、金になるものは全部奪う!」
「御意! 根こそぎ頂きましょう!」
当初の目的は「調査」と「討伐」だった。
だが今、作戦目標は変更された。
『クエスト更新:遺跡の強盗……もとい、探索』
『優先目標:換金可能なアイテムの全回収』
『現在の所持金:0(崖っぷち)』
僕たちは飢えた狼のように、死の香りが漂う遺跡へと駆け出した。
ポーションがないなら、食らっても回復する前に敵を殺せばいいだけの話だ。




